これはれっきとした商談です
おそらくシスの協力も仰げない、それを幼馴染たちに伝えるとすぐさま動く。どうやら千佳と哉斗がめぼしい人たちをリストアップしていた。
「うん。人質になるような相手もいないしこの人かな?」
人質に取られてこちらが後手に回ってしまえば台無しになる。ひっそりとアポを取りながら、千紘と千夏に別のお願いもしておく。
「初めまして。エヴェン男爵夫人」
「わたくしは男爵夫人ではありませんことよ」
茶色い髪に緑の瞳をし、やせ細った熟年の女性が今回のターゲットとなった。
妾に全てを奪われ、今残るのはこの館のみ。子供を生せなかった女性、そしてエヴェン男爵に実家の金を全て奪われた女性。
「いえ、どうせなならまだ形だけの夫に復讐しないか持ちかけたかっただけですけどね」
達樹のその言葉にエリザベス=エヴェンが驚いていた。
「あなたにしてもらうのは慈善事業です。資金は……何とかなるでしょう。まぁ、これが知られればあなたの夫は間違いなく陛下の怒りを買うでしょうね」
「これ以上の慈善事業などわたくしにはできませんわよ」
「出来ます。この屋敷を開放して欲しいのです」
「開放?」
「えぇ。端的に言ってしまえば、あなたが今やっていることの延長にあるんです。少ない侍女に部屋を貸したり浴場を貸しているでしょう? それを周囲にもすればいいだけです。衛生面に関しては私のほうで受け持ちますから」
「衛生面?」
「はい。とりあえず掃除夫を数人こちらで用意します。ここ数キロ圏内を全て汚物のない地域にしますよ」
そこからは千佳に説明を頼んだ。そして庭に大量の薬草を植える許可と自警団の設立。
「資金が足りませんわね」
「あります」
そう言って達樹が差し出したのは金貨十枚程度。
「どうやってこれだけの大金を?」
ここでの金貨一枚は日本にして十万円ほどの価値があり、物価から見ればこの金貨一枚で四人家族が三年ほど暮らしていける。
「これは資金の一部です。これの十倍はすぐに用意できます。
もともと私がここに呼ばれたのは魔王を討伐するためです。ところがどっこい、この国の現状では魔王を討つ前に国が滅びます。別に国が滅ぶのはどうでもいいんですが、問題は民でしょう。少しでも国がなくても自活できるように整えようかと」
「それと慈善事業が関係ありますの?」
「大有りです。自立できるようにするのが私の目的ですから。そのためには手に職をつけるのが最善です」
このあたりの衛生面を立派にするための工事とこの家を開放して診療所とすること、そして後継者をたった三ヶ月で育てること、それをエリザベスに話していく。
「三ヶ月で?」
「時間がないのは承知ですが、私に残された時間が少なすぎる」
千佳が「こっそり」と持ってきてくれた達樹の薬は半年分しかなかった。
「わたくしで出来る範囲でしたら受け持たせていただきます」
商談は成立した。