33-1 新しい命とかけまして冒険と解く、その心は? ※ステータスあり
憤怒。憎悪。悲哀。怨念。虚脱。
強い負の感情に惹かれるように暗闇を彷徨う魂があった。その魂は夜より黒く、そよ風より疾い。
黒き魂は諦めの境地にあった。抗うこともなく負の感情に惹かれ、流されるまま場所を変える。
綿毛のような多くの手で空気を掻く黒き魂は、まるでタンポポの種ともスギの花粉とも真逆な目的で空を彷徨う。
黒き魂の目的は破壊。やがて負の感情を持つ器を見つける。するとその器へ黒き魂が注がれる。
器はもがき苦しむ。器が壊れると共に、大きさを増した黒き魂が飛び出す。そして再び空を彷徨う。
このように黒き魂は地獄へも、天国へも、新しい命へも行くことなく現世に留まり続けた。
黒き魂は思考した。
"終わりたい。"
自らの意思で器を選ぶことも、旅を終わらせることもできない。
ほとんどの器は黒き魂の強大さに耐えきれず、注がれた途端すぐに壊れてしまう。
器を壊すごとに黒き魂は少し大きくなり、次の器を壊しやすくなる。
器が壊れたときには周囲で強い悲しみが生まれる。その感情に反応して、負の感情を生み出した器に黒き魂が注がれる。そうして器を破壊し、新たな恐怖と悲しみが生まれ、器の破壊が連鎖する。
付近の負の感情を平らげると、黒き魂は再び上空を彷徨う。
黒き魂はこれを繰り返して器を変え、場所を変え、とうとう地球の入り口付近まで来た。
黒き魂は諦めの境地にあった。もはや手の打ちようがない。きっとこのまま全ての器を壊す運命なのだろう。
黒き魂は思考する。
"地球へ行く前に滅びたかった。"
そして惑星マナガス・ジュフタータ大陸から離れる前の、最後の器に黒き魂が注がれた。
最後の器は青い花畑の中心にあった。
その器は非常に強い怨念と、憎悪と、寛大さを持ち合わせていた。これまでと違って器がすぐに壊れることもなく黒き魂は定着した。
最後の器はエルフの帝王だった。ただし肉は朽ちて骨のみとなっていた。
器に残った魂の残滓と記憶を吸収することで黒き魂は大きくなる。エルフの帝王の魂の残滓と記憶も他と同じように吸収した。
王の器は他の有象無象とは出来が違う。
吸収した直後、黒き魂が凄まじく膨れ上がった。
負の感情の膨張による衝撃は、黒き魂の力を覚醒させた。
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(ステータス、オープン)
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【LV.10】ケー・スマイル・ダーク@KSmileDM33
【種族】『しわよせ』・極娯楽神の使者・神候補
【重さ】 5
【戦闘力】MAX:10^10^100^33
【タフネス】『精霊王の骸』により50000
【魔力】 『精霊王の骸』により50005
【スペック】
『極娯楽神のお気に入り』『愚者の中の愚者』
『聖33』『輪廻者』
『怪物王』『天使の心』
『くたびれた宇宙』『精霊王の骸』
〈スキル〉
〖神パワー〗〖超・神パワー〗
〖猫の爪〗〖三毒〗
〖黒紫のオーラ(禁)〗〖スーパー黄色人〗
〖強い糸〗〖電撃〗
〖墓守〗〖明鏡止水〗
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(器の修復を優先。〖神パワー【修復】〗。成功)
精霊王の骸の経年劣化は修復された。しかし肉体は取り戻せず、ジュフタータ四大神に取られた両足は戻ってこない。
(極複製神の神境も魔法金属も魔力袋もない〖神パワー〗だとこれが限界か。魔力が空っぽだ)
ケーは動けずにいた。しかし何もできないわけではない。
魂の状態で過ごした時間が長かったおかげで周囲の感知能力が身についている。器に入った時点で、ここが青い花畑であることを認識していた。
そしてダンジョンガイドの経験から、青い花畑が立ち入り禁止区域であることも知っていた。
(ここでジッとしていれば誰も殺さなくて済む。この体が壊れない限り大丈夫だ)
青い花畑は毒性を感じさせる特殊な香りを出す。その香りが生き物を近寄りづらくする。
ここに留まれば、悪意のある何者かが訪れないかぎり数百年は安泰だろう。これまで精霊王の骸が数百年もここに残っていたように。
やがてこの地に朝日が昇り、青い花の葉に露がつく。
小さな水滴は葉先から滴り落ち、赤い頭蓋骨を冷たく濡らした。水滴は頭蓋骨の表面を滑る。眼窩の外側を沿って流れ、茎の残骸へと一雫落ちていく。
それはまるで涙。これから久遠に繰り返す朝の始まりを告げる涙のようだった。
ケーは退屈な時間を凌ぐため、吸収してきた魂の記憶を読む。これからの長い長い日々を慰めてくれる大切な娯楽だ。
最初に選んだのは天使の魂だった。ケーの魂を不滅の肉体から切り離した生贄の天使だ。
宇宙創生から永劫の時を過ごした天使。その記憶は膨大な量だった。しかしそれをわずか1時間で消費してしまい、ケーは焦る。
一時的にショックは受けたものの、そのあとは穏やかだった。宇宙の摂理。在イラン日本国大使館で倒した天使神への理解。天使神が極娯楽神から特別気に入られていた事実を知れた。そのおかげで自らの運命が青い花畑で終わることにも納得できた。
ケーが分裂神になったあの日、天使神がイランに飛んできた理由は多くの地球人類を救うためだった。
ドラゴンの呼吸と共に撒き散らされる惑星マナガスの大気は、地球人類に多大な悪影響をもたらす。
マナガス民族大移住に向けて動いていた天使神ではあるが、地球人類に滅んでほしいわけではない。地球人にドラゴンはまだ早すぎるという理由から、最初に発生したドラゴン【アジ・ダハーカ】を倒すべきだと使者の集会で主張した。
しかし使者たちの反応は良くなかった。集会では既に日本への核ミサイル発射が圧倒的多数で可決されている。この議題に天使神は強く反対した。ドラゴン討伐はその敗北直後の発言だったため、多くの使者は天使神の負け惜しみと捉えた。採決すら取られないほど無視されていた。
一人でなんとかしたいところだが、天使神にアジ・ダハーカを倒す力はない。ドラゴンを倒せそうな実力者に頼んでも首を横に振る。哀れな天使神に味方をする使者は少なかった。
その後、聖なる波動を感知した天使神は人類を救うよう極娯楽神に懇願するため、あの場に飛んできたのだった。
生贄になった天使の記憶によると使者の中で唯一、天使神のみが極娯楽神と接触していた。
両者の間で会話はなく、思考を通した一方的な命令のみだと天使神が話していた。そうは言うものの両者の間には確かな信頼関係があった。天使神にしか接触しない極娯楽神の姿勢こそ信頼の証だ。きっと願いを叶えてくれると信じて天使神は急いだ。
結果的に、天使神は態度が邪悪という理由でケーに倒された。地球人を殺そうとする天使神をケーが許さなかった。
しかし当時は目撃者を消さなければならないほど事態が切迫していた。極娯楽神が表に出たからだ。極娯楽神と接触できる可能性に他の使者が気づいてしまった。
目撃者が残っていれば、使者はその脳を通じて極娯楽神と接触できる。
天使神は極娯楽神から受けた指示を出したり褒美を渡す特別な地位にあった。褒美を渡すか渡さないか、それを決める権限は天使神にある。そのため、使者たちは直接褒美を与えてくれる天使神を敬っていた。
極娯楽神と接触した使者が特別な地位を得てしまうかもしれない。それは2つの世界にとって最悪の結末だ。
天使神は自らの地位を守るために目撃者を消そうとしたわけではない。
使者の無慈悲な振る舞いを長い間見てきた天使神は、使者に対して良い印象を持っていなかった。
もしも最悪の使者が不動の地位を得たとき、その地位を悪用されるのを恐れて目撃者を減らそうとしていた。ケーにはそれが邪悪に見えてしまっただけだ。
今日まで地球に出現したドラゴンたちは全て〖黒紫のオーラ〗で吸収してきた。そのおかげで図らずも大気汚染は阻止された。だがしかし地球の今後を考えれば、天使神の判断は間違っていなかっただろう。地球には今、ケーがいないのだから。
(すまんかった。でも悔いはない)
エルフ、小人、ダークエルフ、サキュバス、モンスターたち……
それからは一瞬の出来事のような魂の記憶を幾つも読み取り、最後に精霊王の記憶を読み取ったところで退屈な時間が始まった。
(魔力が回復したな。〖神パワー【修復】〗)
確実に修復は機能した。しかし精霊王の骸に両足が戻ることも、肉が戻ることもなかった。
消費された魔力はなく、まだまだ余力がある。これ以上は骸の修復が不可能という事実を突きつけられた瞬間だった。
(まぁいい。肉体を取り戻す意味もない)
ケーは諦めの境地にあった。良かれと思ってやったことがことごとく裏目に出て、連鎖するように悪い方向へと転がっていく。
(ずっと飼い猫のように生きていればよかった)
ダンジョンを見つけたのが必然だったとしても。
怪物の姿になるのが必然だったとしても。
外に出て行動しなければ災いを広めることもなかった。だからこそ骸に収まった今の状態が一番安定しているように思えた。
そうして退屈な時間を過ごしていると、ケーはどうしても世の中について考えてしまう。
本当に今の状態でいれば誰かの不幸がなくなるのだろうか。
貫いてきた綺麗事で救われた人間はいる。生活が良くなった人間はいる。
誰かの幸福が、他の誰かの不幸を和らげることだってある。
グラフと経済が大好きなケーは知っている。ここ数年、地球幸福度指数は右肩上がりを続けていた。
大きな不幸もあるだろう。しかし反対側では更に大きな幸福が生まれ、必要なところへ再分配される。
そんな社会制度の構築に一役買ったこともある。日本だけでなく世界中に貢献した。
それでも嬉しい気持ちが湧かない。諦めの境地から抜け出せない。こんなものいらない。ケーは偉大な功績を天使神へ捧げる。
そして自分自身と約束した。もう何があってもここを動かないと……




