交渉します!
「人体とサソリが合わさった化け物って事は、おそらくギルタブルルだろうな」
「ギルタブルル?」
「あっちの世界だと古代バビロニアに伝わる門番だ。守るところは色々、王宮や街だったり冥府の門番ともされてるな。無理に入ろうとしない限り、攻撃してこない。下手にやりあうな」
翠が説明をしてきた。好都合、達樹の中ではそう結論付けていた。
「どどどどどうしましょう!」
「エリさん、黙ってて。今計画練ってる最中なんだから」
相手に主と認めてもらうのがベストだろう。さて、どうしてものか。
降りる人物は達樹、千紘、翠、エリザベス、シス、エリ、エルフリーデともう一人の神官だ。この中で問題なのはエリだろう。余計なことを言わないとも限らない。
「相手を刺激しないでいこう。相手はただの魔物じゃない」
「……分かった。タツキに任せよう」
不安げにシスが言った。
武器の携帯はしない、それを相手に伝えておく。実際、持っていってもあまり意味がない。
「あなたはここの守りですか?」
「如何にも」
「私たちはあの土地と共に休める地を捜しています」
「では何故、他のオアシスでは無理なのだ? そなたらはずっと動いておった」
やはり見ていたか。ならば都合はいい。
「安住の地を捜すのに、時間をかけるでしょう」
「では何故、降りてきた?」
「簡単です。あなたが攻撃してきた。つまり、守りをしっかりなさっていらっしゃるからです」
その言葉に交渉役のギルタブルルが不服そうな顔をした。
「我らはこの地を守るモノ。なれば、不審なものに対してけん制をするのは当然のこと」
「えぇ。だから、あなた方と交渉の余地があると思ったんです」
「言葉が通じんな」
「いえ。あなた方は私の言葉を理解しようとしていないだけです」
やはりその言葉には反応したか。
「守ろうとしない愚かなところに私は交渉しようと思いませんよ」
「我らを試しておるのか?」
「試していません。名乗り忘れました。私は重見 達樹。異世界人です」
「俺は真壁 千紘です。同じく異世界人です」
「同じく、高峰 翠です」
「シスリード=ファルス。神官をしております。こちらは私の供」
「……何故、混血がおる?」
エリたちが名乗る前にギルタブルルは言った。
「私にとって、混血だろうが、魔族だろうが関係ないからでしょうか。共にいて、楽しければそれでいいかと思います」
「それは理想論だ」
「そんなことくらい、分かってますよ。異世界にだって、沢山差別はありますし」
意外そうな顔でギルタブルルはこちらを見てきた。
「理想郷から来たと思いましたか? そんなところがあるなら、私だって見てみたいものです。誰しも、そういった他者を排除する感情はあると思いますよ」
その言葉にエリがびくぅぅぅっと驚いていたが、達樹は無視した。
「理想郷なんてこの世にはありません。理想を現実にするために動いたところで、何人支持してくれるでしょう。支持するモノと同じくらい排除するモノもいます」
「我らを恐ろしいと思わぬのか?」
「あちらの世界の知識では、あなたは『守り人』だと聞いています。こちらの世界ではどうかは分かりませんが。それでも、あなたは私を『脅威』と感じた。それだけで充分です」
「どういう意味だ?」
「あなた方を味方に引き入れれば心強く、敵に回せば我々の存在自体が危ぶまれる、それだけです」
正直、人間の嫉妬とかの方が怖い。
「なれば、これを飲め。話はそのあと」
「飲むのは私だけでいいでしょうか?」
「何故?」
「私一人、魔法耐性がない」
魔法耐性がないという事実は、達樹にとって「切り札」の一つだ。
「では、『庇護者』は?」
「私です」
シスがすぐさま名乗り出た。
しばらく、両者に沈黙がよぎった。
「……とするならば、これを飲むと二人に影響が出るというわけだな」
ギルタブルルはシスを見ながら呟いた。
「早い話がそうです。ですが、正直に言えば私は、タツキにそれを飲んで欲しくない」
「理由を聞こうか」
「タツキが今回移動を計画・立案した張本人で、方法の細部まで知っているのはたった一人、タツキだけだからです。勿論、タツキに倒れられては、我々はここから移動する術もなくなり、皆死に絶えるでしょう」
そこまで聞くと、ギルタブルルは達樹のほうを見た。
「それはまことか?」
「今回の交渉に嘘は使いません。全て事実です。嘘をつくなら、別の人間に遠隔で交渉させます」
これだけは自信を持っていえる。
「そなたは策士か」
「よく言われます」
「なれば、今すぐ飲め」
おそらく、これは毒だろう。
飲んだとしても、別に不都合はない。死期が早まるならそれもまた受け入れるだけだ。
皆が止める中、達樹はギルタブルルから杯をもらい、臆することなくそれを飲んだ。
「……満足、ですか? 誇り高き、守りのギルタブルルよ」
そこで、達樹の意識は途切れた。




