Difference
「レオ、本気で言っているんですか?
用があるなんて言うからこんな夜更けに来たのに、こんな話だけなら怒りますよ」
テルフィは小綺麗な喫茶店の一角、テーブルを向かい合って座るレオに不満をこぼした。
レオは相変わらず真面目な表情で、まだ温かい珈琲を啜っている。
「本気だ。それに、こんな話だからなるべく早いうちにと思って呼び出したんだよ」
「馬鹿馬鹿しいですよ」
テルフィはレオの正気を疑うような言葉をかけたが、その言葉程はレオの言葉を馬鹿にしてはいなかった。
いや、むしろ尊重していると言っていい。だが、今回は内容が内容だ。
「なんでだ?アイツはどう考えても危険だって、お前にも分かんだろ?」
「根拠はなんですか」
「根拠?そうだな、根拠は三つだ。
ひとつ、能力者であること。
そんで、ふたつ、アイツが何故かあの化け物をおったこと。
そしてこれが一番問題だ。みっつ、人を平気で殺すこと」
レオは指を折って一つ一つゆっくりと根拠をあげた。
「ひとつ目は兎も角、ふたつ目は訳が分からないのと、みっつ目に至っては信じられませんよ」
テルフィは心底呆れたようにわざと首を振って見せた。
「……そういや、まだ話してなかったな」
しかし、レオはそれには動じなかった。
「何をです?」
「あの怪物が出た日、何が起こっていたか、だよ」
怪物が出た日、テルフィはそれをはっきりと覚えている。日付までしっかりと、だ。と言うよりも、忘れられるはずもない。
大会の日だった、というのもあるがそれ以上に、異常事態だった。この世のものとは思えないような怪物が、学校に突如出現したのだ。当然、それは大きなニュースとなり、今も尚、その正体を巡って討論が続けられている。
レオの口調はまるで、それについて知っているかのような口振りだった。
「どういうことですか?」
「俺は、多分見てはいけないものを見た」
「それは……どういうことですか?
あの怪物について、何か知っているんですか?」
テルフィは、少しイライラしながら問うた。レオがなかなか本題について話さないのが焦れったい。
「いや、あの怪物が何なのかは結局、よく分からなかった。
でも少なくとも、良いものではない」
「なら、なん――――」
「だが、あの中に居たものは見たと思う」
なんで、と続けようとしたところに、レオは遮るように言った。
「人がいた。女の人だ」
レオはいたって真面目な表情で、そう続けた。
馬鹿にしているわけではないだろう、表情からも言葉からもそんな様子は見られない。そもそも、レオという男は、そういう人間ではない。
「ということは、あの怪物の正体が、人間で、それも一人の女性だとでもいうのですか?」
とは言いつつも、テルフィはその可能性を捨てることができないという事も今となっては分かっている。オルトなどという、とんでもないものを知ってしまっているからだ。
自分とて”自身”を文字通り、増やせるのだ。あの巨大な怪物になれる能力があっても不思議ではない。
という事を頭の片隅で考えながら。テルフィはレオの表情の動きに意識を集中させた。怪しいところがあれば、それを見逃さないように。
「いや、そうじゃない……少なくとも俺の館では少し違うと思ってる。全く関係がないなんてことはないだろうけどな。結論から言うと、そいつは死んでいた。胸を突きさされた状態でな。
―――その横に、アイツがたてたんだよ。血糊のついた剣みたいなものを持って。
これで怪しまない方が無理という話だろ」
嘘ではない。テルフィは反射的にそう思った。少なくともレオが見たままの景色をそのまま、話していることに違いはないようだ。
「先生がそれをしたのかどうかは分からないではないですか。ただ引き抜いただけかも」
テルフィは半ばだめだなと思いつつも反論をしてみた。
実のところ、テルフィはルドがその女性を殺していようが、殺していなかろうが、あまり気にしてはいなかった。もし殺していたのだとしても、それはあの怪物を止めるためのものであっただろうし、結局、見ず知らずの人間なのだ。同情もない。
それに、テルフィは彼が人の命を奪うのを直接ではないが、見ている。
汚れ仕事。
おそらくそういう世界に、彼は生きているのだ。それは紛れもない事実だと、テルフィも思う。それにテルフィは、いわば半身が殺されているのだ。今更、そんな小さな事で、動揺したりはしない。
そして、そういう世界に方足を付き込んでいるのも、テルフィはきちんと理解していた。
「いや、あいつは自分がやったことを隠しもしなかった。おまけに、何が悪いんだ、とでも言いたげな表情だったよ」
レオは正義感の強い男だ。幼馴染なだけあって、それは良く知っている。間違っていることは大嫌いな人間だ。昔から間違えていると思ったことは、誰に言われてもやらない男だった。
強すぎる正義感は普通、人間関係を築くうえで大きな枷となりうる。しかしそれでも彼が孤立しないのは、周囲に気を遣って動くことができるからなのだろう。大きく事を荒立てるようなこともしないし、間違えたことがあっても、それを押し付ける形で治させるわけでもない。ただ、すっとレオがそれから身を引くのだ。すこしずつしかし確実に。
今回のルドの行動は、レオの許容範囲を超えていたのだろう。だからこそ、テルフィがルドと最近親しくしていることが、我慢ならないのかもしれない。レオは一度身内と認めたものにはめっぽう優しい。だから、そういう相手には間違えていると彼が思ったことは、しっかりと口に出して言う。こうして話をしに来たのは、テルフィ自身が”間違えないようにするため”に違いはない。
しかし、テルフィとしては、その印象は良くないと思っている。レオは自分の力について、多分まだ、全然知らない。少なくとも、今のテルフィより知っているなんてことはないはずだ。それは確実に、レオの首を絞めることになる。持て余した力をどう制御すればいいのか、その術を知らないままでいるという事なのだから。
テルフィは、ルドという存在がこういう”異能力”を持った人間にとっての宿り木となりうると考えている。大きな宿り木だ。それ故に秘密も多い。でも少なくとも、彼は”異能力”を悪い方にはもっていかないとは思うのだ。彼はきっと”悪”ではない。少なくとも我々にとっては。だから、そんな存在を嫌悪してしまうのは、レオにとって良くない。まして、彼を”悪”として対立することだけは避けなければならない。彼は間違ってなどいないのだ。
「レオ、聴いてください」
「―――何をだ」
テルフィは一度ため息を入れる。
「彼は私たちと”同じ”存在です」
「……」
「そしてとても強大です。彼自身は、自分は戦えないとは言っていますが、少なくともレオを圧倒できるほどには、強い」
「だから逆らえないと?」
「そういう事ではないんですよ、レオ」
テルフィは首を横に振る。まず、その凝り固まった考え方を解さなければならない。
レオは眉を顰めて、テルフィを見返してくる。
「彼は少なくとも、力を間違えた方向に振うような人間ではないでしょう?
アナタが言ったことだって、少なくともあの怪物を止めるためにやったことなんですから。私はそう思いますよ」
レオは、低く唸って椅子の背もたれに深く沈みこんだ。
「俺が間違えてるって、言いたいのか?」
不満そうな口調ではあるが、表情は何かを考えているかのように無表情だ。
「違いますよ」
「だろうな。
お前はそういう奴だ。仮にそうであっても、よっぽどな事でも無ければそうだとは言わない」
今度はテルフィがレオの言葉に眉を顰める。
「嘘を言ったつもりはないですが?」
「分かってるよ。そういう意味で言ったんじゃない。
テルはいつも俺よりも深く広く考えている。多分、俺の見ている世界よりも多くのものが見えてるんだろうな。
だから、俺の世界ではそうであることが、お前の世界では違うんだろ」
何か、久しぶりに愛称で呼んでくれた気がして、テルフィは奇妙な感覚がして、思わず黙り込む。
「…………」
その間をどう取ったのか、レオはため息をついた。
「――――あぁ、分かったよ。アイツは間違えてない、テルが言うんだ、そうなんだろうさ」
「――――えぇ、そうです。彼は間違えた存在ではない」
店員が閉店を伝えに来て、二人は立ち上がった。
外に出ると、テルフィは夜の肌寒さに身を震わせる。
それを見てか、レオは彼が羽織っていた上着を渡してくれた。
「ありがとうございます」
「ん、あぁ……」
礼を伝えると、レオは少し照れくさそうに、曖昧な返事をした。彼も年頃の男の子という事だろう。と、テルフィは頭の片隅で思う。
「なぁ、最後に聞いていいか?」
家が近いので一緒の方向に歩きながら、レオは唐突にそう言った。
「なんですか?」
「人を殺す事をテルは許せるか?」
テルフィは少し、黙り込んだ。二つの思考を持ってしても考えざるを得なかった。何故か?それは分からない。ただ、何かを考えていた。
「……状況によるのではないですか?
どんな時でも絶対に許されない事、なんてこの世には無いはずですから」
こんな単純な答えを出すのに時間がかかったのだ。何かを見落としているような気がして。
「そうか、そうだろうな。
ありがとう」
「何のお礼ですか、それは」
「さぁ、なんだろうな。
――――俺にも分からん」
道は、街灯のおかげで暗くはなかったが、どうしてもレオの表情はその薄暗さに陰ってしまう。
一緒に歩いている最中もテルフィは、レオのその本心を読み取ることができないでいた。
「ありがとうございました」
お礼を言って。テルフィは家の前で上着をレオに返した。
「気にすんな」
レオはそれをそのまま無造作に手で持って、家へと歩いていく。最後まで、彼の本心は読み取れなかった。
「……とりあえず今は、テルの言っている事を聴いてみようと思う」
しかし、テルフィが玄関の扉を開けようとしたところで、レオは振り返った。まるで今思い出したかのように、唐突に。
良かった。
テルフィは、何となくそんな気持ちで息を吐いた。説得はうまくいったようだ。
「そうですか。
ええ、その方がいいですよ」
彼は異能力者である。テルフィと同じ。この選択肢は”間違えていない”筈だ。きっと。
「ああ。
でも、俺はさ……」
レオは、途中で口を噤んだ。それは、振り返った時と同じように唐突に。
そして、彼はそのまま何も言わず、彼の家まで歩いて行ってしまった。
~”Difference” end ~




