第9話
都市
ミッドガルド
ミッドガル王国の都市。流通の中心である。また、ミッドガルドは、
中央区(別称無し)、
南区(商区)、
西区(貴族区)、
東区(奴隷区)、
北区(庶民区)、
の五つに分けられており、それぞれを高さ二階分ほどの城壁で区切られている。この中でも、中央区はさらに区切られ、中央区のその中心。王城や国事組織を集めた中枢区がある。なお、王都冒険者育成学校は中枢区ではない。
また、スティスク川は、西区、中央区を通り東区へ流れ、貿易船の要であり、第一王都冒険者育成学校のすぐ後ろを流れるため、他区からの通学にも使われる。
流れ、止まり、また流れる。
合わさり、混じり、時に別れる。
ゆうらりと溶け合い、沈み行く。
その中、燦然と煌めく、青。
誰の意思でもなく、ただそこにある。
それだけだったら、良かった物を。
*
突然だった。静寂は喧騒に。現実は理解よりも早く、移ろい行く。
まあ、分かりやすく言うと襲撃された訳だ。そして、皆が騒ぎだして、今、俺は執事たちに連れられ、王城まで向かっているってことだ。執事の数は約13人。恐らく私に見えない所にも複数人いるのだろう。
「おい、貴様ら、ずっと隠れてたのか?」
「左様でございます。サイラス様」
「え?だって俺の周りにはいつも一人しかいなかったが?」
「サイラス様。この国の王子をたった一人だけで護衛するなんて事があるでしょうか?」
まあ、そうだよな。ただ、俺に何も言わずに護衛していたのはなんか気味が悪い。後で文句を言ってやろう。
と、半ば現実逃避的な思想に興じているうちに中庭に付いた。ここから正門を出て真っ直ぐに行けば王城がある。
が、ここで違和感を覚える。ここまでの道のりで襲撃者らしき人物を見てない。交戦の雰囲気が無いのだ。
「おかしいですね」
どうやら執事もこの異変に気付いたようだ。だが足は止めない。一刻も早く王城へ向かう。
が、やはり、そうは問屋が卸さない。
中庭の真ん中。庭園で咲き乱れる夏の花々に囲まれている中心。美しい花々とは不釣り合いに薄汚れた男がそこに立っていた。
そいつは薄汚れたと言うより、ボロボロになった、その方が表現として正しいのかもしれない。それよりも目を引くのはその右手に携えた細長い鉄塊だ。長さはおよそ1メートル程。剣と言うには形が不恰好過ぎる。それは細い筒を張り合わせたような造形だった。
「よう。元気か?青二才」
警戒態勢に入る。辺り一帯を確認しても彼一人だけである。こんな状況で一人ということは何か裏があるのだろう。
「サイラス様。お下がりください。奴は恐らくスキアー盗賊団の福長。ウラノスだと思われます」
「ほう?ずいぶんと博識じゃねぇか。おらぁてっきり"誰だテメェ"で始まると思ったぜ?」
「目的は何ですか?」
「そんなホイホイと言うと思うか?」
「よほどの理由が無い限りこの学校を襲撃するとは思えません。再度聞きます。目的は何ですか?」
「おやぁ?おかしいなぁ。誰が学校しか襲撃してないって言った?」
全く分からない。どのような会話の流れなのだ?
「おい。執事。一体あいつは何を言っているんだ?」
「ケ!こんなことも分からねぇのかよ」
あいつが嘲笑う。
「サイラス様。あの方の言うことは全て戯言です。深く気にしてはいけません」
そうだろうか。だが、今考える事では無い。今は生き残る事を考えよう。
「申し訳ございませんが、私どもはサイラス様を安全に王城まで送り届けるのが仕事です。少し手荒になりますがよろしいですか?」
「あー、相手したいんだけど、合図が出るまでは、誰も殺っちゃいけないんだよなぁ……」
「ではこちらから行かせていただきます」
そう言って執事たちは駆け出していく。5人が攻めに。残りが私の守りに徹する。
ここで解説だが、王族直下の執事は多少の荒事にも対応できるよう戦闘術を心得ている。基本武装は小刀。さらには王族の執事たるもの華奢である方が好まれる。故に体つきは細い者が多い。だからといって侮る無かれ。彼らはその身体のハンデを物ともしない戦いぶりを見せる。護身、虐殺から御茶会の準備まで。命じればその倍のクオリティで帰ってくる。詰まる所、5人に囲まれては並の人間では死を覚悟するしかない。
が、あいつはどうだろう。5人も相手にしているのに飄々と全ての攻撃を避けている。
「おお、危ない危ない」
緊張感など微塵も感じない。その余裕は、その目は、まるで格下を憐れむような、いやな授業がある日の朝の気だるさのようだった。そこで執事はさらに2人を戦闘に向かわせる。が、事もなく避けきられてしまう。
「おい、青二才。テメェは何で俺らが襲ってるか知ってるか?」
何の話だ?そんなこと知っている訳が無いだろう。そもそも攻撃を受けながら会話をしようとする精神が分からない。
「知らない」
「あ"!?マジか!?…ちぇっ、知ってれば殺れたのに………」
その時である。王城から、ピーッ、とかん高い音が響く。見れば、煙弾だろうか、赤い煙が一直線に空へ空へと舞い上がっている最中だった。上がって上がって、そして落ち始める。
「あちゃー、駄目だったか」
雰囲気が変わる。彼から余裕が消える。変わりに浮かぶのは、誤魔化しようの無い殺意。その殺意の化身から、かろうじて意味を成す言葉が紡がれる。
「さあ、反撃開始だ」
*
「…カナタ…?」
呼び掛ける。が、返事は無い。一体、どうしてしまったのだろう。すると突然カナタが今来た道に駆け出していく。
「え?ちょ、ちょっと!待って!」
ここでは大声も出せない。仕方がないのでカナタの後を追う事にした。
走りながら気付くが、校舎中に生徒、又は襲撃者がいない。恐らく、生徒をどこか一部に集めているのだろう。状況は悪いが、好都合だ。足音も立てずに物凄いスピードで駆け抜けるカナタをどうにかして追いかけるために、バタバタと足音を立ててしまっているからだ。
そしてカナタはその勢いのまま学校の武具庫へ入る。そこかしこに仕舞われる剣や槍、盾や鎧兜、その他諸々。その中から、学校の備品では無い剣を取り出す。恐らくカナタの真剣だ。
というのも、ここには様々な家紋が入った剣が多い。数ある貴族達の風習の一つとして、その家を背負う者の証だったり、優秀である子に短刀を送る文化があったりと、何かと刃物を重宝するからだ。しかし学校で刃物を振り回されても困るので、ここで一斉に保管している。なお、この武具庫の鍵は過去から一度も存在しない。だが、今は関係のないことだ。
「ちょっと!カナタ!さっきからどういうことよ!」
ここなら大声を出しても大丈夫だと踏んでカナタを問い詰める。カナタはというと真剣の鉤爪を探しているようで私には取り合ってもくれない。だからだろう。ついカっとなってしまう。そのまま歩み寄り、胸倉を掴み、壁に叩き付け、強制的にこちらを向かせる。壁に飾られた武具が落ちて大きな音を立てる。にも関わらずその黄金色の瞳はこちらを見ていない。
「…ッ!聞いてるの!」
声を荒げる。と、ようやく目が合った。いや、合ってしまった、の方が正確だろうか。もし、視線に温度という物があるのなら、私は氷の彫刻となっていただろう。つい、手を放し、後ずさる。
「…カナ…タ…?」
カナタは私が手を離すと、途端に興味が失せたように鉤爪を装備し、剣を腰のベルトに差す。そのまま、外に出ていく。その時、私の横を通り過ぎる時だった。カナタが耳元で囁く。
「何も知らなくていい」
その声は、普段のホンワカした物ではなかった。
が、どれほどカナタが恐ろしくても、今は付いていくしかない。
今はそれが一番安全なのだ。
*
「あはは。始まったね。楽しみだねー楽しみだねー」
一人の少女が、いた。
「ここではどれだけ暖かい愛を見られるのかなー?」
一人の少女が、佇んでいた。
「さっきまではあんまり暖かくなかったからねー」
一人の少女が、血まみれになりながら、佇んでいた。
「だからきっと、もっと暖かい愛を隠してる人がいるはずなんだー」
一人の少女が、内臓が飛び出てしまったような人々の中心で、血まみれになりながら、佇んでいた。
「見つけられるといいなー。あはは。やっぱり楽しみだなー」
一人の、深緑色の髪の少女が、内臓が飛び出てしまったような人々の中心で、血まみれになりながら、佇んでいた。
その赤い表情に、愉悦を浮かべながら。
本日、本格的にこの世界の世界観を変える為に今までの話を多少変更させていただきました。これまでご愛読されていた皆様(多分いない)に、この場を借りて謝罪を。
マジすんません。