bi/b びぶ
六階分の階段を休まずに昇り、太陽の光を不必要に吸い込んだ地味で黒い制服のせいで火照った上に上がった息で死にそうな体を休めるために、お世辞にも綺麗とは言えない机の上に鞄を放り投げ、られずにべしゃりと置く。近くにあった椅子を引き寄せて、興奮した変態並みにきもい息づかい(偏見)に成らないように息を整えるためにどかりと座る。
ここまでで、いったい何人が私の性別を判断しただろうか。男?女?
正解は親父っぽい生活態度の花の女子高生だ。どうだ、幻滅しただろう?私も幻滅しているよ。これ、全く男にもてない女の子の図だよね。あれ、おっかしいな~。小学生の頃は高校生ってもっとお淑やかで綺麗で優しいものだと、そして自分も自然とそうなる物だと思っていたのに。全く逆方向だよね。まぁ、もう良いんだけれど。
息が整ったので、入り口の近くにある、ベランダ出口のガラス戸を押し開ける。顧問の先生は制服が汚れるから着替えてからが良いと言うけれど、着替えるよりも先に出てしまった。いつもは着替えないからなぁ。
掃除の手が行き届かなくて正直きったない、でもある程度整理されたベランダには、大量のイーゼルと、ゴミ箱に使いそうな大きな四角いポリバケツに突っ込まれた大量の窓枠のような物。カーテンレールみたいな物もある。まぁ、今は関係ないか。
ポリバケツとは違う方向にあるイーゼルを適当に引き寄せ、ガラス戸をくぐる。そう大きくは無い教室の一角にイーゼルで陣取り、ガラス戸近くに置いてある引き出しから、クリップと呼ばれるカンバスを支える道具を取り出す。イーゼルの穴に差してカンバスを乗せれば、あら不思議あっという間に絵を描く人の図が出来上がり。
形だけだけれど。
イーゼルは放置して、教室の入り口の近くに置いてあるポリバケツからいらない紙を取り出して、イーゼルの近くの机に敷く。ベランダが見える窓と正反対の位置に、机の列を三つほどまたいだ先に有るカラーボックスを積み重ねた棚から、油絵の具を溶かす油を取り出し、ベランダの窓の下にある流しの台から油を言える小皿と、筆を洗うための油が入っているバケツを持って来て、油と同じように紙の上に載せる。
机の下に押し込まれている使い掛けの油絵の具を、段ボール箱ごと取り出して机の上に置く。流し台からいくつかの筆を持ってきて、忘れていたパレットを持ってくれば、これで絵を描く状況は整った。
次に、棚にしまわれたつなぎを持ってくる。そのまま女子トイレに直行してそれにお着替え。つなぎには約三十年分の歴代部員の血と涙と汗と当然油絵の具その他が染みついていて、一歩間違えればアメリカに居るストリートギャングである。まぁ、着ているのがださい黒髪少女なら間違えようも無いのだけれど。
最後の微調整で筆を拭くための古い雑誌と女子トイレから持って来たトイレットペーパーを置けば、これで準備万端。さぁ、油絵を描こう。
適当に絵の具をパレットに盛って、絵の具を溶かす油を小皿に垂らす。筆を持ち上げてたっぷり油を含ませて絵の具と混ぜ合わせる。カンバスに筆を置いたところで顧問で美術の先生が入ってきた。
「お。偉い」
「お疲れ様です、先生」
基本的にこの部活は緩い。緩すぎて部費を使い切ったり、部活に本来必要なのか疑問のある道具もそこかしこにある。その緩い筆頭がこの先生だったりする。部員が活動していなくても怒らない。
「今日は張り切ってますからね~」
半分適当なことを言いながらも筆を走らせていく。先生は教室の奥にある教員専用の机を改造した机に荷物を置く。約三十年間ずっとこの学校で顧問兼美術担当の講師としているこの先生は、教室に私物を置きまくっているし、本来校則で禁止されているお菓子やら音楽を聞くを寧ろ奨励している。入部当初は良いのか、と思ったけれど、今はすっかり感化されている。私も私だ。
書き殴った箇所を特に意味も無くすがめて見ていたら、後輩ちゃんが入ってきた。
「**先輩、お疲れ様です」
階段を上がって息を切らせている後輩ちゃんをねぎらいながら、これだと思った色をカンバスに乗せた。
後輩ちゃんはいそいそと自分のカンバスを出したりし始めた。私が一年の頃は油絵は余り乗り気じゃ無かった。嬉しそうな後輩ちゃんに、美展で入賞しろよ、と心の中でエールを送る。口に出すとみんな遠慮しちゃうんだ。その気持ちは分からないわけじゃ無いけれど、謙遜のしすぎは良くない。因みに私に絵心は皆無だ。
またがらりと扉が開く。入ってきたのは受験で忙しいはずの先輩だった。
「先輩!今日は来たんですね」
久しぶりに会ったので少し話をし、先輩は先生の方へ行ってしまった。寂しい気がするけれど仕方ない。先生と話すのは部員の癒やしだったりするから。
黙々と絵筆を振り、怠くなった腕を振りながらカンバスに色を乗せていく。一回遠くから絵の調子を確かめ、狙い定めてまた色を乗せる。
疲れてきた頃に、後輩ちゃんが飲み物を出してくれた。インスタントの飲み物もここに常備である。ああ、無法地帯。勿論万歳!先輩も飲み物を受け取って、先生も含めてほっと一息吐く。
またがらりとドアが開いて、同級生が顔を出した。来年に向けて忙しいヤツは、直ぐに帰ろうとしたけれど、来ない事をネタに絡んで少し引き留める。本当にやばいと言うので解放し、新たな色をカンバスへ。
先輩が帰ろうと腰を浮かせたところで、もう一人の、正式な顧問の先生が入ってきた。
「おう、やってるか」
口調は悪けれど、高そうなスーツを着ていておしゃれなネクタイ付きだ。因みに数学教師である。二言三言、私以外の誰かと話すと、出されていたお菓子を一つつまんでまた出て行った。生徒会顧問やら他の仕事やらも持っているので、忙しいのだ。最高記録は特殊な時を覗いて五分くらい。でもまた来ることもある。
忙しい忙しいと、仕事を楽しみながら教室を出て行く先生を見送りながら、カンバスに大きく線を走らせる。うん、そろそろ良いかな。凝り固まった腰をひねって鳴らしながら、最後に特大のアレを乗せる。
「せんせーい!見てください!!」
教室に残っている先生に声を掛ける。
カンバスに描かれたのは本物とはほど遠い見てくれの動物たちと、この部活のマスコットキャラ、不細工な顔の蜂。うん、これが無きゃね!
「題名は何にするの?」
「うーん…、びぶ、ですかね」
だってこの絵はこの部活をイメージしていますから!




