あばたもえくぼ
使用人・マリウス視点
お待たせいたしました。
所々変わっておりますが、このまま最後まで突き進むつもりなのでよかったらお付き合いください。
アリシアお嬢様は昔からとても、お転婆な、こほん、活発なお方でした。
貴族のお嬢様と言ったら穏やかな日が差す窓辺で刺繍や読書を嗜むような生活を想像していたのですが、想像を超えてしまうのがお嬢様です。
もちろん、普段の所作はどこに出しても恥ずかしくない気品のある姿なのですけど。行き詰まったり、何かあれば馬に乗ってぴゅーっとどこかへ出掛けてしまうのです。
動きは俊敏で、馬上の姿勢もとても美しいのですけど、我々使用人では止められないのです。慌てて追いかけると農民たちと一緒に畑を耕していたり、子供たちと遊んでいたり、魚を釣っていたり、とにかくわんぱくで正直に言えば手に負えないのです。
まあ貴族だ、庶民だ、使用人だと差別することのない考え方も魅力的ではあるのですが。
お坊ちゃまは逆に静かに読書されるのを好まれるので、旦那様も奥様もみな、性別を間違えたのではないかと頭を抱えたこともあります。それでも、お二人とも健やかに育っていただければそれに越したことはないのです。
アリシアお嬢様に婚約者が出来たのは、お嬢様が10になろうという頃でした。なぜこの話が来たのかと旦那様も奥様も困惑されていたのを覚えております。繋がりもほとんどないのに、なぜ侯爵家の方からお話が来たのかと。それでも尋ねられたお嬢様が会ってみたいとおっしゃられたから、一応の席が設けられたのです。
キラキラした笑顔で侯爵家のお屋敷に向かったお嬢様でしたが、帰ってきた頃には何とも言えない顔に変わっていました。なんでも「人形みたいな綺麗な子だった。」
でも、それだけだったらしいのです。何を言っても表情が変わらない。笑いも怒りも泣きもしないと。
侯爵家の教育によるものだとは感じましたが、使用人には何も口に出せません。そのまま浮かない顔で考え続けたお嬢様をそっと見守ることにいたしました。
旦那様は、お嬢様の様子を尋ねに来られました。侯爵家を訪ねて直接お話を伺ってみてもやはりこの婚約の意図は掴めなかったようです。いきなり降ってわいた婚約話に色々と勘ぐってしまうのも無理はありません。断る方向に進みかけたこの話にストップを掛けたのも、やはりお嬢様でした。
(侯爵家からの婚約の打診を断ろうとする旦那様に、この親あってのこの娘といった感想を抱きました)
「あの子の笑顔が見たいの!!」
いやあそれって殿方の発想では? と思いはしたのですが可愛い可愛いお嬢様の言葉でしたから。とりあえずは、婚約者”候補”として交流をすることになったのです。(うちのお嬢様が男前すぎる)
え? 話が長い? お嬢様の話を単純に済ませるというのも無理な話です。
婚約者との仲、ですか? どうにかこうにか婚約者であるリードリッヒ様から感情を引き出そうと、奮闘されていましたね。カエルを投げつけたり、馬で競争したり、くすぐってみたり、お菓子を作ってみたり。あのお嬢様もとても可愛らしかった。
まあそうこうするうちに仲は良くなっていきましたね。あちらのご両親にお嬢様が気に入られて正式に婚約者に決まったのも当然でしょう? うちのお嬢様ですからね。その頃にはリードリッヒ様もお嬢様と過ごすときは年相応の表情を浮かべるようになっておりました。
婚約者というよりは、兄妹や悪友といった言葉のほうが相応しいかもしれませんが。残念ながら色恋といった甘い関係にはなりえなかったのです。まあリードリッヒ様はわかりませんが、うちのお嬢様は恋愛小説より冒険小説や推理小説を好まれる性質でしたので、無理はないでしょう。
ああ、ですから少し驚いたのです。学園に通いだしてからお嬢様の雰囲気が一変したのです。竹を割ったようなスパンと切れ味のいいお嬢様が、些細なことで悩むようになりました。不思議には思いつつも、思春期に差し掛かっていましたし、お年頃なので微笑ましく感じていたのですけど。
しかし段々と違和感が強くなっていきました。とりわけリードリッヒ様との関係性がおかしく感じられました。学園に通いだして他にも女性がいることにより、恋心を自覚したのかとも思ったのですがそれにしてもおかしいのです。それは婚約者様も同様でした。女性に対するものかと問われれば首を傾げたくなりますが、大切にしていたお嬢様をあんな風に扱うとは。月夜ばかりと思うなよ。
違和感に次ぐ、違和感で旦那様にも相談いたしました。伯爵家の影を使って調べることで様子見となったのですが。まるで何かに操られているような、恋心を植え付けられたような、判断力を鈍らせたような、恐ろしい考えが脳裏を過ります。いやあ…まさか、ね。
登下校を楽しみにしていたお嬢様は、違和感がありながらも年頃の娘さんのようでこれはこれでありかなとも思っていたのですが、あの婚約者はすっぽかしやがった。こほん。すっぽかしやがりなさったのです。あの時はタウンハウス中が殺気で溢れかえっていましたね。1番乗り気だったのはおとなしいお坊ちゃまですよ。さすがに伯爵家に伝わる剣を片手に夜飛び出そうとしたのは、止めましたけどね。お坊ちゃまに闇討ちは早すぎます。もっと殺気をうまく卸せるようになってからではないとすぐばれてしまう。
恋に浮かれたお嬢様が新しい婚約者を探し始めたのは正直いい気味だと思いましたね。いっけーお嬢様! ろくでなしなんて捨てちまえ! お嬢様が乙女みたいな顔で、辺境伯のご子息と仲を深めていったときは笑えばいいのか少し迷いました。やはり、乙女なお嬢様は気味が悪い。
伯爵家の影は苦戦を強いられているようで、思うような報告がありませんでした。あの坊主や殿下までもが1人の雌に群がっている詳細がつかめていないのです。きな臭い局面に旦那様は影を増員し、一気に片を付けようとなさった頃でした。国王が動いて、事態を収束させたのは。
旦那様はより一層懸念を強め、影をそのまま忍ばせました。
ねえお嬢様? 大丈夫ですか?
私はお嬢様の頭が心配でなりません。
雌がいなくなってもまだお嬢様の乙女タイムが続きます。坊主のほうは少し正気に戻ったように見えました。辺境伯の小僧とあった日顔が赤く見えたのは気のせいでしょうか。
なんだかんだ暑い季節がやってきました。学園は長期休暇に入り、大体の学生はタウンハウスから各々の領地へ帰省することになります。特に農作物が多い我が領は収穫のために急いで帰るのです。屋敷につき、まずは収穫で畑を駆け巡ります。ああ忙しい忙しい。お嬢様を観察する時間も取れないじゃありませんか。
あちらこちらを駆け回り、ようやく屋敷に戻ったころにはお嬢様は書類仕事に追われておりました。
おや?
算盤をはじき、疑問点に付箋をつけ、馬に飛び乗る。ここ数か月気持ち悪く、こほん、違和感を覚えていたお嬢様ではなくなっていました。まるで憑き物が落ちたように感じられます。
婚約者が訪ねてきて、”普段通り”の甘さもないやり取りを見たときようやく人心地つくことができました。やはりこの2人はこうでないとね。
(マリウスが笑っているわ。)
(明日は槍でも降るんじゃないか?)
そこ、うるさいですよ。