8 部室への道中、廊下にて
放課後、
例の如く聞き流しで授業を終え、
マリアに夢のことを相談するために、部室へと真っ直ぐ向かう。
・・・そのつもりだったのだが、先日の紅茶事件のことを思い出し、
せめて今回は自分の飲み物くらいは持参していこうと最短の自動販売機へと進路を進める。
「・・・ここからなら・・・昇降口よりのところかな?」
真っ直ぐ昇降口の方へ向かうと、どこからともなく声が聞こえてくる。
『階段を下りたあたり・・・あの角か?』
「咲夜さん。
お願いします。」
ん?咲夜?
自らの幼馴染のその名前を耳にし、清隆は思わず柱から顔を出す。
「だから、嫌だと言っている。
由佳里もしつこい・・・っ!?」
すると、ぴったり咲夜と目が合ってしまった。
『・・・これは・・・。』
清隆はまずいと思い、来た道を戻らんと、
見て見ぬ振りをしてその場から去ろうとしたところ、
その判断が遅かったのか
「清隆、待っていた。
いつになっても来なくて心配した。」
・・・どこか逃がさないといった様子をにじませる咲夜に声を掛けられてしまった。
清隆は咲夜のその言葉に悪足掻きをする。
「き、気のせいじゃないかな?」
けれども、
「そんなことはない。
確かに今朝約束した。」
咲夜はきっぱりと言い切り、グイッと近づいてくる。
『・・・今朝は会っていないと思う。』
今朝は真っ直ぐ屋上を目指して行ったせいか、
先日の心停止の危険を回避するための道を選んだため、
これといった・・・イケメンは除く・・・友人と会った覚えはない。
要するに、咲夜が発した言葉は真っ赤な嘘だ。
そして近づくや否や、こう耳打ちしてきた。
「ちょっと困っている。
助けてほしい。」
清隆はやだ、と即答しようかと思うも、咲夜の本当にうんざりした様子に思いなおすことにする。
ギリリッ。
『・・・それに・・・。』
視線を下に落とすと、皺になりそうなくらい強く握りしめられた裾があった。
普段かなりの面倒臭がりでダウナー寄りの彼女がここまで力を振り絞っていることもあり、
相当な面倒事なのだろうと思い、気は重いが仕方がない。
「・・・はあ・・・わかったよ。」
そしてテイク2。
「・・・ごめん、待たせちゃった?」
「だからそう言っている。
さあ、それじゃあ行こ。」
「・・・うん。」
そう言って、今度は腕を掴まれ、歩き出す。
最初は咲夜に詰め寄っていた子は先までの成り行きにポカーンとした様子だったが、
自分のやるべきことを思い出したのか、
再び咲夜に詰め寄ってきた。
「咲夜さん、
本当にお願いします。
あなただけが・・・あなただけが頼りなんです。」
そう言って、彼女は咲夜の手を取る。
「しつこい。」
咲夜がそう一刀両断するも、彼女は縋り付く。
手を払われた彼女は、今度は必死な様子で咲夜の腕を掴み離さまいと抱きかかえてしまった。
彼女の様子に心を打たれたのか、
はたまた彼女が幸が薄そうな美人が必死だからか、
清隆はなぜかわからないが、どこか後ろ髪をひかれるような気分になった。
けれども、縋り付かれた本人はそんな様子をどうとも思わないのか、にべもない。
「だから嫌。
由佳里だって知っているはず。
私は自分が引きたい曲以外は弾かない。」
由佳里?
そこで清隆は思い出す。
この学園には1人有名なアイドルのご息女がいるということを。
『・・・ああ・・・確か花咲由佳里だったか?』
「そこをなんとかっ!!」
彼女は今度は咲夜を抱えるように抱きしめてしまった。
小柄な咲夜はすっぽり収まるように何にとは言わないが埋まってしまっている。
『・・・デカいな・・・。』
そこには大ぶりの果実が・・・ゴホン・・・抱きつくどころか、
そのまま抱きかかえて咲夜をどこかに連れて行かん勢いである。
やはりというか、なんというか由佳里にはなにやら切羽詰まった事情があるようだ。
由佳里の目元はよく見ると興奮のあまり涙が零れそうになっていた。
女の涙には男は勝てないものである。
これがこの世の摂理だ。
「・・・咲夜、話だけでも聞いてあげたらどうかな?」
「え~~~。」
不満気だ。
まったくもって不服そうである。
やはり情に薄い咲夜の心は全く揺れ動かされていないようだ。
『まあ、女の涙って異性に対しては効果的だけど、
同性に対しては逆効果になることもあるらしいからな・・・。
・・・まあ、咲夜の場合は本当に興味がないだけだろうけど。』
そうは言っても、このまま、はい、さよならと彼女は返してはくれまい。
このままでは案外力持ちな由佳里に咲夜はお持ち帰りされてしまうことであろう。
・・・もちろん清隆の手も。
まったく困ったものだ。
ははは。
抓り。
「痛っ!?」
『・・・うん、純粋に痛い。
・・・これ絶対跡つくやつだ・・・。』
若干涙目を咲夜に向ける。
すると、現実逃避するな、真面目に考えろ、咲夜の目はこう言っていた。
『咲夜・・・結構怒ってるな・・・。』
そして、リテイク。
「咲夜、話を聞いてあげたらどうかな?」
・・・自分の語彙のなさが恨めしい。
「ええ~~~っ。」
当然同じ反応。
「ふえ・・・。」
すると、とうとう由佳里がベソかき始めてしまった。
その様子に焦った清隆は苦渋ながら決断を下すことにした。
「・・・なら交換条件だ。」
「よし。」
もしかしてこれが狙いだったのだろうか、咲夜はやけに素直な二つ返事で答えてきた。
・・・まあ、少しばかり偉そうではあるが・・・。
「それで条件は?」
「・・・今度何か奢るから。」
「・・・それだけ?」
少し不満そうだ。
『・・・それだけって金欠の高校生にこれ以上何を求める気なの、この娘・・・。』
「う~ん・・・それだけ。」
「却下。」
・・・こいつ・・・。
清隆は思いっきり腕を引き抜こうとする。
すると、
「ふわっ、きゃんっ!」
身長のわりに大きなやわらかいものを擦ってしまう。
・・・無理、無理。
というか、咲夜もこんな声をあげられるの・・・。
「・・・はあ・・・わかった。
咲夜の言うことを何か一つ。」
「・・・さっさとそう言えばいい。」
・・・漸く彼女が納得できる条件を出せたようだ。
ガクリ。
そんな風に項垂れている清隆の横では。
ポンポン。
「由佳里、由佳里、わかったから離す。」
「は、はひ・・・。」
男によっては興奮するかもしれない美少女の戯れが行われていた・・・なんて・・・はあ・・・。
はははは・・・もう何もしていないのに疲れた。
なぜかわからないが終始クライマックスだった。
・・・もう帰って寝たい。