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昔なじみに効果あり  作者: 釜揚げ製菓
第一章 紺野春海①
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「ワンッ! ワンッ!」

 

 近くで犬の鳴き声がした。その声に俺は目を開く。朝日が顔に差し込んでくる。朝だと分かった。


「ねみい……」


 ずいぶん寝た気がする。だがどうにも体のふしぶしがいやに重い。俺はもう一度まどろみの中に落ちようとした。そこに、


「ワンワンっ!」


「うおぉおんっ!?」

 耳をつんざく甲高い叫びとともに、俺の顔がぺろっと舐められた。あまりに突然のことに、俺の眠気は一気に吹っ飛び、勢いよくベッドから起き上がろうとした。


「―――っいってえええ!」


 だが、なぜか今度は頭に激しい痛みが襲った。コンクリをぶつけたような痛みに、俺は両手で頭を抑え、目をぎゅっとつむり悶絶する。

「ワンワンっ!」


 犬の鳴き声のみが頭に入ってくる。俺は何も考えず、ただこの痛みと格闘した。


「ジョン、どうしたの?」


 なぜか今度は、女の子の声が聞こえてくる。痛みが引いてきた。俺はゆっくりと目を開く。


「…………」


「…………」


 女の子と目が合った。見たことのない女の子だった。菫ちゃんの友達が来たのかな? それくらいしか、「俺の部屋」に見知らぬ女の子がいる理由を見つけられなかった。


「や、おはよ」


「……っ! ジョン、行くよ!」


 しかし女の子は顔を引きつらせて、素早く犬の首輪にリードをつけると、犬を引きずるようにして、走っていった。


「――うーん」


 何か、おかしい。どうにもここは俺の部屋っぽくない。ベッドもなければ布団もない。俺は視線を下に移す。寝心地悪いと思ったら、アスファルトだった。


 今度は上に。やはりアスファルト。右、左ともアスファルト。前方に光が見える。

「まるでトンネルの中だな……」


 そう言ったところで、俺は「現実逃避」をやめた。俺は膝を突きながら、寝床を出る。


「はあ~いい天気だ」


 空を見上げると、雲ひとつ無い快晴だった。今日遊びに行く奴は、とても幸せなことだろう。もちろん、俺も嬉しかった。今いる場所を除いてだが。


 俺は公園に設置されたプールで目を洗うときのような水道で、頭から水を被った。ヒリヒリと痛むつむじ付近がひんやりとして気持ちいい。そのまま俺は顔を洗い、水を飲んだ。


「……ふう」


 タオルなんてものはあるはずもなく、俺はシャツで顔を拭う。まだ痛みは残っているものの、しゃきっと目が覚めた。だが、気分そのものが晴れることはなかった。


「は~あ~………」


 深い溜息をつき、俺はベンチに深く腰掛ける。時刻を確認できるようなものはなにもないが、まだ早い時間帯なのか、公園内には俺しかいなかった。


「どしてこないなことになってしもうたんじゃろうか……」


 いろんな方言の混じった声を出し、俺は空を見上げながら昨日のことを思い出した。



「簡潔に言うと、その男のした裏切りは……あたしとの約束を破ったことです」


 春海は少しためを作りながら、そう淡々とした口調で話しだした。俺は無言で、最後まで聞くことにした。


「その約束を話す前に、まず言っておきます。あたしは…………八城一葉が……好きでした」


「ぶぼっ!」


 黙って聞き届けるという俺の意志は、春海によってすぐに壊れた。春海のとんでも発言に、俺は口に含んだコーヒーを吹き出してしまった。


「お、おま……急に何を……!」


 慌ててシャツの袖を使い、汚れを拭こうとする俺だったが、他の者たちはそれを気にせず、春海を凝視した。


「――す、好きって……え……え?」


 菫ちゃんはいつもでは考えられないくらいに狼狽していた。


「…………」


 花梨は何も口にしない代わりに、体をブルブルと震わせる。


「そうだったの」


 隣にいる蓮香は、努めて普通に反応した。だが、テーブルの上に置かれたマグカップが、一瞬浮かんだ気がした。


「ニヤニヤ……!」


 だが菖蒲さんだけはそれをあたかもエンターテインメント映画を見るかのごとく、満面の笑みを浮べている。(この人が一番タチが悪い)


 場の雰囲気が一変したのを理解したのか、春海は大きく咳払いをし、再び口を開く。


「――すいません、言葉足らずでした。好きというのは恋愛感情ではありません、あくまで『友達』としてです」


 そう補足説明してくれたことで、俺は心底ほっとした。あーびっくりした……というか、普通に考えればそうとわかるだろ俺……。


「それで……『友達』として好きな八城一葉とあたしがした約束は、『一緒の高校に行こう』というものでした」


 胸にチクっと痛みが生じた。俺の中で失われていた記憶が、にゅきっとその頭を出してきた。春海はそれを手助けするかのごとく、無理やり引っ張るようにしてそれを出そうとする。


「『お前と一緒の高校に行けたら面白いだろうなあ』……。去年の六月、一葉はそんなことをあたしに言ってきました。

 その時は単なる冗談だと思っていました。でも……今年の一月頃から、一葉は急に猛勉強を始めだしました。塾に通い出したり、あたしにも勉強を聞いてきたり……。そんな一葉を見て、あたしはこう尋ねました。『約束、覚えているの』って。そうしたら一葉は「ああっ!」と力強く頷きました。

 ……だからあたしは嬉しくなりました。でも、それはあくまでもあくまでも『恋愛感情』からではなく……『友達』としてです。

 だからあたしは、それを叶えるために、一葉に勉強を教えました。でも、けっきょく……それは……」


 最後の方はすすり泣くような声で、ほとんど聞こえなかった。蓮香は春海の背中を優しくさする。頭の血の気がサーッと引きだした。


 違ったら否定する……。そう自信満々に言った俺だったが、どうにもそれは無理だった。なぜなら事実だからだ。


『お前と一緒の高校に行けたら面白いだろうなあ』


 この言葉に嘘はない。当時の俺は春海と同じ高校に行くことができたら、楽しいだろうなと、本気で思っていた。それは春海の言うところと同じ「友情」からだ。


 だが、俺が傘音町で一人暮らしをすると決めた後、俺はとにかく勉強に集中した。だから俺は必死に勉強している際は、他のことを考えられなかった。

  

『約束、覚えているの』


 図書館でいっしょに勉強した時、そんなことを言われた気がした。だが俺は深い意味は考えず、「ああ」と適当にうなずいた……気がする。


 つまり、だ。早い話が……その……俺は本来は……春海と……「一緒の高校に通う」ことに、なっていた……。


「あ……春海……その……」


「うーん、なんだかよくわかんねえけど、これだけは言えるな。カズヤが悪い」


 菖蒲さんの声色が微妙に変化する。菖蒲さんだけでなく、蓮香と花梨も俺の方を見てくる。その目には非難の色があった。


「ぐす……っ……うう……」


 春海はまだ泣いている。よく考えたら、泣いている姿を見るのはこれが初めてかもしれない。それがいっそう、俺をいたたまれない気持ちにさせた。


 俺は最後の希望といわんばかりに、菫ちゃんを見た。


「……………」


 だが菫ちゃんは、なんともいえない複雑な顔をし、うつむいていた。


「とりあえず、謝りなさい」


 蓮香は俺に刺すような視線を浴びせてくる。俺が「能力」の効く体質だったら、蓮香の「能力」によって、無理やり立たされていたことだろう。


「そうだな、オマエが一方的に悪いぜ」


「全くその通りだ、この屑が!」


 それに便乗するように、菖蒲さんと花梨も非難の言葉を浴びせる。


 謝れ謝れ謝れ謝れ……頭の中に同じ言葉が響き渡る。気づいたら、俺は立ち上がって――屋敷を飛び出していた。

 

 俺はちゃんと靴も履かずにただ逃げるように走った。何も考えずとにかく右に左へと角を曲がり走った。息切れを起こし、疲れて体が動かなくなった時、俺の目の前に公園があった。


 春海と再会した公園ではない。子供の喜びそうな遊具がいっぱいある、初めて訪れるちょっと大きめの公園だ。


 俺はふらふらとした状態で、すべり台の下にある、空洞内に入った。そして疲れ果てた俺は、そのまますぐに目を閉じ眠りに落ちた。


「で、今に至ると」


 そこで俺は回想をやめた。現状把握のために仕方ないことだったが、あまり思い出したくなかった。


「……マジでどうしよう」


 ほとんど逃走するかのごとく紫島家を飛び出した俺だったが、冷静に考えると今後どうするかかなり迷った。


 屋敷に戻るという選択肢が最善なのはわかっている。だが昨日の今日ですぐに戻ることはできない。


 春海の言うとおり、俺は春海を裏切ってしまった。それに関しては否定しない。まったくもって俺が悪い。


 だけど俺は、誤ちをすぐに認められるほど大人じゃない。だからこうして逃げてきた。

 

「……仕方ない」


 数日、間を開けて頭を冷やした後、帰ろう。しばらく考え俺はそうすることに決めた。


『単に問題を先送りしているだけだろ』


 俺の心がそう言っていた。俺はそれを無視し、新たに出た問題について考える。それは「金」だ。


 俺はポケットに手を入れる。だがやはり、財布も携帯電話も入っていなかった。


「……はあ~」


 今日何度目になるかわからないくらい、俺は大きなため息をついた。公園に設置された時計は、そろそろ九時になることを示そうとしていた。


「やっべ、腹減ってきた」


 グルルと犬の鳴き声のような音だった。俺はそれを誤魔化すために水を飲むことにした。


「……まず」


 浄水もなにもされていないというのを抜きにして、ここの水道から出る水は飲水としては使えそうになかった。俺はぺっと地面に水を吐いた。


「きゃっ!」


 だがその吐いた水は、誰かの足にかかってしまった。


「あ、すいません!」


 まさか人がいるとは思わなかった。俺はすぐさま頭を下げ謝った。


「あ、大丈夫ですよ……え?」


「ん? ……あれ?」


 どこかで聞いた声だな。俺はそんなことを思った。顔を上げ、その声の主を見る。「鳩羽」と胸付近に書かれた、おそらく高校の指定ジャージを着ている。俺と同い年くらいの女子だった。そして、


「八城……くん?」


「夏……希?」


 ゴールデンウィーク初日。偶然か、はたまた必然か……俺は春海にひき続いて、中学時代の親友の一人、青嶋夏希に再会した。


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