トラジェ
悪夢の木馬の馬車に連れて来られたトラジェは雑然とした町だった。ちなみに御者はあぎゃが勤めていた。木馬にまたがりはしゃぐ小動物。ちょっと自分が座っている光景を忘れることができて幸せな時間だった。
「ここがトラジェの中心地、トラジェ広場だ!」
『ぁぎゃ!』
シーファが両手を広げて説明する。その肩の上で自己主張する小動物。
夜中に声を張り上げるのは如何なものかと思う。ただ、返る反応は野良犬らしき唸りのみである。あ、あと俺の相槌。
その広場は上下に分かれていた。
上部からの水が五メートルぐらいの落差を落ちていく。夜の闇に浮かぶ白く美しく飾られた縁から受け止める下部へと垂直に。
広場の上部に行く階段はなぜか広場から出たところにあるらしく、上へのルートはわからない。
そして、夜中の町は非常に寂れて見えた。
広場の紹介の後、満足したのかシーファは目的地へとむかって進み出した。そう、一人では絶対迷うしかない道を歩いていく。幾つかの扉をくぐった。扉をくぐると、通路があり、その先に階段と扉。 階段を上がった先の扉をくぐるとまた外に出る。それはまるで、複数の建物を無理矢理増築改装したかのような迷路だった。
その上で、所々外壁がないのだ。建材が足りずに抜けがあるという風ではなく、何らかの衝撃があってひび割れ、破損したかのような抜け。ぽかりとあいた穴からは無情な風が吹き込む。
見ていることに気がついたのか、シーファが手に持ったランプを揺らす。
ランプの灯りに照らされてくっきりと雑な割れ目が見える。
「地震の爪痕だよ」
「地震?」
ウチも地震大国だったなぁ。
俺は幸いに大きな地震の被害にはあったことはないけどな。
「そう、地面がいきなり割れるんだ。で、ズレちまう」
目の前の建物の割れ目はその時に割れてしまった後を『魔法』で補強してあるのだが素材が足りなかったために穴が残っているらしいという説明を受けた。
「魔法があるんだ」
何を言ってるんだという表情でシーファがこっちを見ていた。
「魔力測定してやったろ? あれは魔法を使うための力を測ってたんだぞ? 分かってなかったのか」
そうだった。
照れ臭くなってちょっと頭を掻く。
「うん。忘れてたんだ」
彼は呆れた表情だった。
でも、攻撃とか回復とかにこだわらない修復に使える魔法っていうのが少し、不思議だった。
「困った奴だなぁ。今は一緒にいてやってるけど、ずっとって訳にはいかねぇんだからしっかりしろよ?」
突き放すような言葉にはどこか気遣いが感じられる。
「ありがとう。えっと、助かってる」
あれ?
お礼を言うのはじめてじゃないか?
「なぁ」
「お?」
「えっと、拾ってくれて、そっちにはそっちの都合があるんだろうけど、助けてくれて、ありがとう」
ココから先がどうなるかなんてわからない。
本音なんかわからない。
でも、今生きて、余裕を持ってここに自分はいるんだと思う。
気がついたならちゃんとお礼を言っておきたかった。
言って、それからものすごく安心と羞恥心がおそってきた。
大丈夫だ。俺がどんな奴なのかなんて知っているやつは世界に誰もいないんだから。
それでも、わかっているのに、照れくさくて顔を上げることができない。
ふっと耳につく呼吸音。息を吸ったのか、ため息を疲れたのか。仕方ないな……。
「おう!」
明るい声に顔を上げると、シーファは気持ちよく笑って手を伸ばしてくれていた。
「最後まで、助けてやれるかどうかはわかんないけどな、『ありがとう』分は手を貸してやるよ。とりあえず、寝床に行こうぜ?」
ほら進もうと促されて俺は頷く。
たった、コレだけの言葉で機嫌よくなった姿を見て、自分のゆとりのなさを知る。
そう思って、ゆとりなんか持てるはずもなかったと自嘲する。
目的地は確かこのトラジェの魔導師組合事務所。
そういえば、と問いかける。
「このあたり、地震多いの?」
「ああ。この辺には魔力過多な力場はないからな」
「りきば?」
地震との関連がわからなくて首を傾げる。
「世界は流動してるもんなんだよ」
シーファは楽しそうに説明してくれる。
「ソレを留め置けることができるのはさ、魔王。だなー。魔王が立つとその魔王が世界の力場の大元を支配するって言われてる。実際はどうなのかなんてわかんねーけどな。ま、地震が減ったら魔王の出現が噂される前兆だな」
「あの、さ」
「おう」
「もしかして、ソレ一般常識?」
「あ? ああ。知ってるやつは知っているっていう一般常識だな」
あ。一般じゃなさそうだ。
「ま。力の強い、魔力力場を扱える者のいる傍は地震はないってことになってるな」
あまり信じていないような口ぶり。
よけいにわからなくなる。
「そう言う説明はさ、一応専門家に聞くか、現地実地で感じていくかのどっちかしかねぇからな」
俺は専門家じゃねーしと笑うシーファについて迷路を抜けると真っ黒な壁に囲まれた館の入口に手をかけた。
こっこん
癖のあるノック音。
小さく窓が開いてぎょろりと黄色い目が周囲を見る。
「クレメンテに会いに来た」
シーファがそう告げるとカタンと覗き窓が閉まり、スーッと壁がスライドした。
「行くぞー」
ここが魔導師組合事務所なんだろうか?
俺は疑問に首をねじりながら、暗い入口をくぐった。