鳴るはずの無い電話
鳴るはずの無い、携帯に着信が入った。
『親父?』
数日振りに聞く、我が子の声。付き合いのある友人たちの前で、子供たちは消えた。色々持たせてやるべきだったと後悔した。
「どうした? 元気か?」
『まぁ、何とかな。こっちでも医者をやってるよ。で、ものは相談なんだけど、漢方の知識って親父にあったよな』
「それがどうかしたのか?」
『こっちで、今使っている薬が手に入らない。千佳に頼んで作ってもらうのに、今の薬とほぼ同等の効能がある漢方薬を作るしかない』
聞けば、中世ヨーロッパくらいの文明らしい。
「漢方も良いが、西洋の薬草にも目を光らせなさい」
『そっか……重見の小母さんから悪い部分を抜いたら似ている女性がいてさ、達樹が無茶やらかしてたんだ。俺、それくらいなら可愛いかと思って見てたんだけど、そのあと栄養不良の子供見つけて、達樹がまた無茶して……』
「お前達も無茶をしているだろう? 達樹君のことは言えない」
『今の達樹、俺たちじゃ止めれないから。だから、半年といわずに長生きして欲しいから……』
「翠君と千夏が書いた摩訶不思議な模様のところに、漢方薬の辞典と西洋薬草の辞典を置いておくから、そのうち持っていきなさい」
『電話、してからじゃないと無理なんだ。空間繋げるらしい』
ではその時また電話を鳴らせばいい。その場所にこの携帯を置いておくと。妻に出てもらい、渡せばいい。
『母さん、大丈夫?』
「今度電話した時、話を聞きなさい」
『……サンキュ。達樹はともかく、俺は全部終わったら戻りたいと思っている』
「是非そうしてくれ」
そこまで言うと、電話は途切れた。ことの顛末だけを、妻に伝えておく。「海外ボランティアに行ったものと思うしかない」と寂しげに言っていた妻の顔に、涙がつたった。
「高峰と首藤さんの奥様にもお話しないと。毎日ここでお茶をして待ってるわ。あの子達の声が聞けるのを」
「……そう、だな」
どうやって、あちらに達樹が渡ったのかは分からない。だが、我が子たちはその道を敢えて選んだ。たった一人の可愛い弟の為に。
今日は高峰と首藤と久しぶりに酒を飲もう、そんなことを男は思った。




