木乃伊取りが木乃伊になる
レオ様がやって来た。とても草臥れて見える。彼を任せた影に視線をやるとうなずかれた。まあ、疲れるのは無理もないか。じっくり休んでもらう時間はないが、お風呂を促す。その間に軽食の準備を頼んだ。
視線を感じて、幼馴染を見上げる。何か言いたげだが、言葉が見つからないらしい。好都合だったから、深く聞くことはなかった。
こんな短期間で気持ちを整理できるわけもない。顔を見るとあのいら立ちが戻ってきそうだ。
深呼吸。深呼吸。
一度部屋に戻り、調査書を纏める。侍女に呼ばれて部屋から出た。
レオ様は色々調査をしていたらきな臭い情報を見つけて、踏み込みすぎたら見つかってうっかり消されそうになった、らしい。
うっかりって。
彼が話した内容は、私たちが想像していたものと大きく逸脱はしていなかった。主導しているのが、国王ではなく、宰相であるという点を除いては。
(頭が痛い。)
話が話であるだけに、先ほどの会話がすっぽ抜けた。婚約の裏話まで聞かされて、脱力した。なるほどね。お父様に丸投げしたいけれど、ここ数日は王国の予算会議で忙しくしている。話をつけられるかは微妙なところ。どこの家も同様だろう。
よりにもよって、宰相って。隣国と内通している。
リードが18才、レオが23才、私が16才。話し合うにあたって、敬語は抜きでいいと言われたが育ちがいいほど年上は敬えと教わるから難しい。リード、レオ、シアと愛称で呼び合うことにはなったけど。
「顔は見られた?」
「宰相には見られていないが、影には見られた。」
「バレるのも時間の問題か。」
“そもそもなぜ内通しているのか。”
我が国は国王が最終決定を行うトップであるが、その国王の右腕である宰相の裁量権は大きい。
宰相の下に各大臣がおり、その多くは貴族が占めている。宰相は任期が定まっておらず、大方終身務めることになる。
宰相が辞める前に次期宰相が選出されて何年か実務を経験したのちに引き継ぎが完了する。
宰相になるには、議会に推薦された候補者になり、過半数以上の賛成を得たのちに、国王の承認を受けることが必須条件だ。
議会の推薦を受けるには、大派閥を築くか、あるいはなんらかの功績を築くか、宰相の推薦をうけるかが必要になる。元々派閥を持っている公爵か侯爵家の人間が交代でなることが普通だ。それ以外で宰相に選出された者はいるにはいるが、極めて少ない。ここ最近では、数代前にある伯爵家の当主が戦争を未然に防いだ功績を認められて宰相を務められていた。
今の宰相は、正直に言えばあまり良くはない。
前任が心筋梗塞で突然死してしまったこともあり、貴族のパワーバランスを鑑みて、早急に決めてしまった結果だ。
宰相の座が空位では、隣国に付け入る隙を与えかねない。熟考する余地も、国家転覆などを考える素養がないか調べる時間もない。
だからこそ、国王の幼馴染で、毒にも薬にもならない者が選ばれたのだった。相応しくなければ後日、再選をするという条件で。
内乱もなく、国家間の争いも目に見えて活発化していない。そんな平和な時代の宰相はそこまで優れていなくてもいいのだ。逆にリーダーシップが取れすぎてしまうほうが余計な火種を生む。ある意味、とてもマッチした人選だった。
現宰相はマッケンリー公爵家の御当主だ。今はそうではないものの、数代遡れば宰相を多く輩出する栄華を極めていた由緒正しき歴史がある。
おそらく、幸運にも転がり込んできた宰相の座を永久のものとしたかったのではないか。
国家転覆という大それた考えではなく、自分の地位を守りたい。そのために何らかの手柄を上げたい。そうして上手く利用されてしまったのだろう。
隣国が直接かの宰相に話を持ち掛けたのか、それとも我が国に他国に通ずるスパイがいてその甘言に乗せられたのか。
この2点は似ているように見えて全く違う。
(相手を探ろうとして上手く使われていたら終わりじゃない?
木乃伊取りが木乃伊になってちゃ世話ないわね)
「隣国に流していた情報にはどんなものが含まれていたと思う?」
「地形図、人口、食糧分布図、騎士数…。あー、各領地の私兵数もあったな。」
「戦争でも始める気なの??」
「そう考えるのが普通だよな…」
うげえ。3人とも苦い顔になる。そしてふと気づいた。
「そう考えると今って絶妙なタイミングよね。」
「ああ、領主はみな王都での会議に参加するために領地を離れている。」
「隙だらけだな。」
顔色が一層悪くなる。
「マリア様は?」
「彼女はどう関わってくる?」
「隣国の刺客じゃないのか?」
「おそらく。彼女の祖母が隣国から嫁いでいる。その伝手を利用したのだろう。」
「でも…私、彼女が工作員になれるほど賢いとは思えないの。」
「どういう意味?」
「彼女は何らかの目的を持っているわけじゃなくて、男を誑かすことそのものに快感を覚えているようにしか見えなかった。」
「本来の目的は知らされずに、彼女は彼女の意思で逆ハーレムを築いていた?」
「利害の一致で手を組んだ?」
「ああ、女には詳しい事情は伝えずにこれを使えばどんな男もちやほやしてくれますよと言って唆したのではないか?」
「いくら頭が足りなくても男爵は止めないわけ?」
「…あそこの家は随分と長い間経営がうまくいっていない。」
「あなたの娘さんなら玉の輿に乗れますよってか?」
「わからないが、あそこの領主も甘言に容易に惑わされるタイプだ。」
そういう家もあるにはあるのだ。
「彼女は今どうしているの?」
「既に死んでいるのではないのか?」
「あの宰相は小物だ。何かあったときに隣国を強請る手段として彼女を捕えている可能性は?」
「なくはないが…彼女は諸刃の剣ではないか?」
「まあな。」
「そもそも彼女が工作員であると仮定して、どこの国から派遣されたの?」
我が国は一方を海に、三方を異なる国に囲まれている。小競り合いはあるものの、周辺国とは表面上は平穏を保っている。
我が国メディテレーニアを囲うように、東からイーデン公国、ノーザンブルク王国、ウェステリアと連なる。
「宰相が内通しているのは、ウェステリアでいいの?」
「昨日のレオを追跡していた中にウェステリアの者がいたな。」
切り裂いた服の隙間から、鳳凰の紋章の入ったロケットペンダントが見えたらしい。彼の動体視力は馬鹿にはできない。ウェステリアに縁がある者というのは間違えないだろう。
ウェステリアは4国の中では我が国に匹敵する大国だ。
「マリアの祖母の出身国は?」
「…イーデンだ。」
「は?」
「だから不味いといったろ?」
ウェステリアとイーデンが組んでいるとしたら、ノーザンブルクも噛んでいる可能性がある。前2国は面していない。ノーザンブルクを間に挟んでいる。
ウェステリアとイーデンからメディテレーニアに攻め込むには、聳える山や崖といった自然が大きな弊害になる。平野に面しているのはノーザンブルクだけなのだ。
戦争を起こすならノーザンブルクを取り込んでいないわけがない。
「内通の証拠は?」
「ない。あくまで口頭で聞いたのと、手下に隣国の者がいるってだけ。」
「出身だと言われればごまかされる。」
「証拠かあ。きちんとした物証を得るには。」
「忍び込む?」
「王宮の部屋にはなかった。」
しれっと言うがそこまで調べてあるとは。
レオって実は本当にすごい人では?
「じゃあ家ってこと?」
「宰相の屋敷に行ければなあ。」
「友人としてなら。」
「リードだけなら…うーん。それでも厳しいわよ。宰相警戒して屋敷も王宮内も出入りを注意深く監視しているみたい。」
「息子は知ってると思うか?」
「分からないが…プライドは高い癖に、小心者だからな。そして女に弱い。俺が親なら話さないな。」
「私も行きたいけれど。」
「いきなりの集まりに婚約者同伴は難しいか?」
「恒例行事なら別だけどそういうわけではないからね。今は忙しい。後でやれって言われる。」
「…従者としては…無理だな。」
少しの沈黙。それを破ったのは彼女だった。
「噂を流して…宰相子息の婚約者と乗り込む。それを宥めようとして、リードが付いてくる。」
リードを指す。
「あれからナーバスになっているからマギーはきっと少しの噂で爆発する。」
「友人を利用すると?」
「協力を頼むにはあの子が危険すぎる。何も知らないほうがいいわ。」
「…君はやはりこっち側だよな。」
「今からの噂では時間がかかるんじゃないか?」
「アー、ウン。そうでもないんだよ。」
「そう。あの坊ちゃんは信用がないからね。」
「まあ今回は好都合だけどな。」
「マギーにもっと手綱を握るようにけしかけとかなきゃ。」
悪い顔をする彼女に男2人は引き気味であった。
そしてこの作戦はうまくいってしまった。
「マギー!」
「シア…今度の今度は許さないんだから!」
怒り心頭な彼女に罪悪感がわく。
凹むんじゃなくて怒りを覚えるタイプでよかった。だからこそ今回標的にしたわけだけど。流石に申し訳なくて、胃がキリキリ痛むのは自業自得だ。
後で彼女の好きなお菓子を差し入れさせてもらおう。王都で人気の1日限定10点しか販売しないものを。
まあ私たちが無事に切り抜けたら、の注意書きが付くけれど。
彼女の家にアポなしで駆け付けたら背後に般若を背負った彼女と玄関で出くわしたのだ。図られたようなタイミングに本気で驚いた。
今は彼女を宥めながら宰相の家に馬車で向かっている。私たちが客間に通されて子息に詰め寄っている頃、"怒って飛び出していった婚約者を追ってリードが宰相家にたどり着く"。そういう設定だ。
私たちが大騒ぎをしている間に、影に探させる。最初はレオを連れていくことも考えたけど、顔を知られている可能性があること考えたらリスクが高すぎる。
マギーが予想以上に暴れてくれたおかげで、屋敷中の人がこちらに引き付けられた。ちなみに私も。ついでに言えばリードも。
というよりもあの坊ちゃんがこちらの手に負えないレベルで糞野郎だった。噂が噂ではなかった。噂のほうが美しかった。糞坊ちゃんが自爆したのだ。
屑だ屑だと思っていたけど。ここまで女性関係にだらしないとは…罪悪感が綺麗に吹っ飛んだよね。
マギーはこれで縁が切れると噂を喜んでいたぐらいだもの。
マギーには感謝しなくちゃこの騒ぎで隠密さえ、雇い主の元へ向かってくれたのだから。
リードは頭の良い脳筋で、レオは何でも卒なくこなせるスペックの高いアホです。
この中ではアリシアが1番男らしい。