旅人来たれり04
一見してそれは、ぱっつんぱつんに張ったソーセージのようだった。そう、一見しただけなら。
しかし見れば見るほど、ソーセージのような『可愛らしさ』なんかないと感じるだろう。直径は五十センチ前後、地上に出てきた部分だけでも長さは五メートルを超えていた。そんな身体を形成するものは美味しそうな加工肉ではなく、はち切れんばかりに発達した茶褐色の筋肉である。
先端にはばっくりとラッパのように開く軟体的な口があり、人間一人簡単に丸呑みにするだろう。その口の内側にはずらりと歯のような突起が並び、哀れにも入ってしまったものをズタズタに切り裂くに違いない。突起は微かにだが揺れ動き、次の獲物を心待ちにしているのが窺い知れた。
恐ろしい見た目の化け物。宇宙生物にも見えるその異形に、されど本物の『宇宙生物』よりも恐ろしいものと何度も出会った継実はすぐに真実へと辿り着く。
「コイツ、まさかミミズ!?」
出てきた言葉は半信半疑なものであったが、継実の本能はその考えに確信を抱く。
ミミズと呼ぶのが馬鹿馬鹿しいぐらい大きいし、口の内側に牙があるというのもミミズらしさに欠ける。しかしゴミムシがクマよりも巨大な身体となる今の世の中、ミミズが化け物になったところで驚く点などあるものか。
それよりも気にすべきは、コイツが『ナニモノ』であるのかだ。七年間この草原で暮らしてきた継実だが、こんな化け物は見た事もない。地中にいたからこれまで遭遇しなかったのか、はたまた以前仕留めたウシガエルのように草原の外からやってきたのか……いずれにせよ生態どころか性質すら不明である。敵かどうかも分からない。
されど深く考える必要などないだろう。この巨大ミミズはつい先程まで継実達が居た場所に、見た目からして獰猛な頭から突如として現れたのだ。敵意がなければそうはするまい。
いや、抱いたのは敵意ではなく……食欲か。
地上に出てきた巨大ミミズは、地中からずるずると這い出し――――全身を露出させてから、継実達が食べ残したイノシシの骸に接近。大きな口でイノシシの残骸を咥えると、ボリボリと骨を噛み砕いてあっさりと飲み込んでしまう。
どうやらミミズの癖に肉食性のようだ。しかもイノシシを食べるため地上に出てきた全身の長さは、継実の目測ではあるが二十メートルを優に超えている。いくら細長いとはいえこの圧倒的な巨体が、イノシシ一頭で満たされる筈もないだろう。
では、ここで問題である。この巨大ミミズに継実達が三人掛かりで挑んだとして、果たして勝ち目などあるだろうか?
継実には、一パーセントでも勝機があるとは思えなかった。
「全力で逃げてッ!」
「は、はひっ!?」
「言われなくてもォ!」
継実が下した決断は逃げの一択。誰一人として反対せず、継実達は全力で後退を始めた。
無論、相手がそれを悠長に見逃してくれる訳もないのだが。
「ギュアァッ!」
巨大ミミズの開いた口から発せられるのは、甲高く、けれども力強さとは少々程遠い鳴き声。だがその声と共に繰り出した体当たりは、継実達全員の『強さ』を凌駕する。
ぐねぐねと、泳ぐように巨大ミミズは身体をくねらせる。そうすればその身はふわりと浮かび上がり、空中を駆け抜けていった。塵さえも舞い上がらない静かな動きからは、やはりパワーなんて感じられないだろう。
されど無害と呼ぶには程遠い。音が出ないのは、塵が舞い上がらないのは、生み出したエネルギーを全て使いたい力に変えているから。周りが感じ取れるように『余計な力』を発するなど無駄の極みでしかない。
全ての力を余さずその身に纏った『体当たり』は、その莫大なエネルギー故に触れた物質を光に変える。
光の速さと呼ぶには程遠い、されど音など比較にならない速さで、閃光と化したミミズが突撃してきた! 狙いは、三人の一番体重が重いであろう継実と、その継実のすぐ傍を走るミドリ!
「きゃあああああっ!?」
「ぐっ……!」
反射的に継実はミドリを突き飛ばし、ミミズの進路上から二人揃って退く。
もしも一瞬でも行動が遅れていたら、凄まじい速さで跳んでくるミミズと激突していただろう。速さの代償か機敏な軌道修正は出来ないらしく、ミミズは継実の背後を掠めるようにすっ飛んでいく。一瞬にして百メートルほど先まで行ってしまった。ミミズはそこで急停止するとこちらを振り返り、様子を窺うように継実達に不気味な頭の先を向けてくる。
未だにチリチリとした感覚が継実の背中に残るほどの、凄まじい突撃力。
今回は掠めただけだったので助かったが、もしも片腕だけでも当たればどうなるか? 腕がもぎ取られる……それだけで済めば御の字だ。伝播した衝撃のほんの一部が変化して生じた熱だけでも、自分の身体の半分が弾け飛ぶと継実は予感した。心臓を貫かれた程度なら耐えられる継実でも、演算能力の要である頭がやられたら一発でお陀仏だ。あの突撃を受けたら、場所など関係なく即死しかねない。
あまりにも出鱈目な力。しかしそれだけ強いのも頷ける。
ミミズの体躯は二十メートルはあろうかという長大さ。いくら太さが五十センチ程度でも、あれだけの長さがあればかなり体重を有している筈だ。継実の目による観測が正しければ、凡そ一トンに迫るだろう。そして如何に継実達超生命体が超常的能力で戦うといっても、体躯の大きさとパワーの強さは基本的に比例する。
この草原で頂点捕食者として君臨しているクマやゴミムシさえ、体重は精々五百~六百キロ。彼等を一・五倍以上体格で上回るであろうミミズの力は、間違いなく草原最強だ。
「(ここまで力の差があったら、全力で逃げても振りきるのは無理か)」
大きな鳥に狙われたイモムシがどうやっても逃げきれないように、この巨大ミミズ相手では全力疾走も棒立ちも大差あるまい。まともな方法で継実達が生き残る事は不可能だろう。
可能性があるとすれば、虚仮威しでもなんでもやって、一瞬でも怯んだ隙に物陰へと隠れるぐらいか。
「モモ! やるよ!」
「分かってる! ミドリは離れてて!」
「は、はいっ!?」
ミドリに下がるよう伝えるモモ。ミドリは言われた通りミミズから離れようとする……が、ミミズからすれば、それは一番弱い獲物を教えてもらえたようなもの。
ミミズの顔の向きが僅かに変わる。間違いなく、奴はミドリを見ていた。
「させるかっ!」
巨大ミミズが何かをする前に、継実は牽制として粒子ビームを指先から連続して放つ! 秒間数十発、一発一発が小さな町なら壊滅させるエネルギーを有した光の弾は、残らず巨大ミミズの頭に命中して小さな爆発を起こす。モモも雷の何倍もの威力の電撃を幾本も放ち、これも全て巨大ミミズの顔に当たる。
いや、避けなかったというのが正しいか。
巨大ミミズは継実達がどれだけ攻撃しても、焦げ目も擦り傷も付いていない。それだけならまだしも、微動だにすらしなかった。これだけ喰らわせれば、クマだって眩しさや煙たさから顔ぐらい顰めるというのに。
「(コイツ、ろくな目がないから目潰しが効かないのか……!)」
七年前の生物知識が当て嵌まるとすれば、ミミズには光の濃淡を判断する程度の視力しかない。つまりそれは世界を認識するのに目を殆ど使っていないという事。白煙や閃光を撒き散らしても、ミミズにとってはさして強い刺激とはなり得ないのだ。
そしてこの巨大ミミズは、視力以外のなんらかのセンサーを発達させたのだろう。視界を潰されたところで、その行動に迷いや躊躇いは生じない。
「ギュッ!」
継実達の攻撃は続くも、ミミズは構わずその身体を僅かに縮こまらせる。狙いはミドリのまま。ミドリも狙われたと自覚したようで、慌ただしく逃げようとする。
継実とてその突進をむざむざ許すつもりはない。しかし力が違い過ぎて真っ正面から止める事など不可能。出来るのは精々、ミミズが通るであろう進路上の空気を密にし、壁のように展開して邪魔する事だけ。
この空気の壁とて生半可な硬さではない。全盛期の人類文明ではどんな兵器や科学を用いても、突破はおろか揺らがせる事すら出来ない代物だ。しかしそれさえもミミズは気にも留めず。
「ギュアアアッ!」
またしても閃光を放ちながら、ミミズは突撃する!
継実が展開した空気の壁にも構わず接触。触れた大気が次々と光へと変わっていく。尤も継実だってこんな壁一枚でこの化け物ミミズの突撃を受け止められるとは、露ほども思ってもいない。
予想外だったのは、まるでそんな壁など存在してないと言わんばかりに平然と通過された事。
「な――――ぐぁっ!?」
巨大ミミズが通過した瞬間、継実ですら吹き飛ばされるほどの爆風が巻き起こる。体当たりを受けた空気の壁が光へと変換された際、一部が熱へと変わり、周りの大気が膨張・衝撃波となって拡散したのだ。
隕石の直撃であろうとも、今の継実を突き飛ばすなんて出来ない。つまり巨大ミミズの長大な体躯には、余波だけで小惑星に匹敵するほどの力があるという事。最早怪獣という言葉ですら括れまい。
「ひぃ!?」
ミドリは悲鳴と共にひっくり返り、どうにかミミズの進路から退避。間一髪で躱していた。
継実の目にはミミズの突進が減速したようには見えなかったが、ほんの少しは回避の役に立てたのか。しかし安堵するにはあまりにも早い。ミドリは不様に尻餅を撞いてしまったのだから。
いくらなんでも、あの体勢から素早く回避に転じるのは不可能だ。もう一度突撃されたら、今度こそミドリの命が終わる。
「ちっ……だったらぁ!」
継実は全身に満ちるエネルギー……たらふく食べて身体に浸透させた、イノシシの栄養を急速に消費。そして指先に、粒子ビームの力を凝縮させていく。
十三キロ分の肉を全てエネルギーに変換した場合、九十ペタジュールもの値と化す。これは凡そ二十一メガトン級の核出力に匹敵するものだ。核兵器としては強過ぎて最早実用的でないレベルの威力だが、こんなものでは継実でもどうにか出来る。あの巨大ミミズに喰らわせたところで、怯むどころか意識を逸らす事すら叶うまい。
そもそも継実は、いや、恐らく全ての超生命体は自分の身体にあるカロリーを直接能力には転化していない。一体何処からどんな風に引き出しているかも不明だが……カロリーを消費すると、その消費分よりも遥かに大きな力を生み出せる。自分の能力の仕組みなどさっぱり理解していない継実であるが、本能的にそれは理解していた。
つまり莫大なカロリーを意図して費やせば、普段よりも遥かに大きなエネルギーを生み出せるという事。
咄嗟の攻撃故か此度の変換効率は劣悪だが、されど費やしたカロリーを数百倍に増幅する事には成功した。今の継実の指先にて光り輝くは、巨大隕石さえもぶち抜く破滅の光。七年前の地球に向けて拡散して撃ち込めば、一撃で一つの大陸を焼き払い、地球全土の環境を激変させるであろう。それを一点集中させたものの破壊力がどれほどかは、語る必要もあるまい。
神の鉄槌と呼んでも差し支えない、今この瞬間に繰り出せる最大最強の技を継実は解き放つ! 可能な限り圧縮させたエネルギーは、それでも纏めきれず直径一メートルもの光となってミミズに迫り――――
「ギュバァッ!」
その光が到達する前に、ミミズは己の下半身を振り回した。
粒子操作能力なんて用いず、摩擦による静電気もなく、ガスによる燃焼効果もない。強いて言うなら馬鹿力で振り回しただけの一撃。
されどその一撃に含まれるエネルギーは大気分子を粉砕し、光子の塊を生成。高圧縮されたエネルギーの塊が、まるで刃のように飛んでいく。
超圧縮光子ブレード。
名付けるならばそんな、しかしミミズにとってはただ身体を振り回しただけで生じた一撃は、継実が放った巨大ビームと激突する! 押し返してやるとばかりに継実は更に粒子ビームへ力を注ぎ込み――――
ミミズが放った力は、継実渾身の粒子ビームを難なく押し返した。
「ぇ、うぉあっ!?」
呆気に取られる暇もなく、継実は自分の方に飛んできた超圧縮光子ブレードを仰け反って回避する事を強いられる。どうにか直撃は避けたが、万一当たっていたら耐える間もなく上半身が丸ごと吹っ飛ばされていただろう。
かつての地球を滅亡させて余りある一撃も、このミミズの前では軽く押し返される程度のものでしかない。継実が命を燃やしたところで、ミミズの化け物はちょっと身動ぎすれば全てを無為に帰す。家族が力を合わせても、コイツの薄皮に擦り傷すら負わせられまい。
宇宙でも悪名高い滅びの権化なんて目じゃない……継実のこれまでの人生で、最大最強の外敵だ!
「……ギュァァァ……!」
継実渾身の一撃は巨大ミミズに掠り傷すら与えられなかったが、気を惹く事には成功したらしい。無視しても獲物を捕らえる事に問題はなくとも、鬱陶しいとは思ったのだろう。
ダメージがないのは誤算だが、意識を逸らす事が目的なのだからこれで良い。ミドリが遠くに逃げた頃、こちらも退却だ。目潰しは効かないが、なんとか感覚器を潰せれば――――
「……ぁ」
頭の中で組み立てていた作戦。しかしそれは、ミミズの『視線』と合った瞬間に吹き飛んでしまった。
継実は感じ取ってしまう。ミミズから放たれる力が、これまでとは比にならないほど膨れ上がった事を。
今になって感じられた本当の力の差。これまでミミズは、本気など微塵も出していなかった。しかし継実の一撃が、奴の闘争心を目覚めさせてしまったのだろう。そして自身の本気を引き出した生物に、その本気を維持したまま対応しようとしている。
勝てない。
何をどうやろうと、どんな作戦を練ろうとも、コイツには勝てない。アリが、本気の殺意を剥き出しにした人間相手には、傷付ける事はおろか逃げる事すら出来ないように。
「っ!? 継実逃げて!」
巨大ミミズが継実を狙っていると気付いたのだろう。モモは電撃を放って自分の方に気を惹こうとしていたが、ミミズは見向きもしない。モモの放つ電気は雷の数倍の破壊力を秘めていたが、巨大ミミズの屈強な肉体はあっさりとそれを弾いていた。
ミチミチと音を鳴らしながら、継実を見つめる巨大ミミズはその身に力を込めていく。何時でも、最高のタイミングで、最強の突撃をお見舞いするために。
「(あ、これは……死んだ)」
脳裏を過ぎる死の予感。
死を避けるためか、脳が全力で稼働しているのだろう。周りの景色が全てゆっくりと動いている。モモが駆け付ける動きも、ミドリが悲鳴を上げようとする動きも。
その中で唯一普通に動くのが巨大ミミズ。先の継実の粒子ビームなど比にならない力が溜め込まれた身体が、びくんびくんと激しく痙攣している。一体あの身体にどれだけの力が宿っているのか、想像も計算も出来ない。
死にたくないと継実は思った。
けれどもそれはどんな生き物だって抱いている気持ち。自分達がイモムシを難なく捕まえて食べたように、イノシシを三人掛かりで仕留めたように、どうにもならない敵に襲われたらどれだけ嫌がっても食べられるしかない。こちらの気持ちなんて、世界はなんにも汲んではくれないのだ。
しかし諦めるつもりはない。奴はこちらを食べるつもりだ。必ずこちらを咥えて、それから噛み砕こうとする。目にも留まらぬ速さでそれをするだろうが、上手くタイミングが合えば体内に直接粒子ビームを叩き込める。内側なら外部ほど頑強でない筈だから、もしかしたら倒せるかも知れない。噛まれた瞬間に全身が砕けるだろうが、頭さえ無事ならなんとか……
達観の中に活路を見出す。自棄にならず、諦めもせず、小さなチャンスを掴んだモノだけが生き残る――――継実はそう思っていた。
しかし現実は、少し違う。
幸運なモノもまた、生き残る。
巨大ミミズの身体が浮いた。
ついに動き出したか、と身構える継実だったが、様子がおかしいと気付く。
ミミズは真横に飛んでいる。
継実目掛けて突撃するなら、真っ直ぐ飛ぶ筈。なのにどうして? 反射的に抱いた疑問から無意識に凝視すると、新たな違和感も見付けた。
何か、さっきまでなかった金色の物体が巨大ミミズに接触している?
否、接触ではなく――――殴り付けている!
「ギュアガッ!?」
ミミズは数十メートルと吹き飛ばされ、大きく呻いた。
継実渾身の粒子ビームすら消し飛ばした肉体が、殴られただけで吹き飛んだ。あまりの出来事に呆けている継実の前に、ミミズの傍に居た『そいつ』は軽やかに大地に降り立つ。
一言でいうならば、金髪碧眼の美少女。
まるで彫刻のように整った美貌を持ち、野生の世界に相応しくない華美なドレスを纏っている。浮き世離れした雰囲気は、しかしその整った顔に浮かべている神すら恐れぬ不遜な笑みによって和らいでいた。百七十はあると見える身体よりも長い髪が地面を引きずっていたが、少女は気にしている素振りも見せない。
継実は彼女が誰だか分からない。彼女も、継実の事など知らないのだろう。金髪の美少女は継実を一瞥すらせず、自らが殴り飛ばしたミミズを眺めるのみ。
次いでびしりと、何処までも自信たっぷりな仕草で巨大ミミズを指差す。
「ふっははははははは! 虫けら風情がこの私に敵うと思わない事ですねぇ! バラバラのぐちゃぐちゃにしてやりますよぉ!」
そして自分が負ける可能性など一ミリも考えていない態度で、美少女は巨大ミミズに宣戦布告をしてみせた。




