及ばぬ鯉の滝登り
ヒロイン=マリア
主人公の婚約者=リードリッヒ(愛称:リード)
主人公=弱小伯爵家の御令嬢
わからないのだ。
リードはただの口不精だと思っていた。
だから、私たちの間には愛や恋といった燃え上がる熱量はないものだったし、彼がそういう感情を抱くことはないのだと、そう信じていた。
政略結婚ではあるけど、幼馴染みだし、何らかのものは築いてきたと自惚れていた。
でも、違った。
マリア様を口説く時、スラスラと流暢に愛を伝える。目には確かな熱が篭っていた。
知らない。
こんなリードを見たことないのだから。
1人の御令嬢が王子殿下を含めた子息6人を虜にした事案は、国王の命にて密かに送り込まれた調査隊により速やかに解決した。御令嬢は魅了の魔法を使っていたそう。
婚約者を蔑ろにしたくらいで、まだ大きな事件には発展していない。
彼らはみな魔法で操られており、本人の意志は皆無だった。罪の所在はかの御令嬢にある。
そのような趣旨の調査結果の報告を受けたこともあり、ほとんどは元鞘に収まった。
と言うのも、1組は元々折り合いが悪く、話し合いの末に婚約解消と決まったのだ。
他の4組は謝罪し、婚約者に愛を誓った。目には確かな愛情が宿っていた。ああ、これが普通なのか。
彼は戻ってきた。でも、戻ってきただけだ。
彼は謝罪の言葉しか述べなかった。
私は、はい、としか言えなかった。
あの燃え滾るような熱情が嘘みたいな、凪いだ瞳で私を見つめる。
気まずそうではあるが目は逸らさない。
あんな感情を抱え込む人だったのか。
この穏やかさが好きなはずだった。
この真っ直ぐさに信頼を置いていた。
見つめられると舞い上がって、好きだと抱きついたものだ。すると、決まって彼は困ったように頭を撫でてくれた。私の言葉に対する返答はなかったけど。
馬鹿みたいだと思う。完璧な1人相撲だったのだろう。
彼の魅了は解かなくて良かったんじゃないか、そう感じてしまう。あのままでいればよかったのに。それは私が性格が悪いからなのかもしれない。
謝罪の次の登校日の朝、彼は馬車で迎えにきた。
婚約者と言うことで毎日一緒に登下校をしていた。先の事案が起こるまでは。
彼とは学年が違う。選択する講義も違うと、講義の建物も違うため、ほとんど会うことがない。彼は生徒会にも属していたので尚更時間はなかった。
だからこその登下校だったのだ。
少ない時間でも顔を合わせられるように、と珍しく彼から言い出したことだった。
どれだけ嬉しかったか、彼には想像もできないだろう。
嬉しくて、どきどきして、幸せでロクに眠れず、結局初日の馬車では爆睡したのだった。
マリア様と親しくなって幾ばくか経った頃、彼が迎えに来なくなった。
初日は信じられなくてお昼まで家で待っていた。連絡が出せないほど体調が悪いのか心配になり、伝令を出して初めて彼が御令嬢を迎えに行ったことを知った。それまでまさか事前連絡を放棄するほど彼女に熱を上げているとは思っていなかったのだ。
しばらくは粘った。
だって、特別だったから。
彼を探しても授業の時間が異なりなかなか見つからない。手紙は出したが返答はない。ギリギリの時間まで待って、遅刻にならない程度に登校した。結局1人で通うことにした。
最初は寂しかったけど、段々と楽だと感じるようになった。生徒会に所属する彼に合わせて余裕を持って出掛ける必要もない。お茶を飲んでひと息つく時間さえある。朝のんびりするのが日課になった。
だから、その日も普通にまったりしていたのだけど。
迎えに来たと伝達が来た時、何を言われたのか分からずきょとんとしてしまった。
「お嬢さま。お迎えがいらっしゃいました。」
「あら?まだ早いと思うのだけど。」
「いえ。リードリッヒ様が来られています。」
「はい?」
扉の向こうから顔を出した婚約者に、驚いて紅茶を溢した。熱い。
ツカツカと歩いて来ると、ティーカップを取り上げられる。固まった私に対して、掛かった手を見てから甲斐甲斐しく処置し始めた。
レディーの手を許可も取らずに触るのはいかがなものかと思うわ。
まあ昔から怪我をするのはいつもそそっかしい私で、その度に慌てて対応してくれたっけ。懐かしいことを思い出した。
思い出に浸っている間に気が付いたら馬車に乗っていたのだから彼は手を引いて、乗せてくれたらしい。
再開した一緒の馬車での登下校。
彼を好きに眺められるこの時間が好きだったはずなのに、正直苦痛だ。
何であれだけ話していたか分からないくらい話題が浮かばない。
ああ、昨日の途中の物語が読みたい。
沈黙が下りる車内は重苦しく、ため息を吐きたくなってしまう。すんでのところで抑えているが、多分もうすぐ出てしまうだろう。
目を伏せた。眠ってしまおう。
これくらいで怒ったりする人ではなかったはずだ。
何か言いたげな雰囲気を感じるが、もうしつこく聞くことはしない。
ただ、疲れてしまっただけだ。
返ってこない愛をひたすら投げ続けることに。私の届かなかった気持ちはどこに行ってしまったのか、と。
ただ、嫌いになったわけではない、と思う。
でも、これでいいのかとは考えてしまう。
彼は私が婚約者だから当たり前のように戻ってきた。もちろん無理に愛を返せとは言わない。ただ一言これから一緒に過ごしていこうと、未来を示唆する何かを向けてくれたらそれで良かった。言葉でも態度でも何でも構わない。
彼の意志を見せてくれれば良かったのに。
静かな目に、私では無理だと悟る。
彼女がいなくなってからの方が正直、辛かった。
わかってしまうから。
私には情がないことくらい。
婚約者が御令嬢に入れ込んでいた時、最後の方はもう諦めていた。愛の虜になったあの人を見ていられなかったのだ。
だから、お父様に別の婚約者を探してもらうことにした。父は本当にそれでいいのかと聞いたが、私は頷いた。もう、胸が張り裂けそうだったから。
何人かの候補の方と会って、2人に絞った。
まだ婚約解消していないのでおおっぴらには会えなかったが、何度目かのお茶会で1人に決めた。
あの人とは違う明るい方。私が一方的に話さなくても、楽しませてくれる方。
侯爵家のリードよりは少し家格は下がるけど、辺境伯だし、領内では貿易も盛んだ。語学は得意だったから、他国との交流は大歓迎だ。王都から離れても気にならない。知らない異国の話を聞かせてくれる彼と会うのは、結構楽しみになっていた。
だから、お父様に言われた言葉にハッとした。
「リードが戻ってきたなら、メルティア辺境伯とのお話は断って良いのだな?」
当たり前である。
でも、私は嫌だと思った。
ただ流されるのは嫌だった。
侯爵家からは謝罪の手紙はいただいた。しかし、婚約を続行するか否かの問いはなかった。私があの人に惚れていたことは周知の事実だったし、侯爵家の嫡男との縁談をあれくらいの些細なことで弱小伯爵家が断ることなど頭にもなかったのだろう。
私はあの人のために、合わない彼のご両親に取り入り、家を守り、好きでもない社交界で侯爵家としての面子を保つのだろうか。
なんて、つまらない。
そう感じた。
ご意見ありがとうございました。
中途半端な印象を与えてしまい、申し訳ありません。小説についても勉強してよりよい作品を目指していきたいと思っております。