君たちは村長の家にいます
2話目です
暖かな日射しと共に穏やかな風が室内を巡る。ここはナイアス中心部より半日ほど離れた漁村だ
最も船で半日なので歩けば1日以上はかかるだろう。
そうして船でのんびりやって来た二人を待っていたのは麗らかな気候とは全く異なる排他的な眼差しであった。
「何で情報を開示しないわけ!」
「だから!お前さんらは帰ってくれりゃいいんじゃ」
セイナイとニーナが受けたのは『行方不明者の捜索』という依頼である。この手の依頼は情報収集が重要で目撃者が居ないか探したり、行方不明者の共通点を見つけたり、さらに不明時の状況を把握したりと忙しく動き回る必要がある。
情報を与えようとしない村民たちにニーナは苛立って村長に文句をぶつけることにした。
木製のテーブルを向かい合わせに座り少女と老人は、いがみ合っている
「帰れって。依頼を出しといてなんなの!それに、もし拐われたなら、犯人を調べなきゃならないの。盗賊や魔物だったら討伐依頼に変わるし、戦力の見極めも必要なの」
「勝手に出ていったかもしれんじゃろが!依頼など知らんわ」
「待ってよ、じゃあこの依頼書は何なのよ?」
話し合いを眺めていたセイナイは不意に部屋のドアへ近づくと静かに開け放った。そこには驚いた顔の若い女性が立っていたのだ
「・・説明してくれる?」
女性に問いかけるようにセイナイが促す
「はい・・あの」
「お前は何も言わんでええ」
少し穏やかになった村長の声が女性の言葉を遮る。おそらく身内であろう、その女性は沈黙してしまった
「ちょっと!」
ニーナが女性を見るが何か言いたそうな顔をしたまま話そうとしない。もう本当に帰ろうかと内心、思い始めた時にそれは行われた
「ひにゃああぁぁあー!」
セイナイがニーナの胸元に思い切り手を突っ込む。たまらず妙な声を上げて顔を赤らめてしまう
突然の出来事に唖然としてしまう村長と女性だが、その行為によって示されたものに顔を青ざめさせる
セイナイがニーナの胸元から取り出したのはペンダントになっている2つの記章だった。
それすなわち・・
「水神・・神殿の司祭だと・・」
村によっては祭事を村長が取り仕切ることがある。この小さな漁村も神官などいるはずがなく、村民の冠婚葬祭や祭りなどを指導するのは村長の役目だ。
それゆえに司祭位の証明である記章を知っていたのだ。
そして、この海で生活を賄う者たちにとって神殿組織の不況を買うことは滅びに等しい
なにせ祈りの1つで海流をも操れるほど精霊と親密な組織だ
小さな漁村の収入源を断つことなど造作もない
「はは~っ!」
椅子から飛び降りた村長は、すぐさま片膝をついて畏まる
「司祭様とは知らず無礼の数々、申し開きもできませぬ。どうかこの老いぼれ1つの命でご容赦を」
素早く反応してみせた村長の側にいた女性も慌てて両膝をつき畏まる
「孫娘はご容赦を」
その様子を見たニーナは複雑そうな表情で溜め息を1つした後、セイナイを睨み付けた
「あなた、これは酷いわよ」
「・・すごく効率的、権力の行使」
その言葉にもう一度、溜め息を1つして村長に向き直った
「神殿は民と共にあれ、というのが教えの1つです。連れが失礼しました、どうぞ席に」
すっかり恐縮してしまった2人に司祭らしい柔らかい口調で対応するニーナ
これはナイアスの三大組織において神殿は信仰を司るからであり、民衆を敵に回しその信心を捨てられては困るからである
どうも精霊というものは人々の心に敏感であり、多数の悪意を向けられると精霊術の行使に支障が生じるという事実がある
精霊術で優位を保っている神殿だからこそ民を大事にするのである。
ちなみに組合政府は経済を、船主組合は武力を司る
「では改めて村長、話してくれる?」
元の口調に戻ったニーナが促す。
村長の話しによると行方不明者は3名
いずれも男性で十代から二十代の若者、みな漁師であり面識がある。一緒に漁に出かけ共に消息を断った
その内1人は
「私の婚約者です。依頼を出す事に祖父が反対したので私が出しました」
孫娘の独断らしい。自らの婚約者が行方不明とあらば、その気持ちには理解が及ぶ
「なるほど、つまり村長は本当に依頼を出していないのね。それで報酬は払えるの?」
もうひとつの記章である探索者の宿章を孫娘に見せながらニーナは問う。当然ながら依頼には報酬が支払われる
村の長を通さずに安くはない報酬を出すのは難しいだろう
「はい。もはや隠しても無駄なので白状しますが、祖父に内緒で両親に借りました」
「なんじゃと!あいつらめ・・」
どうも息子たちも孫の味方らしい
「ハァ、もう好きにせい。じゃがのう金は無駄になるかもしれんぞ」
「どうして?」
孫娘の疑問に横目で探索者2人をみると、あきらめたように一言
「有翼人たちじゃ」
~
「ハルピュイアねえ。そりゃ隠したがるわけだ」
「・・あのこ・・怒ってたね」
有翼人ハルピュイア
背中から翼を生やし空を飛ぶ種族
あまり文明度は高くないが言語を持ち話しも通じる。鉤爪を持つ足と翼は鳥のそれであるが、それ以外は人種と近似している
そして生まれてくるのは女性が殆んどである。まれに男性も生まれるが確率としてかなり低く殆んどのコミュニティは女性のみで構成されている
つ・ま・り
「・・種付け・・のため」
そうハルピュイアの女性は他種族の男性と交尾し種を存続させるのだ。意思疎通が可能であれば拒否も出来るが彼女たちが本気になれば【魅了の歌声】で連れ去ってしまう
一般人などでは抵抗も無理だろう。だが最も恐ろしいのは、そうなった男たちは社会的に蔑視される事があるからだ
異種族交配は人種のなかで忌避されるべき事なのだ。村長や村人たちが情報を出さなかったのは連れ去られた彼らを守るためだったのだ
「でも、これで生きてる事は確実ね。あの娘には悪いけど」
ハルピュイアは基本的に温和であり、用が済んだら男たちを解放する。だが婚約者がそのような事になってしまったら、女性はどうする?
あの怒りようでは破談だろう
事情を目撃者から聞き黙っていた村長にまで怒気をぶつけていた。あの様子では人間不信になるかも知れない。村人たちも知っていたのだ。
「ご両親でさえ教えてなかったものね。いたたまれなくなって、お金は出したようだけど」
「・・なるようになる」
さて、そんな会話をしながら誘拐現場を目指して歩いているが足音は3人分である
村長が道案内として一人の男を付けてくれた。海辺の村では珍しい狩人を生業とするもので腰に山刀を佩き短弓を背負っている
無言で先を歩いていたが海に面した岩場が見えると、こちらを振り返り親指で後ろを指し示した
「あそこだ。あの岩場の向こうだ、やつらが現れたのは」
狩人の言葉に二人して見渡せば岩だらけの景色の中に狭い砂浜が見える。地元の漁師たちしか知らない様な場所で漁中の休憩に使われるらしい
「ここら辺の磯は貝が豊富でな。俺も採りに来ていたんだ」
男たちは砂浜で休んでいる所を拐われたらしい。ちょうどその現場に居合わせたのが、この狩人だ。岩場に身を潜め難を逃れたと言っている
「ざっと見てみたけど・・あの辺かなあ」
ニーナが地形を確認してハルピュイアの集落にめぼしを付けた。なかなかに険しい岩場だ。空を飛べれば関係ないが
今回は交渉から入るつもりだが、もし戦闘になれば有利な地形で戦いたい。ならばこちらから出向き足場を確保しておきたい
比較的、広めで平らな岩場を見つけて、そこに陣取る
「さて始めますか」
そう言ってニーナは両腕を挙げると囁くように精霊に語りかける
『風の精霊よ、私の声を届けて』
緩やかな風が辺りを支配し、やがて集落の方へと吹いていった
「聞こえますか?私は、あなた達と話し合いに来ました」
【風の伝声】という自分の声を目的地に届ける魔法。風精霊の力を借りる、初歩的な精霊魔法だ
水神神殿の司祭ではあるが他の精霊たちを使役できない訳ではない。司祭たちが得意とする癒しの魔法は生命の精霊を使役する
人により感応しやすい精霊は違うが上達すれば、あらゆる事象を引き起こす事が出来るようになる
だが、そのような万能な人物は稀で大抵は1つか2つに特化するようになる。ニーナが最も得意とするのも水と精神の精霊である
さて聞こえたならば向こうから反応が有るはずだ。ハルピュイアたちは温厚で対話が可能である。後は、しばらく待って交渉すれば良い
そして
集落の方角から多数の羽音が聞こえてきた。二人が焦り、一人は槍を構える
「・・あれは」
「人面妖鳥じゃない・・」
魔物と呼ばれる脅威が迫ってきた
精霊はすべての魔法といわれる事象に関わっています。なので魔術師と呼ばれる人たちが使うのも精霊魔法です
多様性があり、それぞれの流派や師匠によって使える術も異なります
○○師などの呼び名は、その人の職業的意味合いであり魔術師だから治癒魔法は使えないということは、ありません
ニーナの場合、精霊魔法を使う僧侶になります
ゲーム的に言うと○○流派の得意な術は入門するとボーナスが付き有利になるけど練習すれば他の術も普通に使えますってことになります
わりとご都合主義な世界ですね