コードネーム
俺は長年努力を続けた結果、憧れの秘密組織に所属するという夢が叶うことになった。
そして勤務初日、俺の上司となる人に「ボスの元へと案内する」と言われ、基地の奥へと導かれた。
「何故新人である俺が、いきなりボスと対面なんてできるのでしょうか」
「お前、組織に憧れていたと言っていたわりには何も知らないんだな。これから、ボスにコードネームをつけてもらうんだよ」
緊張ですでにガチガチになってしまっている俺に、上司は冷たい口調で答えた。
「コードネーム、ですか?」
「ああ。この組織に加入した者は皆、ボスによってコードネームをつけてもらうのだ。そして、組織にいる間は常にその名で過ごすことになっている。素性を知られるのは、メンバー同士でもご法度だからな」
「な、なるほど」
コードネームか。やはり、秘密組織というものはこうでなくては。
「ちなみに、俺のコードネームはスコッチ。俺のことは、そう呼ぶように」
「は、はいっ! スコッチさん!」
スコッチ。確か、ウイスキーの名前だったか。酒の名前をコードネームにするなんて、ボスはセンスがいいな。
「ほら、着いたぞ。礼儀はきちんとしろよ」
「はい!」
高級感溢れる扉を前にして、またも緊張がにじみ出てきた。しかし、ボスの前でみっともない姿をさらけ出すわけにはいかない。
俺はゴクッと唾を飲んでから、ボスが待つ部屋へと入っていった。
「おお、スコッチ。お仕事ご苦労」
奥に見える、レザー製のイスに腰かけている初老の男性が言った。
この方が秘密組織のボスか。何というか、それらしい威厳というものが漂っている。
「アルマニャック様。こちらが、今日から配属になった新人です。どうか、彼にコードネームをお与え下さい」
ボスのコードネームはアルマニャックか……あまり酒に詳しくないからよくわからないが、多分ブランデーの名前だったような。
でも、かっこいい。よくわからないが、何だかとてつもなくかっこいい気がするぞ。
「ふむ、新人には私がじきじきにコードネームをつけるのが習わしだったな。よし、一つ考えてみるとしよう」
ボスは口元に手を当て、天を仰ぐようにしてしばらく考え込む。
十数秒後、ボスは「よし、浮かんだ」と言って俺の顔をじっと見据えた。
「君のコードネームは、リキュールだ。なかなかいい名だろう」
「リ、リキュール……」
かっこいい。流石はボスだ。俺の心はますます熱をあげていく。
「はい! 俺は、今日からリキュールとしてこの組織に身を」
「アルマニャック様、お待ち下さい」
「?」
しかし、このスムーズな流れをスコッチさんが止めてしまった。
ボスも困惑した様子で、首をかしげている。
「どうかしたのか。リキュールに何か問題でもあったのか」
「いえ、問題といいますか……その。恐れながら、お話させていただきます。リキュールという名のメンバーは、既に存在しております」
「おお、そうだったか? 私としたことが、うっかりしていた」
どうやら、リキュールはとっくの昔に使われてしまっていたらしい。
俺の一生を、リキュールとしてこの組織に捧げる決意が固まり始めていたというのに。
「同じ名前のメンバーがいては、紛らわしくて仕方がないか。よし、別の名を考えてみるとするか」
ボスは再び、俺のコードネームのために頭を働かせる。
そして、今度はパチンと指を鳴らしてからこう言った。
「よし、君のコードネームはテキーラ。どうだい」
テキーラ。またも酒の名前か。でも、かっこいい。かっこいいぞ。
「はい! 俺は、今日からテキーラとしてこの組織に身を」
「大変申し上げにくいのですが」
ここでまた、スコッチさんが話の流れを止めてしまった。
「スコッチ、どうかしたのか」
「あのですね、テキーラという名のメンバーも既にいるんですよ。しかも、三人ほど」
コードネーム、被ってるんかーい!
さっき被り防止のためにリキュールを拒否したというのに、被っちゃってる奴もいるんかーい!
しかも、三人も被っちゃってるんかーい!
……うう、心の中でとはいえ、俺よりもずっと偉い方々に対してツッコミを入れてしまった。
神よ、不届き者の俺をお許しください。アーメン。
「うむ。言われてみれば、テキーラは一号と二号と三号がいたような。これ以上増えては、ますます不便になってしまうな」
「まあ、この組織のメンバーも多くなってきましたし、コードネームが被ってしまうのも無理はありません。いっそ、酒の名前以外からもコードネームを考えてみてはいかがですか」
「いや、それは私の流儀に反する。何としても……」
その時、ノックする音が聞こえてすぐに誰かが部屋に入ってきた。
振り向くと、そこにはダークスーツに身を包んだ美女が佇んでいた。
「アルマニャック様。先日の一件についての報告ですが」
声もよく通る美声で、まさに非の打ちどころがない。
一体、彼女のコードネームは何というのだろう。愛らしくロゼとか? はたまた、クールビューティーに……。
「おお、芋焼酎。ご苦労だった」
芋焼酎⁉ この、クールビューティでお美しい彼女が、芋焼酎だってえ?
何がどう転んだらそうなるのだ。な、何故に彼女が芋焼酎なんだあ。
あまりの衝撃で完全にパニックに陥った俺であったが、これでは話は終わらなかった。
「で、報告というのは」
「はい。任務の方は、地道に遂行されています。命運は、発泡酒の采配にかかっているといっても過言ではないという状況です」
は、発泡酒?
「そうか。彼ならきっとやってくれるはずだ。大丈夫、発泡酒には日本酒と泡盛、それとみりんという優秀な部下がついている。きっと、任務を果たしてくれるさ」
日本酒? 泡盛? 段々コードネームが変な方向に進み始めてるぞ。しかも、みりんに関しては酒というよりは調味料なのでは……。
「そうですね。では、私はこれで。第三のビール様の元で、与えられた任務に励みます」
「期待してるよ、芋焼酎君」
第三のビールにとどめを刺されてクラクラしている間に、芋焼酎さんは去って行ってしまった。
「すごい名前だなあ」
きっとさっきのスコッチさんの話から察するに、ボスの酒の名称縛りでひねり出すコードネームもそろそろネタが尽きてきているのだろう。だから、とてもコードネームとは思えないような名前がぞくぞくと出てきたに違いない。
ちらっと横を見てみると、スコッチさんの肩が微かに揺れている。まさかと思うが、ぶっ飛んだコードネームで笑っているのか?
「どうした、スコッチ。この部屋は寒いのか」
「い、いえ何でも。それより、彼のコードネームの方を」
「そうだったな。うむむ……では、新入り君よ。君はキムチは好きか」
「マッコリでしたら、先日入った方につけたばかりですよ」
「うむ、そうだったか。では、君は米は」
「どぶろくは、幹部に四人ほどおりますよ」
「うぐぐ。で、では。お茶の方は」
「ウーロンハイでしたら、十人ほど」
「さっきからうるさいぞ、スコッチよ! 私に何か恨みでもあるのかっ」
「い、いえ。申し訳ございません。決してそんなつもりでは」
そうは言うが、スコッチさんの口元は緩みまくっている。多分、ボスのことを尊敬はしているのだろうが、コードネームのネタ切れの件に関してだけは笑ってしまうのだろう。
今は自分のことだから全然笑えないが、これは他人事だったら俺だって確実に笑う。しかも、腹筋がよじれるほどの大笑いだ。
「うむう、絶対に私は流儀を曲げたりはしないぞ。私は、立派なコードネームを考えてみせる」
「あの、ボス。俺なんぞのためにそこまでなさらなくても」
「お前のためにやっているのではない! これはもはや、私のプライドの問題なのだ!」
「ひいっ! す、すみませんでしたあ」
俺がひたすら平謝りをしている間も、ボスはひたすら悩み続けた。
時には唸り、時には苦しみ、時には悶え……。
そして数十分後、俺のコードネームは、見事無事に決定した。
コードネームを与えられてから数日、指令が来るまで自宅待機を命じられていた俺は、今か今かと指令を待ちながらベッドに寝っ転がっていた。
「早く、ならないかな。電話。待ち遠しいなあ……おっ」
噂をすれば何とやらという奴か、待ちに待った着信音が鳴った。
俺はすぐさま携帯電話を手に取り、早速電話に出る。
「もしもし」
「ああ、焼酎のカル〇ス割り・カル〇ス濃いめよ。最初の任務……ぶわっはははは!」
「人のコードネームを笑わないで下さいよ、スコッチさん!」
「す、す、すまない。で、でも……ぎゃっはははは!」
「いい加減にして下さい!」
俺のコードネームは、焼酎のカル〇ス割り・カル〇ス濃いめ。秘密組織に所属する、れっきとした組織の一員だ。
この名は決して、どのメンバーとも被ってはいない。唯一無二のコードネームを、ボスから直々に俺は与えられたのだ。
しかし、それが果たして誇らしいことなのか。駆け出しの俺には、全くもってわからないことだ……。
少しでも笑っていただけたのなら幸いです。