第12話
組織
兵士団
国が保有する戦力。
古くは、魔生生物や悪人から市民を守るための組織として存在していたが、今ではそのような荒事は減り、関所や道の整備、未開拓地区に生息する魔生生物の討伐や法による正義の執行を主な活動としている。そのため、対人戦闘は不得手としており、また実際に対人戦において最前線で戦闘した経験がある人数も少ない。だが、団長率いる『殲滅隊』と副団長率いる『不死隊』は別である。
『剣は王のために。それ以上に民のために』
ゆめゆめ忘るるべからず。
そこは水面の底。
流れる微睡ゆうらりと。
青く碧く、煌めき輝き照らしながら、《青》があった。
それは燃えていた。
青く白く燃えていた。
そこに、和を乱さず、音もなく、沈む一人がいた。
紺い蒼い時を赤く紅く染めながら落ちていた。
一人は見ていた。
たった一つ、煌々と燃える青い青を。
口元から、空白の声が零れる。
手を伸ばす。
伸ばして伸ばして伸ばして、
掴んだ。
ふっと体から、枷が外れるように、上へ引かれる。
一人は、今になって、自分が苦しんでいた事を認識した。
一人の体から色が抜けていた。
《青》はもうなかった。
代わりに、一人は、青く白く、虚ろっていた。
水面が近づいていた。
そして、目覚めた。
*
覚悟した死は来なかった。
ガキンと、大きく大きく金属音が響く。
見開いた目には、流れるような美しい金髪。左手の身長ほどもある巨大な国の紋章を象った盾。所有者は比較的軽装の鎧を着込んでいた。
そこには、天女と見紛う程に美しいと感じる人がいた。
ふぅ、と短く息を吐く姿すら、妙にサイラスの胸をかき乱した。
まだ顔も見ていないのにという自虐すら追いつかない程、未知の感情に囚われていた。
「大丈夫ですか」
彼女がちらりとこちらを見て問うた。その艶美と感じる唇から、意外にも細く感じる首から奏でられる声色は、天の導きとすら思える。その時見えた黄金色の流し目は、呼吸もできない程の輝きだった。辛うじて返事するも、
「お、おう…」
と、大変情けなく弱弱しい声しか出なかった。ちらりと見た顔は、今まで見たどんな美女よりも、どんな貴族よりも可憐だった。
先程までの死の気配などとうに忘れていた。そんな愚か者を背に脅威と相対す彼女は腰の装飾品の少ない鞘から黄金色に輝く直剣を抜き、相手にその切っ先をむけ、その透き通るような声で高らかに宣言する。
「我が名はヴァルキロイド・グロウリー。この国の盾であり矛である兵士団、その副団長である!そして、今、貴様を打ち倒す者なり!」
その美しい名前を、胸の内で繰り返す。それだけで心音が加速する。
この時、まだこの高鳴る感情を理解できてなかったが、それでもそれを心地よく思った。
*
事前に知っていた襲撃の日。どうせ上からの指示は期待できない。ならばこちらの判断で動くしかない。私はこの国の盾たる兵士団、その副団長だ。全ては、せめてこの国の安寧を守れるために。もう必要以上に失わないために。あの燃える日のように、理不尽が幸せを奪わないように。
不意に遠い郷愁が襲来した。胸に穴が開いたような虚しさが力を抜いていくようで、負けないようにと両方の頬を叩く。
ここは城壁の上、四本の塔で国の全てを監視できる場所、監視者塔。その最上階。私はその東塔にいる。ここにこの国の情報を収集する緊急体制になっているが、勿論国からそんな指示はだされない。団長の独断で出された指示に従い緊急体制を整えた。
もし本当に国を落とす気ならこの監視者塔は真っ先に落とすべき場所だ。狙わない手はない。今回ばかりは本当に人を相手に戦うことになるのかと兵士たちにも緊迫感が募る。
だがその緊張も昼が近づくにつれ緩和されていく。所詮はハッタリだったのかと思いたくなる。本当にそうだったらよかった。現実は無慈悲だということを忘れていたかった。
耳に微かな破裂音が届く。全くの不意だ。慌てて監視者塔の窓から辺りを見回す。すると中枢区の、その王城から煙が上がっている。
「報告は!」
「いえ!まだ何もありません!」
くそ…状況が分からない。何があった?私はそちらに向かったほうが良いのか?それとも兵士団を配備した方がいいか?
と思案している時だった。王城から赤い煙弾が甲高い音を響かせ上っていく。
まずい。そう思った。今回の作戦の内に煙弾を使用するものは無い。つまり敵の作戦の開始の合図、それがどのような作戦であったとしてもこちらに不利益が存在するのは明確だ。
少し震える足に力を籠め命令する。
「総員警戒体制!各自配置につけ!異常は殲滅せよ!」
兵士たちの失われていた緊迫感が蘇る。私は今から士気を高める演説でもしなければならない。戦場において士気は大切だ。兵士とて人間、興が乗らなければ勝てる勝負も勝てないだろう。
さあ、簡潔にあの野郎どもの進むべき道を指示さなくては。
そう意気込む私の耳に、微かな破裂音が届く。方角は西、中央区。学園あたりだろうか。
それは近年兵士団に配備される予定の銃の放つ音に酷似しているが、攻撃型遺物特有の幾重にも重なりあう倍音のような高い音が響いている。
この状況で、この音、この方角。サイラス様が危ないと理解するまで時間はかからなかった。
どんなに訓練された人間も、遺物の一撃の前では蠟燭の微かな灯火のようなもの。私が行かないと、恐らくサイラス様は死ぬ。
私は剣と盾、最低限の防具だけで監視者塔の上から飛び降りる。兵士たちには申し訳ないがこれも団長命令なのだ。王族の命を最優先せよ。私はその命を繰り返しながら着地。石畳が荒れ砕けるが無視だ。
団長の動きを模倣、深く構えて、溜め込んだ力を開放するように駆ける。私の背後に円弧状の衝撃波が走る。
大通りを全速力で駆ける。その次は屋根に飛び乗りその上を。地形無視の最短距離を選択し、最速で駆け抜ける。そして辿り着いた元凶の場所。
見えた。
血だまりの中、胸に王家の紋章を付けた少年。ただ一人、佇む彼を狙うもう一人。一メートル程の鉄塊の切っ先を向け、引き金と思わしき所に指をかけている。数秒後の世界ではあの少年は死んでいる。その未来を変える。
間に合え、間に合え、、間に合え!!
私は屋根の縁を蹴り射線を切るように間に入る。
盾を構えるのももどかしくて、地面に突き刺し、杖にするようにして体制を崩すのを避け、直後に飛来する衝撃に備える。
ガキンと、大きく大きく金属音が響く。
少年の死を阻止した。それだけで一安心だ。まだ、この未来は奪われていない。
ふぅ、と短く息を吐く。体の緊張を解いて、遅れながらも王子の安否を確認する。
「大丈夫ですか」
「お。おう…」
血まみれの王子は、途切れ途切れに答える。それもそうだ。人の死など考えたこともないやんごとなき身分にはこの光景は、一生の傷となり、残り続けるだろう。それを考えると少し胸が締め付けられるような感覚になるが、今はこんなものに足を引っ張られている暇はないのだ。
事前に知っていた知識から予想するに敵はスキアー盗賊団の副団長。獲物は、連発可能な銃のような名称不明遺物。
数パターンの戦闘方法の思考。身体強化の遺物の制限解除。そして抜刀し、後ろの少年に届くように名乗りを上げる。
「我が名はヴァルキロイド・グロウリー。この国の盾であり矛である兵士団、その副団長である!そして、今、貴様を打ち倒す者なり!」
これで、少しは恐怖を薄らさせられただろうか。そうだったらいいな。そう思いながら、いつも以上に軽装な体をひずませ、相手までの距離を詰める。
さあ、戦闘開始だ。