第3話 どこにも逃げられない
カーター大尉が必死の思いでズタボロの愛機を不時着させたおかげで、副操縦士の少尉が頭を打って気絶した以外は皆軽傷ですんだ。額や顔を操縦席の硝子か部品で切ったらしく相当失血しているが脈はある。ただちに後送して軍医のによる適切な診察と治療が必要だが、敵地のまっただ中でどうすることもできない。
「負傷者!無線機!使える装備をかき集めて!」
あちこちぶつけて顔にあざまでこしらえたカーター大尉が気丈に指揮を執っている。言葉の並びがそのまま優先順位のはずだ。彼女は鼻出血の跡をこすりながら地図を見ている。撤退路か後退戦闘が可能な地点を探しているに違いない。
「マット」
「……」
「マット特技兵!」
「は、はい」
「通訳の、何と言ったかな、ティルク君?彼と協力して少尉殿を運ぶ準備をしろ」
「り、了解」
意識不明の仲間を見捨てない決断をした場合、こうして二名の人員を割かねばならなくなる。
「ジョーダンは見張りに立て」
「軍曹?」
「無線機を探して大尉に届ける。整備員と協力して使える装備を漁る。作業完了後に機体を爆破する」
「了解。置いて行かないでくださいよ」
こんな時だけはジョーダンの太い神経がうらやましい。ヘリの無線機が壊れて使い物にならなかった時点でもう追い詰められた感があるのに、この男は自分の装備を点検すると見晴らしのいい地点を探して陣取り、銃のスコープが陽光に反射しないようにメッシュの布マフラーをぐるぐる巻き付けている。
「こっちも急がなければ」
攻撃を受けた地点からどれくらい離れているだろうか。まだ敵影は見えないが、地上兵力がある程度の集団で押し寄せてきたら万事休すだ。我らの高機動車は底氏はなれたところで横転している。備え付けの無線機は天蓋の機関銃座もろともペチャンコになっていた。
「ちくしょう、こっちもダメか」
最後の望みは積み荷の予備機材だ。積荷目録に無線機とバッテリーがあったのは知っている。バイクと無線機は簡易爆弾で吹っ飛ばされた偵察兵が損耗した装備だからな。ちょうど機上整備員が軽機関銃を銃座から外し、弾薬箱を下げて機外に出てきたところだから聞いてみよう。
「どうだ?」
「銃器の箱がいくつか無事です。無傷のものもありました」
「今日一番の幸運だ。大尉殿の指示は?」
「少し歩いて、あそこの小高い丘に登るそうです」
「うん?ああ、構造物があるな。あれは……遺跡か?人が住んでいるようには見えないが」
「遮蔽物って言ってました」
今にも崩れそうな煉瓦造りの建造物が遮蔽物として機能するかは工兵じゃなくても疑問だ。重装備の相手では苦しくなるかもしれない。
「わかった。作業を続けてくれ」
機内は積み荷が好き勝手に散乱して泥棒が入った後より酷い。丁重な取扱をされたバイクだけは何事もなく鎮座しているように見えたが、残念、ガソリンタンクに穴が開いてしまっている。
「ああ……」
バイクで脱出して救援を呼ぶ作戦は消えた。
「くそッ、神様まで寄ってたかって殺しにかかってやがる」
この悪態が天界に届いたのかどうか、無線機と予備バッテリーのケースが二分と立たずに見つかった。
「すいません、もう文句は言いませんから」
神々に雑な謝罪が受け容れられたのか、爆薬や地雷の包みまで転がり出てきたことには少々背筋が寒くなる。
「大尉、無線機です!ジョーダン、荷物の搬出を手伝え!」
こうなれば勇気百倍。後は使い物にならないヘリと車が敵の手に渡って分析されないように始末するだけだ。専門分野の爆破を愛用していた車両や友軍機相手に仕掛けるのは嫌な気分だが、軍隊は好き嫌いの通る場所ではない。
「軍曹、砂煙が数本、こちらに接近中」
「くそッ、車両でおでましか。よし、時間稼ぎに派手なのを仕掛けてやる」
ジョーダンは無駄のない監視報告をすると荷物運びに加わる。やろうと思えばできるじゃないか。
「ご苦労だった、軍曹」
「いえ、大尉殿。これで何とかなりそうです」
「救難ヘリの迎えを呼ぶ前に着陸地点を確保しなきゃ。コンボイを組んでもらってもいいけど、到着までもたない」
「それで、あの遺跡ですか」
「遮蔽物よ、軍曹」
確かに、まともな抵抗を続ける兵力も気力も不足気味だ。装甲車を中心とした救出部隊を派遣してもらう手もあるが、ここは速度重視が正解だろう。幸い、頼みの綱である無線機はB前哨基地との交信成功をもたらし、陸空両方の救援部隊が出動したようだ。
「では、お先にどうぞ、大尉」
「後始末ね」
「そうです。ついでに悪質ないたずらもいくつかしかけようと思います」
「頼んだわよ。あなただけ捕まって例の反省ビデオで再会なんて冗談じゃないから」
「了解しました、大尉殿」
例のビデオとは、ゲリラやテロリストの捕虜になった我が軍の兵士が強制的に出演させられる映像作品のことだ。そこではA国の非道をならす台詞が用意され、従わなければ処刑される。彼らの要求に従えば恥、抵抗すれば死が待っている。恥か死かいずれかを選べ、というわけだ。
いつもご愛読ありがとうございます。
異世界転生導入の令和最新版!と意気込んで書いてみましたが、なかなかにオリジナルは大変です。映画で例えると、『ハート・ロッカー』が『戦火の勇気』気味に墜落して『スターゲイト』しただけじゃん、とか言われるとギャフンです。一応、拙著の『ドラゴン・アノマリー』で不思議パワーと土木工事スキル持ちのお坊さんがいて、その方の前日譚になっとります。
徃馬翻次郎でした。