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賑やかな星  作者: 彼岸花
第三章 旅人来たれり

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旅人来たれり02

「それにしても、中々ミドリは強くならないわねぇ。今日のイノシシからも逃げてばかりだったし」


 イノシシの腸と肉をたらふく食べて、一足先に『ごちそうさま』をしたモモがそんな話を振ってきた。銀色の髪が血でべたべたになっても気にせず、血糊でどす黒く染まった手をちゅぱちゅぱとしゃぶる様は正しく畜生。実際畜生なので、指摘しても止めはしないだろうが。

 骨に付いている肉に齧り付いていたミドリは、そんな畜生からの意見に一瞬目をパチクリ。それからバツが悪そうに目を逸らし、骨付き肉を口から離して、ごくりと口の中のものを飲み込んでから会話に乗る。


「……弱い事は否定しませんけど、そんな言い方をされるのはちょっと心外です。というかあなた達は、自分の強さが宇宙レベルで出鱈目だって自覚した方が良いですよ」


「あれ? そうなん?」


「そうです。『ネガティブ』を殴り殺しちゃうとか、あり得ない事もしてますし」


「ねがてぃぶ? なんだっけそれ」


「……少し前にあなた達地球生命が殴り殺した、黒い靄みたいな奴です」


「あー、アレか。思い出した思い出した」


 本当に忘れていたのだろう。具体的な特徴を言われて、モモはぽんっと手を叩いて納得。その姿にミドリは肩をがくりと落とす。

 『ネガティブ』。

 一月以上前に継実達が戦った黒い靄のような存在……ミドリの種族はそれをネガティブと呼んでいる。本当は全く違う名前で呼んでいたが、地球人には発音出来ない音を用いた呼び方であるため、発音可能で意味が通じるものに変えているらしい。要するに外国語を和訳したようなものという事だ。

 ネガティブがどんな存在であるかはミドリ ― 正確には彼女が属していた文明 ― にも分からない。生命体であるかどうかも不明で、知能レベルや増殖方法も不明という有り様。しかしどうも数百年前から存在は確認されており、これまでに幾千もの星々を滅ぼしてきたという。また最近個体数が増加傾向にあり、被害が拡大しているらしい。

 勿論宇宙の中には様々な生物がおり、その中には強大な、かつて存在した人類文明が誇る兵器でも敵わないような生物種も少なくない。人類以上の科学文明を持つ星も珍しくないとの話だ。しかしそんな星でも、ネガティブは容易く滅ぼしてきた。

 何故なら、誰も奴等に触れる事すら出来ないから。

 触れたものは問答無用に消滅させられる。エネルギー攻撃も質量攻撃も、生命体も機械も気体も、速度も熱も電力も波動も関係ない。触れた傍からエネルギー保存則を無視して何もかも消えていく。あたかもプラスがゼロへと変えられていくように。

 故にどんな攻撃も通じず、ネガティブ(負の存在)達を止める術はなかった。しかもネガティブが降下した星は、侵略されるのではなく跡形もなく消滅させられてしまう。母星を失うのだから、奴隷や家畜という形で生き長らえる事すら許されない。尤も、星を滅ぼす前にまずは生命体を一掃するように動くようだが。

 共存不可能な、絶対的滅びの象徴。

 それがネガティブという存在。ミドリの生まれ故郷である惑星もネガティブに滅ぼされ、彼女は移住先を求めて何年も放浪する事に。その旅路でようやく見付けたのが地球だったという訳だ。

 ……触れたらなんでも消えるのに、じゃあなんで私らは殴っても平気だったの? とは継実も思ったが。それに対するミドリの返答は「こっちが知りたいです」だったので、どうやら地球生命、或いは超生命体特有の事象だったらしい。そりゃ自分が相手したネガティブが戦い慣れしてない訳だなと、継実はとりあえず納得した。

 ともあれあの黒い靄は宇宙規模で危険な存在だったが、それを地球生命である継実は互角の死闘の末、モモ達の下へと向かった方を相手した巨大ゴミムシに至っては難なく倒してしまった訳だ。ミドリが継実達を『出鱈目』と称するのも、実感はないが頷けるというものである。何より実感がないから、モモはすっかり忘れてしまったのだろう。説明されたのは、もう四十日ぐらい前というのもあって。


「まぁ、ねーてぃぶだかなんだかはどーでも良いけどさー」


「宇宙の中でも最高峰に悪名高い災厄をどーでも良い呼ばわりですか……」


「私達なら倒せるんだから、他所で悪名高くても関係ないわよ。んで話を戻すけど、なんでミドリってそんなに弱いのかしらね。さっきから自分は宇宙人みたいな言い方してるけど、ミドリの身体は地球人じゃん。だったら継実と同じぐらい強くなきゃおかしいでしょ?」


 呆れた様子のミドリだったが、モモからの率直な言い分にまた口を噤んだ。言い返す言葉はないらしく、せめてもの反抗か所謂ジト目でモモを睨むばかり。

 ミドリは宇宙人である。曰く、死体に取り付く寄生生物のような存在らしい。死体に残っていた神経などから記憶を引き出し、生前のように振る舞う事も出来るとも。

 その話が正しいなら、こうも考えられる筈だ。神経を制御下に置けるのだから死体が生前に持っていた身体機能も十全に扱える、と。

 ならば人間の身体を乗っ取ったミドリは、人間並の力を使えねばおかしい。そして今の時代でも生きている人間なら、十中八九超生命体と化した存在の筈。ミドリが乗っ取った死体は継実と同等の……その気になれば人類文明など簡単に滅ぼせてしまうほどの力がなければおかしい。

 ところがどっこい、どうにも今のミドリにはそこまでの力がなかった。確かに継実だって一対一ではイノシシと戦っても勝てないだろうが、あそこまで防戦一方になるつもりもない。モモが言うように『超生命体』と化した人間として見れば、ミドリはあまりにも弱いと継実も思う。

 果たしてどんな答えを返すのか。ちょっと気になった継実は、好物である目玉の部分をイノシシの亡骸から抉り出しながら耳を傾けた。


「だから、あなた達は宇宙全体で見ても強過ぎるって話です。正直、私にはあなた達がどんな仕組みで能力を発動してるのか分かりません」


「え? そうなの? なんかこう、出ろーって思えば出るもんじゃない? 私はそれで毛を動かせるんだけど。電気は流石に出ろーでは出ないけど、擦れーって考えれば発電出来るし」


「……継実さんもそんな感じなのですか?」


「私はもうちょっと計算とかするけど、まぁ、似たような感じかな。計算は基本的に自爆しないためとか、威力を上げるためにするもんだし」


 話を振られて、継実は正直に答えた。

 自分の能力なのに仕組みが分からないなんてあるのか? あり得るどころか、それが普通だ。自分が思考している時、シナプス間の電気信号やイオンチャンネルの働きがどうなっているのか、自覚しながらするものなどいない。する必要もない。継実達が能力を使う時も、同じである。

 なので大雑把な感覚では話せても、理論的な話は無理。必然こういう回答にならざるを得ないのだが、ミドリとしては言いたい事もあるのだろう。彼女は力なく、大きく項垂れた。

 顔を上げた時のミドリは、ただ喋っていただけだというのに、イノシシに追い駆け回された時よりも憔悴して見える。


「……少なくともこの身体の機能云々は、割と普通なんです。変な器官なんてありませんし、血液の成分もまぁまぁ有り触れています。普通なのに、よく分からない演算能力があって、それが、こう……物理法則を捻じ曲げてるというか、ぽっと生み出してるというか」


「物理法則ってそんな簡単に曲げられるの?」


「曲げられないから困惑してるんです! 原理が謎過ぎて意味分かんないですよ! というか物理法則を捻じ曲げるとか理屈が破綻しています! そもそも宇宙の法則というのは」


「あー、難しい話ならパスするわ」


「むがぁーっ!」


 話が難しくなった途端飽きてしまったモモへの憤りか、はたまた『この程度』の話すら理解出来ない知性が使える力を扱いきれない事への自己嫌悪か……恐らく両方の理由でミドリは雄叫びを上げた。

 一応モモよりも賢い(というより考えながら話を聞ける)継実は、ミドリの話をそれなりには理解出来る。つまり自分達(地球生命)の身体には、恒星間すら自在に行き来する文明力の持ち主さえも解明出来ない、未知の力があるという事らしい。

 科学で解明出来ない不思議な力というやつか――――そう考えて、いや、それも違うなと継実は思う。『科学で解明出来ない力』なんてものは存在しない。何故なら科学とは、解明出来た世界のルールを示す言葉だからだ。解明出来ないとは、まだ分かっていないという事でしかない。超能力だろうが謎パワーだろうが、難なら神通力でも霊魂でも、実在するならそこにはルールが存在し、故に科学で解明出来る。

 ただ、そのために必要な『レベル』というものがあるだけで。


「(とりあえず隣の星系にすら行けなかった人類文明じゃ、端から話にならない難しさのお話と)」


 そしてそんな人類文明の義務教育すら済ませていない自分に、果たして超高度文明人にも理解出来ないものを理屈で解明出来るだろうか?

 自分が数千年に一度の天才なら出来たかも知れない。が、生憎超生命体と化しても『凡人』のつもりである継実には、全くそうは思えなかった。


「要するにミドリは身体の動かし方がよく分からないから、継実ほどの力は出せないって事ね。なら仕方ないわ。それに今のところ逃げ足は普通に速いから、ここで生きていく分には十分だろうし」


「それは……そうかもですけど」


 尋ねたモモの方は一人勝手に納得した様子だが、ミドリは不服そうな様子。何かを言いたそうに唇をもごもごと動かすが、言葉は発しない。

 普段から気にしていた訳ではないが、質問された事でちょっと気になってしまったといったのだろうか。

 継実的には、自分の能力の原理が謎だらけでも問題などない。少なくとも今のところ力の使い方に問題なんてないし、力の行使で身体に不調も起きていないからだ。それに植物や動物は問題なく世代交代し、むしろかつてより繁栄している。安全性はそれなりにお墨付き。自分の力の根源というのは確かに気になるが、現状はあくまで知的好奇心云々の話だ。

 しかしミドリにとってはそうもいくまい。原理不明のため満足に力が使えないというのは、人間より強いものなどいくらでもいるこの世界では致命的である。勿論モモや継実はミドリを足手纏いだなんて思わないし、敵が現れたなら『家族』を守るために全力で戦おうとは思うが……勝利が約束されていない以上、やはりミドリも多少なりと強い方が生存率は上がるだろう。

 ミドリを強くする方法があるなら、継実としても是非採用したいところだ。何か良い方法はないものかと、一マイクロ秒ほど考えて。


「特訓したら少しは強くなるかな」


 ぽそりと、継実は少年漫画的発想を言葉にしてみる。


「えっ、特訓ですか?」


「うん。理屈の説明は分からないままでも、力を使い続ければ身体が慣れて、もっと強い力を出せる……かも」


「継実も七年前と比べてかなり強くなったわよね。特訓なんてしてないけど、生きてるだけで特訓みたいなもんだし」


 モモの言い分に、確かに、と継実も思う。何しろ野生生物みんなが超生命体と化し、二十四時間何処から襲い掛かってくるか、強さも相性も時期も不明な中で生き抜いてきたのだ。自分とモモが協力しても歯が立たないような化け物に襲われた事も、一度や二度ではない。こんな暮らしをしていれば、かなりの『鍛錬』になるであろう。

 ……逆に言えば日常生活がこんなレベルなのだから、特訓がこれより生温かったら効果なんてない訳で。


「……ミドリ、一人でゴミムシを倒すとかやってみる?」


「もしかして死ねと言いたいのですか」


 思い付きを語ってみたところ、継実はミドリに睨まれてしまった。向こうも本気にはしていないだろうが、継実は笑って誤魔化す。

 特訓とはなんらかの負荷を掛ける事。モモが言うように生きてるだけで特訓となれば、意識して掛ける負荷はどうしても過激なものとならざるを得ない。その過激な負荷を与えても、効果がどれだけあるかは謎である。しかも過酷なあまり体力を消耗した状態では、いざ強大な外敵と出会った時に何時も以上のピンチとなってしまう。

 普通の特訓というのは()()()()()()()()だから出来るのであり、そんなものがない今の世界で行う特訓というのは、ただの自殺行為なのだ。


「まぁ、生きてるだけで特訓なんだから、そのうち強くなるわよね。気にしない気にしない」


「……そうは言いますけどねぇ」


 モモは本当に気にしてない様子だが、ミドリはかなり自分の弱さを意識していた。

 モモが言うように、日常が過酷なのだから生きていればそのうち強くなるだろう。しかし強くなるまで脅威が来ないとは限らない。ミドリからすれば、一日でも、一秒でも早く成長したい筈だ。それが文字通り命に関わるのだから。


「完璧にこの身体の仕組みを理解して支配下に置いたら、逆にお二人を守れるぐらい強くなれるのにぃー」


 ……或いは単に、『宇宙人(高等種族)』としてのプライドの問題かも知れないが。


「えー? それは盛り過ぎでしょ。所詮借り物の身体じゃない」


「借り物だからですよ。第三者的視点から肉体機能を把握する事で、本来なら効率のため抑えられている機能を意図的に解放出来ます。つまりその種族が出せる身体機能を数段階上げて使用出来るのです!」


「そーいうもんかなぁ」


「そーいうもんです!」


 胸を張り、自慢げに誇るミドリ。なんだかそれが威張り散らす子供のように可愛くて、継実はひっそりと笑みを零す。

 同時に思うは、『ミドリの強化』について。

 やはり、出来る事ならやった方が良い事ではある。そしてミドリは、自分達の能力の原理が分からないから力をフルに使えないのだと語っていた。なら、原理が分かればパワーアップが出来るのではないか。

 星間航行能力を持つ文明でも理解出来ない力だが、かつて七十億もいた人類の中には数千年、或いは数万年に一度の天才が紛れていたかも知れない。そうした人ならば、超生命体の秘密を解き明かしている可能性もゼロではないだろう。その人から話を聞ければ、ミドリのパワーアップを果たせるのではないか。

 問題があるとするなら、そんな天才様が果たして生き残っているのか、生き延びていたとして何処に居るのかが分からない事。

 いや、最悪を考えるならば。


「(案外、私が最後の人類だったりするのかな)」


 ふと脳裏を過ぎるのは最悪の、だけどこの七年間の世界を思えばあり得なくもない可能性。

 本当なら、寂しさや不安で心が張り裂けそうになるものだろう。

 けれども継実には家族がいる。同種族でなくとも、こうして共に食事をして、わいわいと話し合えるモノ達が。

 野性的な継実は欲張りなので、これで満足だとは思わない。だけど辛さを上回る楽しさがある日々を、不十分だとも思わない。そうなるとあるかどうかも分からぬ『もっと』を求めて手を伸ばすのは、ちょっとばかりしんどく感じる。大体件の天才を探すためには旅が必要で、ミドリを強くするために、ミドリを危険な旅に連れていくというのは……本末転倒という奴だろう。


「(ま。仮に生き残りの人がいたとしても会えるかどうかは巡り合わせ次第だし、気にしても仕方ないか)」


 故にあっさりと、継実は人への情愛を胸の奥底にしまい込む。

 出来る事はやる。出来ない事はやらない。

 それもまた過酷な世界で生き延びるのに必要な事だと、継実は知っているのだ。

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