ロココさんの危機1 *
セーレはかなり動揺していた。
「ロココさんが大変な事に!」
「何があったんだ!?」
「とにかく大変なんです! すぐに王都に来てください!」
「どうしたんだよ! もう少し解る様に詳しく話してくれ!」
「え、えーとですね、ロココさんが目の前で悪い男達に取り囲まれて拉致されたのです。早く助けないとロココさんの命が危ないです!」
「そいつはどんな奴なんだ!?」
「え、えーと、謎の悪い人達です」
なんか、さっきから聞いてるとセーレの言ってる事がハッキリしないな。
それにセーレなら悪人の集団でも相手は人間なんだから余裕で倒せるだろ?
お得意の魔法で凍らすなり倒すなり何でもできると思うんだけどなー。
思いっきり目が泳いでるし、なんか言ってる事が嘘臭いわ。
ロココさんが襲われたと言ったけど、まさかセーレが拉致したのか?
でも何の為に?
俺を誘い出して一人になった所で倒してミドリアから解放されるためか?
でもそんなことしたらミドリアはセーレをタダではおかないだろうな。
さすがにそれは無いか。
何が目的なのかさっぱり解らない。
俺はもう少しセーレに問いただしてみる事にした。
「いや、もう少し容姿とか人数とか解らないのか? 見たんだろ?」
「えー見ました。見ましたよ! えーっと、黒い服を着てました」
「黒い服ね。人数は?」
「四人です」
「四人か。その女は盗賊みたいな感じか?」
「はい! かなり手慣れた感じの女盗賊でした」
「みんな手慣れた感じだったか? それとも半分ぐらいは素人に近い感じだったか?」
「全員手慣れていました」
「なるほど」
はい、ダウト!
尻尾出したね。
最初に男達って言ってたじゃないか。
それなのに今は女と言ったな。
慌てて話を作ったからイメージがブレブレで俺の誘導に引っ掛かったね。
こいつ、俺から数日間離れただけで裏切ったのかよ。
俺の事を嫌ってはいない感じだったから信頼してたのにな。
まあいいか。ここはあえてセーレの罠に掛かった振りをして尻尾を掴んで、裏切ったのがハッキリした時点でキッツいお仕置きをするしか無いな。
俺はセーレの話にのる事にした。
「でもなんでロココさんがさらわれたんだろうな?」
「多分なんですけど、クーラーボックスの納品の遅れに待てない商人達が女盗賊を使ってロココさんを誘拐したんだと思います」
最初に謎の男たちと言ってたのに、今は誘拐した理由が解ってるの?
訳わからん。
セーレの話がブレブレで王都に行かないと話は進まないな。
でも屋敷の工事も有るからどうするか?
俺達にしかできない事も有るだろうからな。
抜けていいのか悩む。
すると考え込んでる俺に向かってカリンさんが怒鳴りつける。
「何考えこんでるんだよ! ここならわたし達だけで大丈夫だから仲間を助けに行ってこい!」
カリンさんの声に推されてやって来たのは王都の馬車組合。
念の為ミドリアとエリザベスも連れて来た。
セーレに案内されて二階の会議室になだれ込むと、そこでは多くの商人がロココさんに詰め寄っていた。
ロココさんはその商人達と怒鳴り合っている。
「だから言ってるだろ! 今はクーラーボックスは作れないと!」
どうやら監禁されている感じでも軟禁されている感じでも無いので一安心だ。
商人達も負けずにロココさんに怒鳴り返す。
「お前、クーラーボックスを作れないと言って、クーラーボックス馬車を使って商品を運搬してボロ儲けしようとしているだろ?」
「もしそうだとしても何が悪い! あの馬車は私の物だし、あの馬車を作れるのは私だけだ! どうしようと私の勝手だろう!」
ロココさんはハイエナの様に金になるネタの臭いを嗅ぎつけて襲ってくる商人とやり合っていた。
思ってたよりも元気そうで何よりだ。
セーレの言っていた誘拐は嘘だと解り胸をなでおろす。
すると俺の姿に気が付いたロココさんが声を掛けてきた。
「おう! タカヤマ! やっと来てくれたか!」
「女盗賊に拉致監禁されて大変な目に遭ってると聞いて慌てて来ましたが、セーレの早とちりだったみたいで助けに来る必要はなかったみたいですね」
「ああ、あれか。私がセーレに嘘でも何でもいいから、すぐにお前を連れて来るように言ったんだ。私がピンチになっていると言えば、優しい師匠思いのお前の事だ。きっと大急ぎで助けに来てくれるだろうとな。セーレも最初はお前に嘘を吐くのは嫌がっていたが、私がタカヤマの師匠だと言い聞かせると、どうにか納得して連れに行ってくれたのさ」
セーレを見ると可愛らしい顔で舌を出していた。
俺に嘘を言った事は間違いない事実だ。
経過はどうあれ裏切ったのは事実。
セーレはお仕置き決定!
そんな事を考えているとロココさんは俺に耳打ちをして来た。
「あのクーラーボックスの製造法なんだが、こいつらに教えてもいいよな?」
「別に俺としては教えるのは構いませんが、師匠はクーラーボックスを作って儲けるんじゃなかったのですか?」
「あれなー。色々と試算をしてみたんだが工場の立ち上げから考えると量産をする迄に一年ぐらい掛かりそうだから、権利を売って作って貰った方が早いと判断したんだ。三カ月も有れば生産を始められるので、王都の人達にはその方がいいかな?と考えたんだよ」
「なるほど。僕としては師匠に全てお任せします」
「ありがとう。恩に着る」
ロココさんは再び暴徒と化した商人に語り掛ける。
語り掛けると言っても大声でな。
「ここに連れて来たのは我がロココ商会の誇る技術責任者兼工場長のタカヤマだ!」
おいおい。
そんな肩書を付けて紹介されると照れるじゃねーか。
凄く偉い人になった気分。
「技術責任者の高山です」
鼻を高くして名乗る俺。
偉くなった気がする。
きもちいい!
俺の肩書を聞いた商人は俺に向かって罵声を浴びせ始めた。
「いつになったら、クーラーボックス馬車を市販してくれるんだ!」「こんなとこに来る暇があったら一台でも早く馬車を作れよ!」「次に完成する馬車は私に売ってください!」「次の馬車は俺が買う! こいつの倍は金を払うぞ!」
商人達は一日でも早く馬車を手に入れようと必死だった。
するとロココさんが商人に向かって話し始めた。
その目は普段見せない商人の目である。
「今日はこのタカヤマ直々にクーラーボックス及びクーラーボックス馬車の製造法を伝授するセミナーを開きたいと思う。参加費は五〇〇〇万ゴルダ。高いとは思うが、これさえ知ればロイヤリティー1%で稼ぎ放題だ! 金のない奴は金貸しを呼んでおいたから金を借りてでもセミナーに参加するんだ!」
多くの商人から落胆と罵声の声が上がる。
「五〇〇〇万だと? ボッタクリすぎるだろ!」「この守銭奴ドワーフめ!」「地獄に落ちろ!」
でも、このクーラーボックスの価値を解る商人は次々にロココさんに金を支払っていた。
結局六人がセミナーを受けることになった。
俺はロココさんに小声で話す。
「あのクーラーボックスに五〇〇〇万ゴルダも払う人がいるんですか?」
「製造ライセンス付きだから十億ゴルダでも安い買い物だろ。クーラーボックスを作れば飛ぶように売れるんだし、自分でクーラーボックス馬車を使って行商みたいなことをしてもいいんだしな」
もう少し安くしてやれよと思ったが、ロココさんにも考えが有るんだろうからあえてそれ以上異論を唱える事はしなかった。
五〇〇〇万を払った商人をロココ商会の製造工場、つまりロココさんの家の一階のガレージへと連れて来た。
そこで、設計図を見せながらクーラーボックスの製造実演をする。
商人達は真剣な目をしながら資料に目を通しながらロココさんの話を聞く。
俺が実演をしてロココさんが解説をする感じだ。
「まずは、資料にある様な開閉可能かつ密閉の出来る容器を用意する。これは密閉出来る容器なら木の箱でも石の箱でも鉄の箱でも何でも構わない。クーラーボックス馬車の場合も同じだ。密閉できる小屋を荷台に設置する。ただし、こちらは馬車の走行中の振動に耐えられる物が必要なのを忘れない様に」
それを聞いた参加者から感嘆の声が次々に上がる。
「なるほど。密閉出来れば種類はどうでもいいと」
「ベースとなる箱の製造難易度はそれほど高くないと言う事だな」
ロココさんは参加者の声が静まると解説を続ける。
「ここからが肝心な工程だ。聞き逃したら五〇〇〇万が無駄になると思ってしっかり聞いて欲しい。まずはカニ系のモンスターの甲羅が必要だ。ただの甲羅ではない。バブルガードの結晶が残った甲羅でなくてはならない。バブルガードを出した直後に倒すのが一番だな。このバブルガードの欠片をバケツに入れてアルコールを掛けると断熱材となるバブルガードの成分のみが溶解して液状化する。そこで不要な甲羅を取り出し、安定剤となる石灰を入れる。これを箱に塗りたくるのだ。ここで重要なのが安定剤の石灰だ。アルコールが飛べばバブルガードの成分が再結晶化して容器にコーティングされるが、再びアルコールが掛かってしまうと液状化してしまう。このままではアルコールの運搬には使えないので、アルコールが掛かっても再び液状化しない様に安定剤として石灰を使うのだ」
再び参加者から感嘆の声が上がる。
「あの断熱材はカニのアワだったのか! しかもひと手間掛けて再び液状化しない様になってたとは!」「ほー! このような仕組みになっていたのか。高い金を払って聞いてよかった」「断熱材にカニのアワを使うとは考えたな」「安定剤に石灰を使うとはな」「断熱材がカニのアワとまでは解ってたんだが、アルコールで解けるとは思いもしなかった」
声はまだ続いていたがロココさんが話し始めると皆静まった。
「そして塗った断熱材を乾燥をさせるとクーラーボックスは完成。その後に冷却材として氷結晶を使う。冷蔵運搬ならボックス一つ辺りこの小さな豆粒サイズの氷結晶でいい。これで野菜や果物を新鮮なまま産地から王都にまで運搬できる。魚や肉の場合は凍らせないと鮮度が落ちるのでもっと多くの氷結晶が必要となる。氷結晶の必要数は魚や肉の量や距離によって変わるので、各々実験をして最適な個数をはじき出して欲しい。以上で製造法に関するセミナーは終了だ。何か質問が有れば言って欲しい。なお、今年度の製造ライセンス料だがこのセミナーの参加費の五〇〇〇万ゴルダの中に含まれているので安心して好きなだけ製造して欲しい」
本年度分のライセンス料が不要と聞いた参加者は歓喜の声を上げる。
「なんと! それで五〇〇〇万と言う高額の参加費だったんですな」「五〇〇〇万で台数無制限クーラーボックスを作れるとは! すばらしい!」「五〇〇〇台作ればライセンス料は一台当たり1万ゴルダじゃないか! タダ同然だな!」
その後、ロココさんに氷結晶の入手方法や、カニの甲羅の効率的な入手方法の質問がされた。
冷却材となる氷結晶を作れる魔導士の確保が必要になると悟った参加者や、カニの甲羅の買い占めが商売になると気が付いた参加者から次々に工場を後にした。
セミナー終了の一五分後には参加者は全て帰り、俺達だけが工場に残っていた。
「セミナーだけで五千万と聞いてたので正直高いと思っていたのですが、ライセンス料込なら大特価でしたね」
「商売にはサプライズが必要だからな。最初からライセンス料込みで五〇〇〇万と言っていたら、高いと言う奴が居ただろ」
「なるほど。さすが商売の師匠だけは有ります」
ロココさんは俺に笑顔を見せる。久しぶりに見たロココさんの笑顔だ。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ええ、色々有ったけど何とか元気にやっています」
「そうか。私の方も忙しくて大変だったな」
「それにしてもクーラーボックスの製造方法を公開するとは意外でしたね」
「私一人で秘密を抱えて作った方が儲かったけど、便利な物だったからみんなに使って貰った方がいいだろ。それに……いや、何でもない。さ、今日は大金が手に入ったから私のおごりで宴会だ! みんな飲めよ!」
「宴会ですか! いいですね。あ、俺達一度キャンプに戻らないといけないんですよ。今お風呂付の家を大工さんに作って貰ってるんですが、慌てて出て来たので食事を出すと約束したのに用意しないで王都に来てしまったので戻らないとダメなんです」
「それならキャンプ場で宴会するか? 建築着手祝いって事でどうだ?」
「いいですね。王都で食品を買い込んで準備出来たら行きましょう!」
俺達は大量の酒と食材とをアイテムボックスの中に詰め込み、調理担当のシェリーさんまで連れてキャンプ場で宴会を開くことにした。