再び勇者召喚2
気が付くとそこは大神殿の大聖堂だった。
この大聖堂には見覚えがある。
多分一〇回前と四回前の召喚で呼び出された時の剣と魔法の世界の大聖堂だ。
あの大神殿のステンドグラスを背景にした祭壇に立っている特徴的な御神体のガーゴイルのような石像に間違いなく見覚えがある。
身分の高さを示す上質な服を着た娘がガーゴイル像の横に立ち辺りを心配そうに見廻し、神官っぽいおっさんたちが何人も慌ただしく動き回っているのも見える。
神官のおっさんたちは何グループかに別れて召喚されたクラスメイトを一人ずつ引き起こしてステータスを計測しランク分けをし始めていた。
勇者鑑定だ!
この召喚された生徒の中から召喚のメインターゲットである真の勇者、即ち俺を探している。
大聖堂の広い大理石の床の上には数名のクラスメイトが意識を取り戻して座り込んでるだけで、殆どの生徒は召喚時の衝撃で気絶したまま床に横になっていた。
俺は気絶したふりをしながら自分のステータスをチェックした。
先に神官に俺のステータスを確認されたら召喚された真の勇者張本人だと言う事がすぐにバレてしまう。
真の勇者だとバレればまた魔王討伐の最前線に駆り出されてしまうのは目に見えている。
魔王を倒すだけなら簡単なお仕事でいい。
でも、この世界に前回勇者として召喚された時は魔王を倒した後に拘束されて地下迷宮に封印された嫌な思い出がある世界だ。
だから勇者になる事だけは何としても避けたい。
作業は急を要した。
俺は早速自分の能力の鑑定を始める。
>名前:タカヤマ アルト ジョブ:全能 LV:1
>HP:MAX/MAX(SSS) MP:MAX/MAX(SSS)
>STR:MAX(SSS) VIT:MAX(SSS)
>INT:MAX(SSS) LUK:MAX(SSS)
>ユニークスキル:【全能:超】LV1
>スキル:【通訳:超】LV5
これはどう見てもダメなステータスだ。
一言で言えば強すぎで、一発で真の勇者とバレる。
ちなみにMAXとはステータス上がりきってカンスト、つまり表示限界に達したという意味だ。
レベルは確か六万ちょっと迄上がるとカンストしてMAX表示になったが、帰還した時にジョブレベルとスキルレベルのみリセットされて巻き戻り、残念な事に今は共にLV1だ。
ちなみにカンスト状態になってもカンストしたのはあくまでも表示上の話だけでそれ以降もレベルの上昇は続いていた。
たぶん帰還直前のレベルは数十万台に突入してたと思う。
レベルは1だけどステータスが高いのできっと魔王を素手のワンパンで殴り殺せるタイプのスーパー勇者様。
ワンパンと言っても小指の先ぐらい、それで魔王様をチョコンとつつくだけ。
魔王様にデコピンかまして遠くの壁まで吹っ飛ばしてノックアウトの再起不能。
ここ一〇回ぐらいの召喚スタート時点のステータスと全く同じだと思う。
召喚の度に強くなることは有っても弱くなったことは無いから当然と言えば当然かな。
俺が異世界に初めて召喚された時はステータスの殆どがゼロ付近だった。
あの頃の俺は正直言って弱かった。
街の外をうろついている経験値の肥やしのはずのゴブリンやオーク相手でさえ苦労して戦った苦い思い出。
魔王を倒すのも死闘だった。
体中ボロボロになりながら仲間の力を借りてどうにか倒したんだよな。
辛かったけど冒険してる感じがして結構楽しかった。
それがなー。
召喚されて、
召喚主の願いを叶えてやって、
帰還し、
再び召喚される度に全ステータスを引き継いで強くてニューゲーム的な物を繰り返してたらステータスがフルカンストしてしまった。
ステータスが強くてニューゲーム状態なのは、多分俺の持っているユニークスキルの【弱体無効】スキルのせいだと思う。
このスキルの本来の効果は敵の弱体系の魔法を無効化するスキル。
例えば麻痺や毒や攻撃力低下なんかのステータスを下げる系の弱体魔法や攻撃を無効化するだけだった。
でも麻痺と石化の弱体攻撃を使うヘビ女の魔王の対策で弱体無効スキルをカンストまで鍛え上げた所から俺は変わった。
【弱体無効:超】となったスキルのおかげで召喚後に日本に帰還した時に、ステータスや取得スキルをリセットする効果まで無効化するようになったのだ。
本来は召喚主の願いを叶え、元の世界に戻った時点で召喚された時点のステータスに戻り、俺の記憶以外は召喚前と何ら変わらない状態に戻るはずなんだけど、ステータスはそのままで覚えたスキルも消される事が無くなった。
もちろんスキルレベルはジョブレベルと同じく帰還でリセットされてしまうけど、取得したスキル自体は消される事がなくなったので、その後の召喚がかなり楽になった。
ステータスとスキルを引き継いだまま再召喚され、更に冒険で強くなることの繰り返し。
強くてニューゲームの繰り返しだ。
それで俺は爆発的な勢いで強くなってしまった。
多分スキルもユニークスキルも取得した物を全て引き継いでるはずなので存在するスキル全てを取得してるはず。
この強さだと魔王を倒した後は『生きる災害』や『動く災厄』と呼ばれて帰還するまで幽閉コースが確定になるのは目に見えてる。
たぶんそう。
そりゃ剣の素振り一発で山一つを蒸発させられる災害レベルの威力を持っていればそうなるよな。
前回魔王に召喚された時は力こそ全ての世界だから暮らしやすかった。
悪の手先の勇者や諸悪の根源の人間の王族を根絶やしにした後は普通にそのまま魔王様として魔王宮住まい。
魔族の可愛いお嫁さんも貰ったし本当に良かったな。
カムバック魔王生活。
それに対して勇者召喚は少し面倒。
王様に直接召喚されるならまだしも今回みたいに教会が関わっていると碌なことにならない。
そりゃ教会の神官以外に王様という最高権力者が居る世界だもんな。
王様より強い力を持つ勇者が教会の指揮下に所属しているなんて邪魔以外の何者でもない。
でもさ、召喚で日本から異世界に勇者を呼び出しておきながら魔王を討伐した後に、さんざんコキ使った挙句に厄介払いでポイ捨てって酷くない?
たしかこの世界に前回召喚された時は魔王討伐後の打ち上げパーティーで出された飲み物にしこたま睡眠薬が盛られていて、目が覚めたらスキル無効と魔法無効の法具でがんじがらめにされた上にコンクリート詰めにされて地下迷宮の奥深くに封印されたんだよな。
魔王を討伐した後で気が緩んで耐性スキルをセットして無かった俺のミスといえばミスだが、身内と思って気を許していた教会に嵌められるとは俺も抜けていた。
あの糞神官が生きていたならあの憎たらしい顔にグーパンチを喰らわせてやりたい。
とは言っても俺が地下迷宮に幽閉されたのはこの世界へ前々回召喚された時に俺が魔王を倒した後、変な正義感を起こして国王の不正や王族の腐敗にブチ切れて王族皆殺しをしたのが原因で自業自得。
この世界で「勇者はやばい!」と変な噂が伝説として定着してしまったんだろう。
まあ、なんだ。
面倒な事には巻き込まれたくないので俺は応急処置を施すことにした。
『システム! 聞こえてるか?』
『ははい! お久しぶりです! システムちゃんでございます』
俺が心の中で叫ぶとドジっ子風味の若い女の子の声でシステムメッセージが返事をした。
俺のハートの中だけに住んでいる妖精さんというかAI的な女の子だ。
詳しく説明すると違うんだけどそういうモノと思って欲しい。
この子はスキル管理やチュートリアルをしてくれる上に、【システムショップ】でアイテムを売ってくれたり【アイテムボックス】で所持品を管理してくれたりもする。
何でも有りのかなり便利な子。
俺の強さはこの子の能力にかなりの部分頼ってるところがあると思う。
三〇回ぐらい前の勇者召喚で貰った報酬だ。
『お久しぶりです、勇者様。何の御用でしょうか?』
『悪いんだが、今すぐにスキルスロットに【ステータス偽装】スキルを有効化してくれ』
『解りました。勇者様……はい、出来ました』
『すまないな』
『いえいえ。御用がございましたら、またお呼び下さい』
俺は早速スキルを確認する。
>スキル:【通訳:超】LV5 【ステータス偽装:超】LV1
よし!
スキルスロットに【ステータス偽装】を覚えてるな。
これで見た目のステータスを自由に書き換えられるようになった。
【ステータス偽装】LV1の隣にある【通訳】LV5は召喚の時に自動に付けられたスキルだろう。
その証拠に俺が自分でセットした【ステータス偽装】は俺が元々持っていたスキルなのでLV1のままなのに、【通訳】のLVは5になっている。
召喚した勇者と言葉が通じないと召喚した側がかなり面倒なので召喚の時はだいたいこれが自動で付く場合が多い。
多分召喚魔法陣にそんな効果が付いてるんだと思う。
まあこの世界は三度目の世界だから【通訳】スキル無しでも普通に話せるし、【通訳】スキルが成長して【超】になりパッシブ化してるので【通訳】スキルをスキルスロットに入れる必要もない。
ちなみにパッシブ化とはスキルの常時発動の事でスキルスロットに入れなくともスキルの効果が常時恩恵を受けられるかなり便利な状態になってる事だ。
パッシブ化はスキルランクが【超】になると大抵付く。
さらに言うとスキルランクはなにも付かない無印から【小】【中】【大】【超】の順で効果が凄まじく強くなる。
同じようにジョブも使い込んで熟練してくるとLVとは別に上位ジョブへ移行する事が有る。
例えば僧侶から聖女や聖人、魔法使いから魔女や魔導師にクラスアップする事も有ってジョブの成長もかなり複雑だ。
余計な召喚雑学の披露はこんなとこで止めてと……。
では早速ステータス偽装だ。俺は真の勇者とバレないように、駄目勇者もしくは残念勇者レベルでスキルの見た目を偽装する。
>名前:タカヤマ アルト ジョブ:商人 LV:1
>HP:8/8(E) MP:64/64(B)
>STR:4(E) VIT:4(E)
>INT:8(D) LUK:128(S)
>ユニークスキル: 【アイテムボックス】LV1 【アイテムショップ】LV1
>スキル:【商才】LV1 【MP回復】LV1 【通訳】LV5
どや!
わいは商人や!
ぼちぼちでんなー。
儲かりまっか!
勉強しまっせ!
わいは浪速の商人やで!
完璧に偽装してやったで!
偽装したジョブは一般ジョブの商人。
非戦闘系ジョブだ。
ちなみに大阪弁スキルは習得してないのでさっきの大阪弁はその場のノリで言っただけの似非大阪弁。
なので今後、西の高校生探偵のようにベタな大阪弁で話す事は無いので安心して貰いたい。
商人は戦闘系や魔法系と比べると幸運の指標となるLUKばかりステータスが上がるので戦闘では使い物にならないジョブ。
このジョブなら魔王攻略で役に立たない非戦闘系ジョブなので精鋭部隊として教会に拘束されることは無いと思う。おまけにステータスも異世界召喚された高ステータスな商人ぽく振ってみた。
ステータスの意味は
HP:体力の残り/最大値 MP:魔力の残り/最大値
STR:攻撃力 VIT:耐久力 INT:魔法力 LUK:幸運度
こんな感じだ。
つまり、今の俺のステータスは『かなりの強運で、商人向けのユニークスキルと護身程度の魔法が使えるが、それ以外はからっきしダメな商人』という事になる。
召喚されたけど神様の間違いで勇者としての才能は花咲かない代わりに商人としての才能がこれでもかと発揮されてしてしまった残念勇者という設定。
物をしまっておける【アイテムボックス】スキルをほぼ永久的に使えるようにMPを自動回復する【MP回復】スキルを付けて、護身用の魔法が使えるようにINTとMPも少しだけ多めにしておいたという抜かりなさ。
ちなみにステータスの後の英文字、これは成長度を示す。
成長度が高い程レベルアップ時のスキル値の伸びがいい。
成長度が低い順にF(一般人レベル)、E(駆け出し冒険者レベル)、D(一般冒険者レベル)、C(熟練冒険者レベル)、B、A(トップクラス冒険者レベル)、S(英雄レベル)、SS、SSS(真の英雄レベル)となる。
これなら真の勇者と疑われることは無いだろうな。
【ステータス偽装】としてはほぼ完璧だ。
ステータスの書き換えが終わると同時に神官がやって来て俺のステータスの測定を始める。
制限時間ギリギリだったな。
あと少しステータスの書き替えが遅れていたら真の勇者だとバレていたかもしれない。
俺は意識が朦朧としてる状態を装い神官の勇者鑑定を受ける。
一人の神官が俺を背中から抱き抱えて雑に引き起こす。
床に上半身を起こした感じになった俺の額にもう一人の神官がステータスを見る石板を宛がい、浮かび上がるステータスを読み上げると、もう一人が復唱をしながら書き写す。
「名前、タカヤマ アルト」
「タカヤマ アルト。はい」
「職業、商人LV1。なんだハズレジョブの商人じゃないか。あとの記録はいいか」
「そうですね。役立たずの商人だし、戦闘職や魔法職でもないので戦闘の前線に出る事も無いででしょうから細かいステータスの記録は要らないと思います」
「じゃあ、テキトーな数字でステータス欄を埋めてネックレスだけ付けとけ。勇者ランクはD、いやEだな」
「Eランク、了解です」
神官は書き写したステータスを魔道具を使いネックレスに転写して焼き付ける。
ネックレスと言ってもアクセサリみたいな感じではなく現代の軍隊の金属製のタグに似ている武骨な物だ。
俺にステータスを書き写したネックレスを首に掛け再び横にすると別の生徒の測定に移った。
測定は始まったばかりでまだまだ時間が掛かりそうだ。
目を瞑って寝たふりをしてても良かったんだけど起きてるのも怠いので本当に寝ることにした。
最近ゲームで徹夜してたのでやたら眠い。
大理石の床が少し冷たいし硬いけど気にしない。
俺はすぐに眠りに落ちた。
*
どれぐらい経っただろうか? 一時間は寝て無いと思う。俺は誰かに揺り起こされた。
「アルト! 早く起きなよ! 王女様から何か話が有るみたいよ」
揺り起こしたのが誰なのか声ですぐにわかった。
俺を起こしたのはクラス委員長の吉田さんだ。
ガリ勉系いけてない系の真面目少女。
昭和の匂いのする三つ編みツインテールと牛乳瓶底のメガネが良く似合う。
中学時代からの知り合いで暇な時に時々雑談するぐらいの仲の女の子だ。
ちなみに彼女には思いを抱いているクラスメイトの田中君と言う男子が居るので俺は恋愛対象外らしい。
異性をあまり感じさせず話しやすいので割と好きな女の子だ。
「ん? どうした」
「あたしたち、召喚されたらしいの」
「召喚? なんだよ、それ?」
「マンガとかで魔物とかを呼び出す召喚の儀式を知らない? 召喚魔法陣というのを使って私たちが異世界に呼び出されたらしいのよ」
「ほう、異世界ねー」
「あら? 他の男子と違って随分と冷静ね。驚かないの?」
「驚いた方がいいのか? なんか寝起きで頭がハッキリしなくて、ごめん。異世界とかいきなり言われてもさ、夢なのか現実なのかさっぱり実感わかないな。ところで、ここはいったいどこなんだ?」
「私も良く解らないんだけどここは神殿らしいわ」
とりあえず、なにも知らないふりをして受け答えをしておいた。
召喚を何度も経験しているのでこれから起きる事は大体想像がつく。
たぶん召喚の侘びと召喚をした目的の説明、今後の予定と待遇の説明だ。
ぶっちゃけた話、魔王だか何だかの討伐に呼ばれたんだと思うんだけど、俺が魔王城に行って魔王を倒してくればいいだけの話。
でも問題はクラスメイトたちだ。
召喚の目的である魔王を討伐後に日本へ戻る事になるけどレベルはリセットになっても記憶は持ち越しになる。
俺が魔王を倒したとなると真の勇者である事がクラスメイト全員に知れ渡り、今回の集団転移騒動の元凶が俺だとバレてしまい、ただでさえ居ずらいクラスでの俺の立場が更に危うくなる。
ここは何としても真の勇者である事を隠し通すしかない。
*
俺たちは八列に整列させられて説明を受ける。
列の前に立ったのは少女だった。
白を基調とし金糸と青いラインが映える聖女の衣を纏っている。
聖女の衣を着ていると言う事はたぶん僧侶の上級職の聖女なんだろう。
俺と同じぐらいの背で整った顔の長い金髪の少女。
少女と言っても歳は俺たちと同じぐらい。
王女の脇には護衛の神官が武器を構えて立っている。
王女は背筋を伸ばし凛とした通る声で俺たちに話し始めた。
「私はこの国、神聖国セレスティアの第ニ王女アウラです。まず初めに皆さんに謝まろうと思います。勝手に召喚をして申し訳ございませんでした」
その声はいかにも王族といった感じで荘厳さが滲み出ている。
王女が出て来るって事は教会の召喚だけど実質国の正規の召喚と変わらないのかな?
そうなると俺の【ステータス偽装】は要らなかったのかもしれない。
ぺこりと頭下げる王女。
長い金髪がふわりと揺れた。
うわ! 頭下げたよ。
まるでお人形のよう。
一般人相手に頭を下げる王女なんて見た事無いんだが?
俺は王女が頭を下げた事に驚いた。
一方、クラスメイトたちは王女が頭を下げた事など全く気にせずに別の事で騒ぎ始めた。
『召喚』と言うキーワード。
それで辺りがざわつき始める。
普通はそっちの方が気になるよな。
みんな召喚未経験者だもんな。
召喚なんてされたら騒ぎたくなる気持ちも解るよ。
「召喚だって?」「召喚てなによ!」「召喚てあれか? 魔法陣で悪魔とか呼び出すあれか?」「あれで呼ばれたの? なんで異世界に私たちが呼ばれちゃうのよ!」「私たちどうなっちゃうのよ?」「死ぬのやだよ!」
召喚をされたと説明を受けて無かった生徒を中心に動揺が走る。
ざわめきが大聖堂を支配した。
それを止めたのは担任の女教師の佐川先生だ。
英語教師である。
ちなみに二九歳独身彼氏無しのメガネ女子。
口元にちょっと小皺が増えて毎朝の化粧に時間の掛かるお年頃。
顔も身体も女性としてはかなりいい方だとは思うけど、性格がキツくてツンツンし過ぎて関わり難い。
他人のミスに足を引っ張られるのが嫌なのか『私に関わるな!』感満載のオーラを常に発散。
普通、教室で朝礼とか終礼とかが終わると先生の廻りに何人かの生徒が集まるものだけどこの先生に関しては生徒が集まってくるのを見た事ないもんな。
そんなキツイ性格の先生の声が大聖堂に響く。
「し!ず!か!に! しなさい!」
一瞬でざわめきが収まった。
さすがキツイ性格が売りの教師だけは有る。
場を静かにした礼でアウラ王女が佐川先生にペコリと頭を下げる。
うわ!
また頭を下げたよ。
庶民に頭下げ過ぎなんだがこの王女。
かなり胡散臭い。
アウラ王女は佐川先生に礼を述べた。
「ご協力感謝します」
「こちらこそ、お騒がせしてすいませんでした」
アウラ王女は俺たちに向き直ると目を見開き熱弁を振るい始める。
「勝手に承諾も得ずに魔王を倒す為に勇者様を召喚をしてしまってご迷惑をお掛けした事を謝罪します。でも理解して欲しいのです。私たちの国は今魔王の手の者によって攻撃を受けています。このままではこの国が魔王に襲われて滅びてしまいます。勝手に召喚した事は身勝手な事だとは解っています。でも私たちに魔王を退ける力は有りません。魔王を倒すにはどうしても異世界から呼び出したあなたたち、勇者様の力が必要だったのです。助けて下さい! 私たちを!」
アウラ王女はまたまた頭を下げた。
王族なのに一般庶民の俺たちに何度も頭を下げるとは珍しい。
珍しいを通り越して胡散臭すぎる。
こいつ本当に王女なのか?
庶民に頭を下げまくる王族なんて俺は今まで見た事無いんだが?
明らかに態度がおかしいと俺の召喚勇者としての経験が警告する。
そんなアウラ王女を見てクラス委員長の吉田さんがビシッと背筋を伸ばし手を上げて質問をした。
「もし魔王を倒せたら、私たちを元の世界に戻してもらえますか?」
「もちろんです! 今ここに召喚した方は必ず全員元の世界に帰します」
生徒の間から湧き上がる歓声。
王女は眉一つ動かさずに言ったよ、全員帰すって。
確かに召喚者の依頼を達成できれば元の世界に帰還できる。
でも俺の経験上、集団転移で全員が元の世界に戻れることなんてありえ無い。
集団で召喚された場合メインターゲットとなる真の勇者以外は殆ど生き残れないのが現実。
召喚されて勇者となって特殊なユニークスキルを身に付けたとしても、あくまでも巻き込まれただけなので真の勇者と比べると圧倒的にステータス値が低い。
大抵はレベルを上げる過程の訓練や魔王城攻略の過程で命を落とす。
それなのにこの王女、ちゃんとした説明をせずに必ず帰すと言ったよ。
間違いなく嘘だ。
それも眉一つ動かさずに平然と嘘を言えるほどの肝の座った王女。
少し警戒した方がいいかもしれない。
王族が召喚に関わっていたからステータスの偽装は要らないと思ったが、これだけ胡散臭い王女が居るとなるとステータスの偽装をした事は間違いなく正解だったな。
王女は俺が疑念の目を向けている事も知らずに話を進める。
「魔王討伐が終わったら必ず元の場所に帰すとお約束します。もちろん宝石などの謝礼もお渡しする予定です。お渡しする宝石はあなたたちの世界でもそれなりに価値有るものだと思います。たぶんお屋敷が一つ買えるぐらいの価値は有るかと思います」
再び湧き上がる歓声!
「宝石だってよ!」「俺たち大金持ちだな!」「僕帰ったらゲームソフト何個買おうかなー?」「私はケーキ屋さんに行って棚の端から端までぜんぶ買い占める大人買いするわ!」「私は洋服!」
報酬が貰えると聞いてみんなノリノリだ。
現金な物だな。
欲の皮を突っ張らせて命を失うとも知らずに。
それに釘を刺すように吉田さんが再度手を上げる。
「でも相手は魔王ですよね? 私たち、運が悪かったら死んじゃうんじゃないですか?」
それを聞くと今まで笑い声を上げていたクラスメイトが皆無言になった。
うんうん、死んじゃうよ。
運が悪く無くてもね。
きっとみんな魔王軍に狩られて魔族の経験値の肥やしになるね。
でも王女は何も心配ないといった感じの清々しい笑顔でこう言い放った。
「大丈夫です。死んだとしても召喚された瞬間に居た場所に戻されるだけです」
それを聞いた生徒たちの間から安堵の声が広がる。
「おおー!」「死に戻りってやつか!」「死んだとしてもデメリットは何もないな!」
「そんな訳あるか! 無いから! そんな事!」と、喉元まで言葉が出て来て思わず叫びたくなる。
でもそんな事を叫んだら俺が真の勇者だとバレるので自重。
ここは我慢だ。
召喚された奴らが死んだら死んだままなんだよ。
元の世界に帰される事なんて絶対ないって。
そんなに都合よく『死に戻り』なんてしないから!
実際、中学時代に俺がクラス召喚された時は俺だけが生き残って他のクラスメイトたちが異世界で全員死んだせいで帰還出来ずにクラス丸ごとが神隠しに遭ったように消え騒ぎになった事が有る。
でも王女はその事を語らずに話を進める。
「それに簡単にやられないように、当分の間魔王軍と安心して戦えるようになるまで戦闘の訓練をします。だから大丈夫です」
王女の話を聞いたクラスメイトはほっと胸をなでおろす。
「なんだー、死なないんだ」「なら安心だね」「アニメの異世界物やデスゲームとは違うんだな」「俺せっかくだからこの世界で頑張ってみるよ!」
皆、笑顔で安心しきっている。
これから生死を賭けた戦いが始まると言うのに。
事実は知らない方がいいかもしれない。
知ったからって元の世界に戻れるわけじゃないしな。
「皆さん手伝って下さるでしょうか?」
アウラ王女の願いを聞いたクラスメイトたちが次々に声を上げる。
「もちろんです!」「ぜひ!」「俺たちにやらせてください!」
この王女、人心を掌握する技に長けているようだな。
皆んなノリノリだよ。
それに反して三名の生徒から手が上がった。
「私帰りたいです」「私も戦うとかそんなの無理なので帰りたい」「僕も」
気の弱そうな生徒男女三名だった。王女は困った顔をした。
「どうしても帰りたいですか?」
「帰りたいです!」
「解りました。無理に引き留めはいたしません」
王女は神官に指示を出し、大掛かりな装置を持って来た。
それは『ギルティー・イン・ザ・ウォール』と呼ばれる処刑機械。
俺たちの世界のギロチンに近い処刑装置だ。
上方に持ち上げられた巨大な石柱を落とし罪人を一瞬で圧死させる処刑装置。
ギロチンと同じく痛みを知る前に死ぬ事が出来ることから人道的な処刑装置と呼ばれている。
そんな物を大聖堂の俺たちの目の前に持って来た。
その異様な佇まいに怯えた帰還希望の生徒が聞く。
「これは一体何をする物なんですか?」
「死に戻りをする装置です」
神官が装置を床に固定する。
そして一〇人ぐらいの人数で石柱をロープで引っ張り上げる。
そしてつっかえ棒で石柱が固定された。
この装置がどのような事をする装置なのかを察した帰還希望の生徒たちが顔面を蒼白にして聞き返す。
「ま、まさかこの石柱を落として僕たちを潰すんですか?」
「今から試運転をするので見ていただけるとどのような事をする装置か解ると思います」
装置の試運転の為に連れて来られた檻に入れられたゴブリン。これから自分の身に起きる惨事を悟ったのか檻の中で泣き叫び暴れ狂っていた。神官たちは装置に檻をセットする。
そしてつっかえ棒をハンマーで引き抜く。すると巨大な石柱が一気に落ちてゴブリンの檻を押しつぶす。
檻は紙のようにぺちゃんこになり、ゴブリンは声も出さずに血だまりへと姿を変えた。
それを見た帰還希望の生徒たちは皆腰を抜かしその場にうずくまった。
「誰から帰りますか?」
「こんなの嫌です! こんなの使いません!」
一人の女生徒が泣き叫ぶ。
そりゃ泣いて当然だよ。
処刑装置で殺されるんだからな。
泣かない方がおかしい。
でも王女は装置を使わない事を残念そうに聞き返す。
「これは痛みを知る前に死ぬことが出来るとても素晴らしい装置なんですよ。死に戻りをしたいのならばこれを使うのが一番安全で楽です」
「安全て、死んでるじゃないですか!」
「死に戻りなんですから死なないと死に戻りは出来ませんよ。さあ、誰から帰りますか?」
「戻りたくないです! 帰らなくていいです!」
帰還希望の三人は全員帰還希望を取り下げた。
ざわめぎが収まった所で王女が平然とした態度で話を続ける。
「皆さん協力して頂けるようで大変感謝いたします。では皆様の今後についてお話します。皆様の首に掛かってる札を見てください。そこには皆さんの職業とレベル、スキル、ステータス、ランクが書いてあります。ランクはみなさんの能力ごとにAからEまで別れています」
このランクというものは神官が俺たちのステータスを見て適当に付けたものだが、冒険者ギルドの冒険者ランク相当で付けた物だと思う。
「ジョブはその名の通り役割を示します。剣士で有れば前線に出ての剣撃による攻撃を担当、魔法使いで有れば魔法による遠隔援護攻撃を担当、僧侶で有れば傷ついた仲間の回復を担当などそれぞれ得意分野が異なります。皆さんはこの役割に則り勇者としての戦闘訓練を行い、タグに書かれているジョブレベルとステータスレベルを上げるよう努力してください。それが勇者様の強さに繋がります。ステータスレベルが上昇するとステータスの効果が強くなったり、新たなステータスに進化する事も有ります。ジョブレベルもレベルが上がれば僧侶が聖女と言った感じで新たな職へと進化したり、全く別の職業に転職出来る様になったりします。また、ごく稀に戦闘の中で新たなスキルを取得する事がありますし、敵を倒した時にスキルを覚えられる宝珠を手に入れる事も出来ます。そうやってスキルを鍛えたり増やしたりして強くなって欲しいのです。そしてステータスの中で一番重要なのがHPとMPです。戦闘でダメージを受けるとHPが無くなって死にます。死んだら死に戻りとなって二度と生き返れません。MPは魔法を使う度に減りますが座って気持ちを落ち着ければ徐々に回復します。ただ、MPを使い果たしても死ぬ事は有りませんが【メンタルブレイク】状態となり頭痛で身動きが取れなくなります。その場合は敵からのダメージを受けやすくなる状態なので気をつけてください。僧侶や魔法使いの死亡原因の殆どは【メンタルブレイク】中に敵から攻撃を受ける事なんです」
王女の口から『死』という言葉が発せられて生徒たちの中に緊張感が走った。
「死だって」「私たち死ぬの?」「ゲームとは違うんだな」
佐川先生の一喝で騒ぎは収まり、アウラ王女が説明を再開した。
「今日からはこのランク毎に集まってもらってグループを作り、それぞれのランクに合った訓練をして貰います。それでは同じランクごとに集まってください」
大神殿の四隅で神官が声を上げる。
「Aランク様はこちらでございます」「Bランク様はこちらです」「Cランクはここです」「Dランクはこっちだぞ」
ランクごとに勇者の扱いも変わる事だろう。
ランク分けの集合の呼び声の時点で既に扱いが違うから。
【ステータス偽装】をする時にもう少しステータスを上げてBランク相当位にしとけばよかったなと早くも後悔。
きっと食事も宛がわれる部屋のグレードもランクで違うんだろうな。
ところでEランクってどこに行けばいいんだろう?
Eランクは誰にも呼ばれてない気がするんだけど?
それに、もしかしなくてもEランクって俺だけ?
大体のクラスメイトが集合場所に移動した頃合いを見て俺が神官のボスっぽい人に向かって手を上げる。
たしか俺のステータスチェックをした時にいた神官だ。
「あのー、すいません」
「なんだ?」
「俺のランクはEなんですけど、どこに行けばいいですか?」
「Eランクって、あー、あの役に立たない商人の奴か。そのまま帰れって訳にもいかないからなぁ……、とりあえずDランクのグループの所にでも行って混じっておけ」
期待されてないからってEランクの俺の扱い雑過ぎだろ。
今間違いなく役に立たないとか帰れと言ったのが聞こえたんだけど?
わざわざ日本から呼び寄せて置いてそれは無いんじゃない?
神官の言葉に甘えて一人で勇者グループから抜け出してもいいんだけど、みんな訓練してる時に街で遊んでるなんて事をしたら後で帰還した時に何を言われるかわからないしな。
ここは言われた通りに合流して、魔王攻略が始まった頃合いを見計らって勇者の集団からこっそり抜けて一人で魔王を倒してしまうのが正解だろう。
とりあえず俺はDランクのメンバーのグループに合流する。
Dランクは三名だけだった。
Eランクの俺を入れても四名。
随分と少ないな。
でも召喚勇者がDランクって事は普通はあり得ないか。
普通は召喚されたらAランクかBランクで低くてもCランクだもんな。
Dランクの冒険者なんて冒険者ギルドに行けばゴロゴロ居るからそんな弱い勇者をわざわざ異世界から呼ぶ必要も意味も無いし。
今回の召喚だとCランクが五名ぐらいとDランクが三名。
どれだけ今回の召喚勇者の質が悪いんだよ。
そんな事を考えながら俺はDランクのメンバーたちに合流して挨拶をする。