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賑やかな星  作者: 彼岸花
第三章 旅人来たれり

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旅人来たれり18

「それじゃあ、今回の勝利を祝して……かんぱーい!」


「「かんぱーい!」」


 継実の掛け声に、モモとミドリが応える。三人はその手に持った飲み物、として使えなくもない血塗れ生肉をぶつけ合い、同時に口に含んだ。鉄っぽさと旨味成分が入り混じった、慣れ親しんだ味が口いっぱいに広がる。

 朝早くから始まったフィアとの激戦は終わり、昼を迎えた。

 フィアからすれば本当にただのお遊びだったが、継実達三人からすれば文字通り死力を尽くした戦い。全身のエネルギーを使い果たし、行使した筋繊維はボロボロになっていた。下手すると体力回復でエネルギーが底を突くのではないかと思うほど、激しく疲労している。とてもじゃないが、狩りなんて出来っこない状態だった。

 なので今回継実達が食べている肉であるノウサギは、花中が捕まえてきてくれたものである。そのウサギ肉で花中達と共に勝利のお祝いを始めた訳だ。


「ふふん花中さん花中さん私の活躍どうでしたか? 格好良かったでしょう?」


「んー……そうだね。やられるまでは、ちゃんと手加減してたし。良い子良い子」


「ふへへへへへへへ」


 ちなみにその花中は、べったべったと抱き付いているフィアに構っている状態だ。傍から見ても鬱陶しいぐらい絡んでいるフィアだが、花中は嫌がる素振りもなく、フィアの頭を優しく撫でる。フィアの口から、なんともだらしない声が漏れ出た。その後何故かフィアも花中を撫で始め、花中の口から「でへへへへ」とフィア以上にだらしない声が溢れる。

 花中は兎も角、フィアも随分と楽しそうだ。試合に負け、挙句()()()()()()()()()()()()()にも拘わらず、悔しさだとか言い訳だとか、そんな気持ちは何一つ感じさせない。

 ……或いは、フィアには試合をしたという意識すら欠如していたのかも知れない。彼女からすればこちらの力なんて虫けらのようなものであり、本気とは程遠い力しか出していないのだ。これを敗北と呼んで蔑むのは、却ってこちらの格が落ちるというものだろう。

 だけど自分達の勝利ではある。

 この勝利により継実が得られたものなんてない。負けたからって花中達に束縛される訳でもなかった。ただ、勝てた事で自分は出来るのだという自信を得て、願いを叶えられるのだという希望を抱けるだけ。それだけで十分であり、それだけが欲しかった。

 自分達は、旅に出られる。

 南極にいるかも知れない人間達に、会いに行けるのだ!


「そういや、なんで私ら戦ったんだっけ?」


「さぁ? 忘れましたー」


 なお、モモとミドリも試合に大した関心もないようだったが。家族達の無関心さに、継実はがくりと肩を落とす。


「……フィアに勝てるぐらいの実力がないと、南極までの旅なんて無理だって話だったでしょ」


「ああ、そうよそうよ。そういう話だったわね。単なる実力確認」


「あたしも今思い出しましたー」


 継実が教えると、心底納得したように頷く二人。どうやら本気で忘れていたらしい。

 実際問題、二人は南極行きに対し「継実が行きたいなら行く」程度の動機しかない。だからこそ背中を押された気になれた継実としては、経緯を忘れた事に文句など言える筈もなかった。

 それにフィアとの試合に勝てたのも、二人の協力があったからで……


「あ、そうだ。ミドリに訊きたい事があったんだけど」


「? はい、なんでしょうか?」


「ミドリは試合の途中で参戦してくれたけど、あのパワーアップぶりは、多分花中からミュータントについて色々と聞いたお陰だよね? 何を教えてもらったの?」


 ふと脳裏を過ぎった疑問を、継実はミドリに尋ねてみる。

 ミドリが継実のような『普通』のミュータントほどの力を出せない理由は、ミュータントの力が宇宙人である彼女にも理解出来ない仕組みで発動しているから。死体の身体を借りている彼女には、相手の身体がどうやって動いているのか、自覚しながら動かさなければならない。

 故にこれまでミドリは文字通り虫けら以下の力しか使えなかった訳だが、未だ小動物程度とはいえ、フィアとの戦いでは力が大きく増していた。弱かった原因から逆算して考えれば、なんらかの『理論』を身に着けたと考えるのが自然。

 思うがまま使えているとはいえ、継実にとってもミュータントの力は未知のもの。その理屈を知りたいと思うのは……知的生命体としては普通のものだろう。ミドリも継実の気持ちは少なからず分かるのか、こくりと頷いて答える意思を示す。


「えっと……あたしより花中さんの方が詳しいので、花中さんに訊いた方が良いかと」


 ただし答えるのは自身ではなく、花中にお任せしたいらしい。

 余程難しい話なのだろうか? 確かに、理屈を聞いたのに結局小動物並の力しか出せていないのだから、ミドリとしては完全に理解出来た訳ではないのだろう。もしかすると、間違えて解釈している可能性もゼロではない。

 ならわざわざ迂回的に訊かずに、直接花中に教えてもらうのがベストだ。ミドリの言う通り、花中に教えてもらうべきだろう。そして自分達の話が聞こえていたようで、花中は優しく微笑みながらこちらを見ていた。ちなみに二人きりの時間を邪魔されたフィアは、僅かに顔を顰めている。


「ねぇ、花中ちゃん。良かったら教えてくれる? ミュータントの力が、どういう働きで発動しているのか」


「ええ、良いですよ。わたしも、完全に、理解出来ている訳では、ないですけど」


「あーそういや『アイツ』がなんか話してましたっけ。私は全然覚えていませんが」


「だよねー。フィアちゃんも、もう一度聞いてね」


「はーい」


 手を上げながら答えるフィア。子供か、という言葉を継実は飲み込み、花中はくすりと笑う。その笑いが自然と収まってから、花中は語り始めた。


「まず、ミュータントの、力の根源は、量子ゆらぎで生じた、エネルギーです」


 花中が最初に述べたのは、ミュータントの力の源について。

 ……述べられても継実にはよく分からないのだが。聞いた事のない単語である。一応モモの様子も窺ってみたが、彼女もキョトンとしていた。ついでにフィアも同じく呆けていて、何も分かっていないらしい。

 唯一知っていそうなのは、苦笑いを浮かべているミドリだけだ。


「……量子ゆらぎって何?」


「さぁ? 私は知らない」


「えっと、じゃあ、そこから説明します」


 分からない事を正直に明かす継実達に、花中は嫌な顔一つせずに、『基礎』から教えてくれた。

 ――――量子ゆらぎ。

 それは七年前まで栄えていた、人類文明が確立した量子物理学の一理論。そして世界の成り立ちや今の形を知る上で、極めて重要なものの一つだ。

 というのも量子ゆらぎは宇宙の誕生や原子の構造にも関わる、()()()()()()()()なのである。

 具体的な説明をしよう。

 何もないような真空であっても、本当に何もないという訳ではない。何故ならミクロな領域では、確率論的になんらかの素粒子が『誕生』と『消滅』を繰り返しているからだ。まるで泡立つように無から物質が生まれ、有が尽く消えていく。エネルギー保存則を覆すような出鱈目な事象が、宇宙の全域を満たしている。こうした粒子の存在を『仮想粒子』と呼び、ミクロな世界ではこれを考慮しないと上手く説明出来ない現象も少なくない。そして確率的に誕生する粒子(エネルギー)の量に理屈上制限はない……無限のエネルギーが、あまねく空間に潜んでいるのだ。

 とはいえ、ではそこらの空間から莫大なエネルギーを引き出せるかといえば、事はそう単純ではない。先程述べたように、ゆらぎにより粒子が誕生する一方、何処かでは消えている。局所的に見ればエネルギーが増えても、何処かでエネルギーがマイナスになっており、視野を広げれば結局プラスマイナスゼロになっているからだ。人間が利用出来る『巨視的』な領域では観測上なんのエネルギーも生じておらず、観測出来ないから使えもしない。

 そんな、あるのかないのかも曖昧な存在であるが、これが目に見える形で『有』に傾いたとされる事象が二つある。

 一つは()()()()()。量子ゆらぎの有意な偏りが、宇宙の急激な膨張……インフレーションを引き起こしたというのが、人類科学の主流な理論だった。

 そしてもう一つが――――


「私達、ミュータントって事?」


「はい。その通り、です」


「へぇー。私達の力って空間から引き出してたんだ。でも空間から引っ張り出してるなら、なんで能力を使うと疲れるの?」


「引き出す際、『手数料』のように、エネルギーを使うんです。大きな、エネルギーを引き出す時は、たくさんの手数料を、取られます」


「成程ねー」


 説明を聞いていたモモは、驚いた様子もなく花中の話を鵜呑みにする。自分の力がどんなものか、まだよく分かっていないのだろう。

 理解したなら、自分のように唖然となる筈だと継実は思うのだから。

 ……つまり、自分達ミュータントの能力は小規模な『宇宙誕生』を引き起こしているという事か。

 無論規模が圧倒的に違うものを比べるのは、科学的に正しい行いではないだろう。炭素原子一粒と巨大ダイヤモンドを同じものとして扱うのは、実に馬鹿馬鹿しいように。しかしそれでも宇宙誕生と同じ理屈である事は間違いなく、自分達の力がこれを用いているという話は、あまりにも突拍子がなくて継実にはいまいち信じられない。

 そもそも、量子ゆらぎが宇宙の誕生と関係あるというのは本当なのか? もしかしたら人間の理論が間違えているかも知れない。

 幸いにして此処には、人類文明よりも遥かに進んだ、異星人が居る。


「……ねぇ、ミドリ。花中の話、というか量子ゆらぎって正しいの?」


「……大まかには。あたし達の文明が発見した理論でも、量子ゆらぎが宇宙の誕生に関わっていると考えられています。もっと言うならインフレーション以前の空間についても理論を構築していて、その理論によれば量子ゆらぎによる宇宙誕生は割と普遍的現象です。この宇宙の外には数多の、それこそ無限といって差し支えない数の宇宙が存在する事も導き出しています」


 尋ねてみると、観測手段はありませんが、と最後に付け加えながらも、ミドリは花中の話を肯定した。地球より高度な文明を持っている宇宙人が言うのなら、間違いではないのだろうと継実は納得する。


「エネルギーの出所が分かったから、ミドリは力を使えるようになったって事?」


「それもありますけど、他にも色々教わりましたよ。ミュータントの能力が演算処理により成り立ってるとか、その演算機能が『外付け』だとか。伝達脳波とやらについても。まだまだ未解明なところもあって、この程度の力が限界でしたが」


「いや、十分でしょ。私らよりずっと詳しくなってるし……なんで花中ってそんなにミュータントについて詳しいの?」


 ふと継実の脳裏を過ぎる違和感。年上という事を考慮しても、少々知識があり過ぎる。

 まさかとは思うが、実は花中こそが世界をこんな状態にした元凶だったり。


「詳しい知り合いが、何人か、いるもので。一人は、ミュータント大量発生の、原因の一つですし。まぁ、わたしが唆した、結果でも、あるんですけど」


 等と冗談半分で思っていた事が、当たっていた。


「……え?」


「その子、地殻の奥底に、潜んでいまして。それで自分の目的のために、地球全域に伝達脳波……ミュータントへの覚醒に、必要な脳波を、ばらまいているんです。最近生まれたミュータントなら、進化して、伝達脳波を必要としない子も、少なくないですけど」


「いやいやいやいや。何それ。え、てかなんでそんなのと知り合いなの? 唆したって何話したの!?」


「昔ちょっと、ありまして。今では、お友達です!」


「花中さんの友達ジャンキーっぷりには困ったものですよねー。アイツ地球そのものを喰い尽くそうとしていたのに」


 細菌型ミュータントによる既存生態系の壊滅を引き起こした諸悪の根源(地球滅亡? 未遂の前科あり)と友達だと、平然と語る花中。これにはフィアも呆れ顔である。

 ひょっとしてこの人、まともそうに見えて実はフィアよりヤバいのでは……さらりと失礼な考えが脳裏を過ぎる継実。悪い人ではないのだろうが、頭のネジが何本か抜けていそうだと思ってしまう。

 しかし、これまで語ってきた話が出鱈目という事はあるまい。もしもてんで的外れな話ならば、ミドリのパワーアップはない筈なのだから。

 ……そう、ミュータントの力が『量子ゆらぎ』由来なのは確かな事。

 無から有を生み出す力。宇宙の誕生にも関わる理論。そうであるなら、ではその力の『限界』は何処にある? 水爆だの隕石だのを引き合いに出している、自分達の力と同程度なのか? フィアの強さが極限であるのか?

 否。そんな筈はない。

 果てなどないのだ。限界なんてものを知らない。必要ならば際限なく、星の広さなど厭わぬほどの強さを、進化により会得する……それがミュータントという生命体なのだ。

 自分達がこれから向かう南極への道中、苛烈な生存競争を勝ち抜き、進化してきた猛者達の住処を通らねばならない。そして時には、その猛者達と戦わねばならないだろう。

 だが、それがどうした。


「(上等。私だって同じ力なんだ。そう簡単にやられるもんか)」


 これから待ち受ける強敵達の存在を知ろうとも、継実はもう恐れない。フィアとの戦い、そして得られた勝利は、継実に確固たる自信を与えた。

 もしかして、と思ってちらりと花中に視線を向けると、花中が優しい目でこちらを見ている事に気付く。花中は何も言わないが、視線は全てを雄弁に語る。

 そこまで計算して、この試合をやったのか。

 この人にはどれだけ強くなっても敵いそうにないな――――そう思いながら継実はくすりと笑った。花中も笑みを浮かべていて、二人はしばし見つめ合う。


「ところで花中さん。先程から随分と楽しんでいるようですが『アレ』は放っておいて良いのですか?」


 そんな微笑み合いに割り込むように、フィアが花中に問い掛けた。

 アレ、とはなんだ? フィアの言いたい事が分からず、そのフィアの親友である花中の顔色を継実は窺ってみる。が、花中も花中でキョトンとした様子。どうやらアレなるものに心当たりはないらしい。

 花中が何も分かってないと察するや、フィアは「アレですよアレ」と言いながら何処かを指差す。継実的には、その方角からは何も感じない。花中も怪訝な様子でフィアが指差した方をしばし見つめる。


「……へ?」


 今も何も分からない継実と違って、花中はすぐにその顔を真っ青にしたが。


「ななななん、なんでアレががが!?」


「さぁ? 我々の臭いでも追ってきましたかね。逃げるなら今のうち……ああいやこれは無理ですね。見付かりました。もう少し早く逃げればなんとかなった感じですけど」


「フィアちゃん、き、気付いてたなら、なんでもっと早く言ってくれないの!?」


「だって花中さんならもう気付いてると思ってましたし。単純な索敵範囲なら私よりも広いじゃないですか」


「頭より上にいる奴は、わたしよりフィアちゃんの方が鋭いでしょお!?」


 ぎゃーぎゃーと喚く花中と、淡々としているフィア。

 一体何が起きている? ミドリとモモも首を傾げ、継実共々説明を欲する。

 欲するが、少なくともフィアにそんなつもりはないようで。


「やれやれ全く。逃げても無駄ですし迎撃するとしますかね……そこの人間も連れてきましょうか。その二匹よりはマシな囮になるでしょうし」


「へ? ぎゃあっ!? ちょ、触手を巻き付けて連行とかなんで!? というか囮!? どゆこと!?」


「あなたに意識が向いてる間に先攻を取ろうかと。流石の私もアレ相手だと真っ向勝負じゃ勝ち目がないですし」


「え、勝ち目がないってどういう、あ、あぎゃああぁぁっ!?」


「継実ぃー!?」


「フィアちゃぁぁぁん!?」


 モモと花中の叫びもなんのその。フィアは触手でぐるぐる巻きにした継実を引き連れ、アレなモノの下へと向かう。

 訳が分からない。が、どうやら自分はとんでもないもの……フィアよりも圧倒的に強い生き物と戦わされるらしい。きっと、手加減なんてしてくれない状態で。

 フィアより強い生き物と出会う事は想定内。だけどこんなすぐに出会うのは想定外。

 容赦ない『大自然』の洗礼を前にして、自分の覚悟がまだまだ甘いものだったと、継実は旅立つ前に知る事が出来たのだった。

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