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説明?

 飲まされた薬は男の友人魔法使いのクレメンテが作った魔法薬『二人のあいだに言葉の壁は無用。愛の架け橋。君と解り愛たい』というらしい。

「ふざけるな」

 と吐き捨てると男も『まったくな』と返してきた。不本意だったらしい。

「お前が俺が喋ってる言葉のどれかに反応してくれれば使わずに済んだんだけどな」

 苦笑されても困る。

『ぎゃ』

 男の肩に乗る小動物がその大きな耳をパタパタと動かす。

 すいっと周囲を見回した男が小動物を掴みあげる。

 いささか大きめの後ろ足。前足はどちらかというと攻撃用なのか凶悪そうな爪がカチャカチャと鳴り、中足が暇そうにぶらついている。

 予備動作無しで男は小動物を放り投げた。

「遊んでこーい」

 飛んでいった方向にそう声をかけてから、男はどかりと無造作に地面に座り、そして荷物から何かを取り出した。

 取り出されたそれは茶色っぽい四角い物体。

「座んなよ。無駄にできる食料・水とかはないが必要な食料・水はあるから」 

 そう、言いながら四角い物体を軽くほぐし崩してから火をつける。それは、柔らかな熱を放ちながらじわりと小さく燃えはじめる。

「固形、燃料?」

 つい、口をついてでた疑問に男は軽く頷く。じわりと小さい割に広がる熱は夜の寒さをかなりしのげるものだ。

「そそ。暖はとらないとね。食事もするべきだし、軽い説明もできるかもしれない」

 言葉がわかるようになった男は軽い口調で話す。

 もしかしたらずっとこんな感じだったのかもしれないが、声を音として認識していた時には解らなかったことだった。

 そっと彼の向かい側に座る。

 おそらく警戒を察した彼が苦笑いする。

「あの薬さー。お互いの唾液混ぜなきゃダメなんだよ。でも、効果自体は一時的だけど、効果中に言葉を多く使えば使うほど、聞く喋るどっちもだぞ? 自分のモノにできるんだよ。だから会話、しよーぜ?」

 呪われろ。クレメンテ。

 サイテーだその薬。文句を果てしなくつけたいのに、なんでそんな高性能っぽいんだよ。

「俺はシルフィア。ま、シーファって呼ばれてる。よろしくな」

「な、七尾、円」

「ナオエ?」

 いや、違うから!

「エン。よろしくシーファさん」

「えん、エンねー。了解覚えたー」

 俺の名前を軽い調子で連呼しながら袋を漁っている。

 出てくるのは水筒と、白い物体。

 無造作にナイフで切り分けられたそれを受け取る。

「軽く炙ってから食うといけるぜ?」

 そっと火にかざすと端がじわりと溶けた。

 マシュマロのように思えたそれは、口に入れると少し、しょっぱかった。

「ゆっくり飲めよ」

 差し出される水筒に口をつける。

 広がる水は苦味があった。

 それでも、体はそれを求めていた。

 一気に貪りたい心境を抑え、口の中で転がしてから嚥下する。

 口の中で転がしていくと味が変わるのに気がつけた。

 そう、苦味が消え、微かな甘味が口の中を転がっていた。

「ここはエンの暮らしていた世界とは、異なる世界だ」

 ざわりと心がざわめくのを感じる。

 彼が召喚者だったりするのだろうか?

 なら、何のために呼び出されたというのか。

 やはりここは勇者召喚?

 彼は視線を闇に包まれつつも、ほのかに輝ける空に転じる。

 俺も思考を止めて、空を見上げる。


 そこには満天の星空。


 手を伸ばせば届きそうで、そして、吸い込まれそうでおそろしい。

 薄い三日月が空で笑っている。

「勇者、だとか?」

 召喚されて、なんらかの力を得て、この世界の一般人よりスペック高かったりする。そんなことをドキドキと考えた。

「ねーな。先の魔王が倒されて五十年もたっていないんだ。あと、二百五十年は魔王は世界を滅ぼそうとしないだろうな。自信があるってことは、自分の優れたところを説明できるんだよな?」

 じ、自信?

 シーファの言葉はひどく突き放すように伝えられた。

 そして、この世界には魔王が存在するらしかった。

「よ、よくあるシチュエーションだから」

 もごもごというと何かをかざされる。

「シチュエーション、ね。あ、でも、この魔力値だとできることたかが知れてるぞ?」

 ヒラヒラとシーファの手の中で揺らめく一枚のカード。

「それは?」

 にまりとシーファが笑う。

「魔力限界値測定器『魔力わかるん』だ」

「そ、それもクレメンテ作?」

 ネーミングが光ってる。

「そ。限界値測定って言っているけど、んなもん条件を満たせば上限値は変動するんだけどな」

 説明は気になるけれど、もっと気になるのは。




「じゃあなんで俺はここにいるんだよ」




 シーファの眼差しは憐れみが含まれている気がした。

 星と燃える固定燃料しか光源がなく、表情の判別はつきにくい。



「迷い込んでしまっただけだろう。あることなんだよ」


 その声は優しく労わるようで俺の中で何かが壊れた。


「どうやったら帰れるんだ?」

「多分無理だろう。勇者や必要だからと呼ばれた者ならば、帰れる可能性は高い。だが、ただ迷い込んだモノを善意で送り返すには手間と資金がかかりすぎるんだ。それに見合うだけのモノをエンは提供できるのか?」


「だって。俺は来たくて来たわけじゃない!」


「別にこっちだって俺が呼んだわけじゃない。万が一、誰かに呼ばれてこの世界に来たのなら、そいつに会えれば、帰る方法も分かるかもしれない。そして、そういうことには期限があることが多い」

「あ、諦めろって、言うのかよ!?」

 ちくしょう!

 誰か助けてくれよ!

 目標も不明なのにタイムリミットまであるかもだって!?

 ふざけるなよ……。


「それが一番楽だろうな」


 声に含まれる哀れみが、……キツい。




 二人きりの荒野で泣いて喚いた。

 みっともないかもしれなくても、それを抑えることなんかできなかった。

 人が、他に人がいて、気が抜けてしまったところに畳み掛けられた情報が耐えられなかった。

「帰りたい?」

 ぐずぐずとへたり込む俺にシーファが尋ねる。

 帰りたい?

 ああ。

 帰りたいさ。

 俺の家はあそこだし、帰ってこない家族がどれほどの影を落とすのか、俺は知っている。

 時間は傷を和らげるけれど、消すことはない。いっそ、死んでると伝わればいい。

 生きているかもしれない希望は心を苛む。

 俺がこっちで必死に生きて幸せを求める時、むこうで家族が俺の生死を心配し、なぜこうなったのかを嘆く。

 そして、それは終わることのない影を落とすんだ。それを俺が知ることはできないし、伝えることはできないんだと思う。


『神隠し』って、そんなものだろう?



 見てきたんだ。

 笑ってても、心の何処かに影を残す家族を。

 そして、周りは助けてやれないんだ。

 だから、すとんと心に入ってくる。



『帰ることはできない』



 という現実。

 だからと言ってすぐに諦めたくもないんだ。


「帰りたい」


 どんなにケンカして不満を文句を言っても俺は家族が好きだ。

 もう会えないのは嫌だし、すぐに諦めようものならせせら笑われるだろう。呆れられるだろう。非現実なんて、TVや本の中だけで充分なんだ。

 できることをしよう。

 できるようにならないと。

 諦めてしまうことはいつだってできるんだ。

 俺は、家族に恥じる生き方をしたいとは思わないんだ。

 だからこそ、そう考えられるように自分に必死に言い聞かす。

 会えなくても、届かなくても、きっと想いはあるんだと思う。

 何もできないその自分に負けてしまったら、立てなくなる。

「でも、それより俺はこれからどうすればいいんだ?」

 そう、俺には何もないんだ。


 金も常識も、なにも。

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