第1話 砂と炎と
※登場人物の一部は『スターゲイト』のドラマ版から名前やその一部を拝借しております。
中東某国
A国陸軍 B前哨基地 偵察捜索大隊C中隊 爆発物処理班
ダニエル=シェフィールド二等軍曹(階級E-6)
神様が間違えて黄土色のテクスチャばかり貼ってしまったとしか思えない不毛の大地がどこまでも続く某国に我が国をはじめとする多国籍軍が侵攻して劇的な勝利を収め、地下室に隠れていた国家元首と一族郎党をとっ捕まえて裁判にかけてから半年が経過した。正規軍相手の戦争は拍子抜けするほど簡単に片付いたのだが、それは我が国が保有する圧倒的な軍事技術と物量によるものだ。最新兵器の見本市と旧型兵器の在庫一掃処分を兼ねた超大国にしかできない猛攻は長年独裁を続けてきた某国家元首を屈服させるには十分だった。表向きの開戦事由としては少数民族の弾圧や大量破壊兵器の保有などがまことしやかに大義名分として掲げられたが、その実はこの国や近隣諸国の地下に眠る化石燃料を巡っての利権争いというのが専らの噂だ。ただ、このあたりは大手広告企業が絡んで盛大に宣伝戦をやったので、真相はとうとう闇の中に葬られてしまった。
「軍曹」
我々は兵隊だから命令されればどこへでも行く。片手に航空機のチケット、もう片方の手に機関銃を提げてな。我慢できないのは、戦後も治安維持にあたる必要が出てきてしまったことだ。噂では、現代版傭兵とでも呼ぶべき民間軍事会社の連中が治安戦で相当に無茶な掃討作戦をやって、それまで好意的だった地元の有力者や長老たちにそっぽをむかれてしまったらしい。そこに旧政府軍の残党と国際的テロ組織が合流し、たたでさえややこしい占領政策の難易度が制御不可能なまでに急上昇した。控え目に言って泥沼の地獄だ。非戦闘員の民間人もゲリラもくそみそのごちゃ混ぜで区別がつかない。そのくせ誤射や誤爆は世界中のマスコミから袋叩きに遭う。
「シェフィールド軍曹」
まったくやってられない。泥沼地獄の催し物は悪意に満ちている。一般的に簡易爆弾と呼ばれる卑怯な仕掛けは既に軍の兄弟たちだけでなく民間人の命も大量に奪っていた。自爆テロが横行したせいで非戦闘員に対する扱いは厳しくせざるを得なくなり、車爆弾が救急車などの緊急車両で製造される事態に及んで、テロとは無関係の市民にも不便を強いる結果となっている。さらに、これらは工兵の任務を大幅に変えてしまった。確か、工兵創設期には要塞攻略用のトンネルを掘るのが任務だったはずで、先の大戦では橋を掛けたり壊したりしていたはずだ。むろん、爆発物の取扱は当初からの主任務なのだが、今では分厚い防爆スーツと遠隔操縦の爆弾処理車両とが必須の解体屋になってしまった。いったい、どう言うんだ、このざまは。
「ダニエル」
「は」
「しっかりしろ。精神疲労か?一度、軍医殿にカウンセリングを……」
中隊の皆が“親父”と慕う最先任曹長がこっちを気遣うように見てくる。よしてくれ、と言いそうになったが、スクランブルエッグの破片が口元からこぼれた。ここは兵と下士官が利用する食堂で、見た目放心状態で食事をこぼす兵隊が居れば、それは戦闘前に損耗しかかっていると見られても仕方がない。
「問題ありません。オニール曹長」
曹長は嘘を嫌う。無理なら無理と言っておかなければ土壇場で下手を打ち、部隊全員を危険にさらすからだ。むろん、精神的問題などあるはずもなかった。
「おいおい、頼むぞ。交替の人員が薄いんだ。休養と再編成のサイクルが組めなくなるところまではいかんだろうが、特に俺たちのような業種はな」
爆発物処理が常に死と隣合わせで極度の緊張を伴うものである以上、心を病んでしまう者も多い。うん、曹長の言うことはいつも正しい。屋台骨として陸軍を支えているのは彼らのような筋金入りのたたき上げだ。それだけあって、飴と鞭の使い道も心得ているというか、忠実に任務を果たす部下に対しては何くれとなく便宜を図ってくれる。
「カウンセリングは勘弁してください」
「そう言うと思った」
曹長は苦笑いしてそれ以上無理強いをしてくることはなかったが、軍医の精神分野における仕事を馬鹿にしているのとは違う。心のうちに溜め込んだものを吐き出したり発散したりするには人それぞれの方法があり、曹長の場合は家族との電話だったか、皆がいろいろ試して心がバラバラにならないようにしている、というだけだ。お前はどうなんだ、と言われれば、それは最高機密ってやつだな。家族や恋人、近しい人にもちょっと見せられない。
「出動ですか?」
「そうだ。二日前に偵察の連中が拠点を設営した。やや標高の高い見通しの場所で
友好的な街とも近く、休養や補給を考えてもいい立地だと思ったんだが……」
「問題発生」
「リンリンリン。鋭いな、軍曹」
テレビのクイズ番組で正解した時の効果音を口真似する曹長の表情は冴えない。あえて下手くそな物まねでおどけて見せたのは荒れ狂う感情を制御しようとしていたに違いない。
「何があったんです?」
「この国の人が言う国道……とにかく、幹線道路をダートバイクで偵察中にワイヤートラップが見つかった。いつものアレだ」
曹長が言うアレとは卑劣だが恐ろしく威力のある罠だ。自動二輪車を操る運転手の首の位置に合わせて道路をまたぐ形で鋼線を仕掛け、ぴんと張られたそれは通りがかったバイカーの首をいとも簡単に刎ねる。設置費用と工作難度の点では最優秀だろう。
「運転手は?」
「異変に気付いて直前で停止できた」
「おお、神様」
「祈るのは早い。そいつは後続や通行人のためにワイヤートラップを排除した、らしい」
「らしい?」
「吹っ飛ばされたのさ。野砲弾や地雷を組み合わせた大威力のブツだったようだ」
「に、二段構え……」
「観測手がいて遠隔指令で爆破したのか、それとも、ワイヤーを外すことで起爆するようになっていたのか、いや、こいつはワイヤーに気づいて解除できる注意深さを持つ者にのみ有効な罠だったんだ」
「なんてやつだ」
「ワイヤートラップ発見の無線報告がなければ状況の推理すらできなかったろう。こいつはずるがしこい悪魔の仕業だ。優秀な偵察兵を的にして、我々の目から潰すつもりなんだ。偵察の連中が言うには、そこら中似たような罠だらけらしい。ブルっちまうような奴はいないが、それだけに心配だな」
「……命令を願います」
使命感だとかやる気に満ち溢れていたんじゃない。正体不明の爆破犯と仕掛け爆弾に包囲されている兄弟たちが気の毒になっただけだ。
「シェフィールド軍曹は偵察隊に合流、彼らの捜索活動を支援せよ。可及的速やかにだ」
「直ちに進発、偵察隊を支援します」
「良い返事だ。よし、さっきのクイズに見事正解した賞品をやろう」
オニールのおやっさんめ、真面目な話が急にうさん臭くなってきたな。見習いの新兵を面倒見てやれだの装備品メーカーが試作品の感想を聞きたがってるだの全然嬉しくない一等賞は願い下げだぜ。
はじめまして、もしくはいつもご愛読ありがとうございます。
唐突ですが、異世界転移ものの導入における『トラック事故』『ブラック企業』『ゲームの中』がよく見られます。トラックの運転手さんがあまりにも不憫なので新しい導入を考えてみました。あと、たまには日本人以外の人が飛ばされるのも面白いかなと。
本当は、新作はまさかのミリタリーアクションと見せかけるエイプリルフール企画です。一応、『ドラゴン・アノマリー』に繋がります。興味のある方はぜひ。
徃馬翻次郎でした。