第1話
初投稿なんで暖かい目で見守ってください。
家が燃えていた。
空は曇っているだけで雨は降らせなかった。
畑も荒らされて元の穏やかだった町の雰囲気は死んでいる。
人も死んでいる。
ある者は頭と胴が繋がっておらず、ある者は心臓のある位置に大きな穴が開いていた。
そんな殺伐とした町の中を十歳ほどの少女が走っている。
まるで誰かを探すように。
辺り一面の血の匂いが、走っている少女に語りかける。
(もう諦めてしまえ。どうせアイツも死んでいる。)と。
そんな考えを振り切るように走っているとようやく探している人を見つけることができた。
そこは燃えてはいないものの、壁は崩れ、ガラスは砕け散り、廃墟のようになった教会だった。
それは少女と同じほどの年の十歳ほどの、この町では珍しい漆黒の髪と中性的な顔立ちの少年だった。
その少年はかすり傷さえあるものの、大きな怪我はしていないようだ。
そのことに少女は安心したが、少年の様子がおかしいことに気づき言葉を失った。
その少年は、腹が裂け辺り一帯に飛び散った内蔵と血が描く円の中心に、微かに元のカタチが分かる程度の肉塊を虚ろな目で見て
「…お父さん…お母さん…お父さん…お母さん…」
と、弱々しく繰り返していた。
*
何もない草原をゆっくりと進む竜車。
太陽は空一面に覆い被さっている雲に隠されてしまっていた。
春も下旬だと言うのに風は冷たく御者の体温を奪っていく。
今日も今日とて地方から王都まで乗客や物資を運ぶだけの毎日。
そんな毎日に今年で25歳になるキース・クリストンは飽きてきていた。
とある一家の二男として生まれたキースはどこにでもいる平凡な少年だったが、父の話す世界の話がとても好きで寝る前には必ずといっていいほどに伯父の話をせがんだ。
どこまでも続く砂の大地にはなぜか湖があり、そこには他種族と関わらないなにかがいるとか、見渡す限りに広がる湖の水は舐めると塩の味がするとか、そんな世界に憧れて、気づけば世界を見て回るのが夢になって、仕事も様々な所へ行けると思って御者を選んだ。
両親は反対したがなんとか説得して最後には応援してもらった。そして18歳には仕事をもらうくらいにはなっていた。
しかし現実は甘くなかった。その結果が変わらない道を5日もかけて往復するだけの日々である。
だが、給料をもらっている以上仕事はしなくてはならない。それに乗客と話すことはキースのモットーでありこの飽きてきた仕事の楽しみでもある。
今回の乗客は4人。出張で王都まで行く40代後半の恰幅の良い男と途中下車する30代の母とその子供の10歳にも満たないような少女。
そして、10代後半だろうか。ここら辺では珍しい漆黒の髪と中性的な顔立ちの男。腰には一振の長剣を差している。そして乗車してからずっと微笑んでいる。王都へ何をしに行くのたろう。気になってさっきから聞いているが答えてくれない。めげずにもう一度聞いてみる。
「なあ、あんたは何をしに王都まで行くんだい」
「行きたいから」
「それじゃあ分からないだろ」
どんなに話しかけてもこれだ。つかみどころがなさすぎる。そろそろ「何しに行くか分からない奴は乗せてられない」と脅すフリでもしてみようかと真面目に考え始めたときに恰幅の良い男が笑いながら
「もういいだろう。きっと何か言いたくない理由でもあるんだ。これ以上聞くのは野暮だ」
と、言ってきた。
「でもよぉ…」
反論しようとした時、突然咆哮が聞こえた。急いで辺りを見回すと40匹以上のなにかが遠巻きに竜車を取り囲んでいた。
「あれは…ゲキエツロウ!?」
どうやら彼らの縄張りに入ってしまったようだ。ゲキエツロウは草原や森林などに生息する犬のような魔獣で基本的に5~6匹で行動している。一匹一匹の力は決して強くは無いのだが賢く素早いので奇襲を得意としている。だからこそこんな形で奴らが襲ってくることは無いし、そもそも40匹もいることは異常である。
だからこそ奴らをまとめている個体がいるはずであり、この場合はおそらく正面にいるひときわ大きい個体だろう。そいつの他よりくすんだ体色から思い当たる魔獣は…
「やっぱりタイショウか…」
ほぼ諦めた声で呟いた。タイショウはゲキエツロウの族長であり統率力、戦闘能力、ともに高い。だからこの大群を率いていられるのだ。その数が故に会ったら死を覚悟しろともいわれている。それほどに一般人は太刀打ちできない相手なのだ。
だが、キースは世界を見てまわるために体力も鍛えていた。だからこそ、
「せめて足止めだけでも…」
ここで乗客を見捨てて逃げれば生き延びれる可能性もあっただろう。しかしそれをキースは許せなかった。それはキースの意地のようなものだった。それにここで俺が足止めできれば乗客の生き延びる可能性が高くなる。
そんな考えを察してかに地竜、ヒューイが吠える。ヒューイは緑青色の四足草食地竜で御者になってからの7年間どんなときも支え合い、乗り越えてきた相棒だ。だからこそこのほぼ死ぬことが確定している状況で共に戦ってくれるのはとても心強かった。
だが、ヒューイには竜車を引いてもらわねばならない。だから俺が囮として奴らの気を引いてる隙にできるだけ遠くまで逃げてもらおう。たとえ俺の命がここで果てようとも。
きっとヒューイはそれを許さないだろう。それでもキースは乗客を助けたかった。
竜車の中の用具入れから埃を被った剣を引っ張り出し乗客がなるべくパニックにならないように穏やかに話しかける。
「皆さん、落ち着いて聞いてください。この竜車はのゲキエツロウ大群に取り囲まれてしまいました。タイショウもいます。ですが安心してください。私が囮になるのでその隙にこの竜車で逃げてください。」
そう言って乗客一人一人の様子を確認する。恰幅のいい男は困惑して何も言えないでいた。そして親子は母が子供に大丈夫よと言い聞かせていた。そう言っている母親は顔面蒼白だった。子供は状況を理解できないでいた。そして漆黒の髪の男は…竜車の中にいなかった。
急いで外に出てあたりを探すとその漆黒の髪の男はタイショウのもとへ真っ直ぐ歩いて行っていた。
「…っ!あの馬鹿野郎!」
急いであいつを竜車に連れ戻さねば。いつ喰われてもおかしくない状況だ。あいつのもとへ駆け寄ろうとしたが、腕を何かに掴まれていてその場から動けない。その腕を掴んでいる主はヒューイだった。正確には咥えているのだが。
「馬鹿!放せ!あいつが死んじまう!」
そうやって抵抗しているうちにヒューイがやけに落ち着いていることに気が付いた。ヒューイの行動には必ず意味があると7年間の経験が言っている。だからといってキースもすぐには落ち着けないが、しばらく様子を見ることにした。
あいつはタイショウの前まで来ると屈んだ。
何をするんだ?そう思っていると漆黒の髪の男はあろうことかタイショウを撫で始めた。
それはまるで、家族を撫でるように、優しく、穏やかで、和やかに。
いつの間にか分厚い雲の隙間から光の水溜まりがあいつらのまわりに溜まっていた。
その時、ふと、果実が木から落ちるみたいに自然にキースはその男を、神子、だと思った。
ふと気づくとゲキエツロウ達は消えて何もないいつもの草原が広がっていた。そしてあいつは何事もなかったかのように戻ってきた。何をしたのか。ただ純粋に気になって気付けば聞いていた。
「何をしたんだ…?」
「怖がってた」
(何言ってんだこいつ?)
「怖くないって教えてあげた。あの子達の家に帰ってもらった。」
まさか魔獣と会話したとでも言うのか?そんなこと過去の出来事を変える並に不可能なことだ。だが、今目の前で実際に起きたことなので信じるしかない。
「何者だ…お前…」
思わずこぼれ落ちた言葉にあいつは応えた。
「カナタ・ユーリアス」
「…は?」
「名前」
「…キース・クリストンだ」
それっきりカナタと名乗った男は竜車に乗ってしまった。まだ聞きたいことはあったがとりあえず仕事はしなければならない。そして乗客も御者であるキースでさえも状況を呑み込めないまま、再び竜車は王都へ向けて動き出すのだった。
*
満月が辺りをぼんやり照らしている深い森の中にそこだけぽっかりと穴が開いたように照らされてない所があった。実際、そこは洞窟になっておりその入り口をゲキエツロウの大群が取り囲んでいた。もちろん先頭に立つのはタイショウだ。そのゲキエツロウの大群は皆一応に洞窟を、正確にはその奥にいるなにかを威嚇していた。
「…うるさい」
洞窟の奥にいるなにかがそう言った。それはまだ幼い少女の声だった。しかしその一言だけでゲキエツロウ達は鳴くことが出来なくなっていた。それは喉を強く絞められたようにゲキエツロウを拘束する。
「…あれ?ゲキエツロウちゃん達じゃん。おかしいなーおかしいなー。一度捨てた家には戻らないはずなのになー」
その声の主はゆっくりとこちらに迫ってくる。その迫ってくる気配に負けてもう数匹のゲキエツロウは逃げ出していた。しかしタイショウは逃げる訳にはいけないのだ。何故なら、タイショウが大将たる理由は皆に信頼されているからだ。だから動かない声帯に変わって皆を勇気付けるためにも一歩前へ踏み出した。そんな決意を嘲笑うかの如く、なにかはこちらに迫ってくる。
「あはは…戦うつもりなんだー。おもしろいなーおもしろいなー。…んー、じゃーねーうごくな。」
その声が聞こえた時にはもうタイショウの体は動かなかった。それとは逆に仲間達は倒れて起き上がれないでいた。
「…あれー?愛も止まっちゃったー。どうしよーどうしよー。…まぁいっか。欲しかったんだけどなぁ…」
そうして、その声の主は姿を現した。その声の主はその声の通りに幼い少女で長い深緑色の髪と反対に驚くほどに白い肌、一般的には美少女と呼ばれる容姿。その全身を黒いマントで覆っていた。その少女は魔獣を前にしていなければ普通の少女と何ら変わりはなかった。その少女はゲキエツロウの前で屈んで観察しているようだった。
「…戦った感じがしないなー。じゃあなんで戻ってきたのかなー。」
そう言って彼女は興味が失せたのかこちらへ向かってくる。そうして彼女はタイショウの前で屈んだ。
「…!この匂い…ふーん。そっかー、そーなのかー。でもあの人の匂いとは少し違う……!わかった!そーゆーことかー。その子は私と遊んでくれるかなー?」
その間、タイショウはいつ殺されるか分からない中、それでも気高さを保ち続けた。だが内心、恐怖が全員を支配していくのを堪えるのに必死だった。そんな心を見透かしたような目がこちらを見た。
「…あっ!ごめん!こわかったねーこわかったねー。今楽にするからねー」
そしてその少女は首に手を当てて、
「折れて」
そう言った。そして不意に視界が傾いた。
それがこのタイショウの最期だった。