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32-幕間6 博麗隊、その後


 ヤヨイとユーキの二人は集合場所を決めて聞き込み調査のために別れた。


 あらかじめ決めておいた時間になるまで調査を続けること十数分。合流した二人は集めた情報を整理した。

 その辺の労働者に片っ端から聞き込み調査をした結果、『トロールは主神に殺された』『ケーは消えた』というキーワードが共通していた。


「全部アリルレさんに聞いたらいいのに」

「嘘と本当を見分けるのに必要な作業なの。アリルレに会う前にわかることは調べたほうがいいっしょ」


「アリルレさんは信用できる人」

「人を疑うのがウチの仕事だからねー」


 聞き込み調査で得た情報からアリルレの居場所も明らかになった。会うための準備が一通りできたところで、アリルレが居るというトロール砦の城館へ向かった。


 城館には配給用の食料など物資をまとめて管理する集積所。病人・怪我人を看護する医務室。寝泊まりするための区域などがあるそうだ。アリルレはこのどこかにいる。


 二人は各部屋を歩いて見て回る。城館内は女エルフが占領していた。荷物を運ぶ女エルフたちが廊下を行き交い、部屋を出たり入ったりしてせっせと働いている。


 魔王軍占領時の城館は荒れていたとユーキは記憶していた。しかしまるで記憶とは別物のように館内が変わっている。


 人伝(ひとづ)てにアリルレの居場所を探すと、医務室で患者の看護をしているという情報を得た。

 二人は働くエルフの邪魔をしないように医務室まで移動する。


 医務室では多くの患者が床に寝かされていた。患者を踏まないよう慎重にアリルレを探すと、点々と輝く回復魔法の中で一際大きな輝きを放つ人物を見つけた。


 膝立ちの後ろ姿しか見えないが、ユーキはすぐにその人物がアリルレだと気づいた。

 ユーキが指を差し、ヤヨイがうなずく。足元に気をつけて近づいていく。


 両手から回復魔法を照射し続けるアリルレは、二人が近寄っても患者に集中していた。

 側には患者の手を握るエルフの子が唇を強く結んでいる。


 ヤヨイとユーキは何も言わない。ただただ静かにその様子を見守った。


 やがて処置が終わったのか、だんだんとアリルレの両手の輝きが弱まって消えた。


「死にました」

「あ、あぁあ……おがあざああああん!!」


 患者の遺族と思われるエルフの子は、今まで閉じていた口を大きく開けて泣き始めた。もらい泣きしたのか、周りで寝込むエルフたちの目からも涙がこぼれ落ちていた。


 エルフ部隊の有様を見て、協調性が低いと思い込んでいた地球人二人は、この光景を見て認識を改めざるを得なかった。


 アリルレは何も言わずにエルフの子の背中をさすり、ゆっくりと立ち上がる。


「場所を変えましょうか」


 振り向いたアリルレの表情は笑顔だった。


 ぞくり……。屈託のない笑顔に圧倒された。まるで先程の人とは別人だ。

 施術中にしていた真剣な表情との温度差に動揺を隠せず、アリルレが歩き出すまで二人は動けなかった。


 周りに好奇の目で見られながらアリルレの先導についていくと、そこは物資の集積所だった。


「食事でもしながら話しましょうか」

「いいえ。こちらは急いでますので」


 いったいどういう風の吹き回しか、あれだけアリルレに会いたがっていたヤヨイが態度を変えて急かし始めた。


「そう言わずに、ケー様がお好きになられた干しぶどうを召し上がってください。きっとお気に召しますわ」


 何かに追われるかの如く焦るヤヨイに対し、アリルレは至って平静を保っている。壺に保管していた干しぶどうを手に取ってユーキに渡した。


 なんの疑いもなくユーキは干しぶどうを口に含み、満面の笑みを浮かべた。毒の可能性を全く考えなくていいのは健康指輪のおかげだが、それがなくてもユーキは干しぶどうを食べただろう。


「ウチもいただくわ」


 健康指輪を持たないヤヨイだが、猛毒は無理でも食中毒程度ならタフネスの高さで防御できる。

 本心では干しぶどうに興味はないが、ここはアリルレのペースに乗ってでも話を進めたかった。


「あれ。コレ。うっま。それで、話を進めたいんだけど」

「ケー様ならもういませんよ。既にここを出ていかれて魔王城へ向かわれました」

「魔王城……先生どうして」


 砦を放置して、博霊隊を放置して、ケーが全てを投げ出して先へ進む性格とは思えなかった。割と面倒見がいい先生だと思っていたのに、ユーキは裏切られた気分だった。


「主神様がこちらへお越しになったからです。トロールを全滅させると私に伝言を残されました。その伝言を聞いてケー様は出ていかれたのです」


「伝言の内容は?」

「『はやく城に来い。遅れたらもうひとつ追加する』と、それを聞いた途端飛び出していかれましたが、どういう意味かわかりますか?」


 それを聞いた途端ヤヨイは拳を強く握りしめ、隆起した筋肉が湯気を放った。


「どうやら、その主神様って奴が全てを知っているみたいね」


 ヤヨイの様子を見て、ユーキも察したらしい。伝言を残した主神こそ故郷の仇だと。だが闘志丸出しのヤヨイとは反対に、ユーキは落ち込んでいた。

 なにせ相手はトロールを全滅させられる力を持っている。ユーキの脳裏には死骸運搬係が運んでいた荷車の映像が浮かんだ。今のまま挑めば自身もああなるのが目に見えている。故郷の仇が地球人ならどれだけ良かったか。


 それぞれが別々の気持ちを抱き、静寂が集積所を支配する。

 しかし、その静寂は長く続かない。一人のエルフがノックもせずに飛び込んできた。


「アリルレ様! 大変です! 外にいらしてください!」

「いったい何事ですか?」


「は、はやく来てください!」

「落ち着いて事情を説明なさい」


 突然やってきたエルフは王族の前だというのに、恐れもせず無礼な行為を繰り返した。


「か、神様です。しかも私たちの!」

「どの神様ですか?」


「生命神アンカーネ様と魔海神エンカナロア様です!」


「まあ! 夫婦神ですか。それは大変ですね」


 驚いた表情を見せながらもアリルレは冷静だった。


 ジュフタータ大陸で最高神と崇拝される2柱が顕現されるとは思わなかった。だがケーの奇跡を受け、主神天ムカエルの力を目の当たりにしたアリルレにとって、地方神の訪問などもはや些細な事件に成り下がっていた。


 もっとも興奮を見せたのはヤヨイだ。感情の(たかぶ)りをぶつける相手ができたことに喜びすら感じている。


 今すぐにでも飛び出していきそうなヤヨイを見かねて、アリルレが場の空気を乱した。


「自己紹介がまだでしたね。私はエルフェン国第四王女 アリルレ・エルダース・カンモリ・エルフェン。あなたの名前は?」


「白田ヤヨイ。ただの白田ヤヨイよ」


 自己紹介が終わると、おもむろにアリルレが衣服を脱ぎ始めた。驚きの行動にヤヨイとユーキは困惑するが、伝言役のエルフも脱ぎ始めてさらに困惑を深めた。


「ヤヨイさん落ち着きなさい。あなたではお目通りが叶いません。私が行きます。手伝ってくれますか?」

「どうしたらいい?」

「神に拝謁するにあたって身を清める必要があります。その辺りの樽にワインが貯蔵されていますから、中身を布に付けて私の全身を拭いてください」


 ヤヨイは背負っていたリュックを置き、アリルレの言う通りにワインが貯蔵された樽を探した。見つけた樽の蓋を開けると甘い果実の匂いと酒精の芳香が飛び出してきた。樽の中身をコップですくう。

 布にワインを染み込ませ、雪のように真っ白なアリルレの身体を拭いていった。


「ハァハァ……アッ……くっ……」

「ハァハァ……ここ? 染みるねー……染みるわよねー……ハァハァ……」


 アルコールが肌にしみるのか、布を当てるたびにアリルレは吐息を漏らして身を捩らせていた。ヤヨイはその様子を楽しみ、舌なめずりしながら拭いていく。


「もう……充分です……」


 全身を拭いてもまだ拭こうとするヤヨイの手をアリルレは優しく払った。それから一糸纏わず歩き出し、集積所の出入り口で振り返る。


「あなたたち二人はここに残ってください。絶対に出てきてはなりませんよ」


 そう言い残して伝言役のエルフと共に出て行った。


 終始ペースを取り返せず、呆気に取られていたヤヨイとユーキ。アリルレたちの姿が見えなくなったところでようやく正気に戻った。


「絶対にするなと言われて黙って従うわけないでしょ」

「うんだ」


 こっそりと集積所を抜け出し、廊下の先にある格子窓から外の様子を確かめる。


 カシャ!


 だがそれは最悪のタイミングだった。


 スマートフォンを両手で構えて城館を撮影する海洋生物と目があった。魔海神エンカナロアだ。


 その姿はまるで直立する頭足類だった。膨れ上がった頭部には大きな白黒の目玉、顎には無数のイカの足、全身は青い警戒色を出したヒョウモンダコのような模様で表面がぬらぬらしている。胸と背中から無数に生えたタコの足が上半身を覆い隠し、スマホを持つ5本指の両手には水かき、二足歩行の足の指にも水かきがあった。


「やべ!」


 急いで格子窓から顔を引っ込めるがもう遅い。

 エンカナロアが格子窓に顔を押し付ける。まるで天突きからところてんを押し出すように、格子窓の網目からニュルニュルと顔面が流れてきた。

 床を這いずる大きな目玉がヤヨイとユーキを完全に捉えている。


 逃げるべきか、それとも立ち向かうべきか、ヤヨイは時を止めて考える。

 しかし、思考する間もなく次の瞬間には時が動き出していた。


「おまえ、時を止めたな?」


 床にへばりついた唇が動き、乗船の汽笛のような声を出した。

 重く響く声と威圧感に身動きが取れなくなる二人。


 その間にも、ゆっくりと、格子窓からエンカナロアの肉体が滝のように流れてくる。


 やがて全ての肉体を流し終わると、噴水が湧き上がるようにエンカナロアは元の形を取り戻し、おぞましい姿を現した。


 それはケーと対峙したときと似通った恐怖を与えた。〖威風堂々〗〖恐慌無効〗のスキルを突き破って海洋生物恐怖症を引き起こさせる。


 絶対強者との対峙は二人ともこれが初めてではない。おかげで怯えや不安はすぐに取り除かれたが、だからといって最善の策が浮かぶわけではない。


 二人の武器は魔法金属製。いかに神であろうと倒せることはケーから聞いていた。

 しかしヤヨイの切り札はすでに破られたと言ってもいい。ユーキの切り札は外でヤタガラスと戯れている。


 万事休す。己が鍛錬の蓄積を信じて武をぶつける手段も残っているが、素直に応じるかはエンカナロア次第だ。戦闘の意思を見せた瞬間に殺されてもおかしくない。現時点で生きていることが既に奇跡なのだ。


 絶対強者と対面してしまったら弱者に選択肢は与えられない。本来、弱者が出会ってはいけない存在だ。対面してしまったら最後、攻撃も逃避も悪手。祈ることだけが弱者に許された行為だ。


「おまえ、時を止めたな?」


 2度目の質問がエンカナロアから飛んできた。対話を望んでいるならば助かる道があるかも知れない。

 しかしイエスかノーで回答したとして、その答えで満足されれば助からない。興味を持ってもらえる返答でなければ即座に殺される。


 質問を投げかかられたヤヨイは沈黙して最良の答えを考える。〖高速思考〗をフル回転してエンカナロアの性格を分析した。


「早く答えんか。〖高速思考〗を持っているであろう?」


 ステータスまで完全に見透かされている。ヤヨイはなぜ質問が飛んでくるのかを考えた。

 ヤヨイのステータスが見えるならば、質問の意味が変わってくる。


(嘘をつかなくてよかった。ステータスが見えるなら、ウチが時を止められることはわかるはず。いったいどんな答えを求めているの。こいつは何を知りたいの。少なくともステータスを見るくらいには興味を持っているってことよね)


「たしかに時を止めました。どう接すればいいか考えるために」


 ヤヨイは正直に答えた。とにかく今はこの場を切り抜ける方法を考えた。

 ストレス発散に使おうとした相手にヤヨイはビビり散らかしている。怒髪天に来ていた頭を冷やしてくれたアリルレへ感謝の気持ちが湧いた。


「おまえ、いま感謝したな。なぜであるか?」


(心を読んだっ! いや、感情を読み取った? 危ないわね。敵意を出さなくてよかったー)


「あなた様に出会えたことへの感謝の気持ちです」


 アリルレへの感謝の気持ちを利用してエンカナロアを安心させるために使った。エンカナロアの前でアリルレの名前を出すことに躊躇いもあった。


 だがこれが失敗だった。



「おまえ、嘘ついたであるな」



 上半身を覆い隠していたタコの触手が持ち上がり、茹で蛸のように丸まった。触手はエンカナロアの頭部を隠す。

 上半身には無数の目が隠れていた。無数の目は青く不気味に輝き、全ての焦点がヤヨイに向いていた。


(まずい!)


 ヤヨイは時を止めるが、1ミリも動けないまま時が動き出す。


 膨大な魔力が上半身に集まり、光の魔法が発射される寸前ッ──!


『イヤッホォォォォ!!!』


 ユーキの切り札が城館の壁を突き破ってきた!


 そして充填完了した光の魔法が無数の目から放たれる。

 ただし、魔法が向けられたのは新しい興味に対してだった。


『ギャアアアアアアアアア!!!』


 膨大な光魔法の嵐がケージを襲う!

 強大な圧力に抗えず、空の彼方へと飛んでいった。


 ケージのおかげでわずかな隙ができた。ヤヨイとユーキはこれを見逃さず、廊下から集積所へと飛び移る。そして集積所の壁に穴を開けて城館から抜け出した。



 一方、城館ではエンカナロアがヤタガラスに襲われていた。トロール砦に全部で81羽いたヤタガラスは40羽にまで減っている。


「カーッ! カーッ!」「カーッ! カーッ!」


 ようやく全てのヤタガラスが揃ったというのに次々と殺害され、エンカナロアの周囲に真っ黒い羽根が重なっていった。


「あなたー。遊んでいる場合じゃないんじゃないかしら。そろそろここを離れましょう」

「そうであるな」


 付き纏うヤタガラスの首を折られ、残されたのはたったの2羽。魔海神エンカナロアは生命神アンカーネと共に砦をあとにした。



 布を一枚羽織ったアリルレが惨劇の場所に訪れた。

 補修が難しいほど城館は穴だらけ、ヤタガラスの死骸が散らばっていて掃除は大変。それなのに何も得られていない。ヤヨイが忘れていったリュックくらいだ。命が助かっただけありがたいと思うべきなのだろうか。


 アリルレが築いた活動拠点は荒れに荒らされ、災害が通ったあとのように虚しい空気が流れていた。


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