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いずれ英雄になる君へ  作者: 入井 橙治
王都襲撃事件編
6/13

第6話


 はっと息を吸う。

 今まで息をしていなかったことに気付く。

 「息を吞む」とはこの時のためにあるのだろう。

 それだけ、圧倒され、魅了された。

 この試験は驚く事はあってもそれは、その歳にしては、でありここまでなることはない。それでもカナタは圧倒して見せた。


 庶民がこの校舎を踏む日が近いな。


 そう思って次の会場にレイリーンは向かう。



 しかし遠距離はまるでだめだったがこの事を知るのはもう少し後のことである。





 サイラスは柄にも無く緊張していた。

 学校のベンチに座っているが内心、ソワソワして仕方なかった。

 確かに受験で緊張しない奴なんかいないのかもしれない。


 思えばあの日、あんな奴に関わらなければよかったのかもしれない。そこから調子が狂った。


 …まあ、それでも私にミスは無かっただろうけど。


 そう思ってあの日を思い出す。


 あの日、それは数日前の受験の日のことである。

 その日、サイラスはあいつに王族であるという誇りを、権威を、常識を、無かったこととして扱われ、挙句の果てには私を否定するという愚行を働かれた。

 公平を謳っている試験官すらも私に配慮はしてたぞ?それなのに…

 ああ、思い出すだけで怒りが沸いてくる。


 そして今、だがその怒りを感じない程に緊張していたのだ。

 なぜなら今日は試験結果の発表日だからだ。


 あの日以外会ってないがあいつは落ちていたらいいな。


 そう思いながら学校の時刻針(じこくしん)を見る。

 あと一分で開示だ。すでに多くの生徒が集まっている。

 もちろん、私の回りには取り巻きと執事たちと、そしてあの日あった黒髪の奴がいる。


 ………黒髪?


 ……いやいや、まさか。そんなことあるはず無い。これは幻覚だ。まさか黒髪の奴が自分の隣に座っているなんて。


 深呼吸して目頭を抑え、もう一度横を見る。


 ………やはりいる。


 ものすごく自然にそこにいる。


 私は一周回って逆に落ち着いた心持ちで執事を呼ぶ。


「おい。なぜこいつがここにいる?」


 すると執事は少し驚きながら、


「お言葉ですが、主様(あるじさま)がその方の隣にお座りになられたのですよ?」


 と言った。


 ………は?


 何言ってんだこいつは。いやいや、まさか。そんなはず………


 と、思い出せば座ったときに隣に誰かがいた気がしたが………


 こいつだったのか!?


 と、驚きながらもう一度そちらを見ると、もうそこには奴の姿は無く掲示板の方に歩きだしていた。


 時刻針(じこくしん)を見ると予定の時間になっていた。

 掲示板にはもう結果が張り出されていた。


「ッ!クソッ!」


 ふと気が付けば走り出していた。今は取り巻きも、執事たちも、王族という肩書きも、全て邪魔だった。

 思いはたった一つ。


 あいつの後は嫌だ。


 その時、ただ一人の少年のように走り、追い抜く。

 本人は気づいてないが緊張はもう無かった。

 掲示板に群がる人々を押し退けながら番号を探す。

 そして自分の番号を見つけた。

 それ即ち、合格を意味する。


「どうだ?これが俺の実力だ!」


 と、さっき追い抜いた奴に振り返り、自慢気に叫ぶ。

 そいつは少し不思議そうな顔をしたが、すぐに、


「おめでとう」


 と言った。

 その時、サイラスの胸には確かな安堵と、それとはまた異なる穏やかな感情があった。

 だがその事にはまだ気付かない。


 そして、取り巻きや執事たちが追い付く頃にはいつも通りの皮肉な態度で


「お前は受かっていないのか?」


 ど、聞いた。


「合格したよ」


「ま、それはそうか。調べた所、お前は庶民らしいからな。こんな高貴な学園に入学出来る訳……」


 ……ん?合格?


「………は?」


 聞き返そうとした時にはもうそこにあいつの姿はなかった。


「………あの、野郎がァァァァァ!!!!!!」



 今回も叫び声は空に虚しく消えた。





 …よかったの?


 …なんのことだ?


 …あの子のことだよ。


 ………


 …黙る位なら入れなければよかったのに。


 …よい。私が決めた事だ。


 …あの子には少し辛いかもよ?


 …だとしても、意味はある。


 …あの子の姓、知ってる?ユーリアスだよ。


 …そこを対処するのは私の役目ではない。それに、いざとなれば国が動くさ。


 …酷い話だね。


 …だが私は校長だ。学校内では守るさ。


 …いずれ、火種になる可能性のあるモノをね。


 …仕方あるまい。私だって神子伝説を信じたいのだよ。


 …眉唾物だと思うけどね。





 学校は、始まってしまえば大したことは無かった。

 授業は基本先生の一人言だし、休憩時間となれば我先にと媚を売りに行き、あちらこちらの貴族様にご挨拶だ。

 もちろんカリアはこんなことしたくて入学した訳ではない。

 だから早々にご挨拶をやめ、教室でも孤立した。


 自分が選んだことなのだから寂しくはない。

 だがそれでも教室にいるといつだつて小言を言われる。それは少し辛い。

 だから図書館に入り浸ることになった。図書館はいい。静かに、知識を押し付けてくれる。それに、最近知り合った子がいる。

 今ここにはいないが、名をカナタというらしい。ここら辺では珍しい名前に髪色なのでどこ出身と聞けば東と答えるばかりだった。


 …東にある町で、そのような名をつける文化は無かったと思うけど…


 まあ、答えたくないのであれば無理には聞かない。

 だが、その前に…


「何であんたがいるのよ…」


「悪いか?」


 思わずこぼれた小言にサイラスが反応する。何故かサイラスは取り巻きを一人も連れてこずに執事兼護衛一人連れてくるだけでいつものようにここにいる。

 正直、訳が分からない。入学して速攻でサイラスとカナタは決闘まがいのことをして、問題となり、てっきり仲が悪いのかと思ったら、まったくそうではないという、もう分かんないことになっている。

 ちなみに決闘まがいはカナタが勝ったらしい。


「俺はカナタに用があるんだ。お前じゃない。それに、カナタがいて良かったな。こいつのと約束がなければお前を退学させる所だった」


 そう。決闘の条件が、サイラス側はカナタの退学、カナタ側はサイラスと友達になること。


 …正直、カナタは大馬鹿者だと思った。だが、何とかなってしまった。そして、友達の約束として、無闇矢鱈(むやみやたら)に権力を使わないこと。学校内では皆同格として扱うことを約束したのだ。


「そもそもカナタがいなければ私たちは出会わなくて済んだのに」


「それはどういう事だ?」


「いやあんた、絶対図書館なんて来なかったでしょ。カナタがいなかったら」


「だが、カナタのおかげで面白い本があることも知った。」


「あら、あんたにしてはいいことを知ったじゃない」


「ッ!馬鹿にしているのかッ!!」


 と立ち上がりかけたサイラスの肩に手が乗った。その後ろにはカナタがいつも通りの微笑で立っている。


「図書館では静かに」


 カナタの発言には有無を言わせぬ迫力があった。


「…チッ。運が良かったな」


 そう言ってカナタとサイラスは図書館を出て行った。

 不思議な組み合わせだと思いつつ、カリアも次の授業の教室まで向かった。


 …これは何となくだが、カナタ達とは長い付き合いになりそうな予感がした。



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