旅人来たれり05
訳が分からない。それが継実の抱いた第一印象だった。
金髪碧眼の美少女……彼女はまるでかつての人類の栄光が今なお続いているかのように豪華絢爛なドレスを纏い、不遜にして人間味のある笑みを浮かべている。その服は一体何処で手に入れた? 一見すればヨーロッパ系の外国人のようにも見える顔立ちだが、つい先程発した声は流暢な日本語。日本人なのか? そして何より、どうして彼女は突然この場に現れたのか?
頭の中を満たす無数の疑問。混乱のあまり空きスペースがなくなった頭はフリーズ状態へ陥る。継実はただただ唖然とする事しか出来ない。
されど最後にして一番の疑問、何故彼女が此処に現れたのかはすぐに明らかとなった。他ならぬ美少女自身の発言によって。
「ようやく見付けた食べ応えのありそうな獲物ですからねぇ。逃げられると思わない事です!」
美少女は、この化け物ミミズを食べるつもりなのだ。
「……ギュアッ!」
殴り飛ばされたミミズは起き上がると、美少女に顔を向けた。殴られた箇所だと思われる部分が、ほんの少しだが痣のように色が変わっている。表情などない顔だが付近の筋肉が皺になるほど歪み、怒りと闘争心がどんどん燃え上がっていると目の当たりにしたモノ達に伝えた。
継実達が何を喰らわせても平然としていたミミズが、怒りを露わにしている。直接その怒りを向けられている訳でもないのに継実は生きた心地がしなかったが、対して美少女は自身を遥かに上回る体躯からの敵意に怯みもしない。それどころか勝ち気な笑みを浮かべ、腕を組んで仁王立ち。逃げる気は毛頭ないらしい。
ミミズは美少女の自信満々な立ち振る舞いに、警戒心も強める。しかしこちらも退くつもりはないようで、身体にどんどん力を蓄えていく。
ミミズは変わらず美少女を見ていた。もう継実達など興味がないのか、意識すら向けてこない。されど不意に、継実の身体に悪寒が走った。
なんだか分からないが、嫌な予感がする。
「全員離れて!」
「ミドリ! あっちに逃げて!」
「は、はいぃ!?」
直感を信じて継実は慌てて駆け出し、モモとミドリも走り出す。
逃げ出す継実達を一瞥すらしなかったミミズは、やがてその身に蓄積した力を開放し――――自らを弾丸のように撃ち出す!
これまで継実達に向けて放っていた突撃は、やはりエネルギーを温存した、言い換えれば相当加減した攻撃だったらしい。全力全開で放ったであろうミミズの突撃は、これまで以上に強力な閃光を撒き散らかす。発せられる光は最早物理的な刺激を伴うほどであり、『普通の人間』ならば目視しただけで死んでいてもおかしくない。
もしも触れようものなら、それだけで全てが光と化す。超生命体なら殴り合える分、『ネガティブ』の方が余程マシに思える出鱈目な体当たり。
それを美少女は怯まず躱さず慄かず。
「ふんっ!」
一片の躊躇いも恐れも抱いていない、揺らがぬ自信に満ちた掛け声と共に蹴りを放つ!
顔面からその蹴りを受けたミミズは、一瞬その力と拮抗するかのように制止した……そう、あくまでも一瞬だけ。
次の瞬間、美少女の足蹴は巨大ミミズを押し返す! 巨大ミミズは大空を仰ぐかのように仰け反り、自分の攻撃が防がれた事に驚くかのように口を喘がせた。長身だが継実と左程変わらぬ体躯にも拘わらず、ここまで圧倒的なパワーの持ち主とは。継実としても想定外で、驚きから逃げ足が鈍る。
そうして継実が見ている前で、美少女が次に起こした行動はミミズの顔面に手を伸ばす事。開きっぱなしの、故に剥き出しの歯がずらりと並んだ口になんの迷いもなく己が手を突っ込んだ。
「ふぬぅアァッ!」
そうして掴んだミミズの身体を、美貌に見合わぬ猛々しい雄叫びと共に振り回す! 何度も何度も、まるでしなる鞭のように地面にミミズを叩き付け、その度に巨大な地震を引き起こした!
ミミズは身体をのたうち回らせて美少女の手から逃れようとしているが、美少女は一向に離さない。ミミズは足掻きとばかりにその手に何度も噛み付くが、手の力が弛む事はおろか、美少女の顔が苦悶に歪む事すらない有り様。美少女の猛攻が止まる気配はない。
一回叩き付けられる度に、巨大ミミズの身体に小さな傷が刻まれていく。決して致命的ではないが、無視出来るようなものではあるまい。段々と、一方的に、傷は蓄積していき……
「ギュ……ギュィイイイアア!」
巨大ミミズが、渾身の反撃をお見舞いする!
繰り出された技は、継実が放った最大最強の粒子ビームを僅か一振りで押し返した、超圧縮光子ブレード! それも継実に対して放ったものとは比較にならない、途方もないエネルギーを内包した一撃である。
一方的にやられているように見えた間も、巨大ミミズは反撃の機会を窺っていたのだ。これには美少女も顔を顰めたが、至近距離からの一撃では回避も出来ない。光り輝く刃が美少女の顔面を、縦に真っ二つに切り裂く。
もしも継実があの攻撃を受けたなら、切断時に生じた熱量でバラバラに吹き飛んでいるだろう。原形を保っているだけでも凄まじい……が、頭が縦に真っ二つとなればやはり致命傷だ。普通ならば即死である。
あくまでも、普通ならば。
「うーん惜しいですねぇ。そこに私はいませんよぉ!」
美少女は苦しむどころか、頭が裂けたまま平然としていた。それどころかますます戦意を露わにし、ミミズの口に両腕を突っ込む!
美少女は腕に力を込め、巨大ミミズの口を左右に広げていく。やがて限界まで開かれたミミズの口からはギチギチと音が鳴り始め、美少女が未だ容赦なく力を込めているのが継実達にも分かった。
あの美少女はこのまま、巨大ミミズを引き裂くつもりらしい。
巨大ミミズも己の未来を察知したのか、激しく身体をうねらせた。だが、パワーで上回る美少女の腕を振り解く事は叶わない。対する美少女はまだまだ余力があるようで、にやにやと笑みを浮かべていた。超圧縮光子ブレードにより裂けた頭は独りでにくっつき、何時の間にやら元通りになってしまう。美少女に傷と呼べるものはもう何処にもない。
巨大ミミズの口はゆっくりとだが、どんどん開いていく。それと共にブチブチと、生々しい切断音が聞こえてきた。巨大ミミズは最早暴れる事すらも止め、全身の筋肉を膨らませて必死に対抗しているが音は鳴り止まず――――
「ギュ……ギュギイイイイッ!」
巨大ミミズが悲鳴染みた叫びを上げた。
それと同時に、ぶちりと生々しい断絶音が辺りに響く……尤もその音が鳴ったのは口許からではなく、胴体の丁度真ん中。
巨大ミミズは自らの意思で身体を切断したのだ。ミミズは天敵に襲われた時、身体を切断して敵から逃れる事がある。体長二十メートルもの大きさになっても、まだこの性質は失われていなかったらしい。
本体から離れた長さ十メートルもの下半身は、意思を持つように美少女へと巻き付く! 太さ五十センチもあるのでぐるぐる巻きとはいかずとも、二回りもすれば足から腹の辺りまでは拘束出来る。千切れたミミズの下半身は美少女の腕にも巻き付き、まるで大蛇のように締め上げた。
美少女は眉を顰めるだけだったが、やがて小さなため息を吐き、巨大ミミズの頭から手を離す。自由を取り戻した巨大ミミズは喜ぶように跳ね、大急ぎで地面に直進。あっという間に地中へと潜っていく。
「……ふん。まぁこれだけあれば十分でしょう」
あっさりとミミズを逃がした美少女は、自分に巻き付く下半身、その切断面に手を触れる。
するとどうした事か。下半身は激しく痙攣し、間もなく動かなくなった。力も抜けたようで、解けるように地面に落ちてしまう。明らかに生命活動を停止している。
この美少女は一体何をしたのか? 継実にはさっぱり分からない。
他にも分からない事だらけだ。とんでもなく強いが、その強さは何処から得ている? 何故こんな草原にやってきた? 尋ねたい事は山ほどある。
一つだけ確かな事があるとすれば――――この美少女が、人間ではない事だろう。本能的にそれだけは感じ取れた。
「継実! 大丈夫!?」
「つ、継実さぁん!」
唖然とする継実の下に、モモとミドリが集まってくる。いや、集まるどころか二人とも、継実にがっちりと抱き付いてきた。
恐らくミミズに睨まれて自分が死を意識した時、モモ達も同じく継実の死を予感したのだろう。心配させてしまったと、二人の頭を優しく撫でる。すると二人共揃って頭をぐりぐりと継実に押し当ててきて、思わず継実は笑みが零れた。
……果たしてこんな暢気にしてて良いものかとも思ったが。
巨大ミミズを呆気なく打ち倒した美少女。圧倒的なパワーを見せ付けたが、戦闘中の態度からして本気を出したとは到底思えない。もしも本気を出したら一体どれほどの強さがあるというのか。
万が一にも、自分達に敵意を向けてきたら……
「ふんふふーんふふんふーん♪」
継実の脳裏を過ぎるそんな不安は、こちらの事など見向きもせず、上機嫌な鼻歌を歌う金髪碧眼の美少女の姿で吹き飛んだ。彼女は身体に巻き付いたミミズの下半身を手で押し潰し、中身である未消化物や糞を絞り出している。美味しく頂くためなのか、捕まえたミミズの『身体』を綺麗にする事に夢中なようだ。
どうやら継実達の事など、大して興味もないらしい。
危険性云々の話でいうなら、好都合な話である。今のうちにこっそり逃げ出してしまえば、恐らくこの美少女も追ってはこないだろう。むしろ仕留めた獲物を狙っていると勘違いされたら、軽い威嚇だけでも酷い目に遭いかねないし、見せしめに誰か一人殺されてもおかしくない。
彼女が何者であるか、何処から、なんのためにやってきたのか。そうした疑問は未だにあるが……好奇心の結果殺されたら元も子もない。
「継実、なんだか分かんないけど、今のうちに逃げましょ」
「え? で、でもあの人、あたし達を助けてくれた訳ですし、お礼ぐらい……」
「あんなの私らよりも実入りの良い獲物がいたってだけよ。アレでも足りなかったら、次は私らが狙われるかも」
モモも継実と同じ意見。ミドリだけは好意的な印象を抱いたようだが、モモの話を聞いて顔を青くした。
未だ美少女は継実達を見てもいない。静かに、刺激しないように離れるため継実達はゆっくりと一歩後退り
「フィアちゃーん!」
した瞬間、背後から声がしたものだから、三人揃って飛び跳ねてしまった。
ミドリは驚いたのか頭を抱えてしゃがみ込むが、継実とモモは素早く振り返った。どんなものが来るのか、最大限警戒しながら。
継実達が目にしたのは、小さな女の子だった。
……見た目から判断するに、小学生か、精々中学生だろうか? 肩の辺りまで伸びている白銀に光り輝く髪と、少しばかり鋭さを持つ赤い瞳は、明らかに日本人のそれではない。顔立ちは人形のように整っていて、触れたら壊れそうな身体付きは庇護欲を掻き立てる。目付きがあとほんの少し悪くなければ ― 或いはそういう『役柄』ならば ― 、七年前の世界なら子役としてデビュー出来たと思うほどの可憐さ。着ているのは真っ白なワンピースで、まるで文明社会からひょっこり出てきたかのような身形だ。
そんな女の子は継実達の視線に気付くと、一瞬考え込んだように間を開けた後、ぺこりと頭を下げた。
「(……え? 今の、まさか会釈――――)」
その行動を目にしたのが、もう七年ぶりだったから。
継実は思わず固まってしまい、女の子が真横を通った時になんのアクションも起こせなかった。声を掛けるチャンスを逃した継実であるが、チャンスの神様と違ってしっかり伸びている女の子の後ろ髪を掴む訳にもいかない。
女の子はてくてくと見た目相応の、しかしこの世界では最早鈍足としか呼べない足取りで、美少女の下へと向かう。すると美少女は女の子の方をくるりと振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「おおっ花中さん。見てください大ミミズですよ!」
「わぁ、久しぶりだねー。今回は下半身だけ?」
「ええ。別に頭も潰して良かったですけど自切してきたので。私達二人分の食糧としてはこれで十分ですし」
「あ、うん。そだね、二人分ならね……フィアちゃんならそういうよね」
美少女の話に、女の子はやれやれとばかりに肩を落とす。次いでくるりと、継実達の方を振り向いた。
少々目付きは悪いものの、敵意のない女の子に見られて継実はキョトンとしてしまう。そうしている間に女の子は継実達のすぐ傍までやってきて、にこりと人の良い笑みを見せる。
そして深々と、改めてお辞儀を一つ。
「はじめまして。わたしは大桐花中、こっちの子はフィアと言います……えと、良かったら、少し、お話ししませんか?」
拙い話し方で、自己紹介と、交流の申し出をしてくるのだった――――




