Gun-1
ソミエの事務所をでても雨は未だ降り続いていた。
人工的な天候だとは言え、この国が完全に天気を操作することは無い。一説によるとこの『擬似天候』は、この星のどこかにある実際の場所の天候をそのまま反映している、ということらしい。まあ、『どこか』など『存在しない』も同義な訳だが。詰まるところ、この広い世界では確かめようもない。
雨が降るとどうしても傘をささねばならないのが些か億劫だが、ルドは別に雨は嫌いではない。
若い頃は雨が嫌いで、傘をさすのも面倒でしょうがなかったのだが、いつの頃からか傘をさす方が普通になっていた。
傘に雨が当たり、パラパラと音を立てる。ルドは今となってはこの音が好きだった。雨が当たりその音がなる度に傘から微かな振動が伝わるのも好みである。
ふと顔を上げると、目的地の工場が見える。第12区画、西側よりの一つの工場。今ももくもくと煙突から湯気を出している、中小企業の子会社の所有物であるそこは、外見には別に変わったところは見受けられない。だがまあ、世の中はそんなものだ。見ただけで全てを判断できる人間などいない。
いたとしたら、それは相当運がいいか、何もかもが分かるそれこそ神のような存在だけだ。
さて、アイツが調べのだ、まず間違いないだろうが、万一に備えて、失礼のないようにしなくてはいけないな
考え事をしていても、耳には様々な音が、目には変哲のない景色が入ってくる。多くの工場やビルの並ぶ圧迫感のある場所。だが、一定間隔ごとに植えられた草木や道の脇の柔らかい土は少しでもその圧迫感を緩めてくれる。
歩く度に、湿った石畳の地面は革靴の底とぶつかって鈍い音を起てる。雨音と合わさるその有様は、あたかも一つの音楽のように合わさり耳に心地よい。
そこかしこにある水たまりは、目に入ると時折自分の顔を映しだす。だが風を受ける度にその鏡像は大きく揺らいで崩れてしまう。
そうこうしている内に、工場の正面門にたどり着く。空を見ると、丁度工場から車が飛んで行く所だった。
やけに小さい門だと思ったが、どうやら人専用らしい。確かに空から入るのだから必要は無い。侵入し放題な気がしないでもないが、流石に何かしら対策しているだろう。
裏手へと回ってみると、今度はやけに大きな門がある。輸送車なんかは地上付近を走行(飛行)することになっているのでその関係だろう。
ちなみに、輸送車が地上付近を走るのは、仮に遥か上空から物を落とされるよりも低い高度から落ちた方が危険は少ないからだ。
やはり、というか周辺におかしな所はなく、あくせくと働く従業員と思しき人達は、真面目そのものに見える。とても銃を密造している場所とは思えない。
一般人には迷惑をかけない、が信条のルドにとっては、今の曖昧な状況は非常に厄介であった。正面から突っ込むという手もあるが、流石に上手くいくかどうかは分からない。
「……どうしたものかな」
とは言え、ルドにはもう既に分かっていた。迷っていても仕方が無い、取り敢えずやってみる他ない。
ーー
「リュードと申します」
「社長の『レチユ・ルミエ』です。さあ、どうぞおかけになって下さい」
「いやぁ、すみません、アポも何もなしで」
「構いませんよ、どうせ大して仕事もありませんからね」
社長はそう言って乾いた笑みを浮かべる。
「いやいや、貴重な時間を割いていただいて…」
ルドは何故か今、社長室に来ていた。まあ、自分から頼んだわけだから当然と言えば当然なのだが。
ポーズだけでも聞く姿勢だけでも作っておこうと思い、ルドは鞄から端末を取り出す。
ここには、小説のネタ集めのための取材と偽って入った。正直ここまで上手くいくとは思っておらず、少し拍子が抜け感は否めない。
「それで、何を?」
「いや、単純な話ですよ。普段の仕事の様子とか、仕組みとかを見せてもらえれば…と」
別に不自然なところがない…と自負している返答をし、社長の反応を待つ。これで、少しでもやましい所があるならば何かしらの反応がある筈。
取り敢えずやってみて、間違ってても仕方ない……という考え方が嫌いなルドにとっては、こういう仕事はは不向きなのかもしれない。
「…………ああ、はい、構いませんよ。案内しましょうか?」
長い間の後、社長は最初と変わらない笑を浮かべて言った。
無意識に社長の顔をマジマジと見る。
今の間は……
「そうですね、その方が良さそうだ」
「…では、行きますか」
そう言って、彼は立ち上がる。
「社長が案内してくれるのですか?」
「ええ、大して仕事もありませんので」
そんな訳はないだろう。やはり、何かしらあるのかもしれない。ポンコツ社長というのなら仕事がないというのも頷けなくはないが、この男の部屋には少しも怠惰の跡がない。そういう人間の部屋なら多少はボロが出るものなのだが、そういった物が全く見当たらない。仕事に使うと見られる端末に…そのデータが詰まっているであろうメモリーチップ、デスクの上は綺麗に片付けられ、仕事をしていた跡もある。しかしこれらは全て整然としていて、荒さがない。
「……そうですか」
ここで怪しんでいても仕方が無い
そう判断し、今はそれらは保留することにした。社長に続いて立ち上がり、後に続いて部屋を出る。案内してくれるというのだから、案内してもらおうではないか。
「ええ、助かります。あ、荷物はここに置いていったらどうでしょうか?」
「そうですね、これを持っていくというのは少々面倒ですし」
ルドは自分が座っていた椅子の脇に鞄を置く。
社長は今まで隣にいた秘書らしき男に声を掛けてエレベータに乗り込んだ。ルドもそれに続いて、そこに乗り込んだ。
ーー
「我々は簡単に言えば…部品加工を仕事としているのですが、ここが普段社員が仕事をする、いわば作業場と言われる場所ですね。」
社長の言う通り、目下には黙々と動き回る人々がいるのが見えた。
これだけの数で共謀を……?
「何人ほどが?」
取り敢えずメモだけは取る、何かの役にたつかもしれない。何より、自分で数える手間が省けるというのは思わぬ収穫だ。
「…そうですね。この場だけで58人、ほかの持ち場に15人、運送なんかを担当しているのが6人、デスクワークが総勢36人、合計115人が働いていますね。数は少ないですが、全員選りすぐりのエリートですよ」
社長は心做しか誇らしげに見える。
「誇らしげですね、社長」
口にすると、社長は照れくさそうに苦笑した。
「そう…見えますかね、やっぱり」
「ええ、とても」
「……そうですよね、いや実際、誇らしい奴らですよ。こんな小企業でも、そこらの大企業とも引けを取らないと自負しておりますからね」
「守りたいですね」
そんな社長の様子に、ルドはふとある事を思いついて呟いていた。
「ええ、俺の二番目に大切なものですどちらも捨て難い、何をしてでも守り抜きたい…大切なものですよ」
「随分と思っておられるようだ、因みに二番目ということは」
「ええ、家族が居ましてね。私と嫁さんと娘の三人家族です」
その時、社長の目にある種の光が宿ったのをルドは見逃さなかった。
「そうですか」
だが現状、それは自分の仕事とは関係していない。あまり深く踏み込む訳にもいかない
そしてルドは簡単な返事を返すだけに留めた。
「……さて、次に行きましょう」
社長は促すように、ルドを次の部屋へと導いた。
しばらく、色々な部屋を周り、そろそろ話のネタも尽きてきた頃、社長さんの端末に通信が入る。
「少し、失礼しますね」
そう言って彼は少し離れたところで通話を始めた。小声のため内容は聞き取れないが、切羽詰まった様子はない。
通話をやめ、戻ってくるとまたあの乾いた笑みを浮かべ、話し掛けてくる。
「申し訳ないお待たせしました。仕事の電話がきまして……」
「いえ、お構いなく、突然押しかけた俺がとやかく言う権利は無いでしょうし」
「ありがとうございます。さあ、次の部屋へ行きましょう」
「この部屋は?」
やけに広い部屋、大部屋とでも言うべきか、窓もなく扉も一つ、何も無い部屋で明かりも電灯の無機質な白い光、その上、部屋を照らしきるには足りていないのか、部屋の隅は薄暗い。
「そうですね……」
「社長さん?」
突然背中を押され、よろめいた所で部屋の扉が閉まる音がする。オマケにガチャリという音も。
「ん、閉じ込められた」
ルドは客観的にそれを認識していた。