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合縁奇縁

辺境伯令息=レオナルド(愛称:レオ)

お見合い相手に初めて会って好意を抱いたかと問われたら答えは"否"である。自棄になっていたのはあるが、婚約者を忘れてはいなかったから。


「お見合いしたい!」というより、「私も良い人を作ってやる!」と言った敵愾心の方が強かったんだと思うの。そりゃお父様もあんな苦い顔するわけだわ。


あの人を忘れたい。

いいえ。あの人を忘れられると信じたかったのかもしれない。


失礼ながら、きちんと相手を見始めたのは2人に絞ってからだった。1人の方は婚約者にどことなく雰囲気が似ていた。きっとお父様が似た方を選んでくださったのだろう。しかし、もう1人の方は違った。


「ミルティア辺境伯レオナルドと申します。どうかレオとお呼びください。」


表情が豊かで、自己アピールに慣れていた。私の周りの殿方は父も含めて、流暢にものを申すタイプではなかったから。一歩引いて女性陣が話すのをそっと見守っているのが普通だったから。本当にとても新鮮だった。話は興味深いし、知らないことが多くて、気が付いたら被っていたネコが数匹逃げ出してしまっていた。それでも、嬉しそうに笑うから今までと違って少し戸惑ってしまう。令嬢らしくないのに。それなのにどことなく居心地のよさを感じている自分に驚いていた。


隣国の物語、演劇、習慣、どれも新鮮だったけど、1番興味を惹かれたのは農業のお話だった。

私の領地は大人数を雇うお金がないため、貴族の娘であろうと駆り出される。収穫時期以降はなおさら。そのため、時間さえあれば殺虫剤や肥料を集めては検証をしたり、堆肥を作ったり、品種改良を見守ったりして過ごしていた。そのため、新しいドレスや宝石よりも、農薬の話の方が胸が躍るのだ。物語を静かに楽しむよりも収穫量の報告書を眺めて、算盤を弾いていた方が楽しいのである。うふふ。


画期的な殺虫剤や肥料などが出来たという隣国の噂を聞いてはいたが、無名な領の小娘が手を出せる代物ではなかった。隣国に生まれていたなら、隣国への伝手を持っていたならとどうしようもないことでうだうだ管を巻いていた。


令嬢らしくないことは自覚しているから、他所では常に気を張っていた。令嬢らしくないことは話さない。農業の話なんてもっての外だ。婚約者は興味がないから。いいえ、興味がある方が珍しいわね。お父様にも外で話すことではないねと何度も窘められていた。


だから領地の話になって、隣国の話を彼が持ってくるからうっかり熱く語ってしまった。だって、楽しそうな顔で聞いてくれるから。ハッとして令嬢として取り繕おうとする前に、話を促してくれるから戸惑いつつも続けてしまった。


「ごめんなさい。つまらなかったでしょう?」

「そんなことないよ。」


笑みを浮かべながら否定される。それを文字通りとっていいのかよく分からなかった。困っている私を見てクスクス笑い始める。


「大好きなんだね。」


その表情に、その言葉に何故かとても泣きたくなった。感極まって泣くまいと奥歯を噛みしめながら、笑みを浮かべるので精一杯だった。


この時からだと思う。彼に対して警戒心がなくなり始めたのは。きっとあの人への対抗心ではなくなったのは。



彼の昔話が面白いから、ついつい私の話も引き出されてしまう。とてもレディーとは思えない話ばかりだけどとても嬉しそうに聞いてくれるから調子が狂う。


遠乗りの相棒である愛馬の話も。

女性が馬に乗るのはあまりいい顔をされないけれど。

婚約者との魚釣り大会の話も。

あの人は釣り餌すら満足に触れなくて、泣き出していたけれど。


今考えると我ながら呆れてしまう。

とんだじゃじゃ馬娘である。あの頃はあの人をどうにか笑わせてあげたくて必死だったけれど。周りの高圧的な大人たちに一矢報いたくて、奇を衒ったことばかりしていたけれど。

これはリードが私を恋愛対象として見れなくても無理ないかもしれない。



何回目のお茶会で、私が尊敬している隣国の応用生物の第一人者の話になった。以前した話を覚えていてくれたらしい。つい先日のパーティーでお目に掛かって交わした彼の話は目から鱗だった。羨ましい。私も聞きたいことがいっぱいあるのに!


「いいわね。私もお話を伺いたいわ。」

「うちに来れたらなあ。うちの領地の近くに研究所があるから、足を伸ばすこともできるけど。」

「そうなの!?ぜひ!あ、でも、それは、っ…。」


気分がとても沸き立ったが、すぐに気付く。それは現実問題として不可能であることに。未婚の女性が未婚の男性の領地に赴くことは、結婚の挨拶と同義である。幾ら蔑ろにされているとはいえ、婚約者がいる身でおいそれと行くことはできない。そこに他意がなくとも、周りは面白おかしく騒ぎ立てるであろう。そんな迂闊な真似はできない。


彼もすぐに迂闊なことを言ったと気付いたのだろう。何とも言えない雰囲気になってしまった。曖昧な微笑を浮かべると、彼は大袈裟に肩を竦める。その芝居じみている動作が絶妙で笑いがこみ上げてくる。目を見合わせて笑い合った。それだけで一瞬ピンと張った緊張がみるみるうちに解けていくのだ。私の壁もあっという間に溶かされて、もう少しでなくなってしまう。


ああ、困ったわ。


自分が自分でいられる相手に出会う。ちょっぴり恐ろしくて、わくわくした。どこまで許してくれるのだろう?


相手をかなり気に入ってしまっていた。当初の予定では、婚約解消も視野に入れて2.3人と交流するくらいの予定だったのに。この人を知りたいと思っている自分に気付いてしまった。


でも、恋ではないわよね。

だって、恋って言うのは、相手のことを守ってあげたくて、一緒にいたくて、そのためなら何でもしてあげるって思うことだから。

こんな穏やかな感情は知らない。




(恋じゃないったら恋じゃないのよ。)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人との交流のうちにより深く付き合いたくなるってのはあるものですから、それが気楽に出来ない家柄というのは辛いものですね。
[一言] >でも、恋ではないわよね。 いえ、これも恋です。 というか、主人公の恋って男性の考える恋ですよね? 主人公、実は男性脳?
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