表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/243

4-1 ニート、ヒルミミズ


 スマートフォンを家に置いてきたためニートは現在の時間がわからない。洞窟内に時間の経過を知らせるヒントは見つからず、どれほど長く眠っていたのか知る術がない。


「レイドボスイベントをすっぽかしたかもしれん。削除するつもりだったし別にいいけど」


 起きたらすぐに現状確認を優先すべきだ。ゲームアプリの心配をしている場合か。

 ゲジとの戦闘に勝利したニートであったが、偵察アリを逃したまま寝入ってしまった。

 就寝中にアリが戻って来なかったのは奇跡だ。彼はのんびりしているが、まだ脅威が過ぎ去ったわけではない。


 ゲジと戦った現場は死の匂いがする。死骸を求めて腹を減らしたモンスターもやってくるだろう。特にこのダンジョンは水分が少なく栄養補給が難しい。ニートも空腹に負けてしまい、二代目ヘッドホタルは襲名後まもなく殉職してしまった。


 そんな悪環境なゲジのテリトリーにはもういられない。真っ暗闇でも目指す場所は決まっている。


「家に〜帰〜ろう〜」


 部屋の蛍が死に絶えていても、自分が来た通路の蛍は生きている。だから周囲を見渡せば進むべき道が見えてくるのだ。と、楽観的に考えていた。


「あれー。俺、どこから来たっけー?」


 だが思い通りになるほどダンジョンは甘くない。真っ暗闇の先で蛍の光は4つの道筋を照らしていた。彼はてっきり行きと戻りの道しか無いと思っていた。


 そもそも彼はこのダンジョンの悪魔的構造をまだ知らない。振り返らずひたすら道なりに沿って進んだから当然だ。

 このダンジョンに入って初めての分かれ道が4択もある。流石の彼も動揺を隠せない。


「ああああああああああ! 俺どっから来たああああああ!」


 とりあえず光が欲しい。そう思った彼は全身を光らせた。以前よりも光量が多く、懐中電灯ほどの光で天井まで照らせる。


「これで見えやすくなった。ん?」


 蛍はもういない。光の出所(でどころ)はどこだ。自らの腕を見て不思議に思った。

 なんと腕そのものが光っている。彼は神妙な面持(おもも)ちで発光する腕のでっぱりに触れた。


「俺のじゃん。これ、俺の体内じゃん」


 薄い皮の下に柔らかいしこりがある。発光する新しい器官が浮き出ていた。それも全身にだ。腹も光るし、胸も、肩も、腕も、脚も、よく見たら背中も光る。あっ、尻も股間もだ。

 しこりを触っても痛みはなく、筋肉と同じように動かせる。

 なかでもひときわ輝くのは頭部だ。おでこから頭頂部にかけて月代(さかやき)のように髪の毛が無くなっていた。前髪を失った代わりに光る骨質のコブがある。


「ハゲとるやないか! これ髪長くしたらちょんまげ結えるかな」


 彼の羞恥心は壊れている。もしもダンジョンから脱出できたらありのままの姿で外に出かけるだろう。髪型にこだわらないのが彼のスタイルだ。なんならボウズ頭の前はスキンヘッドだった。徐々に伸びてボウズ頭になっただけだ。収入がない彼にとって1000円カットすら贅沢なサービス。ニートになってからは整髪をバリカンとカミソリで済ませている。


 ともあれこれで蛍に頼らなくて良くなった。視覚面でも防御面でもだ。


 視覚面では、視野が広くなり紫外線が見えるようになった。しかもしこりがセンサーのようになっていて、目を瞑っても光で照らした空間の情報は把握できる。耳に頼らなくても光が届く範囲は小さな音も詳細に拾ってくれる。


 防御面では、よく伸びて破れにくく溶けにくい皮膚に変化した。今の強度ならゲジの顎肢(がくし)を通さない。骨と歯は多元系ダークマターの完成により破壊不可能になってしまっていて新陳代謝ができない。彼が死んでも骨と歯は永久に残り続けるだろう。


 攻撃面では、手足の指は7本ずつに増えているし、肥大化した背骨から伸びるように短い尻尾が生えている。


 些細を知らないニートがこれらの追加機能を使いこなせるかはまた別の話。とはいえ自身の体がここまで変化してしまったのだ。


「まぁ、便利だしよかろ」


 前回までは辛うじて人の形を保っていた。だが今回は大幅に身体改造されている。その感想がたったこれだけだ。

 外に出たらコスプレを疑われるレベルで外見が歪になったにもかかわらず、ヒステリックを起こすわけでもなく彼の精神は安定している。

 これは変化に伴った精神の強化ではなく素の彼だ。


 ボロボロな体操着と汚れてしまった下着はここに捨てていく。トイレをした後の尻拭きにしたからもう着れない。

 全裸になってしまったが、陰部と尻が発光して最低限のマナーは守られた。彼にその気は無いだろうが。


「探索再開の前に食事をしよう」


 ゴム手袋を拾ったとき、やっと不便さに気付いたようだ。彼の指は7本だ。ゴム手袋はもう入らない。

 軽度の潔癖症の彼だがゴム手袋はもう諦めるしかない。


 天然由来の虫寝具(むししんぐ)を崩して長靴を履く。いや、履こうとするがなかなか履けない。

 7本になった足の指が引っかかっている。

 ニートは靴下を脱ぎ捨てて目視で確認した。


「はえー。28まで数えられるやんか。完全数で縁起も良いしラッキー」


 ゴム手袋と違ってサイズに余裕があるため長靴を履けた。少し窮屈なようだが。


「よっしゃ、はらへった!」


 全身を光らせるハゲ怪人が部屋に散らばった蛍の死骸をかき集め、それらの首を包丁で切り落としていく。

 猟奇的な彼は蛍の首を嬉しそうに並べた。切断面から手を入れて一つずつ魔石をくり抜いては一口で飲み込んでいく。蛍の脳汁だらけでもお構いなしだ。


 あれだけあった『死骸の山』が『首のない死骸の山』に変わった。もう偵察アリのことを忘れてるんじゃないかというほど長い時間を食事に費やした。

 もっとも時計がないため彼が時間の経過を知ることはない。すでに寝る前と合わせて半日も経っている。


 ゲジの元テリトリーにて約6時間が経過してもアリ部隊と遭遇しないのは単なるラッキーだ。


 アリたちにとってもこのダンジョンは厄介極まりない構造なのだ。偵察アリたちは悪魔的構造にいち早く気づき、数多くのルートにフェロモンを残したため帰巣本能があれども戻るのが困難な状態になっていた。


 偵察アリは比較的年寄りが行うが、それでも彼女たちはまだ生まれたばかりでダンジョンに慣れないまま探索範囲を広めてしまった。そのせいでフェロモンの蒸発時間を把握し切れていなかった。

 巨大化とともに嗅覚が弱っていたことも一因にある。巨大だからといって以前と同じ機能が使えるわけではない。大きくなれば制約も増える。


 彼女たちもまた、ダンジョンに囚われた存在というわけだ。


 その点、ニートは鈍感である。アリたちでも考えて精一杯のことをやっているのに、彼は道しるべをひとつも残さずに突き進んできた。ずっと一本道と思い込んでいたから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ