再び勇者召喚7
王女によってクラスメイトの前で田中君の事が好きだとバラされた吉田さんは、恥ずかしさでいたたまれなくなり大聖堂から走り逃げた。
田中君は泣きながら逃げていく吉田さんをすぐに追いかける。
吉田さんは女の子なのに田中君が追い付けない位のスピードで逃げていた。
絶対に追いつけないと思ったので叫ぶ。
「待ってよ! 吉田さん!」
その声を聞いた吉田さんは一瞬ビクンと背中を反らせた後、逃げ足が一層速くなる。
どうやら彼女を驚かしてしまったようだ。
余計な事をしてしまったなと後悔する田中君。
吉田さんは廊下に置いてある花瓶を載せた机にぶつかりながら走る。
机をなぎ倒しても気にせず、何も考えて無いんじゃないかってぐらいの全力で走っていた。
吉田さんの足は女の子なのにメチャクチャ速い。
陸上部の男子並みに速かった。
その速さは異世界に来てステータスが上がったのが原因だろう。
田中君は吉田さんに何度か振り切られそうになるのを必死な思いで食らいつく。
ものすごいスピードで追っているので肺の奥まで空気が回らずに呼吸が苦しい。
心臓が今にも張り裂けるんじゃないかと思えるぐらいに暴れまくっている。
でもここで吉田さんを一人にする訳にもいかないから田中君は必死で追い続けた。
だって吉田さんは僕の好きな人だから!
田中君はそんな恋心を抱きながら追いかける。
行き止まりのバルコニーの端に吉田さんを追い詰めた田中君。
吉田さんは高い崖の下に池が見えるバルコニーの柵を背に立っていた。
「ぜーぜー、もう、それ、以上逃げないでくれよ。やっと、追いつけた」
「来ないで! それ以上来たら、あたしここから飛び降りるから!」
「なんでだよ!」
「あんなこと言われたんじゃ、恥ずかしくてもう生きてられない!」
「なにがだよ!」
「みんなの前で田中君の事好きだった事バラされたんだよ! みんなに大笑いされたし! もう生きていけないよ……私死ぬ!」
目からボタボタと涙をこぼす吉田さん。そして唇を噛みしめると、バルコニーの柵を一気に乗り越えた。
吉田さんの身体が宙を舞い、池へと向かって落ちていく。
その瞬間、田中君が一気に距離を詰めバルコニーの柵の手すりを掴んだまま柵を乗り越え、吉田さんの腕をつかむ! 吉田さんの体を一気に引き上げ抱き抱えた。
「何やってるんだ! バカ!」
吉田さんを力ずくで引上げ、バルコニーの床の上に座らせた。
「うっく、うっく」
泣いている吉田さんに、田中君は有無を言わさず唇を重ねる。
強引なキスだった。
吉田さんは最初こそ目を丸くして驚いたものの、すぐにそれを受け入れ自らも唇を重ねる。
「聞いてくれ、吉田さん! 僕も吉田さんの事が好きだ! 結婚してください!」
「え? えっ? ちょっと? 好きって言われるのなら解るけど、いきなり結婚!? いきなりなに言ってるの?」
「嫌かな?」
「嫌じゃないけど。すごく嬉しいけど。でも普通そういう言葉って恋人になってって言うものじゃないの?」
「僕は吉田さんの事が大好きだし、高校を卒業してもずっと一緒に居たいと思ってる。だから、結婚して欲しい。いいかな?」
「……うん。わたしも。好きです」
再び交わされる熱いキス。二人を心配して追って来た神官たちも二人の姿を見て安堵の表情を見せた。
「僕、吉田さんがクラス委員長に立候補したから僕もなったんだ。あの頃から君の事が好きだったんだ」
「私も田中君がクラス委員長になってくれて物凄く嬉しかったよ」
「僕ら言い出せなかったんだけどずっと両思いだったんだね」
「そうだね。もっと早めに告白すればよかったよ」
「だね。話したい事は色々あるけど、いきなり飛び出してきちゃってみんな心配してると思うから大聖堂に戻ろうよ」
「うん」
二人は肩を寄せ合って大聖堂へと戻っていった。
*
大聖堂では血の盟約が始まろうとしていた。
アウラ王女が盟約のクリスタルを持ち、そこにBランクの生徒四人が血を一滴ずつ垂らす事になっている。
血は指先に銀の針を刺して出した物だ。
怯えてなかなか針を刺せない女子に男子が強引に針を刺して出した血も混じる。
その女子はまだ泣いていた。
「それでは説明通りにお願いします」
「はい」
「汝、盟約のクリスタルの前で契約を結べ。願いを叶えるまで我の僕となり一団となって戦い続けるという事を。さすれば王女アウラの名と守護神セレスタの名で汝らを祝福する。盟約の証をここに捧げよ!」
「御意!」
4人の生徒は血をクリスタルに垂らす。
するとクリスタルは血で汚れる事も無く淡い光を放ち、その光が四人を包み込んだ。
「契約は結ばれた。汝らに祝福あれ」
「これで契約は結ばれたのかな?」
半信半疑で独り言を言う生徒。その生徒に向かい、アウラ王女は笑みを返す。
「はい、これで契約は完了です。それでは、次のグループの方どうぞ」
次々に結ばれる盟約。
4人ずつ盟約は結ばれ、Bランクで人数の足りないグループはCランクも混ぜて盟約を結ぶ。
滞りなくランクBグループの盟約が終わり、Cグループに移った時に大聖堂からざわめきが起こった。
吉田さんと田中君が大聖堂に戻って来たからだ。
しかも田中君は吉田さんの肩を抱き、吉田さんは田中君の鎧の裾をギュッと掴んでいた。
誰が見ても二人は告白して両想いになったのが解る姿だった。
ぴゅーぴゅーと吹き鳴らされる口笛。
それを聞いた吉田さんは顔を真っ赤にして俯くが、田中君は吉田さんの顔を上げさせるとキスをした。
吉田さんの顔が爆発するんじゃないかと思うほど真っ赤になり、クラスメイトから歓声が上がった。
なに田中君、イケメンな仕草してるんだよ!
君はイケて無いので有名な田中君だろ!
イケて無い筈なのに、綺麗な装備を着ている事も有ってメチャクチャイケメンに見えてしまう。
吉田さんもあんまりイケて無い筈なのに白いローブを着てるせいかお姫様の様に見える。
馬子にも衣裳、とっても不思議。
「おおお!」「キスだ……」「すげー!」
ざわめきが止まらない!割れんばかりの大歓声が二人を祝福した。
それを見た誰かが俺の汚いポンチョをギュッと掴んできた。
隣を見ると石川が目をウルウルさせて乙女していた。
あー、これ、恋に恋する乙女って奴だわ。
なんとなく解る。
「いいなぁ」
石川がポツリといった。
「ん? どうした?」
「な、なんでもない!」
石川は素に戻ったのか俺のローブから手を放し、なにも無かったかの様に振る舞う。
こいつ、少し俺にデレて来たのかもしれん。
性格さえキツく無ければ、結構いい子なんだよ。
顔は平均より上な感じだし、女の子に慕われているぐらいの人望は有るし。
同じグループに居る事だし、じっくりと時間をかけて俺の魅力を叩きこんで俺無しには居られない身体にしてやろう。
おまけに香川ちゃんと長野さんも俺の物に。
フハハハ!
俺がゲスな妄想をして鼻の下を伸ばしてニヤけてると石川が嫌悪感満載の目で俺の事を見てる。
「キモッ!」
ゲスな妄想が顔にまで滲み出てしまったようだ。
盟約は進み、俺達も含めて生徒38名の盟約が済んだ。
一人盟約から取り残された佐川先生。
群れから取り残された小鹿の様に背を丸めている。
佐川先生らしくない。
「あ、あのー。私の盟約は? 誰と組めばいいんでしょうか?」
「先生はCランクですし、お歳を召されていて既に成長臨界点を超えているので盟約は無しです」
「お歳を召されたって……私まだ二十九ですし!」
「二十九なら立派な熟女です」
「三十前で熟女って……酷い……。私もみんなと一緒に活躍したいんですけど……Eランクの生徒も盟約をしたぐらいなので私も盟約結びたいです」
「ごめんなさい。人数が合わないので出来ないんです」
「でも!」
抗議する先生の鼻先に王女の護衛の神官の槍が突き付けられた。
これ以上アウラ王女に異議を申し立てても無理だと悟ったのか、そのまま引き下がる。
その代わりに、Eランクなのに盟約を結んだ俺を睨んで来る。
ちょ!
やめて!
なんで俺を睨んで来る訳?
俺関係ないし!
俺悪く無いし!
睨むならアウラ王女を睨めよ!
そんな佐川先生の憤慨を気にもせずに、アウラ王女は皆にねぎらいの言葉を掛けた。
「お疲れさまでした。これで血の盟約は完了です。では早速訓練のトレーナーを紹介しましょう」
アウラ王女の前には聖銀装備を着た騎士団の面々が並ぶ。
皆西洋系と東洋系のいいとこを合わせた様な金髪碧眼のイケメン騎士のイケメントレーナー軍団だ。
女子からは黄色い声が上がり、男子からは感嘆の声が上がった。
横に立った石川が俺に小声で囁く。
「あの騎士様、あんたと比べ物にならない位のイケメンだわね」
「余計なお世話だよ! 悪かったな!」
「あの騎士様の彼女になっちゃおうかしら、うふふふ」
「すごいイケメンですぅ。私もあんな人の彼女になりたいですぅ」
ロリっ子香川も一発で恋心を射抜かれた。
その目はトロンとしてて完全に恋する乙女だ。
ちょっと俺にデレたかなと思ったらいきなりこれかよ。
これだから女は……。
「でも、あんたがどうしてもって言うなら彼女になるのを止めるわ」
なにこれ、もしかして石川に俺が告白しろと誘ってるのか?
俺を煽ってるのか、やたら挑発的な言葉を口にする石川。
デレている石川なら女としてそんなに嫌じゃないけど、ここで告白でもしたものならば『あんたから告白してきたんでしょ!』といって一生尻に敷かれるのは目に見える。
そういう男女の駆け引きみたいなのは要らないから。
さすがにそういうのだけは回避したい。
「ねえ、わたし、騎士に告白しちゃっていいの? ねぇ? ねぇ?」
あー、うざ!
なに俺に即断迫ってくるんだよ!
そういうのは一晩じっくり寝てから考えるもんだろ!
今すぐ答えたくねーよ!
「では皆様」
俺がどう答えようかと迷っていると、王女が話を進めてくれて助かった。
「本日より30日間、ダンジョンでトレーニングをします。グループ別に専属のトレーナーとなります騎士を付けますので、今後はトレーナーの指示に従って訓練をしてください」
グッジョブ!
アウラ王女。
石川の告白しろ攻撃はそこで立ち消えになった。
グループの担当トレーナーが次々とやってくる。
担当のトレーナーはイケメン揃いで、いきなり腰をクネクネさせながら媚を売り始める女生徒が出る程。
これはヤバい。
イケメン騎士様がこのグループに配属されたら、俺の異世界唯一の楽しみのハーレム(予定)が崩壊してしまう。
それだけは何とかしないと!
だが、心配は無用だった。
Dランクグループにはいつまで経ってもトレーナーの騎士様が来なかった。
期待されてないDランクグループにはトレーナーの配属なんてものは最初から無かった。
さすが期待度0のグループだ。
まあ、想定の範囲内。
「私たちのとこのトレーナーは?」
「来ないみたいですねぇ」
「結構人数居たと思ったんだけどなあ」
見ると13人いたトレーナーはAランクに5名、以下、8グループに各1名で合計13名が既に担当についていた。
つまり一人足りない。
俺がトレーナー代わりになってこいつらに教えてやるしかないかな?
俺が教官になって、生徒の石川達との禁断の恋。
ティーンズコミックっぽいそんな展開にも憧れる。
そんな事を考えていると、既に石川は神官のとこに既に移動していた。
石川が神官のお偉いさんを捕まえて問い詰める。行動力、高けぇ!
「なんで私たちにはトレーナーが居ないのよ!」
「すまない。人数が足りなくてDランクに回す騎士様は居ないんだ。これでも騎士団のメンバーから無理やりやりくりして貰って大変だったんだ。悪く思わないでくれ」
「何言ってるのよ! Aランクは田中と吉田の2人なのに、5人もトレーナーが付いてるじゃない! 一人よこしなさいよ!」
「あのAランクのトレーナーには細かい役割が決められててそれぞれの分野のエキスパートで、一人が異世界知識担当、一人が魔法担当、一人が剣技担当、一人が薬学担当、一人が……」
「おい、石川、そのへんでやめとけ」
俺は頭を下げまくって、困った顔をしてる神官様から石川を引き剥がす。
「あー、ムカつくわー」
「俺達が期待されてないって、前からわかってた事じゃないか。何を今更怒る事が有るんだよ」
「解ってるわよ、そんな事。でもここまでコケにされるとムカつくじゃない! トレーナー無しよ! トレーナー無しでダンジョンになんて潜ったら私達、すぐにモンスターにやられて死んじゃうわよ!」
心配しなくていいぞ。俺が居るから死ぬことはないから安心しろ。すると、さっきの神官さんが戻って来て俺に書類を渡した。
「これは何です?」
「冒険者ギルドへの依頼書だ」
「依頼書?ですか?」
「Dランクのお前達に騎士を配属する訳にはいかないが、トレーナーが居ないんじゃ何をやっていいか解らないだろう。冒険者ギルドに初心者冒険者の訓練の依頼を出すから、この依頼書を冒険者ギルドに持って行ってくれ。腕利きの冒険者が指導してくれるはずだ。あと訓練のカリキュラムは自由と言うかその冒険者に任せるから、冒険者ギルドにでも登録して討伐でもしながら気楽に暇つぶし、げふんげふん。訓練してくれ」
「冒険者ギルドって、この神殿の外ですよね?」
「そうだ、歩いて15分ぐらいのとこにある」
「俺達勇者なんですが、神殿の外に出ちゃっていいんですか? 機密とか問題ありません?」
「お前たちは厄介者……げふんげふん。お前たちはDランクの勇者なので他の勇者達とは部屋も別けているし、漏れて困る様な機密も聞かせて無いので神殿の外に自由に出ても構わないぞ。なんなら宿も外に取ってもいいぐらいだ」
なにこれ?
勇者なのに神殿の外に出ていいだと!
Dランク勇者って最高じゃね!?
普通勇者なんて言ったら常に召喚者の監視下に置かれる様な物だろ?
酷い時になると主従関係を明白にする奴隷の首輪みたいなのも付けられる時も有るぐらいだし。
それなのに神官の監視の目から外れて自由に羽延ばし放題?
街に自由に出入り出来て、しかも街を自由に歩ける?
最高なんですが!
異世界召喚されたのに、こんなに自由を満喫できるなんて思いもしなかった!




