3 夢の後遺症
人生はそうそううまくはいかない。
悪いことがあった後にはたいていの場合、追い打ちというものが続いて起こる。
でなければ、
泣きっ面に蜂や弱り目に祟り目なんていうことわざは生まれない。
そんなことをまざまざと感じさせられた。
朝の教室にはいつも通りの喧騒があった。
「おはよう。」
「はよ~。」
挨拶を交わすもの。
「昨日のあれ見た?テレビで・・・が・・・。」
「おう、見た見た。
あんたが面白いって言うから、彼氏とメールしながら、片手間で。」
「片手間でっ!?
というか・・・彼氏いたんだ・・・初めて知ったんだけど・・・。」
「あれ、言ってなかった?ごめん忘れてた。」
「もう~・・・ちゃんとしてよ~。」
「へいへい、テレビはいまいちだったよ~。」
「そういうのはちゃんとしなくていいからっ!」
先日のテレビを・・・彼氏・・・ちゃんと・・・?
・・・漫才のような掛け合いをするもの。
「清隆、おはよう。」
男・・・イケメン・・・知らない人。
馴れ馴れしい顔見知りを睨みつけ、固まったそれを放置し、そのまま先を進む。
そんな様々な障害を潜り抜け、
自分の席に向かう。
すると不意に声を掛けられた。
「おはよう、きよくん♪」
清隆はそれに振り向く。
そこにあったのは相変わらずいい笑顔。
見るだけで思わず口元が緩んでしまうほどのそれ。
はてさてこの微笑みによって一体何人の男を虜にしてきたのだろうか?
おそらく片手の指の数では足りまい。
虜の1人はまったく罪作りな幼馴染だという感想を持つ。
「きよくん?」
いつもは返答が無愛想ながらもすぐに返ってくるのだが、
それがこなかったからだろうか、
彼女は不思議そうな顔を向ける。
それに対し、清隆はなんでもないといつものようにあいさつを返そうとした。
すると、彼女は突然、清隆の肩に手を伸ばしてくる。
おそらく意地悪でもしているとでも思ったのだろう。
それが見えた瞬間、
背筋が凍った。
なぜかはわからないが、
・・・優しく諭されるような気がして。
・・・怒られるような気がして・・・。
そして清隆の口から洩れたのは・・・
「な、おみ・・・か・・・。」
・・・嗚咽にも似た言葉だった。
出たのは擦れた声。
出たのは途切れ途切れの言葉。
それも、彼女の名を言葉にした瞬間、
夢の映像がフラッシュバックする。
『きよくん、だめだよ。あんな女に会っちゃ・・・。』
『なんでっ!?なんでっ!?私だけでいいんじゃないのっ!?
なんであんなやつと・・・。』
さらに血の気が引き、体中の力が抜けてしまう。
清隆はその場に蹲ろうとするが、
彼女の手が見えたせいか、、
自分の机に手をつく。
「だ、大丈夫っ?」
清隆は彼女のそれを制し、
彼女にこう返す。
謎の感情を彼女から隠すようにして、簡単な言葉を口に出す。
「・・・だ、大丈夫、大丈夫。」
「でも顔が・・・保健室に・・「ほ、本当、大丈夫だから。」
「でも・・・。」
数度深呼吸し、
彼女に気合を入れ、慣れない笑顔で返す。
「・・・ひ、貧血かな?
たぶん今日は朝食べてこなかったからかもしれない。
この後少し何かお菓子でもつまむよ。大丈夫だから。・・・だから・・・。」
彼女は心配そうな、それでいて怪訝そうな視線を送っていたが、
納得したのか、
普段の優し気な笑みを浮かべ、
キャラメルを一つばかり清隆の席に置く。
「これ食べて。
ちょっとは元気でると思うから。」
「あ、ああ・・・。」
そう言って、彼女は何か用があるのだろう、教室を出て行ってしまった。
清隆はそれを確認すると、すぐにどこかしらが力むことなく立ち上がった。
先ほどまでのそれが嘘だったように体に力も戻ってきた。
「・・・今のは?」
思わずつぶやきが口から漏れると、
先ほど声を掛けてきた気がするイケメンが心配そうに声を掛けてくる。
「き、清隆、大丈夫かっ!?」
「はいはい、問題ないから帰れ。」
「ちょっ!?」
イケメンに厳しい姿勢も問題なし。
ほぼ普段通り。
また変な映像が頭に浮かんで、奈緒美が・・・彼女が恐ろしく思えた以外。
「・・・俺は何をやっているんだ。
たかが夢のことだっていうのに・・・。」
去っていくイケメンをしり目に清隆はそう呟くのだった。