1.汚れてしまった制服は生臭い
「悪い、スーさん。遅刻した!」
化学の授業中、バン! と大きな音を立てて教室へと入ってきたのは柏木 圭吾君だ。
遅刻欠席が目立つ生徒であるが、最近は進級問題もあって朝から出席していることも多かった。
だがやはり早起きは得意ではないようで、こうして遅刻してくることもたまにある。
それでも6限まで来ないなんてことは今まで一度もなく、せめて昼までだ。
それを過ぎたら潔く欠席を決めるのだと笑いながら話していた。
教師の僕にそんなことを話すのはどうかとも思うが、心を開いてくれている証拠だろうと前向きに考えることにしている。
だからこんな時間でも来てくれるのは少しでも登校したいと思ってくれたに違いない! と黒板から柏木君へと視線を移す。
「もう6限だ……よ」
『もう15分経過しちゃったから欠席扱いになっちゃうけど、頑張って来てくれたから今日だけは特別に出席扱いにしてあげるよ』と続けるはずの言葉は声にはならなかった。
「昼には着く予定だったんだけど、電車止まっちゃって」
ワックスで固めた黒髪をいじりながら、悪りぃと繰り返す彼の制服はすっかり汚れてしまっていた。
ペンキ、だろうかと目を凝らすが、どうもそれとは違うようだ。
ペンキならもっとベットリと染み付いているはずである。
一番近いのは血、だろうか。
鼻血を出した生徒がポタリと制服に落としてしまったそれによく似ている。
だが事故にあったようには見えない。それに色が赤だけではないのだ。ブレザーが紺色で正確な色は分からないが、それでも何色かが付着しているのだけは理解できる。
一体彼に何があったのだろうか?
すっかり固まってしまった私の意識を引っ張り上げてくれたのは、ドアに近い席に座っている生徒だった。
「圭吾さ、臭くね?」
「マジで!?」
「マジマジ、なんか生臭い。とりあえずその服脱いでジャージに着替えろよ。それで後でサッカー部の洗濯機貸してもらえ。ジャケットも結構汚れてんぞ」
その生徒は右手で鼻をつまんで、顔を顰める。
すると柏木君の視線は自分の服装へと移る。そしてジャケットの胸元に指をひっかけて、ああと呟く。
「これか。……よく見ると結構ヤバいな。でもダンジョンから無傷で生還しただけすごくないか? 鼻つまんだままでいいから褒めてくれよ」
「ダンジョンって今ツブヤイッターで話題になってるやつ? あれなんかの映画から画像引っ張って来てやつだろ?」
「いや、マジ。俺、ゴブリンと戦ってきたし」
その一言で生徒達は席から立ち上がり、 詳しく話を聞かせてくれと柏木君の周りに集まった。
こんなんじゃ授業も出来るわけがない。
幸い、今日はテスト前のおさらいがメインだ。ラスト20分はもとより自習をメインに、わからないところは個別に質問を受け付けるという体制を取ろうとしていた。
授業要綱的にも問題はない。
それにここで無理矢理生徒達を授業に引き戻すなど到底無理な話だ。
それに真面目ではないが、嘘は吐かない彼が『ダンジョン』と『ゴブリン』の名前を口にしたのだ。私の興味もすっかりそちらへ向いてしまっている。
だが少しだけ生徒達よりも冷静なところもある。
「みんな授業は終わりでいいから、とりあえず柏木君を着替えさせてあげて」
それはすごい臭いを纏った彼を、ジャージに着替えさせてあげることだった。
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