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割れ鍋に綴じ蓋

レオ視点です。

よそ行きの服を着て優雅に馬車に揺られている。整った容姿の青年はしかめっ面を崩さなかった。苛々しているのか足は一定のリズムを刻み、背中はダランともたれていた。そのだらしない姿でも気品があるのだから、どうしようもない。


彼がそこまで気が立っているのには理由があった。それは昨日のことだ。


「何で俺が!大体結婚相手は自分で決めると言っただろう?」

「ああ、聞いたさ。だから今回はお見合いではない。ただのお茶会だ。」

「何が違うっていうんだ。建前の違いだろう?」

「いいか。決定事項だ。断ると言うならこの前出してやった予算をそのまま返してもらおうか。」

「嘘だろう!?」



しかし、そこで彼は出会うことになる。

世界が開けるきっかけとなる少女に。





陶器のような透き通る肌。こちらに顔を向けた際に、絹糸のような御髪は肩からサラリと流れ落ちる。そして、何より意志の強そうな目は光を受けて美しく煌めいた。目元を和らげた慎ましやかな微笑みが清楚な雰囲気にとてもよく合って見える。


この時点で本人は気付いていないが、俗に言う一目惚れであった。


珈琲でも一杯しばいたら早々と辞退しようと言う考え方は一瞬で霧散した。おそらく彼の父の目論見通りである。得意げに笑う父を思い浮かべながら、最高の顔を向けた。


王都の我が家に帰ってからほくそ笑む親父に悔しがりながら、彼女のプロフィールをもらうことになるのだ。



♢♢♢



何度かお茶を交わして分かったことは、第一印象はあてにならないと言うことだった。


虫も殺せないような顔をしておきながら、馬に乗って魚釣りに出掛けるギャップなんて堪らなかった。なるほどこれは、シティボーイには乗りこなせないだろう。大層なじゃじゃ馬娘であった。愛馬そっくりな少女に愛しさが増していくのだから彼だって変人である。


手を口元に添えた慎ましやかな微笑みよりも、魚釣り大会で優勝したときの満面の笑みの方が胸に来たのだから仕方ない。


過去の話の間に入る悲しい顔は、婚約者を思い出してのことなのだろうか。切なそうな表情は、顔貌とマッチして更に儚く見える。


笑ってほしいと言う願いから、自分が笑わせてあげたいと言う気持ちに変わるまではすぐだった。


カクテルパーティー効果という言葉を知っているだろうか?取得する音声情報を無意識に選択することを指す。

たくさんの人がそれぞれに雑談しているなかでも自分に必要な事柄だけを選択して聞き取ったり、見たりすることあるだろう。

これは音声に限ったものではない。



自分の意識でこうも違うなんて笑えてくる。


図書館や書店で農業の本に目を向けることなんてほとんどなかったと言うのに。気が付いたら開いて読んでいた。

今まで新しいことにしか興味がなかったが、領地のことを深く知ろうと領内に赴くことが増えた。

彼女に会うまで農業の第一人者なんて、つまらないことを話すおっさんでしかなかったと言うのに。かの人を呼ぶ名前を聞きとれたし、今まで社交辞令の挨拶しかしていなかったのに論文の話なんて持ち出したりして。彼女に喜んで欲しいという下心も勿論あったけど、興味の幅が広がっていた。



喜んでキラキラと輝く目が眩しくて、領地に誘ってしまったことは迂闊であった。ぜひと言ってしまった後に、気付き少し赤らめた頬に期待するなというのは無理な話だろう。


辺境伯は穏やかなだけでは務まらない。他国に攻め込まれることもある。日々綱渡りの生活だ。視野の広さ、洞察力、度胸、いざという時の行動力。ただ守られるだけのお嬢さまには興味はなかった。


それに彼女と一緒にいたら退屈はしないな。


彼女も自分に心を開き始めているし、彼女の婚約解消に向けて動き始めることにした。婚約者について調べ始めて少し凹んだ。


彼女の婚約者はとんでもなく容姿端麗な男であった。自分の相貌には自信を持っていたが、鼻をへし折られた気分である。確かに彼女が俺を見て頬を染めたことはなかった。


すっと通った鼻筋。切れ長な目元はどことなく色気を感じさせる。青味がかった銀髪は涼しげな印象を与えるが、冷た過ぎるわけではない。男でもどきっとしてしまいそうな匂いたつ美男子だった。

暖色の色味を持つ彼女の隣に立てば、とても映えるだろう。

優れているのは容姿だけではなかった。武の侯爵家の名に恥じぬ腕をお持ちであるし、頭も切れるようだ。寡黙ではあるが、婚約者にそっと眉を下げる姿が麗しくて…(以下略)と言うのは周囲からの意見。


名前は明言しないものの、時折彼女の話に出てくる"幼馴染み"とは似ても似つかなくて、同一人物かと疑いたくなる。

今の関係性はどうあれ、弱みを見せられるような関係を築いてきたのだろう。



それでも調査の手を止めることはない。もう引き返せないくらいには惚れ込んでいるのだ。彼が熱を上げている御令嬢の絵姿を見て、不思議に思った。守りたくなるような美少女であるが、婚約者を虐げてまでかと考えれば首を傾げたくなる。どんどん掘り下げていくにつれて違和感が大きくなっていく。何か掴めそうだと思った頃に、情報が隠蔽されてしまった。どうやらきな臭い事案が関わっているらしい。さすがに、当主でもない自分には手に負えまい。


親父に相談を持ち掛けた。苛立ちを感じるニンマリ顔を浮かべると思っていた俺は親父の顔を見て、言葉が出なかった。初めて見た。

喜びと悔しさと怒りと情けなさ、他に…?

読み取れないくらい色んな感情が入り混じった複雑な顔を。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ゆっくりと着実にお話がつながるところまで進みそうですね。
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