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三人寄れば文殊の知恵

「どうだった?マリウス。」

「人遣い荒いのはどうかと思いますよ?」

「あなた以上に信頼できる人いないんだもの。(使い勝手最高だし)」

「それならっ、…まあ仕方ありませんね。」

((チョロいな))

「で、結局成功したのか?」

「勿論です。」


マリウスが取り出したのは、血判が押してある書類だった。そこにはノーザンブルクの紋章がある。息が詰まった。頭を抱えたくなる。なるほど。三国がグルなわけね。


テーブルの上に地図を広げる。4国が描かれている大きいものだ。2人掛けのソファにレオとリードが、1人掛けのソファに私が腰を掛けてテーブルを囲っている。身長が180はあるリードが横になっても余るソファだ。その前にあるテーブルの半分を地図が占めると言えば大きさは想像つくだろうか?


動かす駒として父からのお土産のテディベアのオーナメントを使おうとしたら男2人に渋い顔をされてしまった。可愛いのになあ。マリウスが持ってきた紙コップを逆さにして立てる。紙コップにはそれぞれ国の頭文字を記す。メディテレーニアなら”M”だ。宰相はどうしようかと迷って近くにあったブリキの玩具を取った。触るとギコギコ五月蠅いが、ちょっと間抜けな顔が気に入っている。それを置いたことに対しては彼らは何も言わなかった。


宰相は自分の国よりも規模が小さく、国力も低いから、ノーザンブルクにはどうもできっこないと高を括って密約を交わし始めたのだろう。ブリキとNのカップを近づける。

大国のウェステリアと国力は劣るものの資源は豊富なイーデンが組まれたら困る。その妨げになるように、もし2国が手を組んだらすぐ伝わるようにノーザンブルクに命じていたに違いない。

もう既に取り込まれていたとは疑わずに。


いや、ノーザンブルクとしたら好機だったのだろう。あの国は4国の内一番格下だ。だからこそ上から命令されれば従わざるを得ない。

そして、その命令はどこの国からも来たのだろう。どこにもいい顔をして、ある程度の情報を漏らして、一番情勢の良い国に後は寄り添えばいい。

かの国は別にどこに与しているわけでもない、勝者に与するつもりなのだ。


ウェステリアの手の者が宰相の手元にいたことも鑑みれば、おそらくノーザンブルクはウェステリアを御旗として定めた。Nをぐるっと一周させた後、Wに寄り添わせる。

まあ無理もない。うちは一枚岩ではない。内輪揉めで国が揺れたらたまったもんじゃない。いまだ貴族間のざわつきは綺麗さっぱり解消されたわけではないから。既にそれぞれの利権をもとに水面下で動き回っている。ツンとうまくつつけば一瞬でバリンと砕け散るに違いない。イーデンも自分だけでは我が国に相対するには不利だからウェステリアに付く。

メディテレーニアが降伏すれば、覇者はウェステリアだ。逆らうよりは、今のうちに良い条件で同盟を結ぶほうが得だもの。さぞかし良い条件を吹っ掛けたことにちがいない。


そこで疑問が浮かぶ。


「ノーザンブルクの王は情に厚い方でしょう? いくら乗せられたとしてもここまで薄情な戦い方するかしら?」

「そこなんだよ。」


ノーザンブルクは数年前に王が病気で倒れて代替わりをした。その方は王太子時代我が学園に留学に来ていたのだ。

穏やかで知的で素晴らしい方だという評判が卒業後も残った。ノーザンブルクは今後も安泰だと他国に言わしめるぐらいなのだから相当だろう。


「ありえない。」

「随分言い切りますね。レオ」

「同窓だからね。仲も良かったんだよ。あいつのことはよく知っている。だからこそ…あいつがそんな真似をするとは思えない。もし、あるとすれば…」


考え込むレオの顔色は優れない。


「ノーザンブルクには他にも王位継承権を持つ皇子がいますよね。」

「…そうなんだ。」

「うまく操って国の危機を脱したことにして、その皇子を救世主に仕立て上げて王位を奪うつもりなの…?」

「いや、ウェステリア側が交渉に応じない国王にしびれを切らして、ついでに首を挿げ替えようとしているのかもしれない。」

「自分の指示に従う駒にするために?」

「ここまで派手に動いておいて王に気付かれていないとは思えないわ。」

「…身動きが取れない状況にあるのかもしれない。」


身動きがとれないで済めばいいけど。誰もが考えているが口に出すことはしない。最悪な想定なんていくらでも浮かぶものだから。


「ノーザンブルクの国王陛下が最後に公の場に出たのがいつだか、調べられるかしら。」

「すぐにでも。」


瞬きのスピードで姿を消すマリウスを尻目に、考え込んでいたが視線を感じる。


「どうしました?」

「いや。急に消えたから…」

「俺も未だに驚きますよ。」

「ああ、マリウスですか。」





彼女は他の影に指示出しに行った。昼食の用意もついでに頼んで来るらしい。お互い相手のことを”知って”はいるが、碌に話したことはない。少し気まずい空気が流れる。


「何であの子あんなに頭の回転早いの?」

「俺と婚約が正式に決まるまでは後継者教育を受けていたからですね。」

「え。弟いるよね?」

「ああ。今でこそ弟が跡取りですけど、どちらがなってもいいようにって。弟は実際、才能はありますが穏やかで物静かなタイプで。」

「…性別間違えたのか。」

「みんなそう思ってます。そして彼の口癖は“隠居したい”ですよ。それとは逆に彼女は学園に入学するまで侯爵家の授業を俺と一緒に受けていたくらいですから。」

「それは、それは。」


彼女が侯爵家に認められて、更には期待されているという証拠だ。おっと。彼女が戻ってきた。思わず顔を見合わせて噴き出す。

おそらく彼女が男だったら悪友になれていたはずだ。俺も、彼も。


「仲良くなった、みたいですね?」

「似た者、同士だからな。」


似た者の時にレオから意味深な視線が寄こされる。少し困惑して返事をうまく返せなかった。



「今まで俺たちは散々考えてきたけど、とりあえずは内通の証拠を突きつければいいんだろう?」

「ええ。私たちだけじゃ国家間の問題は手に負えませんし。」


「不法侵入とか、窃盗とか抜きにすれば、これ以上ない証拠、だが…」

「抜きにはできませんね。これ、宰相の書斎の美しい絵画を外した奥にあった金庫の中から拝借してきたものですから。」

「それじゃあ“うっかり廊下に落として見つけたり”、“風に吹かれて庭で発見できたり”はできないわね。」

「…ハッタリでどうにかならないか?」

「うまく誘導すればあの宰相なら自爆するだろうな。」

「あの息子の父親だからねえ。」


「猶予はどれくらいあるだろうか?」

「会議が始まるのは、明日からでしょう?」

「早くて明日、遅くて3日後か。」




話を突き詰めて、ある程度形になったとき柱時計が鳴った。短針と長針は揃って上を向いている。とりあえず休むことにした。




「ねえ、マリウス。」

「嫌ですよ。」





♢♢♢






ノックが聞こえた。アリシアか? いやあの子はノックと同時に入ってくるだろう。使用人ならもっと丁寧にするはずだ。書類を机に置いて、返事をする。聞こえた声に入室を促した。


「悪いな、いきなり。」

「いいえ。特にすることもなかったので。」

「飲まないか?」


彼が持つトレーにはウィスキーのボトルと、グラスが2つ。笑顔で答えて、机を整理した。机に置かれた衝撃でカランと氷が鳴る。静かな夜だった。


「一度話してみたいと、思っていたんだ。」

「…俺もです。」


「仲が悪いと思っていたけど案外そんなこともないんだね。」

「長い付き合いですからね。」

「あの時分、学園内で妖術が使われていたと仮定しても俺は彼女が好きだよ。勿論夢から覚めた今の彼女も。」

「…そうですか。」

「だけど、君も彼女が好きだよね。」


厄介だなあ。相手のことが手を取るようにわかる。似た者と言っていた意味を理解した。


「俺は浅ましいんですよ。」


ぽつりとつぶやいた言葉に、彼は視線で続きを促す。


「彼女のことはずっと大切でした。昔雁字搦めになって身動きが取れなくなっていた俺を救ってくれた時からずっと。それでもその好きは家族と一緒でした。」


少し悩む。お酒をあおった。唇から酒が垂れてくる。それを袖で拭う。


「…俺が彼女を恋愛感情として好きになったのはあなたに取られそうになってからですよ。」

「ずっと二人が当たり前だったんならそれはそうなんじゃない?」


「俺がもらっちゃってもいいの?」 

「それは彼女が選ぶことですから。」

「余裕だねえ。」

「…余裕なんてない。でも、俺なんかといるよりも、あなたと一緒にいたほうがいいんじゃないかと。」


「君…それ、彼女に言ってないよね。」

「言いました。」

「いつ?」

「…レオが着く前。」






レオは一気に脱力した。彼女が彼に対して何らかの構えがあった理由も理解できた。


「あのなあ、もしそう言ってやるならあの時だっただろう? 今そんなこと言って何になるんだ。ただの自己満足だろう?」

「あの子が、アリシアが恋心を抱いた相手がいると聞いて嘘だと思った。ありえない、と。それと同時に取られたくないと思った。そんな感情抱かれたこともない俺が引き留まられるわけもない。だから、嘘だと決めつけたんです。あなたのことを知れば知るほど敵わないから。」


確かに今の彼女をずっと見てきていたなら恋情を抱いたと聞いても嘘だと思うだろう。嘘だと信じたかったんだな。俺より優れているところがいっぱいある侯爵家の嫡男に言われるとなんだかむず痒いけれど。


初めての恋なのか。

“マリア”とかいう女は別として、恋に目覚めるよりも前に婚約者ができて兄弟同然に育って、女関係で世間に揉まれていないとこんなにも拗らせ、こほん、純粋に育つのか。

童貞って恐ろしい。まあまだ18なんだよなあ。成人したばかり。


「まだ彼女が俺を好きだとは限らないだろう。(正直恋愛の“れ”の字も感じられなかったけど)」

「そう、思っていたんです。実際、学園から領地に戻った彼女はケロッとしていたし、あなたの名前をさりげなく出しても特に何も感じられませんでした。」

「(それはそれで結構凹むんだけど)それで?」

「でも、あの街中であなたを見つけたとき。あんな顔、見たことなかった。」


彼が項垂れるような顔を彼女はしていたらしい。本当か? と疑う気持ちと共に嬉しさも感じる。初恋を拗らせまくっている男を追い込まないようににやけそうな顔を抑える。


「それで、なんて言ったの?」

「もし君が、彼のことを好ましく思っているなら僕は身を引いてもかまわない、と。」


なるほどね。まあわからなくもないけれど。どう見ても悪手だよなあ。


「君も…難儀な性格だね。」

「あなただって、彼女のためにそこまでするなんて変わってますよ。」


俺が彼女を諦めきれなくて探りに来たことを理解しているらしい。これがこの男じゃなくて彼女に伝わっていればよかったのになあ。

グラスが空になった。それを見たリードは瓶から注いでくれる。


「まあね、それで命狙われてちゃ世話ないけどな。」

「…あいつのためってバレたら泣くので絶対ばらさないでくださいね。」

「そんな格好悪い真似できるか。…っていうかそれは俺のほうが彼女を知ってますっていうアピール?」

「まあ彼女のことに詳しいのは客観的事実でしょ。」

「…むかつく。」


肩をすくめて見せた後目が合う。どちらからともなく噴き出した。そのあとは何だか話が進んだ。

会話が途切れることもあったけれど、やさしく夜は更けていった。


レオは年相応でそこそこ女に慣れています。リードはレオの想像通りか素人さん。

初恋に右往左往する純情ボーイと慣れてはいるけど本命をあまり作ったことのない男と恋愛よりも他に興味が向いている女。どうなることやら。

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