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賑やかな星  作者: 彼岸花
第二章 新たな世界

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新たな世界10

 秒速十八キロ。

 隕石の落下速度としてはごく有り触れたスピードは、しかしながらこの世に存在する大概の自然現象を大きく上回るものだ。これほどの速さとなれば大気との摩擦により高熱を発し、地表到達時の衝撃は凄まじいものとなる。ほんの一メートル程度の大きさでも、その驚異的スピードから生み出される破壊力は地形を容易く変えてしまうほどだ。

 それが普通の隕石である。されど継実達が見ている先にある黒い点(隕石らしきもの)は、どうやら普通とは程遠い存在らしい。

 まず、道中。そいつは落下する中で何故かどんどん加速していく。通常の隕石ならば速度と共に空気抵抗も増大し、ある程度のところで加速が止まるというのに。

 二つ目の違和感は大きさ。ざっと直径二メートル程度の球形は、どれだけ空気とぶつかり合っても削れていかない。否、それどころか僅かずつだが()()()している。落ちながら成長する隕石なんて、聞いた事もない。

 そして周りの空気。何故かは分からないが、落ちてくる物体に触れた空気がどんどん消えている。比喩ではなく、文字通りの消失だ。少しずつ大きくなっている事実と合わせて『喰っている』のかとも思えたが、質量が釣り合わない。消失分の方が遥かに大きいのが実情だ。

 何もかもがおかしい。自分の『目』に映ったものをなんとか理解しようとする継実であるが、あまりにも奇々怪々な事態の数々に困惑が募る。そもそも相手が普通の隕石ならば、どんなに巨大だろうとプレッシャーなど感じる筈もない。巨大隕石だろうが巨大噴火だろうが、今この地球を支配している生物達は単体でなんとでも出来てしまうのだから。

 果たしてこの隕石の正体は何か。気にならないと言えば嘘になるし、知らないまま寝床でぐーぐー眠れるほど継実は図太くもない。正体を教えてくれるというのなら、継実としても是非とも知りたいところだ。


「だからって、目の前に来るのは望んでないんだけどなぁー……」


「全くよねー」


 継実のぼやきに、モモが同意する。つまり継実が導き出した軌道計算は一切間違っていないという事。

 黒い点こと隕石は自分達から南西五メートル地点に落下する。

 確信を得た継実は行動を起こす。モモに視線を送り、頷いたモモは自らの身体を構成する体毛の一部を伸ばしてミドリに巻き付けた。突然のモモの行動に驚いたミドリは身動ぎしたが、モモは構わずミドリをぐるぐる巻きにし、頭から足先まで包み込む。

 継実達が行動を起こした頃、落下予測地点からどっと生き物達が噴き出す。空が黒くなるほどの無数の羽虫、マシンガンのように飛び出す小鳥達、津波のように押し寄せるネズミやトカゲ……草むらの中には山ほど命が潜んでいる事は知っていたが、考えていたよりも多くの生命の存在に継実も少し驚く。小さな生き物達は継実など無視して慌ただしく去っていき、もうそこに残っているのは、身動きの取れない草花ぐらい。

 隕石が落ちてきたのは、そんな草原の真上だ。

 激突時に生じた衝撃波が撒き散らされる。継実の観測結果によれば隕石の落下速度は秒速五十二キロまで加速しており、それは通常の隕石のスピードのざっと三倍程度。運動エネルギーの大きさは速度の二乗に比例するので、同程度の質量の隕石と比べ九倍の力で落ちてきた事になる。

 とはいえ直径二メートル程度の大きさでは、質量がそもそも隕石としては軽めだ。衝突したところで核兵器ほどの威力は出ない。九倍のエネルギーを持つそれが着地した時に撒き散らした衝撃も、継実達にとっては大したものではなかった。着弾地点の草花だって、ちょっと黄ばんだ葉が欠けた程度である。

 それよりも問題なのは、落ちてきた跡地にある物体――――墜落した『黒い点』そのものの方だろう。


「なに、あれ……」


 ぽつりと、思わず継実は独りごちた。

 落下地点には、黒い靄のようなものが()()()()()

 確かに立っていた。空では球体を維持していたが、地上到達と同時に変形したらしく今や人型をしていたのだ。二本の足で立ち、やや丸まってはいるが縦に伸びた背筋を持ち、だらんと垂れ下がった二本の腕がある……尤も、人型と言えるような特徴はこの三つだけだが。臀部からは腕よりも長い尾が生え、頭は花でも咲くかのように五つに裂けている。そもそも輪郭がもやもやしていて、白昼に晒された身体は宵闇よりも真っ黒。頭には表情を窺い知れる凹凸はなく、手足にも爪などの『器官』を見て取れない。形こそ生き物のようになったが、『黒い靄』としか例えようがない姿だ。

 奇妙なのは外見だけではない。継実の目はその黒い靄に触れている空気分子が、次々と()()()()()のを確認している。地表目掛け降下してきた時に見えたのと同じ現象だろう。単に分子崩壊しているだけなら光や熱といったエネルギーが観測出来る筈なのに、どういう訳かそうしたものさえ確認出来ない。エネルギー保存の法則を容赦なくガン無視するとは、七年前の科学者達が見ればショックのあまり憤死しただろう。尤も、ネズミ数匹を食べれば核弾頭クラスの攻撃をぽんぽん繰り出せる継実に、どうこう言えるものでもないが。

 もっと言えば、その身体を構成している粒子が何も見えないというのもおかしい。確かに超生命体の中には継実の観測能力を潜り抜けるモノも少なくないが、コイツはなんらかの隠蔽をしている気配すらなかった。何も隠していないのに何も見えない……これが奇妙でなければなんだというのか。

 ハッキリ言って不気味な存在だ。しかし見た目云々に惑わされるような継実ではない。見た目がどれほど恐ろしくても、中身がへっぽこならば脅威など感じられるものか。のこのこと現れたコイツを好奇心の赴くままに調べてやるところだ。

 ――――コイツに、それをしようとはこれっぽっちも思わないが。


「(いまいち判別付かないけど……コイツ、強い)」


 如何にモモよりもずっと気配に疎い継実でも、これだけ近ければ流石にその力を推し量れる。ひしひしと感じる強さはかなりのもの。少なくとも自分よりは強いと、継実は判断した。

 しかしそれ以上の事はどうにもよく分からない。まるで見た目通り靄が掛かったかのように、具体的な力の大きさが上手く掴めないのだ。相手が宇宙からやってきた謎の生命体Xだからか、はたまたその靄のような身体に秘密があるのか。相手もまたこちらの強さを推し量れていなければ、色々とやりようもあるのだが……希望的観測を前提にして戦うのは、期待が外れた時のリスクが大き過ぎる。いや、そもそも敵対的なのか友好的なのかも分からない今、先手必勝すらリスクだ。無益な戦いほど無駄なものもない。敵意は感じられないが、相手がこちらを虫けら程度にしか思っていない可能性もある訳だから、やはり当てにならない。

 とりあえず逃げた方が良さそうだとは思うのだが、今は中々難しい。ミドリが居るからだ。彼女の足は巨大ゴミムシからある程度逃げ続ける程度には速いものの、この黒い靄がそれ以上のスピードを出せれば追い付かれてしまう。そして予想通り実力が継実よりも上であるなら、足の速さもほぼ確実に上。距離があれば逃走も選択肢に入るが、これほど近くては相手のスタミナが余程少なくない限り恐らく追い付かれる。もしも襲われた時、継実やモモなら目眩ましの一つぐらい出来るが、ミドリではそれも難しいだろう――――


「んん~!? んぅぅーっ!」


「あ、ごめん。解き忘れてたわ」


 当のミドリは、未だモモの毛でぐるぐる巻きにされていたようだ。解き忘れていた、という弁明をしているので、モモもあの黒い靄に脅威を感じていて『些末事』まで気が回らなかったらしい。

 開放されたミドリは小さくないため息を吐いている。継実やモモと違い、ミドリは特段気配を察知する力はないらしい。だとすればこの黒い靄を見た瞬間、ぎゃあっと悲鳴の一つでも上げるだろう。

 さて、大声を聞いたコイツはどう反応するのか。興奮して襲い掛かる可能性を考慮して、継実はその時に備える。


「――――え?」


 そんな継実の予想に反し、ミドリの反応は呆けた声を漏らす事。

 次いで顔を青くし、ガタガタと震え始めた。怖がるのは想定内だが、しかし震え方が尋常でない。不気味で生理的に受け付け難い見た目だとは継実も思うが、巨大ゴミムシやアオスジアゲハの幼虫に襲われた時でもここまで恐怖していなかった筈である。


「な、なん、なんで、コイツが此処に……!?」


 極め付けはこの台詞。

 まるでミドリは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……ミドリ、出来れば教えてくれると嬉しいのだけど」


「や、やだ、やだやだやだ……に、逃げないと、逃げないと殺される……!」


 可能な限り穏やかな口調で説明を求める継実だが、ミドリは恐怖に慄くばかり。口から出てくる言葉は、大凡説明と言えるようなものではない。

 しかし、無価値というほどでもなかった。

 少なくともこの存在が非友好的であり、そして相手を殺す事さえ厭わない存在だと分かったのだから。無論それはミドリの一方的な言い分であり、何処まで信じるべきかは分からないが……継実の野生の勘はひしひしと訴えている。

 コイツは対話も何も通じない、と。


「(まぁ、そうは言ってもいきなり殴り掛かるのもどうかと思うし……)」


 一言ぐらいは警告を発しておくか。そう考えた継実は、しかし宇宙からの来訪者 ― よく考えるとこれは宇宙人なのだろうか? ― にどんな言葉が通じるのか分からず、僅かに考え込む。さりとて考えたところで案など浮かばず、とりあえず行動を起こしてみる事にした

 次の瞬間、黒い靄は継実に肉薄していた。腕のような部分を、大きく振りかぶった体勢で。

 あたかも、普通に挨拶してみようと継実が軽く片手を上げたタイミングを見計らっていたかのように。


「(……成程、これがそちらの『ご挨拶』と)」


 これなら素直にミドリを信じておくべきだったなと、今更ながら後悔。勿論野生の世界で後悔など役には立たない。

 継実の本能は身体をすぐさま防御態勢に移行。更に能力により周辺の大気を掻き集め、簡易的な『防壁』を展開させる――――が、黒い靄が振り上げた拳は防壁を形成する大気分子を次々と消滅させながら直進。

 継実の土手っ腹にもやもやとした不定形の、されどくっきりとした打撃が加わった!


「ぎっ……!」


 突き刺さるような衝撃に、継実は呻き、その身体はくの字に曲がる。口から数滴の血を吐き、受けたダメージの大きさを物語った。そして半歩後退りし、


「っぐああァッ!」


 傷付いた身体を庇う前に、折れ曲がった身体を勢い良く起こす!

 身体と共に振り上げるは両腕。弾き飛ばすような格好の一撃を黒い靄は身を仰け反らせて回避し、バク転しながら後退。数メートルと離れた黒い靄は、予想外だと言わんばかりに硬直した。

 反撃は当てられなかったもののどうにか相手との距離を取った継実は、得られた時間を使ってどしりと四股を踏む。相撲取りのような前傾姿勢は、独学で身に着けた継実の臨戦態勢。感情を昂ぶらせていき、身体を熱くする。


「継実!? この……」


「待て!」


 今にも跳び掛かろうとするモモを静止。モモは戸惑いながらも足を止め、継実は口許の血を拭う。臨戦態勢は解かないが、頭の中を駆け巡るのは燃え上がる闘志ではなく、機械のように冷静な思索。

 思った通りの重たい一撃だった。空気分子の防壁を易々と抜いたそれは継実の内臓に衝撃を与え、小さくない損傷を与えている。毛皮の服に至っては、殴られた跡のように一部が『消失』していた。特殊な技かそれとも能力によるものなのかは不明だが、ともあれ毛皮による防御は殆ど期待出来ないらしい。

 しかし()()()()()()と継実は思う。内臓の傷は能力の応用により再生可能な程度。再生時の体力消耗は少なく、難ならもう一発喰らっても問題はあるまい。不意打ち成功にしては、なんとも微々たる成果だ。

 無論向こうからすれば、本気からは程遠いという可能性もある。が、具体的な強さの一片は見えたのだ。

 今なら『計算』出来る。


「(さぁて、どう出るのが最善手か)」


 継実の脳裏を駆け巡るは無数の情報。自分の強さ、相手の推定質量、地上衝突時のエネルギー、今日の気象条件……あらゆるデータを数値化し、組み上げ、シミュレーションしていく。莫大な量の大気分子の動きをも予測する継実の頭脳にとって、高々数百種の条件と確率を組み合わせた予測など児戯に等しい。あらゆるパターンの戦闘を脳内で同時に繰り広げ、その戦績を記録・演算する。

 あの黒い靄は自分よりも強い。一対一で戦った場合、こちらの勝率は三割といったところか。テレビゲームなら試しにやっても良いが、命の取り合いでやるのは勘弁。一人なら何がなんでも逃げの一手を打つだろう……それが継実が導き出した計算結果だ。

 されど今、此処にはモモという頼れる家族がいる。

 モモが加われば勝てる。能力などの相性や真の実力など、不確定要素があるので確実とは言い難いが、それでもかなり有利に傾くのは間違いない。一人が注意を惹いている間に背後から攻撃、押されている仲間を助けて押し返す、死角に回り込もうとする動きを相方が教えて防ぐ……二対一というだけで、いくらでも手が増える。

 それにあまり頼れるとは思えないが、ミドリもいる。昨日彼女が見せた不思議な『能力』。アレも目潰しぐらいには使えそうだから、彼女も協力してくれれば更に有利に戦えるだろう。黒い靄は一番弱いミドリを狙うかも知れないが、それはそれでチャンスだ。がら空きになった背中を思いっきり蹴飛ばして、倒れたら自分とモモの二人で馬乗りになってギッタギタのボッコボコにしてやれば良い。

 所詮はイメージなのでどこまでその通りになるか分からないが、勝ち筋は見えた。未知の、されど予測可能な相手に勝利を確信した継実はにやりと笑う。

 そう、継実は確かに全てを予測した。

 予測したが、この計算には一つ問題がある。何百もの要素を絡めているが故に、一つでも致命的な間違いがあると全てが瓦解するという点だ。そして継実は、一つ思い違いをしている。

 出会って丸一日しか経っていない彼女が、どれだけこの黒い靄を恐れているのかを。


「ひ、ひぃ!? いやあぁぁぁぁっ!」


 完璧な作戦は、悲鳴を上げた仲間(ミドリ)の行動一つで呆気なく瓦解する。

 彼女が立ち向かうどころか留まる事すらせず、この場から逃げ出したがために。

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