第13話
脚に、常人には宿すことの出来ない強大な力をこめ、爆発させる。
その瞬間に、金色の残光が、一閃駆け抜ける。
それは金の尾を引き、美しい弧を描き、空を切る。
対象は、既にその場にいなかった。
繰り出す技と技の押収。
舞い上がる粉塵と火薬の匂い。
間合いを開け、剣では届かない位置から引き金を引くが、それも刹那の内に詰められ、再び剣撃の間合いに入ってしまう。
位置を変え、手法を変え、その体を切り裂こうと迫る。
刃を滑らし、大きく引き、その体を打ち抜こうと狙う。
そこは、戦場だった。
皮肉にも、それに魅入られ、目が離せない、愚か者が居た。
*
こいつはヤバい。
名乗りを上げた時、その名前を知っていたのは偏にその知名度の高さ故だろう。歴代の兵士団の上位層は、怪物じみた戦闘能力で名を馳せていた。その中でも異例。女でありながら歴代最強の座を恣にしている『黄金の閃光』。今回の作戦の要警戒対象。
なるべく早くカタを付けなければ負けるのはこちらである。が、思えばそこまで焦る必要はない。もとよりこいつもターゲットの一人だ。殺す順番が変わっただけ。
気を静めてその瞳に殺意を籠める。そして狙いを定め、引き金を引く。
乾いた破裂音と共に推力を持つ鉄塊が射出される。それは黄金比で象られた顔の眉間を貫くはずだった。がそんな事実は存在することなどなく、その二つ名に違わず、人間離れした加速で接近。黄金の刃が首元まで迫る。それをすんでのところで回避してもう一度距離を取る。が、狙いを定めている暇もなく次の刃が迫る。
自分の戦術が一切通じない相手に不愉快を感じながらも回避に専念してしまう。そんな自分に不機嫌になる。この悪循環だった。
だが攻撃できない間、脳死で回避していたわけではない。相手の動きが一瞬だけ滞る。その時が不定期に訪れる。その法則を見出そうとしていた。そして案外簡単に分かった。
その仮説を確かめるため、回避した後、銃口を相手には向けない。別方向、正確にはサイラスがいるところに向ける。すると挙動が歪む。そしてサイラスを庇うように射線の間に入った後に、先ほどと同じ閃光のような速度でこちらに迫る。
弱点発見。
口角が吊り上がる。これなら勝てると。
とりあえず相手の足を狙い引き金を引く。当然避けられる。相手は慣性を殺さずにこちらに迫る。
避けられるのは加味して撃ったのだから問題ない。さらに僥倖なのは相手がこちらに迫るこの状況だ。
私はようやく愉悦した。相手を自分の策に嵌めてやったと。
相手にとって左手側、盾を使い視線を切るように、地を這うほど低い姿勢で、駆けるというより飛ぶように。相手の不覚を取られたような表情を横目に相手の裏を取る。
正直、このままサイラスの所まで駆けていき、人質として使いたくもあったのだが、相手には、機動力、反射神経、戦闘継続能力など様々な面で負けている。
この状況で人質は、私にとっても荷物でしかない。
もっとも'生き残る事を念頭に置けば'だが。
サイラスを背後にしつつ、がら空きの背中に向かって照準を定め撃つ。
だが、相手は残像が残る程のスピードで盾をこちらに構えなおしそれを防いだ。
マジかよ。
だが、想定の範囲内ではある。今の我々の位置関係は、サイラスと相手の間に俺がいる。
今までの戦闘から導くに、俺は後ろに距離を取る。そして相手は詰めてくる。であるならば、俺の後ろにサイラスがいるのは不都合だろう。
相手はそのまま俺を中心に円を描くように走る。俺は必要以上に追わずに狙って撃ち続ける。
だが、当たらない。狙い、撃った時にはもう既に狙った場所には居ないのだ。まれに先読みの一撃が当たったとしても、それは大きな盾に小さな傷をつけるだけである。
くそぅ…位置を変えても何も変わらない…
今でも柱を巧妙に使い、射線を切り、予想外の方向から飛び出し、その刃を届けようと鬼気迫る。
仕方ない。一を変えてもなにも変わらぬのなら、零を変える。
鉄炮の導火線に火を付け、投げる。
相手は、勿論警戒するはずだ。その隙を突いて、サイラスに銃口を突き付ける。
すまない。そこに突っ立ったままの貴様が悪いのだ。
爆発。
その瞬間、神すらも見逃す刹那の内。
死ね。
と、引き金は引かれた。
大きな破裂音が響く。銃口から飛び出した衝撃波は音速を遥かに凌ぎ、サイラスの頭を貫く。
はずであった。
行き場を失った衝撃波がサイラスの頭の少し上を通り過ぎ、後ろの柱を粉砕する。そして耐え難い自重に、装飾の濃い屋根は崩れ落ちる。
その下にいるサイラスはその下敷きにもならない。爆煙の中から黄金色の流星が、押しつぶされる刹那前にサイラスを回収。腕に抱くようにして助け出す。
それは、
それはまるで、いつか聞いた神話の、勝利の女神が抱擁するかのような、それでいて、風が吹けば儚くも舞い散ってしまう花のような可憐さを背立させた、
女神だ。
あぁ…そうか。初めから、勝てなかったのだな。
これが、定められた未来なのか。
だが。私は諦めない。
もう引くことなど許されないのだ。
英雄の鎮魂歌など無くていい。
この勝負の結末が、何も成さない悲劇で終わってもいい。
私という人間が生きた証を、世紀の大悪党でも我々が居た証を!!!
*
まずい!
サイラスに銃口が向けられている。そのままでは命令を遂行できない。
イカナル条件デモ命令ハ遂行サレナケレバナラナイ。
どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?
思考は堂々巡り。何もまとまらない。
例えばあの爆弾のようなものを無視して前に出たとてその後サイラス様を守れるとは思えない。いかなる訓練を受けても死ぬときは死ぬ。
その時、ふと視界の端に人影が写る。
あれは…
私は盾と剣を放り投げ全速で柱の後ろを駆ける。
予想通り。
凶弾はサイラス様に当たる事はない。
ほぼ賭けではあったが、あの人物に託すことにしたのだ。
きっと彼ならばこの状況を打開できる。
この信頼がなぜ湧くのか自分でも不思議だった。普段なら絶対にしない、初対面の人間を信頼する。
なぜこんな事をしてしまったのか。
それは殺意の流れ、その収束点が私じゃない。そんな確信があった。
現に賭けには勝った。
ならばここからは詰めを辛くし、勝利するだけだ。
倒壊する石柱を避けながらサイラス様へ急ぐ。
サイラス様には悪いが、かっさらう様に抱きかかえる。
崩壊する空間から逃げ出せば、落ち着いて周りを見回す。
乱入者は、窶れが見える初老のような、だが、自身の膝まですらっと伸びだ右手、その先に、まるでガラス細工を割ってしまった、その鋭利な先端をそのまま爪にしたかのような、
あえて言うなら御伽噺に出てくる壮麗な龍の鉤爪のような、その意匠がそのまま宿ったかのような右手。
全身の服装が黒を基調にしているだけあって、その蒼白く輝く右手がより毒々しい。
だが、全体的に細身のシルエットと小さい割に凝った装飾の小物たちは生まれの高貴さを連想させた。
鋭利な三白眼が見抜くは襲撃者。答え合わせはこれだけで十分だった。
その鉤爪で銃身を少しずらしたのは分かる。だがその後が分からない。
なぜ襲撃者の左手が切り飛ばされているのだ?
まて落ち着け。状況を整理しよう。
私はサイラス様を守ろうとした。だが油断してしまった。
そこに都合よく乱入者が来た。
そして襲撃者の左手が吹き飛んだ。
…まさか逆か?
左手を切り裂いた反動で銃がずれただけか?
思考が深層へ潜りたがっている。が、今は気にすることではないと無理やり浮上させる。
今は、この腕の中のぬくもりを、信じればいい。
*
現状、空気は凍り続けている。いや、あまりの高熱に、気体以上の超常的な存在に至るまで熱せられていると言ってもいい。
一人の女神の腕の中で気絶してしまった愚者と、腕を失った勇者と、その勇者を睨み呪詛を唱える鬼。
薄暗闇恐ろしく、終わりはまだ先。
恨みつらみの中心で終着点。
読点は近く 句点は遠い。
、
2024/09/07
皆さんどうも。筆者です。
長い間更新できなかったことお詫び申し上げます。
私生活や自分自身の考えの変化により、今現在も含め、満足に執筆できない時期になってしまいました。
そして、この作品と時間を置いた結果、ある一つの結論に至りました。
「これ、メイド〇ンアビスと風の谷のナ〇シカの劣化版では…?」と。
よって、これ以上の執筆活動は難しいと判断し、誠に勝手ながら打ち切りとさせていただきます。
長らくのご愛読ありがとうございました。
今後の活動につきましては、自身の構想をまとめただけのアイデアノートをぽつぽつと投稿していく予定です。
あなたの空想活動、または創作活動の一助になればと思います。
最後になりましたが、ここまで、拙い文章を読み切ってくださった皆さんへ、心より感謝申し上げます。