16 遠慮
案内のお姉さんにこのお化け屋敷の説明を受けていた。
有り体に言って、
ここに来たものの恐怖心を煽るものがほとんどなのだが、
その中に妙なことがあった。
「・・・先日からこんなサービスをさせていただいております。」
「サービス?」
「はい、こちらをご覧ください。」
案内のお姉さんは意気揚々とあるものを指さす。
指先にあったのは、何かが張られたボード。
一体何が?
俺と花咲さんは同時にそれに視線を送り、固まる。
「「・・・これは?」」
「はい、カップル様、これはですね。
ふふふ、ご存知の通り・・・かはわかりませんが、
見ての通り写真です。」
うん、確かに写真だ。
うん、写真・・・写真・・・
・・・でもなんでみんなこの世の終わりみたいな顔をしているのだろう?
するとその疑問はすぐに解決される。
彼女は楽しそうにこう言う。
「ええ、このお化け屋敷を途中でリタイアした方々の写真です♪」
「「・・・・・・。」」
思わず無言になってしまう俺と花咲さん。
さっきから動きがシンクロしてばかりだが、
きっと考えも同じことだろう。
・・・なんて悪趣味な・・・。
それ以外の反応はあるまい。
中には泣き叫ぶ子供だけでなく、
俺たちよりも年上の人が泣きながら逃げた様子がしっかり撮られたものもある。
・・・うん・・・何というか言葉にできない。
「それでは説明は以上です。
それではめくるめく魑魅魍魎の世界へ。」
俺と彼女はこちらへどうぞと中へ案内される。
すると、
案内のお姉さんの小声が聞こえてきた。
「ふふふ・・・カップルに報いを・・・。」
「・・・。」
俺はお化け屋敷よりこの呪言の方が怖い。
素直にそう思った。
まあ、花咲さんに聞こえてなかったようなのでよかった。
入ってすぐ、
明かりは先ほどより暗くなり、
どこからともなく冷たい風が吹き始めた。
「本当に大丈夫?」
「・・・はい、オバケは怖くないです。」
なんて言いながらビクビクしているんだけど。
それにさっきから・・・。
「ひゃっ!」
障子から出てくる手。
「きゃっ!」
テレビから出てくる女の半身。
・・・次から次へとオバケが出てくるところに自ら突っ込んで行くんだけど・・・。
そして数分も経たないうちに最初の元気はなくなってしまった。
それどころか心細くなったのか、
俺の服の裾を掴んで呻き声をあげている。
「ううう~・・・。」
彼女の頑張りを無下にするようでなかなか言い出し難かったけど、
・・・もう流石に限界かな?
「限界?」
どうやら口から洩れてしまったようだ。
聞こえたなら丁度いい。
「ギブアップしようか?」
「・・・えっ?」
「実は俺・・・怖くって、限界・・「嘘ですっ!」・・へっ?」
彼女に気を遣ったんだが、一刀両断されてしまった。
「だって全然汗かいてませんし、
むしろこっちを微笑ましそうに見ていました。」
・・・バレてたか・・・。
だってなんかちょっとおバカな小動物みたいで可愛かったから。
「なんでですか?
私に気を遣ってるんですか?」
「・・・まあ、それは・・・。」
「そんなの気にしなくていいんです。
睦美さんは・・・そのわ、私の・・・か、彼氏・・・なんですから・・・。」
彼女の声は尻すぼみに小さくなっていった。
けれども言葉は聞こえた。
・・・彼氏だから遠慮するな・・・か・・・。
確かに俺は彼女に気を遣い過ぎているのかもしれない。
デートのプランを巧者に頼り一緒に考え、
アトラクションも彼女のことを考えた。
咲夜の友人だから失礼があってはいけない。
そういう考えが俺の中にあったのかもしれない。
そんなのは彼女にとっても気持ちのいいものでもないだろう。
これからは自分で考えて動こう。
俺はポケットの中のメモをグシャグシャに握りつぶす。
「・・・それに本当にダメだったら、あの写真には私1人で写ります。」
「それはダメ。」
今度は俺が一刀両断する。
「えっ?」
彼女も俺に迷惑を掛けたくないそんな一心なのかもしれない。
でもそれは譲れない。
彼女が折角気づかせてくれたんだ。
なら俺もそれに応えなくては・・・。
「もしあの写真に写るとしたらそれは一緒にだから。」
「だから、迷惑をかけるわけには・・「由佳里さんは俺の彼女でしょ?」・・・へっ。」
由佳里と名前を呼んだ瞬間、
彼女の頬が赤くなった気がする。
もちろん、それは俺も。
これは彼女を動揺させるための布石。
ここは一気に押す。
「さっきのは、もしもの話。
俺は花咲さんをあんな写真に写すつもりはないから。
・・・それにもしかしたらバレちゃうかもでしょ?」
あんなところに貼られてしまえばより多くの人の目に触れることになるわけだから、
もしかしたら彼女のファンにバレてしまうかもしれない。
それもあんな証拠として残るものは言い逃れも厳しいだろう。
「そ・・・それは・・・で、でも・・・。」
彼女の中でいくらかの葛藤が起こる。
俺はそんな彼女にできるかぎり優しい表情を向けてこう言う。
「ギブアップはなし、実は俺はそんなに怖がってないんだ。
・・・だから俺を頼ってよ。」
「・・・っ!」
彼女は何か言いたそうな反応をしたが、
俺はそれでもかまわず続ける。
「俺は由佳里さんの彼氏なんだから。」
俺は彼女の手を取り、
走り出した。
動揺を誘うなら、
もっといい手があっただろうって?
中途半端だって?
うるさい、
流石に呼び捨てはハードルが高いんだよ。
暗がりから出ると2人の顔が真っ赤だったのは走ったからだろうか?
あるいはオバケに怯えたから?
それとも・・・。