ドワーフ商人の弟子5
ロココさんにマグロの商売は任せろと言われて戻って来た王都。
市場の魚屋で小魚のバケツを売った後に、ロココさんに連れて来られたのは街の中心部から少し離れた通りにある開店前の食堂だった。
店の中は採光窓をまだ開けてないせいか少し薄暗く、掃除中なので少し埃っぽい。
そんな中にエプロンを掛けて掃除中の女店主が居た。
二十歳前後ぐらいの女店主。
額に汗を浮かべながら食べかすが転がる床をモップで拭いている。
ロココさんに気が付いた店主が顔を上げ、親しげに挨拶をした。
「ロココさん、久しぶり! こんな朝早くから来るってことは、なんか面白い食材でも入ったの?」
「おう! 久しぶりだなシェリー。今回の食材はかなりの大物だぞ!」
「どんな食材なんだろう? この前、東方まで行ってきたんだよね? どんな物か見せてよ」
「今日持ってきたのは東方の食材ではないんだ。いや東方の食材でもあるのかな?」
「ん? どういう事?」
「調味料は東方産なんだけど、メインの食材は港町ポーティアの生魚なんだ」
それを聞いた店主が表情を曇らせる。
「生魚? 生で魚を食べるの?」
「そうさ」
「いや、生魚とか……、うちは食堂なんだから食中毒でも出したら大変なことになるんだから、やめてよ」
「大丈夫。そこら辺の対策はしっかりしてあるし」
「でも、生魚なんて出してもお客さんは気持ち悪がって食べてくれないと思うよ」
「だいじょぶだいじょぶ。今までの生魚のイメージとは全く違う食べ物だから」
「そ、そうなの? 信じていいの?」
「おう! このロココの名を信じてくれ」
「うん、解った」
「それに、今回は無料で提供する」
「無料で? 本当にいいの?」
「あくまでも今日の分は試食だな。何か注文したお客にサービスで出す」
「解った。じゃあ、お願いするね」
「それじゃ悪いが、厨房と小皿を借りるぞ」
厨房に立ったロココさん。
ドワーフなので背が低いので、踏み台の上に立っている。
それでも机の上に顔を覗かせる程度なのが可愛らしかったりする。
「さあ、仕込みを始めるぞ」
「仕込みって刺身ですよね?」
「そうだ」
「いや、昨日ロココさんが自分で言ってたけど、マグロは足が早いからすぐに腐るって言ってなかったです? それなのに昼時までまだまだ時間があるのに調理なんて始めていいのかな?」
ロココさんは得意げな顔をする。
「私らにはアイテムボックススキルが有るだろ? アイテムバッグと違ってアイテムボックスの中は時間経過は無い。作ってすぐに食べられる形で再収納すれば腐ることは無いんだ」
「そうか! その手が有ったか!」
「しかも、市場で売らずに食堂で売ると決めたのも鮮度の高いまま提供できるかを考えての事さ。売るなら市場の方が手間が掛からないけど、市場で売ってすぐに食べられないで腐ったりして変な評判がたったら、この『マグロの刺身』の商売はそこでお終いだろ? だから提供する場所は、その場で確実に食べてもらえる食堂を選んだのさ」
「任せろと言っただけあって結構考えてるんだな」
「商人ならこのぐらい考える事は当たり前の事だな。アハハ!」
豪快に笑うロココさん。
俺がマグロを取り出し小さな消しゴムサイズの薄切りの刺身に加工。
ロココさんはそれを2切れずつ小皿に載せてワサビと醤油を少しだけ添えた。
小皿の真ん中にちょこんと小さな刺身が乗ってる感じ。
日本の刺身の感覚でいうと量が少なすぎてすごく貧相。
もう少し刺身を載せてもいいんじゃないんだろうか?
「随分と盛りが少ないんですね。マグロは沢山有るんだからもっと盛ればいいのに。そんな少ないんじゃ味が解らないんじゃないですか?」
「いいんだよ。試食なんだから味が解らない程度の量にする事で、渇望感を出すんだよ。満足する量を食べたら二度と来てくれないからそこで商売はお終いだし、満腹になる事で食べ始めの時には見えなかった不満も見えてしまう。商売なんて物は相手を完全に満足させない量を提供する事が長く続けるコツなんだ」
「なるほどねー」
仕込んだ小皿をロココさんのアイテムバッグにしまう。
ロココさんのアイテムボックスが満タンになるまで五〇皿ほどを仕込んだ。
これだけ有れば昼の混雑時期でも十分に足りるだろう。
「私のアイテムボックスが満タンになったことだし、今日の仕込みはこんなもんでいいだろう」
店は十一時に開店だ。
後は昼の食事時を待つだけになった。
「じゃあ私はこれから商業ギルドに行って、これから必要になるワサビと醤油の輸入の手配に行ってくるから、昼迄自由にしてていいぞ」
そういってロココさんは店を出て行った。
店主のシェリーさんは掃除を終わり、昼の仕込みを始めている。
シェリーさんの邪魔をするのも悪いなと思い店を出るが他に行くとこもない。
この時間じゃ店も始まってないしなー。
大神殿に戻って寝るかな?とも思ったがさすがに朝から寝るのは無理。
うーん、困ったな。
という事で、キャンプへと三人娘の様子を見に戻る事にした。