第10話
言葉
遺物
今現在の技術で再現できない道具。
古来より存在する奇怪な道具。物によっては無限に水を出す水筒や、ここではないどこかを映す未知の板。決して朽ちない紙や、一振りする毎に焔を描く剣など、様々な物がある。それらの多くに未知の力が使用されており、それを魔力と呼ぶことにされている。
魔力に関してはまたいずれか。
血が赤い霧となって舞う様を見た事があるだろうか。
骨が砕け散り四方八方にある程度の破壊力を持って飛ぶ様を見た事があるだろうか。
脳が元から形などなかったかのように散り散りになり、人、大地、壁などにこびりつく様を見た事があるだろうか。
たった今、一人の執事が死んだ。頭が爆発したようだ。
見ればウラノスの持っていた鉄塊から、煙がひゅーっとあとを辿りながら淡く鉄塊の作動を示唆している。
一人減ったがそれでも衰えない執事たちの猛攻を華麗に避けつつ、次の執事に鉄塊の切っ先を向ける。
次の瞬間、乾いた破裂音。再び先程の光景が写し出される。
また一人減った。
次は腹だった。大量の血が美しい情景をうつしながら咲いていた。
次は足だった。足が砕け、地に伏せ、泣き叫ぶ執事の頭を、一切の躊躇もなく踏み潰す。
気づけば執事たちの大半は死に、私は彼らの飛び散る血を浴びたのか、制服が美しい赤い模様が入っている。
今、攻撃にまわっていた最後の一人が死んだ。
私の護衛は今は3人だ。皆、青ざめている。
一人が、逃げ出した。他と比べ若い人だった。
が、走り出した途端に頭が飛び、もう、その辺に転がる他の屍と判別がつかなくなった。
「こいつはなぁ、俺が初めて手に入れた遺物でよぉ」
語りかけてくる。無視は出来ない。内容も入ってこない。
「初めは今以上にぼろぼろでよぉ、なんとかして直したんだよ」
ああ、そうか。私は今、恐怖しているのか。
「名前をよ、《未来を穿つ引き金》って言っててよ」
銃口が微かにずれてこちらを向く。隣の執事が死ぬ。
血がベッタリと私にかかる。
「誰がつけた名前かも知らんが」
銃口が微かにずれてこちらを向く。
最後の執事が死ぬ。もう私一人だ。
「お前の未来、撃たせてもらう。」
「悪く思うなよ」
「赤の煙弾が出ちまった以上、仕方ないと思ってくれ」
「じゃあな。次の生では、王族じゃないことを祈るぜ」
銃口が、ピタリと私を狙っている。
ああ、死ぬのか。
ふと気付くと涙が流れていた。だが、もう意味を成さなくなる。
やっぱり、駄目だったのかな。父さん。
引き金が、カチャリと、軽い音を立て、刹那、破裂音が響く。
* 時間を少し戻し、煙弾が昇る前 *
カナタはもといた場所に戻ってきた。人数は増えておらず4人のままだ。
きっと、カナタはあいつらに何かしらの怨念があって、だから装備を整えて来たのだろう。
復讐を、つまり、奴らを殺す為に。
様子を伺う。カナタの殺意が、カナタを突き破って、今か今かと襲い掛からんとする。
すると、奴らの視線がこちらからずれる。
刹那、カナタは物陰から飛び出て、瞬間的に奴らに詰め寄る。
一人が気付いて回りに知らせながら防御体制になる。が、もう遅い。
カナタの間合いだ。盾も持ってない人への奇襲だ。成功するに決まってる。右手の鉤爪で一気に体を切り裂く。
吹き出る返り血と断末魔。
その赤が舞う瞬間が美しいと思うのは現実逃避だ。
すぐに他の奴らがカナタを取り囲む。が、カナタは止まらない。次の獲物へ、飢餓の龍の如く襲い掛かる。
ここで、この話が神話だったら、残り三人をあっさり蹴散らしてしまうのだろう。
だが、これは現実だ。そんなに都合のいい話はない。
カナタの一撃を、一人が難なく受け止め、そのまま蹴りがカナタに刺さる。
腹を抱えながら、よろよろとたたらを踏む。確かにこれで勢いは死んだ。が、殺意は、怨嗟だけは、止まらない。また一発、さらに一発、それら全てを止められてもまだ止まらない。だんだんカナタがボロボロになっていく。それでも止まらない。
そのうち、最初に襲った一人を他の一人が運んでも、それにすら気付かないほどに、夢中になりながら、残酷な笑みを浮かべながら、徐々に攻撃のキレが増していく、徐々に相手の余裕が消えていく、その相手の死が、相手を殺すのが、近づいてくるのが愉しくて、嬉しくてたまらないような、そんな嗤いだった。
カリアはというと、怖くて恐くて、どうしようもなかった。
相手が怖かったのか、カナタが恐かったのか、そんなこともう覚えてない。ただ、純粋な恐怖が、カリアを支配していた。
早くこの恐怖が過ぎ去るのを、耳を塞ぎ、目を瞑り、膝を抱え、ただ耐えるだけしか出来なかった。
出来るならこのまま見つからずに襲撃者がいなくなってほしかった。
が、現実はカリアに寄り添いはしない。
一つ、ドスッと深く重く鈍い音。
一つ、ドサッと近く響く物の音。
それは、聞こえない振りをするカリアを、衝撃という形で、現実へ連れ戻す。
状況は、カナタがこちらに蹴り飛ばされたのか、カリアが隠れていた木箱をバラバラにし、ボロ雑巾になりながら呻く。
これでカリアの姿が襲撃者に丸見えだ。
襲撃者と目が合う。
「えっ……ぁ……いや………」
声が出ない。息もうまく出来ない。
「お、上玉なガキもいんじゃねぇか。俺はあれと別のことして遊びたいんだけどよぉ」
「馬鹿野郎。合図があるまで誰にも手を出すなって上から言われてるだろう。そんなことも忘れたのか弱ミソ」
「あ"?じゃあテメェはあの上玉逃がすのか?」
話題はすっかり私に置き換わっている。会話の内容くらい想像できる。如何にして私を犯そうかという内容だろう。
逃げればいいと脳が警告する。だが、その警告を脚が無視する。どうしても動かない。もはや息をするのに手一杯だ。
その時、カリアの横を一陣の黒い風が通り過ぎる。その風は襲撃者に襲い掛かる。が、やはりあっさり防がれ地面に叩きつけられ拘束される。
「おい、糞ガキ、いい加減うざいぞ?」
カナタの腕から鈍い音が響く。その時見たのはありえない方向に曲がるカナタの腕だった。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
初めてカナタの叫び声を聞いた。いつも静かなせいか、異様にしゃがれた、カナタには似つかわしくない、それがより不気味さを掻き立てる慟哭だった。
ああ、ちょっと耳が痛いな。
「おい、どうするよこいつ」
「うむ。こちらに危害が加わる場合は行動不能にすることが許可されていたはず」
「行動不能ってこたぁ、このまま殺しちまっても仕方ねぇのかなぁ」
「馬鹿野郎。殺すなら最低限足がつかないようにしろ」
「んじゃ、脚折ってすぐそこの川にでも流すか。そうすれば、死ぬも生かすも天の決めることよ」
そう言うと、砕けた木箱の欠片を足と地面の間に挟み、カナタの脚を強く、強く踏みつけた。
「うあ…」
「うるせぇよ」
カナタの叫び声は、口に突っ込まれた靴によって阻害された。
そして、もう一本の足も強い衝撃と共に力を失った。
後に残るは片腕と両足がひしゃげ、叫ぶことも許されない憐れな少年。
それは、精気なく、虚ろな目をしている。
元々、カナタは美少年だ。それが押さえつけられ、地に伏せ、気力なく虚空を見つめている。見る人が見れば一枚の芸術だ。
そんな少年を引きずりながら運ぶなんて、その男たちにとって簡単なものだった。
学校の裏口から出て川の桟橋の端まで歩いていく。その光景をカリアは見ることしか出来なかった。
カナタまで続く赤い導きの道にそって助けに行けたなら何か変わったのだろうか。
答えは否。何も変わらない。なぜなら、この答え自身が、助けるという可能性を否定し、助けられたという後悔を消すための現実逃避、目を背け続けることに他ならないから。だから、助ける為に、立ち上がる事は無いのだ。
そんな少女に許されるのはカナタの死を知る事くらいだろう。
「最後に何か言い残す事は?」
襲撃者がカナタに問う。それは形式美に近いだろう。
「……今から、7年前…お前たちが、蹂躙した町、ユーリアスを、覚えているか……?」
途切れ途切れにカナタが問う。
「馬鹿じゃねぇの?覚えている訳無いだろ。それよりはお前の注意力の方が記憶に残るね。攻撃しても死の確認すらしない。運ぶ奴を襲いもしない。ただ俺だけを狙い続ける。甘いんじゃないの?甘やかされて育てられたとしか思えない。反吐が出る」
その時、王城から、ピーッ、とかん高い音が響く。見れば、煙弾だろうか、赤い煙が一直線に空へ空へと舞い上がっている最中だった。
「ああ。なんだ。結局殺していいじゃんか」
そう言うと彼はカナタを蹴落とす。その時、一瞬だけ見えたカナタの顔は悲しそうな目をしていた。
どぼんと水が跳ねる。落とした本人はまるで水遊びしているような無邪気さで水がかかったのを少し楽しそうにはしゃいでいる。
それがまるで平和な日常の一幕に思えて、カリアの思考の足を取る。
最後にできたのは、
「カナタ……」
と、力なく呟くことだけだった。
皆さんどうも。
長さや重さの単位は1㍍を1メータルとかいって表現しようかと思いましたが、ややこしいしめんどくさいし読みにくいのでこちらの基準で計らせていただきます。
それでは失礼。