移動開始です
二日後、全員が揃った。
「面白い情報だ。どうやら俺たちは戦をエーベル王国とグレス聖王国に対して行うつもりらしいぜ」
「確かに面白い情報だね。翠兄。自治領内の反応は?」
「自警団にも同じことを笑いながら聞かれたな。まぁ、信じてないってところだ。一部の団員曰く、『達樹が戦を仕掛けるなら噂のないところでやるだろ』ってな。見事に性格が知れ渡ってんな」
哉斗の言葉に達樹を除く全員が笑った。
「で、自治領外に『オリハルコン』は?」
「ねぇな。ってか、有ったとしても売ってもらえねぇよ。一応、自治領でオリハルコンを集めてるって情報だけは流しといた」
「翠兄、ありがとう」
「なんかね、門を抜けるとまったく違う世界に飛び込んだみたいな感覚になっちゃうかな。何せ、こっちと生活水準が違うから」
「相変わらず衛生面も駄目か。……早いうちに移動しないと、病気がこっちまで来る可能性があるよね」
千夏が指摘した問いにも、達樹は何の感慨もなく答えた。
「で、鉱山に『オリハルコン』はあったでしょ?」
「たたたた達樹さん!! しししし知ってたんですかぁぁぁ!?」
「おおよそ見当ついてたよ。でなきゃ、発掘に行ってなんて軽く言えないよ。時間もないしね。
これからは、この粒を一週間かけて作ってもらうから。一応どれくらいの力がいるかとかは、クンツォーネさんと千紘兄に話しておくよ」
ここに来てやっと、達樹は「鍛冶屋」の面々に嫌われずに話が出来るようになった。
多分、投擲のおかげだ。
「千夏姉、職人さんにダーツの形を教えて。俺、絵が壊滅的に駄目だし」
天は二物を与えず、その言葉どおりだと周囲に散々言われている。勉強はそれなりに出来るし、自分の思い通りに動かせるように努力すれば、動いてくれる。だが、運動能力と芸術力は幼稚園児以下の能力である。挙句、魔法耐性がまったくないと、こちらの世界で分かった瞬間、何と言うか幼馴染たちがかなり羨ましかった。
この中で器用なのは千紘と千佳だよなぁ……、そんなことを思っていたら、千紘に頭を叩かれた。
「その分俺たちはお前らのことで苦労してんだ。それくらいの見返りはあってもいいだろ」
どうやら珍しいことに達樹の考えはバレバレだったらしい。
一週間後、そのアイテムはきっちり出来あがった。
『二十人で大丈夫なの?』
始める前にエメラルドが哉斗に言っていた。
「達樹が大丈夫だって言ってんだ。大丈夫だろ」
『普通は四十方向なの。それを半分にするなんて無茶よ』
「だとよ、達樹。どうなんだ?」
哉斗の言葉に達樹は冷たく笑い、エメラルドを見つめた。
「簡単なことだと思わないかい? 何で俺は君の状況をしっかり知りえたと思ってるの? 王女ということはともかく、現妖精王との関係とか、侍女の居場所とか」
『……まさか……裏切り者でもいるというの?』
「それは君の侍女に対してかな? だとしたら答えは『ハズレ』。俺が協力者と仰いだのは、アリーさんだよ」
『アリー?』
どうやらエメラルドはアリーを覚えていないらしい。あれほどアリーはエメラルドを覚えていたというのに。
「あぁ、引きこもりの妖精か。籠の中が大好きな」
「そ。正確な名前はアリエルさんだけどね」
そう言って、達樹はアリエルを紹介した。
『ば……化け物っ!!』
「そういうから黙ってたんだよ。アリーさんは『二形』の妖精なんだ。だから半分の数で済む」
隠れそうになったアリエルを達樹は紹介した。
「……伝承で聞いたことはある。魔物の中でもかなりの魔力を持つと。……いつの間に誑かした?」
「シス、酷いよ。誑かしてない。エメラルドさんが気付かないように『こっそり』人買いから買っただけ」
「いつだ!? いつ!!」
「え? 前回の旅の途中かな?」
「どうやって!?」
全員から集中砲火を浴びた。
「え~? 自由行動なんてよくあったじゃん。その時たまたま見つけたんだ。で、一応金を出して契約成立したよ?」
「どうやって隠してたの!?」
「え? 普通に一緒にいたよ? だからアリーさんの力は凄いってこと。誰一人気付かないくらいにね。俺が魔法適性なしな上に耐性なしだから気付いたようなものだよ」
その言葉に全員が今度は絶句した。
「じゃ、準備はじめよっか」
達樹の言葉はどこまでも「そこらへんまで遊びに行く」という感覚である。当然、千紘たちはため息をつき、翠たちはのりのりだ。
ついでに言うと、一体の妖精につき、数人の護衛をつけることになっている。護衛は剣士等攻撃担当数人と治癒者で構成されている。
二十方向へ妖精たちがついたのが分かり、今度は陣の中心にアリエルと達樹が移動する。それにエリとエルフリーデが続く。
そして、全属性の魔法職が揃った瞬間、エリとエルフリーデが向かい合い、二人の手を合わせた。
「我らの力を持って、この地を慈しの大地へ移さん。……」
ガガガガガ、凄い音がしてゆっくりと動き始めた。
一番力のコントロールと能力が必要なのは浮遊する時と着地の時だという。達樹たちは全能力を集中させ、少しずつ大地を上昇させていった。
「すごいねぇ~~」
領地の真ん中に陣を描く為、周囲の家に「移動」してもらった。そのため、衆人の注目を浴びる。
エーベル王国からの攻撃も予想されていたとおりだった。そのあたりは、投擲用のナイフがかなり役に立ったとあとで聞いた。
ぐぉん、ぐぉん。
音が変わったことで、ゆっくりと上昇を始める。
周囲を風と光、それから闇の魔法で結界を張っていく。そして周囲の外敵から守りを固める。
「う……浮いた!!」
子供たちの歓声が自治領内に響く。
目的地へ向かって自治領は動き出した。




