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9 怒り、本当の・・・

朝は急いでいたせいか、まったく見向きもしなかった簡素な住宅街が赤く染まり、


もうすぐカラスでも鳴き始めるのではないかというころ、


睦美清隆は寄り道をせずにまっすぐ家に向かって歩いていた。


普段ならば、丁度夕食前までどこかしらで時間を潰し、


あたかも何か用がありましたといった風に夕飯の手伝いができませんでした感を出すのだが、


今日は親の帰りが少し遅いのでそのまま帰宅することにした。


・・・もちろん、他にも理由はあるが・・・。



普段1人寂しく帰る帰り道そこには3つの影が並んでいた。


1つは清隆のそれ。


1つはどこか堂々とした小さな影。


そして・・・


「・・・咲夜・・・。」


「うん?」


「こっちって・・・。」


「うん、清隆の家。」


「えっ?咲夜さん?」


・・・清隆と同じように状況をまったく知らされておらずおどおどと狼狽する影。


清隆は自分と同じように狼狽する由佳里の意思を代弁するべく、


いつも通りマイペースな咲夜に問いかける。


「・・・なんで?」


「なんで?


それは・・・だってあそこには・・・いや、着いたら言う。」


「いや、着いたらって・・・。」


「・・・・・・。」


彼女の返答は返ってこない。


できれば今すぐに説明してほしい、


清隆はこう思った。


先ほどから由佳里の視線に怯えと更なる警戒が窺える。


まだしばらくこの視線が続くのかと内心溜め息を吐く。


居心地の悪さが少しでも短くなるようにと、咲夜の腕を引いてペースを上げるのだった。


「清隆・・・大胆・・・。」


「・・・・・・。」


無視。


・・・それにしてもあそこ・・・清隆の家に何があるっていうのだろうか?





咲夜は家に入るなり、案内を促されるまでもなく、


清隆の手を振り払い、階段を駆けあがった。


「ちょっ!?」


「ふえっ!?」


あまりにも迷いのない疾走に呆気にとられ、顔を見合わせる2人。


するとすぐに、2階のどこかの部屋の扉が開く音がした。


「「はっ!」」


少し遅れて由佳里は待ってくださ~いと涙目でそれを追う。


・・・一体この先に一体何が?



扉の空いた自室を覗き込み、額に手を当てる。


「もしかして・・・僕の家に来た理由って・・・?」


「うん、久々にしたくなった。」


視線の先にあったのは、


ベッドの上に座り込み、どこか嬉しそうに枕に顔を埋め、こちらを覗き見る咲夜の姿だった。


因みに、由佳里は顔を真っ赤にして咲夜と清隆を交互に見ている。


「・・・まったく・・・。」


こんな言葉が漏れ出てしまったのは仕方なかろう。


「清隆、お茶。」


「・・・まったく・・・。」



そんなこんなでどこかぐだぐだな様子でお菓子をつまんだり、


茶をすすったりして、由佳里が清隆に少し慣れ始めたころ、


由佳里をおずおずと口を開いた。


「そ、そろそろ・・・お、お話を・・・。」


・・・やはり警戒は解けきってはいないらしい。


とはいえ、先ほどまでよりはマシだろうが・・・。


苦笑いを浮かべる清隆に咲夜はベッドから身をよりだし、


耳打ちする。


「由佳里は男が苦手。」


「把握。」


『わかってはいたけど。』


ただそれを言うなら、もっと早く言ってほしかった、と思わないでもないが、


咲夜は筋金入りの気分屋なので仕方がないと清隆は諦める。


そんなことよりと、


清隆は由佳里の言葉に耳を傾ける。


「実は私、一応はアイドルなんかをさせていただいているのですが、売れていないんです。」



花咲由佳里はあの某有名アイドルの娘として華々しくデビューしたらしい。


けれどもデビューシングルが全く売れず・・・。


それでも、


当時は母の威光もあって様々な番組に呼ばれたりとそれなりの知名度を誇っていたらしい。


けれどもそれもめっきりなくなった。


妹の明日香がデビューしたのだ。


それもデビュー曲は一種のブームになるほど。


それに彼女は姉と違って物おじせず誰に対しても強気の性格がウケて、


様々な番組にも・・・。


当然、自分の呼ばれていたそれも妹にオファーが・・・。


彼女に自分の居場所を掻っ攫われた形となった。


そして、彼女は最後に・・・。



清隆は由佳里の言葉が終わるより先に、


決定的なそれが出るより先に口を挟む。


「ごめん、花咲さん・・・一ついいかな?」


「は、はひっ!」


「これだけは確認しておきたいんだ。」


「・・・は、はい・・・。」


ビクビクビクッ。


「咲夜を利用しようと思っているならやめてくれないかな?」


清隆は先ほどまでの張り付けた笑みのまま、冷めた視線でそう言う。


その言葉には静かな怒りがあった。



咲夜はクラシックで知らないものがいないほど有名なピアニスト。


この年齢で多くの大会で優勝するような天才だ。


十年に1人、いや百年に一人の天才だ。


清隆はその才能を目にし、ピアノをやめた。


そんな彼女に演奏を願う。



彼女がしようとしているのは、


他人の力を利用して自分を押し上げようとしている。


楽曲、知名度ともに。


それは許せない。


他の人物・・・清隆の知らない人物がその対象になるなら気にもしないだろうが、


咲夜にそんなつまらないことをさせるそれだけは絶対に許せることではなかった。


清隆の視線は鋭さを増す。



「・・・っ・・・あっ・・・~~~っ!!」


由佳里は清隆の言葉に言い返さない。


清隆は畳みかけるようにして、帰宅するように促す。


「・・・話はこれで終わりでいいかな?


それじゃあ、お帰りを。」



怒りをどこかにやるべく、


咲夜に他愛無い会話を振る。


「咲夜はどうする?ご飯食べてく?」


「うん、夕飯なに?」


「わかんないけど・・「ち、がいますっ・・・。」・・ん?何かな?」


か細い声が聞こえる。


その相手は言うまでもなく花咲由佳里だ。


「ち、違いますっ!


違うんですっ!!


私は・・・もう未練なんてなくって・・・私は・・・その・・・最後に・・・。」


先ほどの彼女からは想像できないほど大きな声をあげる。


彼女は感情が高ぶったのか、


涙を零しながら、


言葉を紡ぐ。


咲夜が何かを言おうと身を乗り出すがそれを制する。


「私は・・・最後に・・・最後に・・・咲夜さんと・・・。」



清隆は由佳里のそんな様子が過去の誰かに重なって見えたのか、


由佳里の言葉を聞きながら、理解を深めていく。


『・・・そうか・・・。


どうやら僕は勘違いをしていたらしい。』



「私は・・・最後に咲夜さんと・・・一緒に・・・。」



『・・・はあ・・・熱くなり過ぎた。


まったく・・・僕ってやつは・・・。』



「・・・あの演奏と・・・。」



『・・・こんなの協力しないわけにもいかないじゃないか・・・。』


清隆はゆっくり目を閉じ、頭を下げる。


「花咲さん、ごめん。


お詫びに咲夜を説得するから。」


「「へっ?」」


2人とも驚きの声をあげる。


その表情の後のそれは・・・両極端だったことは言うまでもない。



「やだ、無理、パス。」


当然何度もにべもなくこう返されるが、清隆は諦めなかった。


普段は全く見せない一面を見せ、


根気強く説得を続け、


さらに一回いうことを聞くというところで落とした。



それでどうにか一回だけ演奏する約束を取り付けた。


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