10.初めての戦闘
腰まで伸びた黒い髪に、赤いお花が付いたピン留め。ピンに合わせたのだろう、お花柄のワンピースはまだあどけない少女によく似合っている。背負っているウサギのぬいぐるみはリュックサックなのだろうか。
なぜリュックサックを背負った女の子がスライムに溺れているのだろう?
いや、食べられているのだろうか。
しきりに顔を出しては短く呼吸を繰り返す目の前の少女こそ、僕が辿ってきた声の主だったのだ。
「今助けるから!」
スライムから少し離れたベンチに肩たたきつき孫の手を置き、わずかにでている少女の手を両手で引っ張る。
まるで大きなかぶだ。
残念ながら援軍は期待出来ないけれど。
それでも涙が伝うことすら許されない少女を助けねばならないのだ。
だから両手に出来るだけの力を込める。
少女もそれに答えるように僕の手を強く握り帰す。
けれどスライムの粘度は想像以上に高く、なかなか少女を手放そうとはしない。
むしろ僕に対抗するように、強く引き込もうとするのだ。
このままでは少女が完全に溺れてしまう。
「一回離すね! すぐ戻ってくるから」
だから僕は少女に声をかけて、ベンチに避難させていた孫の手を手に取った。
モンスターと戦うのは怖い。
けれど今ここで戦わなければ目の前の少女はきっとスライムに消化されてしまうだろう。
それだけは絶対にイヤだった。
だから僕は唯一の武器を両手で握って必死にスライムを殴りつける。
ゴルフボール部分が埋まる度に引き上げて、またたたきつける。
効果はある。少しずつ小さくなっていくのだ。しぼんでいくといった方が正しいだろうか。
少し、また少しと少女の身体が空気に触れていく。
それでもスライムが反撃してくる様子は見られない。
スライムがぷよんと身体を揺らす度に少女は顔をゆがめる。おそらく少女のHPを削ることに集中しているのだろう。
ならば少女のHPが完全になくなってしまう前に救出しなければならない。
「後もう少しだからね!」
そう告げながら、僕は手を休めることなく、ひたすらにゴルフボールをたたきつける。
少女がコクコクと小さく首を振ってくれる度、まだ間に合うと安心する。
そして孫の手を強く握りしめては振り下ろすのだ。
そしてどれくらいの時間が経っただろう。案外ほんの一分ほどしか経っていないかもしれないが、ひどく長く感じられたその時間はいよいよ終わりが見えてきた。
身体のほぼ全てが埋まっていた少女もやがて顔をだし、それは足下にまとわりつくだけとなっていた。
少女が伸ばした手を左手でしっかりと握って、右手は休まずにスライムを攻撃する。
そして何か固いものに当たった感触を感じた時――スライムは光の粒がはじけたように消えたのだった。
なんて思っていると、どこからかボトっと物が落ちるような音がした。
小さな石が地面に落ちたのだ。ちょうど先ほどまでスライムがいた位置、ということはこれが魔石というやつだろうか。
澄んだ青色をしたそれは少女の拳と同じくらいの大きさだった。
あんなに苦労したのに、倒せばこんなにも小さくなって……。
僕はこんなものに苦戦していたのか。
小石というには大きなそれを手にしてみると、なんだかどっと疲れが押し寄せる。
HPと筋力を高めていたおかげか、肉体的な疲労感はないが、精神的な疲労感は計り知れないものなのだ。
スライムが雑魚キャラとか絶対嘘だ。
魔石が落ちると同時に開放された少女の手を引いて抱き寄せる。
「でも助かって良かった……」
やっと泣くことができた少女の頭をなでて、モンスターとの戦闘のつらさをかみしめる。
少女を助けられた安心したのもつかの間、僕の頭の中に無機質なアナウンスが流れだした。
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