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目的地

『ぎゃ』

 ぽむぽむと放り投げられた小動物の影が近づいてくる。

「おー、あぎゃ、遊んできたかー?」

『ぎゃ!』

 火の照り返しを受けて青みがかった毛皮が赤みを帯びて黒っぽく見える。

「あぎゃ?」

 小動物を手軽い動きで抱き上げたシーファは気持ちよく笑う。

 そして、その小動物を俺に突きつけると宣言する。

「あぎゃあぎゃ鳴くからあぎゃだ!」

 ネーミングが……。

 脱力するようなネーミングセンスだった。

『ぁぎゃ!』

 得意気にカチャカチャと爪を鳴らす小動物。

 得意気なふうに可愛くない声を披露する小動物。

 大きな耳をひくつかせて褒めてとばかりにかわいさアピール。

 うん。

 クリティカルヒット。

 紹介を済ませたらもういいとばかりにシーファは小動物を解放する。

「ま、どうすれば、いいかだけどさ」

 唐突に話がもどされる。

「とりあえず、近場の町、トラジェの魔導師組合事務所に行ってから決めよう」

「トラジェ」

 魔導師組合、事務所。なんだか実用的な響きだと思う。

「そ。異世界だっていう現実にはゆっくり馴染んでくれればいいさ」

 そう言われて、夢現に現実を受け止めることができていない可能性を考慮されていることに思い至る。


「異世界なのはわかってるよ?」

 口に出した自分の声は笑いを含んでいた。

 怪訝な眼差しを受けて俺は空を見上げる。

 満天の星空。星座なんかは知らないし、見上げてもただ圧倒される。

 ぽっかりと星影が抜けた空。

「俺の世界では山は飛んでいない」

 実はあの空に浮かぶ山はかなりでかいんじゃないかと思う。



「見えるのか?」



 静かな場所だから聞こえたシーファの声は小さい。

 あれ? 

 見えちゃいけないものだったのか?

 でも、

「見えるよ。夜だからか、そこだけ星がなくて、そこにあることがわかるんだ」

 返る沈黙。

 ただ火のほうで何かが小さく爆ぜる音。

 爆ぜる音に火のほうを見ると、固形燃料に燃えやすそうな枯れ枝を差し込んでいる小動物がいた。

 その横にはいつの間に集めたのか枯れ枝が積み上げられていた。

 必死に焚き火に枯れ枝を足す小動物あぎゃ

 どうしよう可愛すぎる。

 俺の視線に気がついてこてんと大きめの頭を倒す姿があざとすぎないか?

「あまり、人に言うなよ?」

 この愛らしさを言いふらしたりしない。

 疑問に思って視線をシーファに向ければ茶色い固形物を投げられた。

「干し肉。よく噛んで食えよ。で、空の山は魔法隠蔽されたかつての魔法都市だって言われている」

 魔法都市!

 かっこいい。

「いいか、普通の者には存在は知られていないものだ。不用意に話してはいけない。信用できる相手でなければ、いまだ慣れない異界人だと知られるのも得策じゃない。もちろん、最低限の常識や自己保身を身につけてからなら好きにすればいい。普通でないものは狙われる。常識を知らなければ、容易く隷属契約を結ばされ、使い捨てられる。そう扱われて疑問を抱けない連中はけっこう多いんだ。情報の保守は大事なことなんだ」

 多くのことを言われて少し悩む。

 隠蔽魔法で隠されているはずの魔法都市。

 その存在を見ることができる。それはこの世界でどんな意味を持つのかはわからない。

 隠蔽と言うからには隠されている。という状況が正しいんだろう。

 まわりに知られてもいい情報とダメな情報。

 用心しろ。警戒しろという言葉、咄嗟の行動で動きを封じられ流し込まれたものは本当に大丈夫なのかと疑念が上がる。

 はじめてあったイキモノで寂しさを埋めてくれたがゆえに気を許し、差し出されたものを口にする。

 シーファの言葉を借りれば最低限の自己保身ができていない証明なのではないかと思う。

 なんとなく干し肉を口にするのがためらわれる。

 朗らかな笑い。

「そうそう。そのぐらいがいい。いい奴もいるけどさ、悪い奴だっているんだ。俺だって利害がまるっきりなければ手を差し伸べたりしねぇし」

 肉を口に入れる。

 硬かった。

 利害。

「いろいろとあるんだ。ま、無知な奴を野放しにしておくと実害が大きいからそれを起こらないようにするって事は大事なんだぜ?」

「つまり、空に浮かぶ山が見えるって発言はまずいんだ?」

 シーファは笑いながらあぎゃを抱き上げる。

「そのとおり。隠蔽魔法がきかないかもしれない。なんてばれたら利用されること請け合いだね」


 その後も茶化しが入りつつ情報を含んだ会話が続いた。

 トラジェという町にはクレメンテがいるので魔法具の使用実験報告もあるし、迷い込んできた異界人に対する保護組織も存在するらしい。

 いろいろと便利そうな町だ。

 ただ、「間を空けず、移動することになるだろうから置いてくれる心当たりに案内してやる」とも言われた。

 トラジェは俺にとって、ただ訪れたことのある場所となるらしい。


「さて、移動するか」

 シーファがそう言って立ち上がる。

 周囲は闇だ。

 頼りは星明りのみ。

 俺の常識だとこの状況で動くことは自殺行為だと思う。

 それなのに、自信満々で先を目指すというシーファ。

 そして『ぎゃ』と声をあげて火の始末をはじめる小動物。

 カチャカチャ器用に爪を操って火に砂をかけてゆく。


 いつの間にかそれは目の前にあった。

 どう見てもパステルな彩色をされた木馬だった。

 そう遊園地とかでぐるぐる回っているアレだ。

「コレナニ?」

 出てくる言葉は微妙にカタコト気味になった。

「あん? ああ、木馬のソリだな」

 何で、巨大ティーカップなんだ?

 この時点で空に浮く山が見えなくても、俺はここを異世界だと思う。

 パステルカラーの木馬、白磁の巨大ティーカップは女の子が喜びそうな花を模ったようなデザイン。これがソリ?

 いや、ソリなんか実物見たこともないけど。

 もう少し、シンプルなものを思い浮かべる。こんなファンシーなものは実用性がないような気がするというか、乗っているのを見られれば気恥ずかしい。


 本気で、コレに乗らなければならないのだろうか?


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