Curious
アリサはルドから連絡を受け、隣にいたテルフィや何故かついてきた『ミーナ』を連れて、轟音が響いたこの学校から人々を避難させることに努めていた。しかしそれも長くは必要がなく、いつの間にかやって来た警察を名乗る人たちがアリサたちの代わりを引き受けた。
あの音は校舎の一部が破壊された音だったらしく、その一部は損傷が酷く即座に修繕が行われた。それでも完全に修繕するには時間は足りず、一週間は立ち入り禁止になるだろう。
ルドはすぐに戻ってきて、何故か一緒にいたレオをアリサに預けると、さっさとどこかへ行ってしまった。アリサは取り敢えずレオとテルフィ、ミーナをクラスの点呼に向かわせた。
アリサはと言えば、担任を持っている訳では無いので、教員が集まって話している場所へと向かった。
その中にララシィの姿を見つけ、アリサは話しかける。
「深刻そうな顔だけど、何かあったの?」
ララシィは顔をアリサへと向けると、ため息と共に教えてくれた。
「なんか、黒い怪物がこの学校から出てきたって通報が沢山あったらしいよ。
多分、あの音……校舎を破壊したのがそうなんだろうけど、そうなると問題になるのが、何でそんなものが家から出てきたのか、ってことでしょ?最悪、生物兵器の研究とかが行われていたとかで国際問題になりかねないって話。
自然発生なんてしないでしょ?こんなの」
成程、それは確かに大変な話だ。話が大き過ぎて実感が湧かないが、大変なことに違いはない。
最も、それはララシィも同じなようで「訳わかんないよね」とか呟いている。
それには同感であったが、ふとアリサは、もしかしたら歴史の節目にいたような人達も、自分と同じような気持ちだったのだろうか、と思い至った。つまり、何が起こっても不思議ではない。もしかしたら、自分達の世代でこの国は滅びてしまうのではなかろうか。そんな予想すらしてしまう。
ここにいる人達は皆、自分達がどうなるかなんて、考えてもいないことだろう。まさか、死ぬかもしれないなんて、想像もしないはずだ。
(でも…………)
アリサは、胸中で呟いた。
ルドを……ルドの本当の仕事を知って、その中で利用される不思議な力、"オルト"について知って、そして、その結果見えた世界を視て、アリサは普通の人間より日常とは離れていた。
だから、という訳では無いが、どうしても胸騒ぎが収まらないのであった。しかし、その胸騒ぎはそのままに、集まりが解散した後直ぐに、アリサは帰路についたのだった。
「そう言えば、先生、ちゃんと帰れたのかな?」
自宅に着いてから気が付いたのだが、ルドの事を忘れていた。今日も例の如く学校に送っていたので、彼に帰りの車は無いはずだ。
「……まあ、大丈夫だよね、あの人のことだから」
アリサは通信端末に手を伸ばしかけ、考え直す。彼が車が無いことを支障とするとは思えなかったのだ。理由もなければ電話をする必要も無い。
胸騒ぎに、少々の寂しさを抱えたまま、アリサは晩ご飯の準備を始めた。普段はルドが色々作ってくれるが、アリサとて、家事ができない訳では無いのだ。彼のように全て手作りで、とまではいかなくても、世間一般的にいえば、彼女は家事がそれなりに出来るほうだ。
「よっと」
料理に火が通る少しのあいだ、朝に洗濯した洗濯物を自動物干し竿から取り外す。現代はほとんど全てを自動でやってはくれるが、畳んで片付けるまでは流石にやってくれない。そういう人工知能装置を買えばその限りでは無いだろうが、流石に値段も張るし、無理してそこまでする意味もないと、アリサは考えていた。
丁寧に衣服を畳み、タンスに収納していく。
そうこうしているとアラームが鳴って、料理が出来たことを報せた。時間は午後の八時半頃、イベント日の割には、少し遅くなってしまった。空からは太陽は消え、代わりに星が顔を出していた。
テレビを共に出来た晩ご飯を食べ、シャワーを浴びて身体を流し、寝間着に着替えた。
やっぱり、怪物騒ぎはニュースになっていて、林の途中で突然と消失したようにいなくなっているという事まで報道されていた。彼の組織はこういう報道は好まないと思うのだが、機能していないのか、何故か報道されるがままだ。
何気なく窓の外を見る。漠然と暗いだけの空を見ていると、まるで、吸い込まれそうな錯覚さえ覚える。ふと外に光がチラついているのに気がつき、そして、その鈍い光を見てアリサは見覚えがあると感じた。
何かを忘れているような気がした。
(そういえば、あの時、リクアク先生、居なかったような……)
アリサは何故か集会の時に、いつも喧しいリクアクの姿が無かったことを思い出した。
そして、彼女は急な不安感に駆られた。それは予感ではなく、確信。
何か、悪い事が起ころうとしている。
アリサは今度こそ通信機に手を伸ばした――――
ーーーー
アリサは寝間着のまま、外を走っていた。この薄着では流石に寒く、腕を掻き抱きながら走った。寒さで鳥肌が立つが、実のところそれが本当に寒さによるものなのか、はたまた別の理由なのか、アリサは自信を持てずにいた。
習ったばかりの、"オルト"の応用を用いて、普段よりもちょっとだけ早く。
何度通信を試みても、ルドは反応しなかった。
それがアリサにとっては不安の裏付けのような、そんな気がして気が気でない。
ルドの家はすぐ近くなので、大して息を切らすこともなく、アリサは扉の前に立つ。呼び鈴を鳴らして、反応を待つ。
『あれ、アリサちゃん』
しばらくして聞こえてきたのは、少女の声だった。その少女はアリサの教師でもある人だ。なんで、そんなに力があるのかとか、聞きたいことは山ほどあるが、少なくとも悪い子ではない。
『ちょっと待ってねー、今開けるから』
カチンと錠が外れる音が聞こえ、中から声の主メメヤが出てくる。
「ようこそ、急いできたみたいだねぇ。その格好じゃ寒いだろうし、取り敢えず上がりなよ」
アリサはメメヤに付き従って、家に上がった。メメヤが出てきたということは、ルドは居ないのだろうか。
「メメヤちゃん、ルド先生はいないの?」
アリサはメメヤに訊ねる。
「……いないね、仕事中だよアイツら」
メメヤは、少し忌々しそうにため息をついた。
いつものように居間へと通され、ソファに腰掛ける。メメヤにどこから持ち出したのか白色の毛布を投げかけられ、有難く羽織らせてもらった。
「電話しても通じないんだけど、何かあったのかな……?」
「さあ、まあ、それはいつもの事ではあるけど……アリサちゃんがわざわざ訪ねてきたってことは、何か気がかりなことでもあるの?
貴女の力は"観察眼"だからね〜。なんとなくでも、割と馬鹿にならない」
メメヤの言う通り、アリサの"オルト"の固有の力は、"観察眼"である。物事を見ただけで普通よりも遥かに多い情報を得ることが出来る力だ。この力があるのが原因か、それとも元々そうだからこの力が目覚めたのかは分からないが、アリサは元々勘のいい子として暮らしてきた。
その勘が、"嫌な予感"というものを教えている。アリサの勘は当たる。
「光を見たの」
アリサはメメヤへと自分の見たものを伝えた。
「とても嫌な光、まるで人そのものみたいな」
自分の感じたことを言葉にするのは難しかったが、それでも何とか正確に伝えようとした。
「何となく、それが私の知り合いみたいに見えた……
その人はべつに私にとって重要な訳では無いけど。少なくとも、よく知っている人」
アリサはそれに気がついた時に感じた寒気を思い出すと、腕をかき合わせた。
「…………成程ねぇ」
メメヤは頷くと、目を閉じた。
何かを考えているようだったが、彼女は微笑みを浮かべながら、目を開けた。
「気になるなら……」
「え?」
「行ってみるといい」
アリサは一瞬、何を言われたか分からなかった。
「その場所にってこと?」
「そう」
メメヤはその顔にいつもと違う笑を張り付かせている。まるで、自分が知っている事をあえて隠して、その反応を楽しんでいるかのような。
アリサはその顔に少し見覚えがあった。
(まるで、ルド先生のようだ)
自分達の知っている事を必要以上にこちらには教えようとしない姿勢は、あの、アリサが"こちら側"を初めて知った時の『知るか知らないか』の、選択を迫っていた時のルドの表情に似ている。
「でも、一辺でもそうすべきでないと思うのなら、やめた方がいい」
メメヤは普段の明るい口調とは打って変わって、囁くように言った
「もしかして、知るべきではない事なの?」
アリサは訊ねる。針が落ちただけでも分かりそうなほどの静寂が、部屋の中に居座った。
「……さあ?それは貴女が決めること。少なくとも、私は認知しない。
だって子供だもん、そんな責任とれないわ!
――――なんてね~」
メメヤは戯けたように言った。しかし、その目は笑ってはいなかった。その金色の双眸に何が映り込んでいるのか、アリサに計り知ることはできない。
「正直言うとね?私には関係ないの。アリサちゃんがどうなろうと。アイツはそうではないかもしれないけど少なくとも、私には……そう。
だから、私は何も言わないよ。止めもしないし、勧めたりもしない」
メメヤはアリサに背を向けた。
「――――あ、でも、これだけは教えてあげる。
多分、貴女が知ろうとしていることは、神からすれば『人間の傲慢』なのかもしれないよ。
それで得られる物を『林檎』と取るか『生』と取るかかは分からないけど」
最後にそう言って、メメヤはアリサを残して居間を出ていってしまった。
多分、本当に"私は知らない"のだろう。アリサが行こうが行かまいが、本当の意味で"気にもとめない"に違いない。それでも最後に何かを伝えてくれたのは、彼女なりの優しさなのだろうか。
「何が言いたかったのかは、私じゃ分からないけど」
「りんご」とは何だろうか?
アリサは独りごちて苦笑した。
本当に静かになった部屋にポツンと取り残されると、さっきの寒気が更に強く感じられるような気がして、アリサはもらった毛布を強く巻き付けた。何となく視てみると、材料は空気のようだ。
(本当にとんでもない力……)
何者なのか、そう思った。
最初、アリサは自分達より早い段階で"オルト"に気がついて訓練していたから、メメヤはこういう事ができるのだと思っていた。しかし、自分も"オルト"について知った今となっては、それが間違いだと分かる。
これは、訓練どうこうで生じる差ではない。何故なら"オルト"は基本的に使用者自信以外に影響を与えるものではないと、アリサは結論づけていたからである。周囲に影響を与えるのは、自身が能力を使った事による副次的な作用によるものである。少なくともアリサには"オルト"はそういう性質に視えている。振動を生むのは自身の身体が異常な振動を可能にするから、爆発させることができるようになるのは、自分の起爆性の体の一部を込めることで、それを起爆させられるから。
しかし、彼女の力は、今までアリサが視ることが出来た範囲だけでも、とりわけ異常である。この世の物の在り方そのものを捻じ曲げた力だ。それこそ、神の世界創世のような……。
直接周囲のモノに干渉して、造り変える力だ。
或いは彼女は本当に神なのかもしれない。そうなると、そんな存在と一緒にいるルドとは何者なのだろうか。
様々な疑問が浮かんでは消える中、その問がむしろ自分が向かうべき道を浮き彫りにした。
みてみたい。
それが、これまでアリサを突き動かし続けた感情であった。メメヤは言った。「気になるなら行けばいい」と。それは裏を返せば、行けば何かが分かると言う事だ。
その何かはアリサにはとても魅力的に感じた。恐らく、自分の好奇心を存分に満たしてくれるだろう。深く、広い海のような底のない自分の欲望を――――
アリサは毛布を羽織ったまま、外へ飛び出した。流石に走っていくのは難しいだろうから、自宅へ戻り、服を着替え、車へと乗り込む。向かう場所はあの光が見えた場所。
リクアク・シルユそのものが視えたその場所へ。
アリサの車は暗い海中を映し出す空へと飛びだした。
飛び立った直後、アリサは地上に赤い宝石のような煌めきを見たような気がしたが、それを確認する間もなく、車は目的地へと走り始めた。今はただ、そこに何があるのか、それだけだった。




