可愛い弟の本性は最悪かも
最年長の千紘から見れば、正直な話、「魔王」は達樹ではないかと思ってしまう。女たらしとか人たらしとか、そういう問題ではない。人の弱味に漬け込み甘美な言葉で操る、行動自体が「魔王」そのものである。
達樹がその能力自体を忌み嫌うため、今までほとんど使ってこなかったが今回は本領発揮……どころか思う存分使いまくっている。エリザベスに対してあそこまで礼儀正しく接したのが不思議なくらいに、である。
まず篭絡したのは孤児院の責任者とそこに勤める聖職者である。……見ていた哉斗からの報告を聞いた瞬間、「ご愁傷様です。弟分がご迷惑をおかけしました」と本気で思った。まずもってあの方々には責任も何もない。そして、裕福な商家や貴族たちに取り入り、金品を強奪……いや、おねだりして貢がせ、その金を使い全てを整えていく。
……偽善とかそういう問題ではなく、正直「あくどい」と思った。何せ、人件費以外は全て「無料」に近い状態だ。翆が取り仕切り、下水や公衆浴場など衛生面の下準備に取り掛かっている。夜会は「新たなカモを見つける場所」と公言してやまない達樹の代わりに、エリザベスをエスコートするのは千紘の役目である。
「ったく」
ここまで急ぐ理由も分かっている。達樹はここで死ぬつもりなのだ。
「しかし、わたくしは凄い方をパトロンにしてしまったようですわね」
「……それで済ませられるあなたが、凄いと思いますが」
長年一緒にいる千紘たちですら、今回は驚いているというのに。
「手段問わずでも、慈善事業をなさっていらっしゃるのです。汚名を着ることすらタツキ様は当然のように思われていらっしゃいますわ。チヒロ様たちもタツキ様の夢を叶えようとなさっていらっしゃるのでしょう? 尊敬いたします」
「俺たちの場合はつき合いが長いので」
羨ましいとエリザベスは言うが、そこまで動かしている理由がいまいち見えてこない。
そして、達樹が「いい動きだ」とのたまっているのが「他領からの男爵家への移民」である。慈善事業と雇用促進をうたうエリザベスの元へ、税の重さに根をあげた住民が来るのだ。
その一件に関して王家が黙っていなかったが、いつの間にやら王女を篭絡していたらしく不問に問われた。
王家の息女は一人、そして魔王に連れ去られたと言っていなかったか? という疑問も早々に解決した。
連れ去られたのは従女で、王女の影武者。本気で阿呆かと思ってしまった。そこに達樹がつけこんで、周囲の土地を治める権利と自治権を取り付けたらしい。この話術には幼馴染全員が絶句した。今の状況を見る限り「やりかねない」としか言いようがないが。
その一件以降、シスリードとも和解していた。何故? と思ったがどうやら連れ去られた従女というのがシスリードの知り合いだったらしい。だからこそシスリードは焦っていたのだ。いつそれに達樹が気付いたのかは知らない。
「千紘兄、それからシスついて来て」
今回やるべきことは他国との交易。エリザベスだけでは心許ない。シスのいる神殿領域まで自治権を獲得したのが幸いで、こういった他国との交渉にはシスを同席させている。
「で、今日の交渉相手は?」
「魔王領、人間族自治区域」
エリザベスとシスがすぐさま反応した。
「色々調べた結果、魔王領と呼ばれる地域は大きすぎる。統治する魔王も複数いやがる。つまりアネッサ嬢はどこの魔王に囚われているか分からない」
「タツキ……」
「だったら懐に入るしかない。魔王の能力も多種多様。ドSな魔王もいればドMな魔王もいるし、平和を好む魔王までいる。おそらく各魔王ごとに統治している国があると思っている」
向こうから見れば、こちらを一くくりに「人間領」としている可能性も示唆しておく。
「どういうことだ?」
シスの疑問は当然といえよう。
「説明が難しい。逆に質問するけど魔物はどういう括りで見ている?」
「そんなもの、淫魔族とか竜族とか黒妖精族とか……」
「そう、その括り。向こうからしてみれば『人間族』になる。個体で判断しているわけではないということ。淫魔族の誰それ、って見ていけばそこに個性があってもおかしくない」
「……君は不思議な考え方をする」
「俺たちがいたところでは基本的にいろんなわけ方をしていたからね」
黄色人種とか、アジア系とか……日本人を括るにしても色んな言葉があった。それを当てはめれば自然と答えは見えてくる。
「しかし、自治領区域もいっぱいあるぞ?」
千紘が地図を見ながら言う。
「うん。千紘兄、俺が注目しているのはガゼ地区とメルン地区」
ガゼ地区は人間が流れこむ人数が多すぎる地域で、メルン地区は奴隷を扱っている。もしかするとアネッサ嬢はメルン地区にいる可能性がある。何せ「影武者」だったのだ。それがばれてしまえば奴隷にされていてもおかしくはない。
「タツキ……」
「何とかするよ、シス。だからその取っ掛かりとしてガゼ地区とドワーフとの共存が進んでいるタゼ地区に絞り込んだ」
ドワーフの作る武器は相変わらずいいものらしい。このあたりは翆と千夏の知識だが。自警団用に武器はもっと欲しいし、出来れば鍛冶屋として数名呼び寄せたいくらいだ。
「あとはメスとかそういった道具も作ってもらいたいところだな」
流石千紘。結界を張って手術するにも道具がいまいちらしい。
「大丈夫でしょ。そのあたりは俺が交渉するから」
「君は時々人格がかわるのかと思ってしまうよ」
「かわってないよ。猫を被るだけ」
シスとのやり取りも面白いと達樹は思うようになっていた。