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クラスごと集団転移しましたが、一番強い俺は最弱の商人に偽装中です。  作者: かわち乃梵天丸
第一部 クラスごと集団転移しましたが、一番強い俺は最弱ランクの商人に偽装しました。
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再び勇者召喚4

 神官に連れられて案内されたのは薄暗い部屋だった。


 全面板張りで、窓無しのオイルランプを使う為の小さな小さな換気窓が有るだけの、二〇畳間ぐらいの質素な部屋だ。


 部屋の広さは四人が暮らすには十分だが、どう見ても勇者に宛がわれていいような部屋ではない。


 どう見ても倉庫、よく言って使用人部屋だ。


 酷いなこれは。


 神官はこの部屋に俺たちを案内すると「ここで生活しろ」と言っただけで他には何も言わずに帰ってしまった。


 風呂とかトイレの場所とか、ご飯や就寝時間の説明とかさえも無いの?


 もしかして風呂はタライでトイレはツボでとかの世界?


 それはさすがに嫌なんですが!と思ったら、トイレは部屋に入ってすぐのとこに扉があった。


 水洗だけど換気扇が無いので、扉が閉まってても臭いがダダ漏れなのがちょっと……。


 洗面台も有るので、たぶんここで風呂代わりに体を拭けと言う事なんだろうな。


 この部屋は俺が昔勇者やってた時に住んでいた、白亜の宮殿のような部屋とはまるっきり違う。


 窓も無くて照明がオイルランプ一つだけなので部屋の中が物凄く薄暗い。


 薄暗い倉庫とイメージして貰えば解りやすいと思う。


 おまけに家具もろくに無い殺風景な部屋。


 部屋に置いてあるのは、壁掛けの薄暗いオイルランプが一つと、ベッドが四つと、小さな机が一つだけ。


 そのベッドも幅一メートルも無い狭い藁のベッド。


 藁の上に薄汚れた穴だらけの麻布のシーツを被せてるだけで、家畜小屋の藁の山よりはマシと言った粗末な物。


 それに同じような麻布の生地の毛布が用意されているだけ。


 たぶんこの世界の使用人だとこのレベルの生活してるんだろうけど、俺たちは勇者だと考えると凄く扱い悪いね。


 一番威勢のいい石川が仕切り始めてベッドを決める。


「私は一番奥、高山は男だから入り口。いい? 後は好きなとこ使っていいわよ」


「なんで俺は入り口なんだよ?」


「そりゃ、私たちは女なのよ。トイレの横とか嫌だし! それにあんたに着替えとか見られると困るから!」


「おめーの裸なんて見たくねーよ」


 いや本当は見たいんですが、嘘言いました。


 ごめんなさい。


 でも口喧嘩の売り言葉に買い言葉。


 ここで見たいとは言える訳もない。


 それを聞いた石川はかなりの御立腹。


 俺のベッドの前にツカツカと歩いてやって来た。


 やるのか!


 殴るのか?


 でも石川は殴りはしなかった。


「はいはい、そうですか。と、いう事であんたのベッドのシーツと毛布貰うから」


「な、何するんだよ!」


 石川は俺のベッドから無造作にシーツを剥がし、藁むき出しのベッドにする。


「おい何やってるんだよ! 寝藁が丸見えじゃないか! この藁の中で寝なきゃならないのか? 俺は牛や馬じゃないんだぞ。こんなとこで寝たら藁が背中に刺さってチクチクして寝れる訳ないだろ! それにそのシーツどうするんだよ?」


 俺の必死な抗議を無視して石川は作業を続ける。


 外したシーツを、女の子たちのベッドへの視線を遮るカーテンのようにして天井の梁に引っ掛ける。


 俺だけ女の子たちと物理的に完全隔離されました。


 例えるなら病院の大部屋でベッドをカーテンで仕切ってる感じ。


 圧迫感半端ないけど、まあいいか。


 逆に考えると俺だけ小部屋でプライバシーが保たれた、そうポジティブに取るしかない。


 部屋の奥で香川ちゃんと長野さんが楽しそうに雑談を始めたので俺も話に混ざろうとしたら、石川が俺の事を親の仇でも見つめるように睨んで来る。


 石川のこっち来んなオーラが酷い。


「なによ?」


「いや、みんな楽しそうに話してるから俺も混ぜて貰おうかなと思って……」


「あんたねー、あんたはEランクなのよ。なんでこっちに入って来るのよ! あんたの領地はカーテンで仕切ったとこだけ! 本当はEランクなんだから馬小屋に泊まってもおかしく無い身分なんだからね! この部屋の隅に居られるだけでもありがたいと思いなさい!」


「ランクランクってうるせーな。俺が居なけりゃお前らがクラスの底辺だったんだぞ。少しは感謝しろよ!」


 それになんだよ、領地って……。


 子供かよ!


 兄弟で相部屋してる小学生かよ!


 長野さんと香川ちゃんは俺に対して嫌な顔をしてないけど、威勢のいい石川に怯えて何も言えない感じ。


 まあいいわ。


 ここで強く出てトラブル起こす程俺はバカじゃ無いから。


 俺はシステムメッセちゃんと一人寂しく遊ぶよ。


 おずおずと部屋と言う名の藁のベッドに戻る俺。


『システム!』


『勇者様。何の御用でしょうか?』


『ショップは使えるかな?』


『はい。使えますよ』


 ショップとは【アイテムショップ】スキルで利用可能となる【アイテムショップ】の事だ。


 【アイテムショップ】ではこちらの世界の商品と、俺の出身地である日本の商品を買う事が出来る便利スキルだ。


 買いたい商品名を言えばシステムちゃんが売ってくれる。


 ただし買える商品は【アイテムショップ】のスキルレベル依存なのでスキルレベルが高く無いと品ぞろえが悪い。


『買えるアイテムは?』


『LV1迄です』


『LV1と言うと本当に基本的な物だけで水と野菜と下着と武器代わりの木の棒ぐらいか』


『そうなりますね』


『ベッドとか欲しかったんだけど無理か。ちょっとこのベッドは寝心地悪そうで寝れそうもないんだよな』


『それなら、お店で買ってきたらどうでしょうか? お金は十分に有りますよ』


『ほう、いいね』


 俺はほくそ笑む。


 ここ最近は必要な物は大抵支給されてタダで手に入ってたのでお金なんてものは使った事がなかったんだよな。


 あんまり使ってないからそれなりにお金が貯まってると思うんだけど、どれだけ貯まってるんだろう?


『残金いくら残ってる?』


『一〇正ゴルダです』


『正? なんだよ? その聞いた事無い単位は?』


『正とは一〇の四〇乗で一〇の後に〇が……』


『ああ、いいわ。使いきれないぐらいの額のお金を持ってるって事だろ?』


『はい。そうなります』


『でも、あれか。まだ、こっちの世界に来てお金を稼ぐような事は何にもしてないからな。家具屋に行って寝心地のいいベッドを買って来たらさすがに目立つか。今ショップで買える物で何とかしないとな』


 よし!


 俺のスキルで何とかしよう!


 まずはこの藁のベッドをどうにかしないとな。


 さすがに今のままじゃチクチクして寝れそうもない。


 藁で畳でも作るか。


『スキルスロット一番に【裁縫】スキルのセットを頼む。あと二番に【木工】スキル、三番に【道具作成】スキルもセットしてくれ』


『はい……セットしました』


 このスキルスロットというものは使うスキルをセットする場所で五個ある。


 なので普通の人が持てるスキルは五個までとなる。


 新たに取得したスキルはスキルスロットにセットされるが一度セットされたスキルは永久にそのままでで死ぬまで変える事は出来ない。


 ただしそれは俺以外の一般人の場合の話だ。


 俺の場合は同時に使えるスキルは同じく五個までだけど、システムちゃんに頼めばスキルスロットに入れるスキルを自由に書き換え出来るのでスキルの所持数は実質無限大。


 真の勇者の実力は凄いだろ?


 少しは尊敬したかな?


 俺は殆どのスキルを取得しているが、今はどのスキルも再召喚でスキルレベルが捲き戻ってLV1。


 その為、俺の絶頂期に比べれば今はかなり見劣りがするのも事実。


 まあ見劣りがすると言ってもステータスが技能を大幅に底上げしているので日本で言えば人間国宝レベルの職人の腕前となる。


 なのでスキルレベルが1でも藁から畳を作ることぐらいなら造作も無い事。


『あと、ショップから木の棒を一〇〇本と、下着のシャツ三〇着だ』


『はい、どうぞ!』


 目の前に木の棒とシャツが現れる。


 俺は早速ベッドの改修を始める事にした。


 まずは【アイテムボックス】から十徳ナイフを取り出す。


 いつ異世界に召喚されてもいいように万一の時の為に常備している工具だ。


 【アイテムボックス】とは異次元収納と呼ばれるもので、何でも山のようにしまう事が出来る収納のスキルだ。


 おまけに異次元収納の中では時間経過がない。


 【アイテムボックス】の中に入れてしまえば時間経過が無いので生ものを入れておいても腐らないし、温かい料理を入れて置けば一週間経った後に取り出しても温かいままという優れもの。


 しかも取り出す時は頭の中で思い浮かべれば探し回らずに一瞬で取り出せるという超便利なスキル。


 普通の人が使う【アイテムボックス】は魔力の消費量との兼ね合いからバケツ二個分ぐらいの容量であまり実用性は無いが、俺の場合は超大手通販会社の巨大倉庫三〇個分ぐらいの容量なのでほぼ無限と言ってもいい容量だ。


 そう豪語する俺の場合も時間経過を止めるにはこのサイズだと膨大な魔力コストが掛かる。


 魔力の供給が困難な日本では鮮度維持や収納維持をする事が難しいので、帰還する前に中身の殆どを自動的にシステムショップに売却しゴルダに変えて処分するようシステムちゃんに頼んでいた。


 ベッドを収納してあればわざわざ作る手間も無かったんだけどな。


 少し後悔。


 ちなみに極僅かな量だけど先ほどの十徳ナイフと同じように日持ちのする非常食を【アイテムボックス】の中に備蓄してあるので、いきなり召喚されたとしても数日は耐えられるはずだ。


 【アイテムボックス】スキルも通常はスキルスロット枠に入れないと使えないスキルだ。


 何度も召喚された熟練勇者である俺の場合は既にスキル進化が完了して【アイテムボックス:超】となっている。


 そのおかげで、常時発動のパッシブスキルとなっているのでスキルスロットに入れる必要もない。


 俺は木の棒を削り出して木の針と木のハサミを作り出す。


 これで縫ったり畳表や畳の芯を切り揃える事が出来るので、畳を作れるはずだ。


 十徳ナイフのハサミで作ってもいいんだけど、ハサミが小さいと使いにくいのであえて木のハサミを作った。


 木のハサミと言っても人間国宝並みの技術をもって作ったもの。


 一〇〇円ショップのハサミよりずっと切れるんだぜ。


 よし!


 まずはシャツを分解してと……木綿糸を作り上げたぞ。


 糸と言っても畳の作成に使うので凧糸ぐらいの太さだ。強度は十分だろう。


 次は畳表だ。


 藁を使って作るので畳素材の藺草じゃないのでちょっと目が荒い感じの畳表になるけど仕方ない。


 長めの藁を選んでささくれが出来ない様に慎重に畳表を編み上げた。


 ゴザみたいな物が編み上がる。


 触ってみるとすべすべしててあんまりチクチクしない。


 うん、いいね。


 初めて作った割にはかなりいい感じ。


 我ながらいい仕事をしてるよ。


 これならベッドのシーツ代わりにしても気分よく寝れそうだ。


 次は藁を編んで畳の芯を作る。


 かなり慎重に作ったせいか、しっかりとした芯が出来上がる。


 よし、この三つを組み合わせてと……出来た!


 藁畳の出来上がり!


 木の棒で組み木細工加工をしてすのこを作り、早速ベッドに取り付け、そこに藁畳を取り付ける。


 畳表を慎重に作ったので藁と違ってチクチクしない。


 うん!


 いい寝心地!


 これなら元々あった麻のシーツを被せたベッドより遥かにマシだな。


 ついでにシャツから綿毛布と枕も作っておいた。


 これでぐっすり眠れるわ。


 俺は床に散乱した藁くずを掃除する為に掃除用具を探しにベッドから出る。


 ベッドから出て来た俺を見つけた石川に即睨まれた。


「あんた! ベッドから出るなって言ったでしょ!」


 やべ!


 また石川に睨まれた。


 石川もいきなり異世界に召喚されて苛立ちと不安で落ち着かないんだろうな。


 召喚のショックがおさまるまでなるべく顔を合わさない方がいいよな。


 わざわざ猛り狂うハチの巣に顔を突っ込むなんてバカな事はしたくない。


 長野さんは申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。


 女子のリーダーの石川が目の前に居る手前、奴に合わせないといけないんだろう。


 長野さんだけが癒しだよ。


 俺はテキトーな事を石川に言ってはぐらかす事にした。


「いやさ、ゴキブリが居て」


「ぎゃー! あ、あんたなんてもの飼ってるのよ!」


「俺が飼ってるんじゃないよ。ベッドの藁の中にすごい数居てさ」


「ぎゃー!」


 ベッドに座って話をしてた女の子たちが飛び上がる。


 口から出た出まかせに踊らされる石川。


 ざまあ!


 すげースッキリした!


 香川ちゃんと長野さんにはちょっと悪い事したな。


 ちなみに藁の中にはゴキブリなんて居なかった。


 いい匂いのする乾燥した新品の藁で結構まともだったよ。


 部屋の中を一通り探してみるけど掃除用具は見当たらず。


 部屋の外に出て見ると、入り口に守衛のような兵士が立っていた。


 この兵士はどう見ても侵入者から俺たちを守るためじゃなく、俺たちが勝手に外に出歩かないように監視しているのが役目だ。


 なんでそんな事が分かるかって?


 俺が部屋を出ようとしたら、廊下で待機していた兵士がいきなり立ちはだかって部屋から出るのを止められたからだ。


「どうしました?」


 兵士は剣に手を掛けながら俺に訝しげな視線を浴びせる。


「床を汚したので掃除用具が欲しいんですが貸して貰えませんか?」


「なるほど、お待ちください」


 兵士は廊下を歩いていたメイドらしき女の子に命令すると、掃除用具を持って来させた。


 箒と塵取りだ。


 この世界の掃除用具を見るのは初めてだったが、日本の物とあんまり変わらない。


 こういう物はどこの世界でもあんまり変わらないんだな。


 ちなみにメイドさんは掃除をしてくれなかった。


 勇者として期待されてないと、ここまで扱いが悪いのか。


 俺は掃除を済ますとベッドに横になる。


 うん、畳ベッド最高!


 昼間からごろ寝最高!


 今頃AランクやBランクの勇者たちは神官たちに捕まって拉致されたかのように会議室に閉じ込められて色々と状況説明を聞かされてるんだろうな。


 実際、以前召喚された俺がそんな感じだったし。


 でも誰にも期待されてない残念勇者にはそんな面倒なチュートリアルイベントは発生しない。


 こうして気ままにゴロゴロしていられる異世界生活はそんなに悪くは無い。


     *


 快適な畳ベッドでゴロゴロと寝ていると、俺たちの部屋のドアが乱雑に叩かれた。


 どうやら誰かが来たようだ。来たのは黒マッチョな給仕だった。


「ほら夕飯の時間だ!」


 ドアを開けた黒マッチョが俺たちの食事をワゴンに載せて運ぶ。


 台車に載せられたそれは明らかに粗末だ。


 キャッチボールが出来そうな硬さのこぶし大の丸いパン …… 一人二個。


 申し訳程度にキャベツが入った透明なスープ …… 一人カップ一杯。


 水差し …… 全員で一つ。


 それだけだった。


「これだけ? おかず無いの? パンに付けるジャムもバターも無いの?」


 育ち盛りで粗末な食事に御立腹な石川が黒マッチョに突っかかった。


「なによ! こんなとこに勝手に連れてこられてこんな粗末な食事なんて! やってられないわ!」


「勝手に連れて来たのは申し訳ないとは思うが、俺がした事じゃないから俺に文句を言われても困るぞ。Dランクの勇者様にはこれしか食事の予算が出てないんだよ。今回は召喚の人数を間違えたらしくて、本当は数人だけ呼ぶつもりだったけど四〇人近くも来ちゃって予算が足りないそうなんだ」


「なによそれ! 私たちは招かざる客って事なの?」


「そうなるな」


「きー! 訴えてやる!」


 顔を真っ赤にして激高する石川を見て黒マッチョはなだめるように言った。


「でも、お前らは勇者だから戦闘訓練が始まったら訓練の成果で報酬が出るんだろ? 噂では結構な額の金をもらえると聞いたぜ。金さえ払ってくれればステーキとかシチューとかスイーツとか美味いものを何でも売ってやるから頑張れよ。それにこの食事も俺ら給仕の賄いから比べればパンが二倍の二個で豪華な方なんだぞ。我慢して食ってくれよな」


 マッチョな給仕は食事を小さな机の上に置くと部屋を出て行った。


「何よこの食事……こんな粗末な物なんて食べたくないわ」


 泣きそうな顔して愚痴る石川。


 長野さんが心配そうに石川を見る。


「食べないの?」


「食べるわよ! 食べる!」


 やけになってパンにかぶりつく石川。


 でも、咥えたパンをすぐに口から出した。


「硬ったー! なにこの石みたいなパンは! 歯が折れるわよ!」


 俺も口に運んでみたがフランスパンなんて比べ物じゃないぐらい硬かった。


「これ、きっと手でちぎってスープに浸けて、柔らかくしてから食べるんだと思う」


 長野さんがいいアイデアを出してくれた。


 パンをスープに浸けてふやかして食べるという方法だ。


 パンを千切るのが大変だったけど、スープに浸けると柔らかくなって食べる事が出来るようになった。


 まあ硬いというのは一般人レベルの腕力の話であって、俺の力なら硬いと言っても所詮はパン。


 なのでスポンジケーキのように楽々千切って食べられるんだけどね。


 でもみんなが固いと言ってるパンを手で楽々千切ってると変な目で見られるので、ポケットに忍ばせている十徳ナイフを使って切る事にした。


 さっき畳を作る時に使ったナイフだ。


 ナイフでパンを切ってると石川がパンを遠慮がちに寄こした。


「切って」


「ほらよ」


 俺がナイフでサクッとラスクのように薄く切り分けて石川に返すと「ありがと」と、ボソッと呟くようにいった。


 あれ?


 とげとげしい言葉じゃなく感謝の言葉?


 もしかしてデレてる?


 こんなのでデレてたら石川の攻略難易度低過ぎだわ。


 さすがにこんなのでデレは無いか。


 ついでに長野さんと香川ちゃんのパンも切り分けてあげると喜んでくれた。


 それにしてもこのパン、味が何にもしない酷い代物だな。


 バターとか油とか一切使ってないだろ?


 それ所かイースト菌とかの酵母も一切使って無さそう。


 それが固い原因。


 塩気も甘みも全然しないのが美味しくない原因。


 前にこの世界に召喚された時は普通にバターが香る美味しくて柔らかいクロワッサンみたいなパンばっかり食べてた気がするんだけどな。


 やっぱり勇者のランクで食事のグレードも下げられてるのかもしれない。


 おまけにスープがやたらマズイ。


 ダシの味が一切しなくて塩味しかしない。


 その唯一の味付けの塩味も薄くてなんだかぼんやりしている。


「なんかこのスープ味が全然しないな」


「味が薄いですね」


「塩味しかしないわね」


「キャベツも古いのか微妙にくさい臭いがしますぅ」


「我慢して食べるのよ。これしかないんだから!」


 葬式ムードの異世界初食事。


 俺たち四人は無口になって食事を取った。


 その後、女の子たちは誰一人として喋る事無く、そのまま各自のベッドで寝た。


 俺は畳ベッドに戻ると横になる。


 でも、さすがにあれだけの食事じゃ満腹になる訳も無い。


 システムショップから何か買って食べるかな?


『システム!』


『はい、なんですか。勇者様』


『何でもいいから食べ物を売ってくれないかな?』


『ショップでの購入ですか?』


『おう』


『ただいまショップではスキルレベルが低くてそのまま食べられるものはお取り扱いしていません』


『まいったな。ショップレベルが低くて何も買えないのか。お腹減ったなー。ここから抜け出して街にでもご飯食べに行くかな?』


『まだ、警備スケジュールや警備体制が判明していないこの時点で、日没後のこの時間に部屋を空けて抜け出すのは危険かと思われます』


『やめておいた方がいいか。でもお腹減って我慢出来そうも無いな』


『ショップは使えませんが、倉庫に非常食が有りますからそれを食べますか?』


『お! そういえば【アイテムボックス】に非常食を備蓄してたんだな。今は非常事態だから今こそ食べるべきだな!』


 出て来たのは黄色い箱で有名な携帯焼き菓子だ。


 日本では乾パンとクラッカーに次ぐ非常食の代表選手だ。


 クッキーとパンの中間みたいな感じの小麦菓子で、甘くもなんともないけどほんのり香るフルーツの香りがなかなかいい。


 腹が空いてる事も有ってあっという間に一箱をペロリと食べきった。


『やっぱりこのお菓子は美味いな! こんな非常食を常備しているシステムちゃん最高だよ!』


『お褒め頂いてありがとうございます』


『あといくつある?』


『三箱です』


『三箱あるなら明日いっぱいは安心だな。いや待てよ? 明日に三箱も食べたらさすがに飽きるから、お腹が減ってる事だし今日にもう一箱食べておくか』


『お代わりをしますか?』


『たのむ』


『ところであの子たちには食べさせなくていいんですか? 今食べさせてあげれば間違いなく彼女たちの胃袋とハートを鷲掴む事が出来ますよ』


『食べさせてやりたいのは山々だけど、今食べさせると「なんで高山がこんなお菓子を持ってるのよ? どこから出したのよ?」って事であらぬ疑いを掛けられて、俺が真の勇者って事がバレる可能性が無くもないからな』


『そうですよね。でもあの子たちお腹空かせて泣いてますよ?』


『そのうち食わせてやるよ。後々、ショップのレベルアップに合わせて新たな品揃えが解放された時にでも、目立たない程度の食事をくれてやる事にするよ』


 俺がそんな事を考えてるとシステムちゃんが非難の眼差しを向ける。


『お腹を空かしているのは今ですよ。辛そうにしてますよ?』


『だから、食わせたら俺が真の勇者とバレるだろ』


『なんか寝ながら泣いてますし……』


『……』


『一人だけ美味しいもの食べて心が痛みませんか?』


『わかったよ! 分けてやればいいんだろ?』


『分けていただけます?』


 上ずった声になって喜んでるシステムちゃん。


 俺が人並みの感情を持っていることが嬉しかったらしい。

 

 俺は非常食を手にしてベッドを出ると石川の元に向かう。


 長野さんも香川ちゃんもすぐに俺に気が付いたけど一番最初に俺に声を上げたのはやはり石川だった。


 石川はお腹が空いてるのか、またしても俺に突っかかって来た。


 パンを切った時のデレはいったい何だったんだよってレベル。


「なによ! なんか用? あんたの部屋から出てくるなって言ったでしょ! それとも何? 私たちの寝顔でも覗きに来たの? この変態!」


 おれは空腹のせいで猛り狂う石川に焼き菓子の黄色い箱を差し出す。


 石川は何が起こってるかわからず驚きの表情になる。


「ほら、お腹空いてるんだろ? こんな物しかないけど食えよ」


「こ、これお菓子じゃない? 本当にいいのこれ?」


 石川の顔が感謝の表情と混乱の表情をコロコロと入れ替える。


「ポケットの中に入ってたのだけどな。やるよ」


「あんたの分は?」


「俺はいいよ。女の子が腹空かせてるのに男の俺が食べる訳にはいかないしな」


 実はもう食べた後なのは内緒だ。


「そ、そこまで言うなら貰ってあげるわ。あ、あんた、思ったよりも優しくて男らしいのね」


「今更気づくなよ。じゃあ、みんなで分けて食べるんだぞ」


「うん!」


 俺が喜ぶ石川の元を後にすると、香川ちゃんの声が聞こえて来た。


「なになにぃ! なに貰ったんですかぁ? お菓子ですかぁ?」


 話を聞いて何を貰ってるのかを知ってるのに、わざとらしい演技を平然とやってのける図太い神経の持ち主の香川ちゃんであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、ただの性格ブス…
[気になる点] 「スロット5個」の制限は「【××:超】のパッシブスキル」を制限しない。殆ど「超」かのような流れだから、整理した方がいいと提言。
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