20.お風呂と化学反応
何か危険なことが迫っているかもしれない。
そうは思いつつも、僕にできることといえばほんの少しのことである。
例えばゆっくりお風呂につかるとか、そんなことだ。
ここ数年、湯船に浸かる機会はめっきりと減った。
いくら元々祖父母が暮らしていた家で、家賃はかからないとはいえ独り身なのだ。
疲れて帰ってきてわざわざお風呂を洗って沸かしてまで浸かりたいとは思えないのだ。
そんなこととか、もしかしてみんなにバレているのかな?
そんなことを思いつつも、帰りに立ち寄ったドラッグストアで炭酸性の入浴剤を購入した。
入浴剤コーナーで足を止めるのも実に数年ぶり。
ここ数年で種類も香りもだいぶ増えたんだな、なんて思いながら選んだのは昔から馴染みのあるメーカーの、柑橘系の香りがするものだった。
42℃と少し熱めに沸かした湯船にポンと投げ込むとブクブクと気泡が弾けて消えていく。
全てが溶けきる前にボチャンと浸かれば、自然と身体から力が抜けていく。
はぁ~と息を吐いて、顎が湯船に付くか付かないかスレスレのところまで浸かると、どこからか『だからちゃんと湯船に浸かりなさいっていつも言ってるでしょ!』と福島の家で母さん達と暮らしている祖母の声が聞こえた気がした。
今日は100秒以上浸かるつもりだ。
だから脳内の祖母もこれ以上はお説教してこないはずである。
だがこれからは定期的に入るようにはしようと思う。
追い炊きして何日か水は使い回すから入浴剤は早々使う機会はなさそうだ。だが僕が買ったのは並べられていた中で一番小さな箱だが、まだ残り11個も入っている。使わなければ勿体ない。
そういえばこの入浴剤だが、お風呂に入れるのは久々でも使用するのは一年ぶりくらいだ。
去年の化学の時間に生徒達に化学式の説明をするのに使用したのである。
非常に低コストかつ簡単な、実験とも言えないものだったが効果は絶大だった。
勉強嫌いな子も多かったクラスで、初めて化学分野で全員が正解した問題もそれだったなと懐かしさを覚える。
『炭酸』は飲み物にも含まれている、男子高校生には比較的身近なものである。
その上炭酸性の入浴剤なら家にある子も多く、目の前で起きている化学反応も日常に近いものであったというのは大きいだろう。
勉強は嫌いでも分かれば楽しいものなのだ。
去年の今頃だったらきっと、今みたいに僕のことをあんなに心配はしてくれなかったんだろうな……。
心配してくれるのは、彼らとの距離が縮まったから。
理由はみんなそれぞれだけど……。
だけどそうか。
心配してくれるのは思いやってくれているからなら、僕も何かお返ししなきゃいけないな。
湯船から上がり、体から水気をふき取って半袖のシャツとハーフパンツを履く。
首から下げたタオルで髪の毛を拭きつつも向かったのは台所。
「ザラメはまだあるでしょ? 小麦粉は買わなきゃ足りないかもな~。クッキングシートとアルミカップ、短めの竹串も買い足しておかないと不安だな……」
僕がお返しできるものがあるとすれば、それは勉強かお菓子である。とはいえ簡単なものしか作ることはできない。
シフォンケーキとかマカロンとか、そんなオシャレな食べ物は専門外だ。
できるのはクッキーとかカップケーキとかお手軽量産系のお菓子か、べっこう飴にカルメ焼きといった昔ながらの駄菓子。
これが意外と好評で、みんな喜んで食べてくれたりする。
まぁ食べ盛りの男の子達だから何を食べても喜んでくれるとは思うが。
だが残るということはないだろうと前向きに考えて、翌朝買い物を済ませた僕はさっそくお菓子の量産に取りかかるのだった。
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