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賑やかな星  作者: 彼岸花
第一章 滅びの日

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滅びの日12

 継実達が当てもなく歩き始めてから一日が過ぎた頃。薄曇りの空の下、彼女達は新たな『社会』を見付けた。

 此度のそれは公園に集まった人々により作られたものらしい。そこが元公園だと分かったのは、敷地の形や、倒壊した遊具が存在があったから。先日出会った人々が集まっていた元避難所と違い、こちらは精々遊具や樹木の一部が倒れた程度。瓦礫などは殆ど散乱しておらず、極めて広々とした領域である。

 しかしだから暮らしやすいというものではあるまい。

 人々は身を寄せ合い、じっと動かずにいる。遠目から観察する限り、住人の数はほんの二十人前後。比較的若い男女の集団であるが、彼等は殆ど動かず、ただじっとしているばかり。

 それも仕方ないだろう。何しろ彼等が居るのはただの公園……避難所跡地と違い、掘り起こしても食べ物なんて出てこない。そこらの瓦礫は材木の多さから元々一軒家だと思われるので、掘り起こせば冷蔵庫などが埋もれているだろう。だが電源喪失状態の今、寒くなってきたとはいえ十月の気温に晒された食べ物は衛生的に不安だ。もしも食べてお腹を壊しても、胃痛薬なんて何処にもなく、万が一にも下痢を起こせば脱水の危険がある。

 彼等は無理に食べ物を探すのではなく、出来るだけ動かない事を選んだのだ。助けが来る時まで生き残るために。

 ――――そんな彼等に、『化け物』が現れて逃げるという体力の消耗を促す行為はさせてはならない。


「……今度は、絶対に人間じゃないってバレたら駄目。分かった?」


「う、うん。分かったわ……だ、だから怖い顔で見ないで……」


 念入りに、叱るように伝えたら、モモは身を縮こまらせながら頷く。体毛で作っていたであろう耳と尾は消失し、今のモモは完全に一人の少女だ。ただしその姿に自信は一切なく、ムスペルすらも易々と葬り去る身体を縮こまらせている。目は潤み、ここで継実が大声の一つでも出せば、彼女はきっと泣き出してしまうだろう。

 こうも怯えている理由はただ一つ。継実に怒られ、嫌われたからだ。

 ただ一回感情的に怒っただけなのに酷い怯えようである。けれどもそれは仕方ない事かも知れない。パピヨンというのは常に自信満々な犬種であり、可愛らしい見た目から飼い主に甘やかされて育った可能性も高い。今までろくに叱られたり嫌われたりした事がない彼女には、未体験の事態なのだろう。どうしたら良いのか分からず、兎に角言う事を聞くしか出来ない。

 モモに限らず、飼い犬にとって人間に激しく怒られる、或いは嫌われるというのは、これほどまでに怖い事なのかも知れない。


「(私、酷い事したな……)」


 そう思うと、継実は胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになる。モモから背けた顔は、怯えているモモと同じように泣きそうなものになった。

 確かに昨日元避難所から追い出された原因は、モモがムスペル相手に暴れ回ったからだ。しかし継実がそれに巻き込まれた理由は継実自身が力を使ったからであり、そもそもムスペルを止めなければあの人達は皆死んでいたかも知れない。戦いの最中余波が人々を襲いかけたが、文明を滅ぼすような相手に余計な被害を出さずに倒せなど無理難題も良いところ。勿論もっと上手くやる方法はあったかも知れないが、少なくとも継実には思い付かない。

 もっと言うなら、人間と揉める可能性を考えられるのは『人間』である継実だけである。事前に注意しておけば、もう少しマシな結末になったかも知れない。

 追い出された直後に交わした『口論』では、モモは多少人間と感性が異なるとはいえ大凡正論を語っていた。時間の経過により感情が静まってきた今の継実には、その正論に刃向かう気持ちが萎み、自分の過失にも思い当たる。つまるところあの時の感情的な言葉は「やり過ぎた」と思っていて、モモを傷付けてしまった事を申し訳なく思っていた。

 それでも、折角見付けた『居場所』を追い出されたという心の傷は、ぐずぐずと継実の気持ちを蝕む。


「(……ごめんなさいって、言わないといけないのに)」


 素直に謝れない自分への自己嫌悪でため息――――を吐けば、モモがびくりと震えた。

 息すら吐けなくなって、だけどそれも自業自得で、継実はぎゅっと口を閉ざす。


「……行こう」


「う、うん」


 なんとか捻り出した言葉は威圧的。手を握ろうとしたモモが、だけど怯えたように引っ込めてしまうのを見て、継実はますます胸が締め付けられる。

 こんな時でも被害者面をしてしまう自分が恥ずかしくて、だけどそっぽを向いたらモモが更に悲しむと思って。


「(本当にどうしようもない……)」


 俯いたまま、継実はモモと共に歩き出すのだった。






「よく頑張ったね。疲れていないかい? 寒さとかは大丈夫?」


 辿り着いた公園では、一人のガッチリとした体躯の青年が継実達を出迎えてくれた。他の人達は特に動かなかったが、視線だけは継実達に向いていて、興味があるのだと窺い知れる。

 人々の視線を受け、モモは嬉しそうに目を輝かせた。が、ハッとしたような表情を見せるや後退り。人間の姿に喜んだものの、またはしゃいだらいけないと思ったのかも知れない。

 嬉しい事を喜べなくなってしまったモモの姿に、そうさせてしまった継実は痛む胸を押さえながら前に出る。せめて、自分が話さないといけないと思うが故に。

 青年は大学生ぐらいの年頃で、所謂『イケメン』に位置する人相をしている。きっと文明崩壊前まではお洒落にも気を遣っていたのだろう、土や埃で汚れ、ぼろぼろになっている衣服は、かつてはそれなりに良いものだと窺い知れた。

 その服を見てると、継実は途端に自分の服装……最早ボロ雑巾染みたワンピースが見窄らしく思えてくる。それが恥ずかしくて後退りするのだが、継実の動きに気付いたモモも後退り。どちらも下がれば立ち位置は何も変わらず。


「……あー、君達ケンカしてるのかな?」


 あからさまにぎこちない二人の様子に、青年がそう尋ねてくる。

 チャンスだと継実は思った。この質問に答える形で自分が悪いのだと言えば、モモと話をする切っ掛けになる。そのまま勢いで謝ってしまえば、多分きっとなんとかなる筈。


「あっ、け、ケンカじゃないの! 私がちょっと失敗しただけだから!」


 ところがそのチャンスを潰したのは、継実よりも素早く反応したモモだった。

 継実はギョッとしてしまったが、もしかするとこれはモモなりの『反省』だったのかも知れない。怒らせた自分が悪いのだと。何処までも純朴な飼い犬は、人の悪意に気付かない。

 違う。本当に悪いのは自分の方だ。

 けれどもそう思えば思うほど、許しを請うモモの言葉を否定出来ない。喉奥が震えるだけの継実は、モモの顔を直視出来なかった。


「……分かった。兎に角今は、ゆっくりしてくれ。毛布も何も出せないけど……」


「あ、私は大丈夫! 気にしないで! えと、私先に行ってるね!」


 青年の言葉を半ば遮り、モモは公園の中心に向けて走り出す。走り出すが、随分と不格好な走り方だ。スピードは大人が走るぐらいのものなのに、フォームが変だから何度も蹴躓きそうになっている。

 人間ぐらいの速さに抑えようとして、だけどゆっくり走る事に慣れていないのだろう。無理をしているのがありありと感じられ、人外であるとはバレないまでも、違和感はこの場に居る大勢の人々に与えただろう。

 だけど継実にそれを叱責するつもりなんてなく。


「……………」


 待って、の一言も言えぬまま、とぼとぼとモモの後を追うしかなかった。

 先に向かったモモは、寄り合っている人混みから少し離れた位置に座る。触れ合ったぐらいでバレるものではないのに、過敏に警戒しているようだ。

 継実はそんなモモの傍に座った。モモは継実が近くに来ると、不安そうに目を伏せる。

 話し掛けないと。そう考えれば考えるほど話題が思い付かず、言葉が出てこない。だけど此度の継実は一つの案を思い付く。文脈も前置きもなく、ごめんなさいと言ってしまえば良いのだと。最早案というよりヤケクソだが、何もしなければ変化など起きない。今は行動が第一なのだ。


「おーい、みんな聞いてくれ!」


 ところがその妙案は、またしても邪魔されてしまう。

 声の主は立ち上がった男性。先程継実達を出迎えた青年だ。身を寄せ合っていた人々は全員が彼の方を向き、縋るような表情で見つめる。どうやらこの青年が此処のリーダー格らしい。

 よくも邪魔してくれたなと一瞬感情が沸き立つものの、継実はぐっと堪える。避難所を追い出された後感情を露わにしたのが良くなかったのか、変に怒りっぽくなってしまったかも知れない。人間というのは一度ハードルを下げると、今度は中々上げられない生き物なのだ。

 そんな脇道に逸れかけた思考を戻しつつ、継実も青年の話に耳を傾けた。


「二日間助けを待ったが、未だ救助が来る気配はない。やはり怪物による被害はかなり酷く、誰かを助ける余裕のある消防や警察は僅か……或いは日本には残っていないかも知れない」


「そんな……」


「でもやっぱり……」


「化け物共め……」


 青年の言葉に、人々がざわめく。中にはムスペル(化け物)への悪態もあり、モモ(化け物)がビクリと震えた。

 青年はモモの異変に気付かぬまま、話を続ける。


「恐らく助けが来るよりも、俺達が飢えで死ぬ方が先だろう。みんなで手分けして食べ物を探すしかない」


「……賛成だ。動かずにいてもジリ貧だからな」


「わたしも賛成するわ。家の瓦礫を掘れば、缶詰ぐらい出てくるわよきっと」


 青年の意見に一人が賛成すると、別の人も賛成を表明。次々と賛成の声が上がり、反対する者は全くいない。

 最初は耐える事を選んでいたようだが、助けがこないという『事実』を受け入れたのだろう。生き延びるために彼等は動き出したのだ。

 継実もその手伝いはしたい。


「わ、私も手伝う、のは……良いかな……」


 ただしモモのおどおどした言葉を聞くまでは。

 人と遊ぶのが大好きな犬が、嫌われるのを恐れて人の許可をもらおうとしている。そんな姿がショックで声が詰まり、継実はすぐには答えられず。


「手分けして食べ物を探そう。チームは、そうだな、力仕事が得意な者と、動かした瓦礫から使えるものがないか探す者に分けよう」


 その間に青年はどんどん話を進めてしまう。君は力仕事、あなたは探す仕事。殆ど迷いなく、素早く仕事を割り振る。


「銀髪の君は力仕事、そこの子は探す仕事を頼もう」


 そして継実とモモには、別々の作業を割り振った。


「ぇ、あ、あの、私達」


「来たばかりで疲れているとは思う。無理ならばそう言って構わないが、出来そうなら頼みたい。どうだろうか」


「私は大丈夫! 力仕事は、その、それなりに得意だから!」


 継実の言葉を待たず、モモはそう答えた。私も力仕事は出来ると答えれば、モモと同じ場所で彼等の手伝いが出来るだろう。

 だけど力仕事をするからには、この身に宿った力を使わねばなるまい。

 もしも加減を誤ったら? その瞬間を誰かに見られたら……脳裏を過ぎるイメージが継実の声を潰す。


「良し、君は俺と一緒に来てくれ。」


「うん。頑張る……そこそこ」


「ははっ。そうだな、無理はいけないな」


 沈黙は二人を止める事叶わず。モモは継実の方をちらりと見て、それから青年と共に行ってしまった。継実は反射的に手を伸ばすが、背を向けた二人が気付いてくれる事はない。そのまま『普通』の速さでモモの背中は遠ざかってしまう。

 怯えてばかりで何も言えなかった。

 モモは怖がりながらも、どうにかしようと頑張ったのに。自分は何時も寸前で躊躇って、何も出来ずに終わるばかり。臆病者は一体どちらなのかと呆れと嫌悪が込み上がる。

 こんな事では、永遠に彼女に謝れないのではないか――――


「っ……そんな事、絶対にない」


 声に出し、過ぎる不安を否定する。

 けれども『人外』同然の直感は、人間の言葉を寄せ付けない。

 息苦しくなるほどの不安を覚えながら、継実は老婆や子供と共に、この場に残るしかなかった……

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